第34話

文字数 2,771文字

「学校では、お互いポーカーフェイスだな.....」

 車に乗り込み暫く走ってから、蒔田がそう言った。

「この一週間。お前って本当にポーカーフェイスだったよな。俺、感心したけど、寂しくもあった」

「そんな事を言われても、しょうがないじゃないですか。それに先生だって、ポーカーフェイスでしたよ」

「まぁな」

 案外、子供っぽい人だ。今日一日一緒にいて、理子はそう思った。
 だが、それが突然、大人の男に変貌したりするので、正直なところ気が抜けない。何度体が熱くなった事か。

「お前、枝本とは昔から知り合いなのか?」

 蒔田が突然、そんな質問をしてきた。

「えっ?どうしてですか?」

 枝本との過去の経緯はゆきにしか話していない。

「いや、枝本が転校してきた日、二人して驚いてる様子だったからな」

 見てたのか。確かに枝本の隣にいたのだから、理子の様子の変化には気づいたろう。敏感な人だ。

「枝本君は、元彼です」

 理子はそう答えた。

「元彼?だって、あいつは名古屋にいたって.....。そう言えば、京都での夜、枝本との会話で理解できないのがあったな。『あの時と一緒』とかなんとか.....」

「先生。彼は名古屋へ転勤する前は南中にいたんですよ。そして、その前は東中に.....」

「東中.....?お前の出身中学か。じゃぁ、その時に?」

「そうです。中1の一年間、彼は東中にいたんです。そして私は彼と同じクラスでした」

 理子は、その時の二人の事を話した。
 彼女がいたのに、ずっと好きだった事。
 その彼女と別れた後、理子と急接近して仲良くなった事。
 疑心暗鬼で互いに思いを伝えあったのが終業式の日だった事。
 そして学校が別々になってから別れに至るまでの事。

「そうか。そういう事があったのか」

「先生がいなかったら、多分私は枝本君の告白を喜んで受け入れたでしょうね」

「やっぱりお前って、眼鏡フェチなんだな」

 予想外の言葉が返ってきた。

「なんで、そういうセリフが出てくるんです?」

「いや、だって、そう思ったからさ。こう言ってはなんだが、茂木に対してだって、実は満更でも無かったんじゃないか?」

 理子は黙った。鋭いところを突いている。

「それに、耕介と凄く親しいが、あれが眼鏡をかけていたら、案外好きになってたんじゃないのか?」

「や、やめて下さいよ。そんな事はありません」

 と言ったが、頭の中で耕介に眼鏡を掛けさせて想像したら、わからなくなってきた。

「怪しいな。自信ないだろう」

「で、でも!初恋の相手は眼鏡じゃなかったです」

「初恋?枝本じゃないのか」

「枝本君との事は中1ですよ。それが初恋なんて遅くないですか?」

「わからない」

「先生はまともな恋をした事が無いんでしたものね」

 理子はわざと意地悪っぽく笑って言った。

「ちっ、お前も結構、意地悪いな。運転中じゃなきゃ、お仕置きしてるのにな」

「おおっ、クワバラクワバラ。運転中で良かった」

「お前、調子に乗るなよー」

 蒔田は長い腕を伸ばして理子の頭を小突いた。

「痛いなぁ、もう」

「調子に乗るからだ。それで、初恋っていつなんだ?」

「小学校一年生の時です」

 理子は小突かれた場所を撫でながら言った。

「それって、早くないかぁ?」

「そうですか?初恋って、幼稚園とか小学校低学年とか、その辺が妥当なんじゃないですか?」

「そんな小さい時の事なんて、恋じゃないだろう。憧れの類じゃないのか」

「でも凄く好きでしたけど」

 何故か初恋の話しは恥ずかしい気持ちがしない。

「相手は誰だ?まさか先生とか言うんじゃないだろうな」

「クラスメイトです。友親(ともちか)君って言います」

「名前まで覚えてるのか」

「そりゃぁ、初恋の相手ですから」

「で、どうだったんだ?初恋は叶わないって聞くが」

「それが、叶っちゃいました~。告白したら、『僕も理子が好き』って言われました」

 なんだか思いだして逆上(のぼ)せて来た。懐かしい思い出だ。

「お前、自分から告白したのか」

 蒔田は驚いていた。確かに、言われてみれば自分でも驚く。
 今の自分なら、絶対にあり得ない。でもあの時の方がずっと内向的だった筈だ。
 なのに、どうしてなんだろう。

「なんか、先生にそう言われて、自分でも驚きました。今の自分だったら、とても告白なんてできないのに。でも、あの時の事をよく思い出してみると、多分、彼も私を好きなんだって伝わってきてたからだったように思います」

「枝本の時は、色んなサインにも疑心暗鬼になっていたのにか?」

「小学校に入って間もなくだったんですけど、数人の男子から酷いいじめを受けてたんですよね。登校拒否になって、父が一緒に学校に行ってくれて担任の先生に話してくれて、それからはいじめは無くなったんですけど、すっかり内向的になっちゃって。いじめ対策で先生が席替えをしてくれたんですけど、その時に隣の席になったのが友親君だったんです。何故かとても優しくて、すぐに仲良しになって。他の男子とは明らかに私への接し方が違うので、私も好きだったけど、きっと友親君も私の事が好きに違いないって思いました。だから、つい、『好き』って言っちゃったんです」

「そうだったのか。理子がいじめにね。可哀そうにな」

 蒔田は六つ上だ。理子が小一の時、蒔田は中一だった筈だ。
 近所に六年生の男子がいて、物凄くお兄さんって感じがしたものだったが、そのお兄さんより、まだ一つ年上なのだ。そう考えると、凄い年の差を感じた。

「小学生時代は、その後、その時ほどの酷いいじめには遭いませんでしたけど、でも、いじめは受けてましたよ。いじめられやすいタイプだったんでしょうね。だからなのかな。自分に親切で
守ってくれるような男子を好きになったのは。友親君も枝本君も、そういう点で共通点がありますね」

 蒔田は、理子の酷く臆病な部分の一端に由来しているのかもしれないと、この時に思った。

「これからは、俺が守ってやる。一生な」

 理子は驚いて、蒔田を見た。運転中の蒔田は真っすぐ前を見ている。
 その表情はいつもと変わりない。綺麗な横顔だ。

「何を驚いている。お前と俺を別つものは死だけだと思ってる。俺かお前が死ぬまで、お前の隣にいるのは俺だけだ」

「先生って、情熱的なんですね」

 理子は赤くなって答えた。

「茶化すなよ。俺は本気で言ってるんだから」

「茶化してませんよ。真面目な感想です」

 理子は、心も体も震えるのを感じた。
 これは、もしかしてプロポーズの言葉なのか。
 私を一生、守ってくれる。この人が。

 車が理子の家の近くで止まった。
 サイドブレーキを引き、シートベルトを外した蒔田が、理子に覆いかぶさってきた。
 熱い唇が重なる。

 キスの後、蒔田は理子の耳元で囁いた。

「いずれ、ちゃんとプロポーズする。それまで、返事を考えておいてくれ」

 蒔田の吐息が耳と頬にかかり、熱くなった。
 身も、心も。
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