第49話

文字数 6,364文字

「一緒に頑張って、東大へ入ろう。そして、結婚するんだ」

 蒔田の言葉に理子は頷いた。
 蒔田が理子の体を離して顔を見る。

「いいのか?本当に」

「はい.....。私も先生と結婚したいです。あなたのそばに、一生いたい.....」

「婚約じゃないんだぞ。春休み中に結婚するんだ。そしてお前は蒔田理子として大学へ通う。いいんだな?それで」

 理子は強く頷いた。

「理子、ありがとう。嬉しいよ」

 蒔田は理子を強く抱きしめた。
 蒔田のぬくもりを全身に感じて理子は幸せだった。
 結婚したら、こうしてずっと、先生の腕の中にいられる。誰にも遠慮せずに。

 唇が重なった。熱気を帯びている。
 こうしていると、この世には自分達二人だけしかいないような気がしてくる。

 蒔田は理子のあちこちに唇を這わせ、理子の服に手を掛けた。
 理子はハッとした。何といっても、ここは外だ。蒔田の手を抑えて首を振った。
 そんな理子に蒔田はそっと口づけた。

「大丈夫。誰にも見られないから」

「先生、でも」

「この桜の下でお前を抱きたいんだ」

 その声はとても優しく、甘かった。そんな蒔田に逆らえない、と理子は思う。
 理子は瞳を閉じた。蒔田はその瞼に軽くキスをすると、理子の唇を塞いだ。
 理子はその唇を受けながら、脱がされているのを感じていた。

 昼間の明るい場所で、自分の身体が晒されてゆく。
 蒔田は唇を離すと、理子の身体を見つめた。
 半透明で乳白色の理子の身体が、桜の花の照り返しを受けていた。

「とても綺麗だよ、理子」

 蒔田は理子の身体をそっと押し倒した。

「寒くないか?」

 理子は黙って首を振った。
 身体が火照っているので寒くは無かった。ただただ恥ずかしいばかりで何も話せない。

 理子の身体を丁寧に愛し始めた蒔田の身体越しに、青い空と薄ピンクの桜が見える。
 僅かに揺れていてる。
 そよぐ風が理子の身体を撫で、自然の息吹を全身に感じた。

 その風が、熱くなった身体に心地良かった。
 花の下で愛し合うのって、なんて素敵なんだろう。
 理子は心も身体も蒔田に委ねようと思った。

 自然の流れに任せるのだ。愛されている喜びを感じる。
 やがて、蒔田が理子の中に入ってきた。
 前のような痛みは無かったが、スムーズに入ってゆく感じはしない。
 蒔田のものは熱く硬かった。

「理子.....、大丈夫か?痛くはないか?」

 蒔田の問いかけに頷いた。
 蒔田は理子の上で目を閉じて、切なく悩ましい表情をしていた。
 吐息が荒い。

 理子の視線に気づいたのか、蒔田が微かに目を開けた。
 その表情がとても色っぽくて、理子は心が震えるのを感じた。
 今この人に貫かれている。
 そしてこの人は、私の中で感じ、悶えている。
 そう思うだけで、理子自身も、焼けつくような悶えを覚えるのだった。

「理子、愛してる.....」

 掠れ声で蒔田が言った。

「私も.....」

 二人は両手を絡め合わせた。
 繋がっていたい。全てで繋がっていたい。
 そう強く思った。

 蒔田が「あっ.....」と切なげな声を上げた。
 感じているのだ。とても。
 蒔田は何度も理子の名前を呼んだ。
 理子は痺れるような快感の波が襲ってくるのを感じた。全神経が、蒔田を受け入れている場所に集中している。

 蒔田が腰を動かした。理子は激しく揺れた。
 その部分から、全身へと波が大きく広がってゆくようだ。身体の芯から突きあげてくるものを感じる。

 前回も随分と濃厚で激しい交わりだったが、あの時は初回の痛さがずっと尾を引いていたので、こんな快楽の波が襲ってくるのは今回が初めてだった。
 理子はそれに戸惑った。自分の身体に何が起きているのか、よくわからなかった。

 受け止めるだけで精いっぱいだった前の時とは違い、快感を味わっている蒔田の様子に喜びを感じる理子だった。
 痛みが消えた分、余裕が出て来たのか。

 理子は額に冷んやりした蒔田の指を感じて、目を開けた。
 蒔田は理子の額にかかった髪をよけていた。理子を見つめる瞳が潤んでいて、優しい。愛されている喜びが湧いてきた。

