第64話

文字数 4,300文字

 連休最終日、二人は落ち着いた気持ちで過ごしていた。
 連日行楽日和だったが、出かける事はできない。
 最後の日は、花見の時のように昼食を庭で食べた。
 新緑が眩しく、また所々に花木があって、色を添えていた。

「明日からまた、学校ですねぇ。しかも、テスト」

「そうだな。こんな風に連日二人きりで過ごせるのも、もう結婚するまでは無いのかな」

 蒔田は仄々(ほのぼの)とした様子だ。
 連休が始まった頃とは、随分と雰囲気が違うな、と理子は思った。

「どうした?」

 蒔田が頬にエクボを作って、明るい笑顔を理子に見せた。

「先生のエクボ、つついてもいいですか?」

 理子の言葉に、蒔田から笑顔が消えた。同時にエクボも消える。

「なんで、つつきたいの?」
 
「なんでって、つついてみたいんだもん。つつかれた事、無いですか?」

「無い。まぁ、小さい時はお袋がよくつついていたみたいだが」

 不本意そうな顔をしている。

「私、エクボのある人に会うの、先生が初めて。なんか、とっても可愛くて、つつきたくなっちゃうんです。ねっ、いいでしょう?つつかせて下さいよー」

「男としては、エクボはあまり嬉しくないんだけどな」

「もしかして、気にしてるんですか?」

「まぁ、な。子供っぽいだろうが。そうやって、可愛いとか言われるしな」

「変な事を気にするんですね。クールで知的な雰囲気とは全く違う、そのギャップがまた素敵なのに」

「そうか?」

 理子にそう言われて、何となく気を良くした様子を示した。
 それがまた、可愛いく見える。

「ねっ?いいでしょ?お願い」

 理子の懇願に、「仕方ないなぁ」と言って、顔を突き出し、笑顔を作った。
 理子は人差し指で、その頬の窪みをつっついた。

「わ~い、なんか、嬉しい!楽しい!」

 そう言いながら、何度もつつく。

「おい、いい加減にしてくれないか。しつこいぞ」

 蒔田がエクボを作ったままの状態で喋るので、潰れたような声になり、それが可笑しくて理子は爆笑した。

 楽しいひと時だった。
 こんな、ほのぼのとした自然な時間を持てて、理子は嬉しかった。
 いつも、息苦しいくらいに熱く濃厚な時間だったから余計だ。

「今日はさ。理子に渡す物が有るんだ」

 蒔田はそう言うと、リボンのかかった小箱を差し出した。
 理子は驚いて、その顔を見上げた。

明後日(あさって)、誕生日だろう。ちょっと早いが、当日渡せないからな」

 受け取る理子の手が震えた。自分の誕生日の事なんて忘れていた。
 ましてや、蒔田が覚えているなんて全くの想定外だった。

「先生、ありがとう。私、教えて無いけど、また調べたんですね」

「そういう事。お前、早いんだな。去年は、調べたらとっくに過ぎてたからガッカリしたよ」

「そうなんです。四月、五月は、貰い損ねる事が多いんです。でも先生、ズルい。私は先生の誕生日を知りません。先生は私の色んな事を調べて御存じなのに、フェアじゃないですよね」

「そう言われれば、そうだな。誰にも言ってないし。でもお前は彼女なんだから、知る権利はあるな。じゃぁ、教えてあげよう。俺の誕生日は二月六日だ。血液型はO型。身長百八十センチ、
体重六十六キロ.....だったかな。足のサイズは27センチだ。他に、何があったかな.....」

「あっ、もういいです。また何かあれば、おいおいお伺いしますから」

 矢張り思った通りだった。血液型も、予想通りだ。この激しくて独占欲の強い性格からして、多分O型だろうと思っていた。理子の母と同じだ。

「ところで、開けてくれないの?」

「あっ、すみません。開けさせてもらいます」

 蒔田に促されて、理子はプレゼントを開けた。
 中にはバレッタが入っていた。
 明るくて綺麗な薄いオレンジ色と僅かな白がマーブルになった石のような素材で、ハートの中に可愛い模様がレリーフになっていた。
 見た事のない、個性的で素敵なデザインだった。

「わぁ~、凄く可愛くて素敵」

 理子は目を輝かせて、蒔田を見た。その理子の様子に、蒔田は満足そうに笑っていた。エクボを作って。

「気に入ってくれたかな」

「はい。とっても」

「いつも、バレッタで髪を留めてるだろう。だから、バレッタにした。身に付けて貰えるからな」

 そう言う蒔田の優しい顔を見て、理子の胸は熱くなった。
 さっそく、貰ったバレッタを付けてみた。バレッタの悲しい所は、自分では見れないところだ。

「とても似合う」

 蒔田は理子の長い髪を手に取ると、口づけた。それだけで、胸の奥が疼く。

「俺は、髪の長さに好みとかは別に無いんだが、理子のロングヘアーは好きだな。よく似合ってる」

「そう言って貰えると嬉しいです」

 理子が赤くなって俯いた。

「いつから伸ばしてるの?」

「高校へ入ってからです」

「じゃぁ、それまではショート?」

 蒔田がちょっと不思議そうな顔をした。

「想像つきませんか?」

 理子が笑って尋ねると、「全然、つかない」との答えが返って来た。

「中学の時は、校則が厳しかったから。伸び掛けの中途半端な長さの時って、結ぶと変なんですよね。私、髪を結ぶのって似合わないみたいで。だから今でも結ぶ事って滅多にしないんですけど」

「そうか。そう言われると、見てみたい気もするが、まぁ、いつかは見れるかな」

 そう言って蒔田は満足そうに笑った。

「ところで、夏休みに入ったらさ。理子のお父さんに会いに行こうかと思ってるんだが、どう思う?」

 蒔田が唐突に言った。
 
「えっ?それって?」

 もしかして、結婚の話し?

