第53話
文字数 5,105文字
ゴールデンウィークの初日。
いつものように栗山高校の前で蒔田の車に乗り込んだ。
助手席に体を沈めて隣の蒔田の様子を窺う。
こんなに近くにいると思うと、それだけで動悸が速くなる。
前回から一カ月振りだ。
二人のこれまでの間隔からしたら短いのに、随分長い事会ってなかったような気がした。
「久しぶり、なのかな。まだあれから一カ月だけど.....」
「会うだけだったら、毎日会ってますよね」
「そうだな。でもあれを、会っている、と言えるかどうか」
「言えないですね。ろくに顔も満足に見れないし」
「俺からすると、もっと見てくれてもいいのにって思うぞ。お前は見なさ過ぎじゃないか?」
「先生だって、見ないじゃないですか」
「わかるのか?見て無いのに」
「わかりますよ。私、千里眼なんで」
「ぷっ、千里眼かよ」
「先生、最近、女子生徒相手に鼻を伸ばしてるでしょう。見えてますよ、ちゃーんと」
「おっ、妬いてるのか?」
「嬉しそうに言わないで下さいよ。妬くわけないでしょうに」
「相変わらずの冷たさだな。あれはな、しょうがないんだ。校長に、女生徒に冷た過ぎるって言われてな。もう少し優しくしてやれって注文付けられたんだよ。まぁ、俺も二年目だから大分馴れてきたし」
そういう事だったのか。
それでも嬉しくないのは、やっぱり妬いているのだろうか。
「新しいクラスはどうだ?」
「そうですねぇ。率直に言えば、あまり楽しくありません」
「そうなのか?」
蒔田は驚いたように理子の方を見た。
「先生、ちゃんと前見て運転して下さい」
理子が冷静に注意する。
「ああ、ごめん。お前まさか、苛めにあったりしてるんじゃないだろうな」
蒔田の声は心配そうだ。
「え?そう見えますか?」
「いや、見えない」
「今はまだ無いですね」
「今はまだって、どういう事だよ」
蒔田は慌てたように理子に問うてきた。自分のクラスの事だし、ましてや理子の事なら尚更平静ではいられないのだろう。
「まだ、先生が心配する段階ではないです。ただ.....」
「ただ、何だ」
「うまく言えません。楽しくないのは、苛めとかは全く関係ないです。楽しく一緒に休み時間を過ごせる友達が少ないってだけです。だからと言って、今さら親しい友人を作る気力もないんですよね」
「気の合うヤツがいないのか?」
「いますよ。ただ、去年があまりに賑やかで楽しかったから、そのギャップなのかなぁ」
「耕介と別れたのが寂しいのか」
何故、耕介なんだ、と思う。
「そうですねぇ。まぁ、それもあるのかな。あんな面白いヤツいませんものね」
「お前と耕介の周りに人が集まり過ぎて、煩そうにしてたじゃないか。図書室へ避難したりもして」
「やっぱり、見てないようで見てたんですね」
「そりゃそうだ。お前の事だからな。気になる」
理子は軽く息を吐いた。
「人って勝手なものですよね。あの時は煩くて、ろくろく本が読めないと思ってましたけど、静かになったらなったで、今度はどこか物足りない.....」
「成る程。確かにそういう事もあるな」
「先生、私が今一番仲良くしてるのが誰か御存じですか?」
「岩崎だろう?」
「やっぱり、ご存じなんですね」
「知らないわけが無いだろう。俺が妬ける程、お前ら仲良しだろ」
「あら.....」
理子が顔を赤らめた。
「おい、何赤くなってんだよ。俺マジ妬いてんだけど」
「先生、ちゃんと前見てくれないと」
「お前、わざと言ってるな?運転中の俺を甚振 る気か?」
先生も結構、可愛いんだな、と理子は面白くなった。
「先生、なんだか可愛いですね」
「おい、ホント、怒るぞ、いい加減にしないと」
「すいません。全然他意は無いんです。で、ここから先、怒らないで真面目に聞いて欲しいんですけど」
蒔田は軽く吐息を吐いた。
「わかった。何なんだ?」
「岩崎君とは、とても気が合います。話してて楽しいんですけど、何より落ち着くんです。癒し系な感じかな。何ていうか、彼、出しゃばりじゃないんですよね。でも、凄く絶妙なタイミングで話してくるんです。いつも微笑んでる感じがホッとするし、結構、気遣ってくれると言うか」
「そうか。そういう話しを聞くと、俺としては内心穏やかではいられないな。しかも、あいつは眼鏡をかけてるしな。まぁ、怒ってはいないから続けてくれ」
怒ってはいないが、矢張り妬いてるのだろうか?