 蒔田は、自分の下で悶える理子を見て、何時にも増して愛しく感じた。
 前回は初めてだった事もあって、痛みに必死に耐えていたが、今は快楽の波に漂っているようだ。

 明るい陽の光の元に晒された理子の裸体は、この上もなく美しい。
 その綺麗な身体の上に、桜の花の淡い影が射す。
 それがとても刹那的でもあり、煽情的でもあった。

 二人の愛は果てしない、と二人で同時に思ったのだった。
 永遠に、こうして繋がっていられたらどんなに幸せだろう。
 離れがたい。
 離れたくない。

 やがて、絶頂の時がやってきた。
 蒔田は理子の上で果て、理子は初めての体験に我を忘れた。
 蒔田のものは理子の身体を離れたが、身体の方は密着したまま、理子を優しく抱きしめていた。
 理子は蒔田の腕の中でまだ震えていた。
 そんな理子の身体を蒔田は優しく撫で、額に優しく口づけた。

「理子、凄く良かったよ.....」

 理子は顔を赤くしたが、何も答えられない。
 息が荒くて言葉が出せないでいた。
 まだ夢の中を彷徨(さまよ)っているような感じがする。

 蒔田の腕の中に抱かれているのが、とても心地良く、深い安心感があった。
 蒔田の言葉に答えたいと思ったが、無理だった。
 彼の顔が見たいのに、目も開けられない。

 理子は蒔田の手を握りしめた。
 蒔田はその手を取ると唇を押し当てた。
 理子の思いが伝わってくる。
 狂おしいほどに愛おしい。
 まだ快楽の淵に漂っていて戻ってこれない理子が愛しくて仕方が無い。

「理子、焦らずにゆっくり戻ればいい。俺はずっとこうしているから」

 蒔田の低くて甘く優しい声が、心に沁みわたってゆく。
 それがとても心地良かった。
 ずっと、こうしていたい。このぬくもりに包まれていたい。

 そう思いながら、ゆっくりと波が引いてゆくのを感じた。
 理子がそっと目を開けると、蒔田の優しい顔が目の前にあった。
 とても穏やかで優しい顔をしている。

「先生.....」

 理子は掠れた声で蒔田を呼んだ。
 そんな理子の髪を蒔田は撫でた。

「愛してる」

 なんて深い声で囁くんだろう。
 まるで弦楽器のようだ。
 胸に、心に響いてくる。

「私も.....」

 蒔田は理子に口づけた。優しいキスだった。
 暫し見つめ合う。互いの瞳の中に深い想いを感じ合った。
 幸せ以外の何物も無い。

「お前とこうして愛し合う事ができて、俺は幸せだ」

 満ち足りた空気に包まれているのを感じた。
 
「先生、それは私も同じです。先生を好きだと自覚した時、辛い恋を選択してしまったって思いました。想いが叶うとは思っていませんでしたから.....」

「俺は、お前に自分の思いを告げて本当に良かったんだろうかと、何度も思った」

 理子は驚く。
 
「どうしてですか?」
 
「俺は教師で、お前は教え子だから。しかもお前は東大を受験する。お前の受験勉強の邪魔になるんじゃないかと危惧していたから、卒業するまで我慢するつもりだったんだ」

「私は、先生が想いを告げてくれて良かったと思ってます。だって、そうじゃなかったら今頃は悶々として受験勉強にここまで力を注ぐことなんて、出来なかったと思うし」

 好きな気持ちを自覚してしまった時から、片思いの苦悩が始まっただろう。
 蒔田をこっそり見つめながら、気軽に話しかけられないジレンマと、彼の行動に一喜一憂する日々が続いたに違いない。

「そうか。そう言ってくれると嬉しいが、でも、俺は更に我慢できなくて、お前を自分のものにしてしまった。まだ十七歳の少女に二十三の教師の俺が」

「まさか、後悔してるの?」
 
「半分はな。それこそ、これだけは卒業まで待とうと決めていたから。全くもって堪え性が無い。俺はそんなに性欲が強い方じゃないから、待てると思ってた。自信があったんだ。笑えるよな」