「やっぱり、事前に話しておいた方がいいんじゃないかと思ってな。お母さんは無理そうだから、お父さんだけでも理解しておいてもらおうかと。そうすれば、三月にお母さんに報告した時に、少しは楽かと思うんだ。お父さんが味方をしてくれれば」

 蒔田に言われて、考えてみる。
 確かに、母よりは父の方が遥かに理解はあると思う。
 だが、まだ在学中なのに、担任と恋愛し、卒業後すぐに結婚するなんて話しを聞いて、父はどう思うだろうか。

 理子の父は、割と淡泊だ。理子の淡泊な所は父に似たんだと思う。
 とは言え.....。

「この間、理子に言われたろ?結婚式の時期の事を。俺も、やっぱり三月は早過ぎると思ったんで、式はゴールデンウィークにしたらどうかと思うんだ。その時期も混む時期だから、予約は夏休みのうちにやっておきたい。だから、その前にお父さんにだけでも話しておいた方が、後々の為にもいいんじゃないのかなぁ」

「ゴールデンウィークに挙式ですか。じゃぁ、それまでは?」

「勿論、三月の末に入籍して一緒に住むさ。そうでないと、大学へ通うのが大変だろう?」

「そうですね。だけど、そうなると、卒業後は慌ただしいですね」

「そうだ。だからこそ、先に出来る事はやっておかないと」

 蒔田は自信ありげに微笑んでいる。
 この人の言う通りにしていれば、問題無さそうに思えてくるから不思議だった。

「家も、早めに決めておかないとな。家財道具を用意しないといけないし、自分達の荷物もある程度は運び込んでおかないと。これは、受験の時期にぶつかるから厳しいぞ」

「あの.....」

 家の話しが出て、かねてからの疑問が浮上した。

「先生は簡単に、式や家の事を話されますけど、資金の方は大丈夫なんでしょうか?ゴールデンウィークなんて高そうだし、マンションだって買うっておっしゃってましたよね?賃貸じゃなくて」

「その事に関しては、理子は何も心配する必要は無いから」

 蒔田はきっぱりと言った。
 
「でも、こう言ってはなんですけど、先生は県立高校の教師ですよ?高収入で無い事はわかってます。しかも、まだ二年目なのに」

「まだ高校生なのに、やっぱり女って現実的なんだな」

 蒔田は感心したように笑った。

「当たり前じゃないですか。結婚って、現実ですよ?」

「わかった、わかった。まぁ、いずれはわかる事だからな。実は俺は株で随分儲けてる」

「はぁ?株?先生、株式に投資をされてるんですか?」

 理子は思いも寄らない蒔田の言葉にとても驚いた。
 高校生の理子にとっては、非現実的な感じがする。それと、とても堅実な母の元で育ったせいか、投資に対して懐疑的でもあった。

「大学生の時に、親が長年俺の為に貯めておいてくれたお金と、バイトで稼いだお金で株を買った。勿論、かなり研究してな。自分で言うのも何だが、どうも才能があるようで、何倍にもなって返って来た。最近は不景気で金利も無いに等しいから、利子収入は激減したけどな」

 そんな話しをされても、理子にはピンとこない。

「生活に関しては、今の収入で十分やっていける筈だ。必要以上に贅沢をするつもりはない。だが、折角稼いだ金は有意義に使いたい。二人の通学と通勤に便利な所に住みたいし、ローンを組まずに買えるだけの資金はあるんだから、別に構わないだろう。結婚式だが、時期に関しては、これはしょうがないだろう?俺も仕事上、休日じゃないと無理だしな。だからゴールデンウィークに挙式はするが、披露宴はこじんまりとやるつもりだ。たくさんは呼ばない。だから、心配するな」

 蒔田が、これだけ自信たっぷりに言うのだから、本当に心配はいらないのだろう。
 だが、一体、どれくらいの額を持っているのだろうか?

「投資に関しても、心配はいらない。今は殆ど換金してあって、持ち株はそんなに多くない。株で損をしないコツは、大きく儲けようと思わない事だ。欲張ると損をする。将来的に、損益が出る心配はないから、お前は不安に思う必要はないからな」

「わかりました」

 理子は、そう言うしかなかった。自分にとっては全くの未知の世界だ。
 口の出しようもない。だが、ひとつだけ思うところがある。

「ただ先生。何かの時には、必ず私にも話して下さいね。自分一人で抱え込んだりしないで下さい。人生の伴侶になるんですから、ただ守られるだけの存在でいるのは嫌です」

「わかった。そうするよ」

 蒔田は優しく微笑むと理子を抱き寄せた。

「こういう話しをしていると、結婚も現実味を帯びてくるな」

 理子は蒔田の腕の中で黙って頷いた。

「それで、お父さんの件だけど、いいか?話しても」

「はい。まぁ、父が了解してくれたところで、母への影響力は無いですけどね。逆に、自分だけが知らされて無かったと更に激怒するかもしれませんけど、それでも、二人して急に知らせる
よりはいいのかな、とは思います」

「お母さんが、何があっても反対されたら、どうする?」

 蒔田が心配そうに訊いてきた。

「父が賛成してくれてたら、反対を押し切ってでも結婚します」

 理子のその言葉を聞くと、蒔田は「ありがとう」 と言って、理子を優しく抱きしめたのだった。
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