憮然とした雰囲気が伝わってくる。
「それで、ですね。その、私達が会話を始めると邪魔してくる人間がいるんですよ」
「茂木か?」
「いえ。茂木君じゃありません。私の後に座っている渕田君です」
「渕田?あいつもお前と仲良しじゃないのか?」
「違います。でも、先生にも、そういう風に見えるんですよね。そういう誤解がクラスの女子に広がったら、私、苛めに遭うようになるかもしれません」
「理子、意味がよくわからないんだが」
理子は溜息を吐いた。もう少し察してくれると思っていたからだ。
さて。どう話そうか。理子は逡巡した。
蒔田は、理子が話しを続けるのを黙って待っていた。
「渕田君って、もてるんですよ。テニス部のエースなので。派手じゃないから、そんなに目立ってませんけど、人気者です。その彼が、私にやたらと絡んでくるんです。最初のうちは気にして
なかったんですけど、あまりに頻繁なので、鬱陶しく思ってます。特に、岩崎君と話してる時は必ず入ってきます。無視すると、後ろから制服の袖を引っ張るんですよ」
「すまない。気付かなかった」
蒔田は驚いた。
仲が良さそうに見えたのは実は錯覚で、渕田の方が一方的に絡んでいただけだったのか。
「歴研の部活の時に、茂木君に『あいつは理子に気が有る』って言われました」
「そうか。茂木は気付いてたんだな。俺は気付かなかったのに。情けないな」
「先生、やっぱり茂木君の言う通りなんでしょうか」
「お前の話しを聞く限りでは、そうだと思う」
「だとしたら、幼稚ですよね、渕田君って」
「そうだな.....」
矢張り、高校の担任ともなると、休み時間は職員室で過ごす為、教室で何が起こっているかをしっかり把握するのは難しい。
自分が知らない所で理子の身に何が起こっているのだろう。
蒔田は酷く心配になってきた。
「理子、お前、渕田には彼氏がいる事をちゃんと言っておけ。渕田の事で他の女子に何か言われた時にも、自分には彼氏がいるからってちゃんと言えよ」
「詮索されたら?」
「最上に話してあるんだろう?それと同じ事を言えばいい」
「それが噂になっちゃったら、どうしましょう?」
「その時はその時だ。言いたい奴には言わせておけ」
「わかりました」
渕田は果たしてそれで納得するだろうか。
彼にはどこか強引さが感じられる。昔からそう言う所があった。
だけど、それなりに人気のある男なのに、何故自分に関心を抱くのだろう。
車は渋滞に巻き込まれていた。連休初日だけに混んでいる。
二人は千葉に向かっていた。昨夜、明日は千葉にある京成バラ園へ行こうとメールが来た。
理子は花の中でバラが一番好きなので、とても嬉しかったが、二人で外でデートして大丈夫なのだろうか。
「渋滞ですね」
理子が声を掛けた。
「そうだな。まぁ、予想通りだ」
「あの、大丈夫なんですか?」
「多分な。遠いし。人も多いだろうし」
「私は不安です」
「大丈夫だよ。サングラスと帽子をかぶるから、そうそうわかるまい」
「先生、私凄く嬉しいんですけど、でも、どうしてですか?どうして外で?」
「中が良かったか?」
蒔田が妖しく笑った。手が伸びて来て、理子の膝の上に置かれた。
理子はドキッとした。
「先生、変な事しないで下さいよ」
「変な事って、どんな事?」
手は膝の上に置かれたままで、動く気配は無かった。
「え、エッチな事です.....」
理子が赤くなりながら言うと、蒔田は笑った。
「それなら大丈夫。なんせ車高が低いから、周囲の車から丸見えだ。だから明るいうちはできない」
成る程。周囲はワンボックスやトラックばかりだった。
だが、明るいうち、と言う言葉には引っかかる。
蒔田は膝に置いた手を外し、理子の肩を自分の方へと抱き寄せると、自分の体の向きを変えて、口づけてきた。
いきなりの事に理子は驚く。
いつも程長い口づけでは無かった。唇を外し、見つめ合う。
車はまだ渋滞で動き出せないでいた。愛する人の顔が、すぐ目の前にあった。懐かしくて恋しい顔が。この顔を、ずっと見たかった。
蒔田は理子の頭を撫でると、体勢を元に戻した。
「すまない。我慢できなくなった」
蒔田は前を見てそう言った。
