第20話

文字数 3,098文字

 文化祭は無事に終了した。
 後夜祭と称して、道具を壊して校庭で燃やし、ファイアーストームの回りで、みんなで自由に踊る。
 軽音楽部や和太鼓部、フォークソング部などが朝礼台の上で代わる代わる演奏し、それに合わせて自由に踊ったり、一緒に歌ったりと、まるでライブ会場のようだ。

 教師たちの何人かも混ざっていたが、蒔田の姿はそこにはなかった。

(どこにいるんだろう)

 自然と探している自分に気づき、自分を戒める。

 スマホの着信が鳴った。メールだ。

 開いてみたら、蒔田からだった。
 一瞬で鼓動が高鳴る。

 蒔田からのメールは東大キャンパス見学以来だった。
 背後に誰も立てない場所を探して、そこへ移動してからメールを開く。

  “お茶、ごちそうさま。歌も感動した。
   毎日忙しくて大変だったろうに、
   よく頑張ったな。
   今日はゆっくり休め”

 カーッと体と頭が熱くなってきた。

 お茶。
 歌.....。

 思い出してしまった。
 思い出すと、また恥ずかしくなってくる。

 こんな風に気遣ってくれて嬉しい。
 だけど.....。

 先生は一体、私の事をどう思っているんだろう?
 聞きたくなってしまう。
 切ない思いが込みあがって来るのを理子は感じた。

 スマホの画面を見ながら、あれこれと思いを馳せる。
 時には蒔田の顔を思い出してぼーっとしてしまう。

 理子は携帯の返信ボタンを押した。

  “先生は今どこにいるの?”

 と打った。打ったものの、送信ボタンを押せない。

(聞いてどうする.....)

 震えながら削除した。
 
 スマホを握りしめる。心が揺れる。
 ファイアーストームの熱気が心を高揚させる。

「理子」

 ふいに呼びかけられて、慌ててホーム画面に移動した。電源スイッチを押しながら声のする方を見たら枝本だった。

「どうしたの?こんなところで」

 笑顔で問いかけられた。

「うん。ちょっと疲れただけ」

「大変だったもんな。御苦労さま」

「ありがとう」

 理子は枝本に笑顔を返した。
 枝本と一緒に回った文化祭はとても楽しかった。
 彼に片思い中だった中1の時の自分には、全く想像できなかった事だし、知っていたら、どんなに喜んだだろう。

 あの時の自分にとって、枝本は憧れだった。
 その憧れの人と両想いになりながら、本格的に付き合うことなく別れてしまったのだった。
 まだ子供だったのだからしょうがない。
 付き合うと言うことが、具体的にどういう事なのか、よくわかっていなかったように思える。

 ただ両想いになる、カレカノになる、そういう事に憧憬の念を抱いているだけの時代だった。
 中学生のうちなんて、学校が別々になってしまえば、それまでだ。
 それが自然なんだと思う。

「あのさ。良かったら明日、映画を観に行かない?」

「えっ?」
 枝本を見た。
 ちょっと照れくさそうな表情だ。

 理子は胸が高鳴るのを感じたが、平静を装って答えた。

「何か見たい映画、あるの?」

「うん。今度、城築城の小説が映画化されたでしょう。あれ、一緒にどうかなと思って」

「ああぁ~、あれね。あれは私も見たいと思ってたの。小説の方を読んで、凄く面白かった。あれが映像化されたのには興味があるんだ」

 理子は洋の東西に関わらず、城が好きだった。できることなら、まずは日本中の城巡りをしてみたい。
 外国へ行く機会があれば、当然、その土地の城を見に行きたいと思っている。

 (くだん)の映画は、戦国時代の、ある城を作った人々の人間ドラマを描いている。
 築城にまつわる様々なエピソードが面白い。
 小説を読んだ時、こういう時代の描き方も面白いと思って夢中になって読んだ。それが映像化
された。城が実際に出来ていく様を見られるのが嬉しい。

 歴史ものなので、ゆきは興味が無いだろうし、かと言って一人で行くにも勇気がいったので、ある意味好都合だった。
 だが相手が枝本となると、やはり少しときめきを感じる。