「やっぱり、うちにしておけば良かったかなぁ~。それだったら、とっくに二人きりの時間を楽しんでたのになぁ」
その言葉に理子は赤くなる。
「車の中だって、二人きりの時間じゃないですか」
「この空間は二人だけのものだが、周囲は見物人だらけだぞ」
蒔田の言葉に、ふと隣の車を見たら、こちらを見てニヤけていた。
どうやら見ていたようだ。
車が動き出したのでホッとした。
「この休みは、少し外で気晴らしをした方がいいと思ってな。最近のお前は煮詰まってきてるように思えたんだ」
「えっ?それって、どういう事ですか?」
「受験まではまだ長い。三学期に頑張り過ぎたから、少し息切れしだしてる。飛ばし過ぎてペースが乱れて来てるんだ。だからここでちょっとリフレッシュして、元のペースに戻した方がいい」
「リフレッシュ.....」
「そうだ。だから、お前の好きなバラ園へ連れていってやろうと思ったんだ。それに、たまには外で恋人らしく過ごしたいしな」
蒔田の気遣いをとても嬉しく思った。
「先生、私この間、ゆきちゃんから小泉君との事で相談されたんです」
理子は、ゆきの話しを蒔田に語った。
「そうかぁ。最上にとっては辛いだろうが、予想通りって感じもするよな」
「それこそ、飛ばし過ぎたんでしょうか?」
「おっ、いい事言うな。夢中になり過ぎて、太く短くで終わってしまうことも多々ある。特に男の方はそういう傾向にあるし。与え過ぎるのは良くない。そういう点では、お前は全然与えて
くれないもんな」
蒔田は笑いながら、そう言った。
「じゃぁ、先生も、与え過ぎたら駄目って事ですか」
「いやいや、俺は違うから大丈夫。幾らでも与えてくれ」
理子は不審そうな眼を向けた。蒔田は敏感にそれを悟って、弁解した。
「母がよく言ってます。男はやったらそれでお終いだって。興味が半減するって。だから結婚するまではセックスは絶対にしてはいけないって言われてます。やられ損になるんだそうです」
「理子のお母さんの言う事は、核心を突いてるよ。だが、極論でもある。みんながみんな、そうとは限らない。ただ、それを女性の方から見分けるのは難しいから、慎重になるべきかもしれないな」
「ゆきちゃんと、小泉君の場合はどうなんでしょう?」
「二人とも高校生の上に初めてだろう?女の子は好きな相手だけにはまりやすいだろうし、男の方は、好きな相手とセックスする方に強い興味を覚えるだろう。相手が誰でもいいわけじゃない。だが、性欲の方が強いだろうな。で、ある程度満たされると、確かに興味は薄れる。他にやらなきゃならない事があれば、そちらの方に比重が移るのも自然の流れと言えるかもな」
「飽きるってことですか?」
「うーん、好きな相手なら簡単に飽きるって事はないと思うけど、それまでのように、エッチしたくてたまらないって段階からは抜けてるだろうからな。まぁ一番の原因は、やっぱり受験だろう。いよいよ本腰に入ってきて、付き合ってる余裕が無くなって来たってところじゃないか?彼女と逢うのに、ただ自分がやりたい時だけってわけにもいかないだろうし。ある意味、面倒くさい事が多いからな。気も使うだろうし。もしかしたら、会ってる時も勉強が気になって仕方ない状況なのかもしれない。そんな状況で会うのを、相手に済まないと思ってるのかもしれないし」
「じゃぁ、ゆきちゃんはどうすればいいんでしょう」
「難しいな。でも、落ち込んでいても、何もいい事はない。幾ら会いたいと言った所で、向こうにその気がないんじゃ、どうしようもない。しつこくすれば、嫌になるだろうし。そもそもな。最上だって受験組だろう。今はお互いに勉強を頑張る時期じゃないのか?一緒に帰れるなら、それで我慢すべきだと俺は思うけどな。互いに励まし合って、志望校へ合格することに重点を置いた方がいい」
蒔田の言う事は尤もだと思う。理子も同じように思った。
ただ、ゆきは、既に相手の気持ちが薄れ始めているように感じている。
こればかりは、小泉本人でなければわからないことだ。
いつものように栗山高校の前で蒔田の車に乗り込んだ。
助手席に体を沈めて隣の蒔田の様子を窺う。
こんなに近くにいると思うと、それだけで動悸が速くなる。
前回から一カ月振りだ。
二人のこれまでの間隔からしたら短いのに、随分長い事会ってなかったような気がした。
「久しぶり、なのかな。まだあれから一カ月だけど.....」
「会うだけだったら、毎日会ってますよね」
「そうだな。でもあれを、会っている、と言えるかどうか」
「言えないですね。ろくに顔も満足に見れないし」
「俺からすると、もっと見てくれてもいいのにって思うぞ。お前は見なさ過ぎじゃないか?」
「先生だって、見ないじゃないですか」
「わかるのか?見て無いのに」
「わかりますよ。私、千里眼なんで」
「ぷっ、千里眼かよ」
「先生、最近、女子生徒相手に鼻を伸ばしてるでしょう。見えてますよ、ちゃーんと」
「おっ、妬いてるのか?」
「嬉しそうに言わないで下さいよ。妬くわけないでしょうに」
「相変わらずの冷たさだな。あれはな、しょうがないんだ。校長に、女生徒に冷た過ぎるって言われてな。もう少し優しくしてやれって注文付けられたんだよ。まぁ、俺も二年目だから大分馴れてきたし」
そういう事だったのか。
それでも嬉しくないのは、やっぱり妬いているのだろうか。
「新しいクラスはどうだ?」
「そうですねぇ。率直に言えば、あまり楽しくありません」
「そうなのか?」
蒔田は驚いたように理子の方を見た。
「先生、ちゃんと前見て運転して下さい」
理子が冷静に注意する。
「ああ、ごめん。お前まさか、苛めにあったりしてるんじゃないだろうな」
蒔田の声は心配そうだ。
「え?そう見えますか?」
「いや、見えない」
「今はまだ無いですね」
「今はまだって、どういう事だよ」
蒔田は慌てたように理子に問うてきた。自分のクラスの事だし、ましてや理子の事なら尚更平静ではいられないのだろう。
「まだ、先生が心配する段階ではないです。ただ.....」
「ただ、何だ」
「うまく言えません。楽しくないのは、苛めとかは全く関係ないです。楽しく一緒に休み時間を過ごせる友達が少ないってだけです。だからと言って、今さら親しい友人を作る気力もないんですよね」
「気の合うヤツがいないのか?」
「いますよ。ただ、去年があまりに賑やかで楽しかったから、そのギャップなのかなぁ」
「耕介と別れたのが寂しいのか」
何故、耕介なんだ、と思う。
「そうですねぇ。まぁ、それもあるのかな。あんな面白いヤツいませんものね」
「お前と耕介の周りに人が集まり過ぎて、煩そうにしてたじゃないか。図書室へ避難したりもして」
「やっぱり、見てないようで見てたんですね」
「そりゃそうだ。お前の事だからな。気になる」
理子は軽く息を吐いた。
「人って勝手なものですよね。あの時は煩くて、ろくろく本が読めないと思ってましたけど、静かになったらなったで、今度はどこか物足りない.....」
「成る程。確かにそういう事もあるな」
「先生、私が今一番仲良くしてるのが誰か御存じですか?」
「岩崎だろう?」
「やっぱり、ご存じなんですね」
「知らないわけが無いだろう。俺が妬ける程、お前ら仲良しだろ」
「あら.....」
理子が顔を赤らめた。
「おい、何赤くなってんだよ。俺マジ妬いてんだけど」
「先生、ちゃんと前見てくれないと」
「お前、わざと言ってるな?運転中の俺を
先生も結構、可愛いんだな、と理子は面白くなった。
「先生、なんだか可愛いですね」
「おい、ホント、怒るぞ、いい加減にしないと」
「すいません。全然他意は無いんです。で、ここから先、怒らないで真面目に聞いて欲しいんですけど」
蒔田は軽く吐息を吐いた。
「わかった。何なんだ?」
「岩崎君とは、とても気が合います。話してて楽しいんですけど、何より落ち着くんです。癒し系な感じかな。何ていうか、彼、出しゃばりじゃないんですよね。でも、凄く絶妙なタイミングで話してくるんです。いつも微笑んでる感じがホッとするし、結構、気遣ってくれると言うか」
「そうか。そういう話しを聞くと、俺としては内心穏やかではいられないな。しかも、あいつは眼鏡をかけてるしな。まぁ、怒ってはいないから続けてくれ」
怒ってはいないが、矢張り妬いてるのだろうか?