「じゃぁ、OKって事でいいんだよね?」

 枝本が念押しするように言った。
 興味があると言っただけで、了承したつもりは無い。だが、断る理由もないので、一緒に行っても構わないと思った。

「うん。いいよ」

 これって、やっぱりデートなのかな。

 枝本との初めてのデートは、中学校の隣の公園だった。
 そこで会って、お喋りしただけだ。
 その後も会うと言えば、そこだった。
 
 二人でどこかへ出かけた事は無かったので、これが初めてになる。
 それに、デート自体が久しぶりだ。須田先輩との春休み以来だから半年ぶりか。
 そう思うと、なんとも妙な気持ちになってくる。

 文化祭翌日の月曜日は振替休日だった。
 理子は枝本と映画を観に行った。
 駅で待ち合わせて、横浜まで出る。

 横浜は馴染みの街だった。
 両親が横浜出身で、理子も横浜で生まれた。祖父母が住んでいるから、何度も遊びに行っている。

 高校へ入ってからは、ゆきと二人でよく遊びに行く。
 小遣いが少ないので、殆どウインドウショッピングだったが、二人で色々見ながらブラブラするのが楽しかった。

 去年は二人で山下公園にもよく行ったし、元町へも出かけたし、まるでデートでもするように、あちこちへ行ったのだった。
 そして、二人で気に入りのものがあるとお揃いで買った。

 理子は彼氏の須田とより、ゆきと出かけた数の方が遥かに多かったと言える。
 だが今年はそれが減りそうだ。

 文化祭が終わって帰宅した夜、十時頃にゆきからLINEが来た。
 小泉に告白されて、付き合うことになったとの報告だった。
 その後で電話がかかってきて、詳しい話を色々と聞かされた。
 彼らも今日はデートの筈だ。
 渋谷へ行くと言っていた。

 駅で枝本に会った時、新鮮なときめきを感じた。
 それは中1の時に、矢張り初めての私服を見た時の新鮮な感動と似ていた。

 ラフな服装であるにも関わらず、素敵に見える。
 理子は色々考えて、三年前に初めて校外で枝本と会った時に着た服を着た。
 黄緑色のブラウスに緑の半袖のベスト、赤に深緑のチェック柄のフレアースカート。
 まぁ、覚えてはいまい。

 枝本は、理子を見て、「あれー?」と首を傾げた。

「どうしたの?」

「うーん.....、なんか前にも見たシーンのような気がしたんだ」

 理子は少し感心した。記憶の底に存在しているのだろう。
 既視感を覚えたようだ。
 理子は敢えて何も言わず、先を促した。

 二人で電車に乗る。
 月曜日の中途半端な時間だったから電車は空いていた。
 二人で並んで腰かける。空いている事もあって、ゆったりと少し距離を取って座った。それでも、やっぱりドキドキする。

「明日さ、修学旅行のグループ決めがあるでしょう。自由らしいから、どうかな、同じ班」

 枝本が理子の方へ顔を向けて言った。
 朝の眩しい光が斜めに彼の顔を照らしていて、なんだか眩しい。

「枝本君と?」

「俺だけじゃないよ。耕介と茂木と小泉も一緒。小泉は最上さんを誘うって言ってたから、ちょうどいいんじゃないかな。えっと、前田さんも誘って」

「ゆきちゃんと、美輝ちゃんが一緒なら、構わないけど」

「じゃぁ、決まりだな」

 枝本は嬉しそうに言った。

 文化祭が終わると、二年生は修学旅行だった。
 十月の最初の週に、四泊五日で関西方面へ行く。
 スケジュールは既に決まっていて、まず倉敷で二泊。三日目の朝、倉敷を出立し、姫路城へ寄る。夕方京都に到着し、二泊して帰る。

 それぞれ現地ではグループ行動になっているが、グループ編成はまだ決まっていなかった。文化祭の振替休日の後の火曜日に決める事になっていた。
 枝本の提案通りになれば、なかなか賑やかで楽しいグループになりそうだと思った。

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