憮然とした雰囲気が伝わってくる。
「それで、ですね。その、私達が会話を始めると邪魔してくる人間がいるんですよ」
「茂木か?」
「いえ。茂木君じゃありません。私の後に座っている渕田君です」
「渕田?あいつもお前と仲良しじゃないのか?」
「違います。でも、先生にも、そういう風に見えるんですよね。そういう誤解がクラスの女子に広がったら、私、苛めに遭うようになるかもしれません」
「理子、意味がよくわからないんだが」
理子は溜息を吐いた。もう少し察してくれると思っていたからだ。
さて。どう話そうか。理子は逡巡した。
蒔田は、理子が話しを続けるのを黙って待っていた。
「渕田君って、もてるんですよ。テニス部のエースなので。派手じゃないから、そんなに目立ってませんけど、人気者です。その彼が、私にやたらと絡んでくるんです。最初のうちは気にして
なかったんですけど、あまりに頻繁なので、鬱陶しく思ってます。特に、岩崎君と話してる時は必ず入ってきます。無視すると、後ろから制服の袖を引っ張るんですよ」
「すまない。気付かなかった」
蒔田は驚いた。
仲が良さそうに見えたのは実は錯覚で、渕田の方が一方的に絡んでいただけだったのか。
「歴研の部活の時に、茂木君に『あいつは理子に気が有る』って言われました」
「そうか。茂木は気付いてたんだな。俺は気付かなかったのに。情けないな」
「先生、やっぱり茂木君の言う通りなんでしょうか」
「お前の話しを聞く限りでは、そうだと思う」
「だとしたら、幼稚ですよね、渕田君って」
「そうだな.....」
矢張り、高校の担任ともなると、休み時間は職員室で過ごす為、教室で何が起こっているかをしっかり把握するのは難しい。
自分が知らない所で理子の身に何が起こっているのだろう。
蒔田は酷く心配になってきた。
「理子、お前、渕田には彼氏がいる事をちゃんと言っておけ。渕田の事で他の女子に何か言われた時にも、自分には彼氏がいるからってちゃんと言えよ」
「詮索されたら?」
「最上に話してあるんだろう?それと同じ事を言えばいい」
「それが噂になっちゃったら、どうしましょう?」
「その時はその時だ。言いたい奴には言わせておけ」
「わかりました」
渕田は果たしてそれで納得するだろうか。
彼にはどこか強引さが感じられる。昔からそう言う所があった。
だけど、それなりに人気のある男なのに、何故自分に関心を抱くのだろう。
車は渋滞に巻き込まれていた。連休初日だけに混んでいる。
二人は千葉に向かっていた。昨夜、明日は千葉にある京成バラ園へ行こうとメールが来た。
理子は花の中でバラが一番好きなので、とても嬉しかったが、二人で外でデートして大丈夫なのだろうか。
「渋滞ですね」
理子が声を掛けた。
「そうだな。まぁ、予想通りだ」
「あの、大丈夫なんですか?」
「多分な。遠いし。人も多いだろうし」
「私は不安です」
「大丈夫だよ。サングラスと帽子をかぶるから、そうそうわかるまい」
「先生、私凄く嬉しいんですけど、でも、どうしてですか?どうして外で?」
「中が良かったか?」
蒔田が妖しく笑った。手が伸びて来て、理子の膝の上に置かれた。
理子はドキッとした。
「先生、変な事しないで下さいよ」
「変な事って、どんな事?」
手は膝の上に置かれたままで、動く気配は無かった。
「え、エッチな事です.....」
理子が赤くなりながら言うと、蒔田は笑った。
「それなら大丈夫。なんせ車高が低いから、周囲の車から丸見えだ。だから明るいうちはできない」
成る程。周囲はワンボックスやトラックばかりだった。
だが、明るいうち、と言う言葉には引っかかる。
蒔田は膝に置いた手を外し、理子の肩を自分の方へと抱き寄せると、自分の体の向きを変えて、口づけてきた。
いきなりの事に理子は驚く。
いつも程長い口づけでは無かった。唇を外し、見つめ合う。
車はまだ渋滞で動き出せないでいた。愛する人の顔が、すぐ目の前にあった。懐かしくて恋しい顔が。この顔を、ずっと見たかった。
蒔田は理子の頭を撫でると、体勢を元に戻した。
「すまない。我慢できなくなった」
蒔田は前を見てそう言った。
「やっぱり、うちにしておけば良かったかなぁ~。それだったら、とっくに二人きりの時間を楽しんでたのになぁ」
その言葉に理子は赤くなる。
「車の中だって、二人きりの時間じゃないですか」
「この空間は二人だけのものだが、周囲は見物人だらけだぞ」
蒔田の言葉に、ふと隣の車を見たら、こちらを見てニヤけていた。
どうやら見ていたようだ。
車が動き出したのでホッとした。
「この休みは、少し外で気晴らしをした方がいいと思ってな。最近のお前は煮詰まってきてるように思えたんだ」
「えっ?それって、どういう事ですか?」
「受験まではまだ長い。三学期に頑張り過ぎたから、少し息切れしだしてる。飛ばし過ぎてペースが乱れて来てるんだ。だからここでちょっとリフレッシュして、元のペースに戻した方がいい」
「リフレッシュ.....」
「そうだ。だから、お前の好きなバラ園へ連れていってやろうと思ったんだ。それに、たまには外で恋人らしく過ごしたいしな」
蒔田の気遣いをとても嬉しく思った。
「先生、私この間、ゆきちゃんから小泉君との事で相談されたんです」
理子は、ゆきの話しを蒔田に語った。
「そうかぁ。最上にとっては辛いだろうが、予想通りって感じもするよな」
「それこそ、飛ばし過ぎたんでしょうか?」
「おっ、いい事言うな。夢中になり過ぎて、太く短くで終わってしまうことも多々ある。特に男の方はそういう傾向にあるし。与え過ぎるのは良くない。そういう点では、お前は全然与えて
くれないもんな」
蒔田は笑いながら、そう言った。
「じゃぁ、先生も、与え過ぎたら駄目って事ですか」
「いやいや、俺は違うから大丈夫。幾らでも与えてくれ」
理子は不審そうな眼を向けた。蒔田は敏感にそれを悟って、弁解した。
「母がよく言ってます。男はやったらそれでお終いだって。興味が半減するって。だから結婚するまではセックスは絶対にしてはいけないって言われてます。やられ損になるんだそうです」
「理子のお母さんの言う事は、核心を突いてるよ。だが、極論でもある。みんながみんな、そうとは限らない。ただ、それを女性の方から見分けるのは難しいから、慎重になるべきかもしれないな」
「ゆきちゃんと、小泉君の場合はどうなんでしょう?」
「二人とも高校生の上に初めてだろう?女の子は好きな相手だけにはまりやすいだろうし、男の方は、好きな相手とセックスする方に強い興味を覚えるだろう。相手が誰でもいいわけじゃない。だが、性欲の方が強いだろうな。で、ある程度満たされると、確かに興味は薄れる。他にやらなきゃならない事があれば、そちらの方に比重が移るのも自然の流れと言えるかもな」
「飽きるってことですか?」
「うーん、好きな相手なら簡単に飽きるって事はないと思うけど、それまでのように、エッチしたくてたまらないって段階からは抜けてるだろうからな。まぁ一番の原因は、やっぱり受験だろう。いよいよ本腰に入ってきて、付き合ってる余裕が無くなって来たってところじゃないか?彼女と逢うのに、ただ自分がやりたい時だけってわけにもいかないだろうし。ある意味、面倒くさい事が多いからな。気も使うだろうし。もしかしたら、会ってる時も勉強が気になって仕方ない状況なのかもしれない。そんな状況で会うのを、相手に済まないと思ってるのかもしれないし」
「じゃぁ、ゆきちゃんはどうすればいいんでしょう」
「難しいな。でも、落ち込んでいても、何もいい事はない。幾ら会いたいと言った所で、向こうにその気がないんじゃ、どうしようもない。しつこくすれば、嫌になるだろうし。そもそもな。最上だって受験組だろう。今はお互いに勉強を頑張る時期じゃないのか?一緒に帰れるなら、それで我慢すべきだと俺は思うけどな。互いに励まし合って、志望校へ合格することに重点を置いた方がいい」
蒔田の言う事は尤もだと思う。理子も同じように思った。
ただ、ゆきは、既に相手の気持ちが薄れ始めているように感じている。
こればかりは、小泉本人でなければわからないことだ。