「先生、今さっき、私とこうして愛し合えて幸せだって言ったじゃない」

 理子の語調が強くなる。

「あっ、理子が怒った。ポーカーフェイスのお前が」

 蒔田がそう言って笑った。

「ポーカーフェイスっておっしゃいますけど、考えてみたら私、先生の前では随分怒ってきたような気がするんですけど」

 言われて蒔田は、確かにそうだったと思った。
 最初の時からしてそうだったし、個人面談の時もそうだった。
 教室ではポーカーフェイスの理子だったが、蒔田の前では感情を露わにする事が多かったように思う。
 勿論、全く読めない時もあったが。

「わかった、そう怒らないでくれ。俺が幸せなのは本当の事だ。ただ、自責の念も少なからずあると言うのも本当の事なんだ。お前は俺に抱かれたせいで、余計なものも抱え込んでしまったろ?」

 蒔田の言いたい事が、何となくだがわかる気がした。
 肉体的な結びつきが無かったならば、確かにもっとあっさりした気持ちで勉強に集中できたように思う。
 あれから理子はふとした瞬間に、蒔田との熱い時間を思い出してしまい、その度に体が疼くのだった。

「人間は貪欲だ。一度味わってしまったら、やめられない。もっと味わいたくなる。俺はお前に会う度にお前を抱きたくなるし、お前はそんな俺に悩まされる.....」

「だから、後悔してるの?」

「後悔しても、しょうがないんだけどな。だけどこれからは自重する。お前に合格してもらわないと結婚できないし」

 蒔田はそう言って笑った。
 理子の思いは複雑だった。ここまで連れて来られて、その先はお預けって事なのだろうか。
 そう思う一方で、その方がより勉強に集中できるという思いもあった。

 そもそも、蒔田とのセックスは濃厚だ。
 ゆきと小泉の話しを聞くと、高校生同士のセックスは子供の遊びみたいだと思った。
 二人とも初めてだけに手探りなんだろう。

 それでも既にゆきは、はまりこんでいる。
 二人は毎週、小泉の部屋で結ばれていた。回数だけで言ったなら、二人の方が多くて先へ行っている感じがするが、内容からすれば、その逆だろう。

 それ程に、蒔田との時間は濃密だった。だからその分、尾も引く。
 特に、今日は節目のように思うのだった。

 理子は、思わず呟いた。

「私を抱いた後で、そんな事を言うの?」

「理子?」

「私をこんな風にしておいて、今さらそんな事を言うなんて」

 理子の反応に蒔田は戸惑いを浮かべた。

「理子、怒ってるのか?そうだとしたら、俺には何故お前が怒るのかわからない」

 蒔田の戸惑った様子に、理子自身も戸惑った。

「ごめんなさい。私も、自分でよくわかりません.....」

「俺の言い方が悪かったのかもしれないな。最初から抱かなければ、こんな事で揉める事も無かった。だが、過去は変えられない。お前が躊躇いながらも俺を受け入れてくれた事にとても感謝してる。お前をとても愛しているから、お前を大事にしたいし、尊重したい。これまではちょっと自分本位過ぎたと反省してるんだ。俺も、もうちょっと我慢しなきゃと思う。それだけの事なんだ。これからもお前を抱く。もうそれは止められない。ただちょっと自重して、いき過ぎないようにするだけだ」

 蒔田の目は優しかった。

「じゃぁ、例えば、今日は私、抱かれたくありません、って断ったら、それをこれからは尊重してくれるって事ですか?」

「十回に一回くらいはな」

「な、なんですか、それ」

 理子は呆れた。どこがお前を尊重したい、だ。

「大体お前、俺の誘いを断れるのか?」

 意味深な笑顔で聞いてきた。
 痛いところを突かれた思いだ。

「先生、私なんか寒くなってきたので、服を着ますね」

 そう言って起き上がろうとした理子の身体を、蒔田が引き戻した。

「おっと、寒いなら、俺がまた温めてやる」

 蒔田の唇が理子の唇を塞ぎ、大きな手が体の上をなぞる。

「せ、先生・・・、自重するんじゃなかったんですか?」

 理子が喘ぎながら言った。

「自重はするさ。三回のところを二回にしておいてやる」

 理子は蒔田の愛撫に眩暈がした。体中を吸われ、歯を立てられた。
 指が巧みに動き回る。脳髄まで痺れるような感覚を覚えた。
 体中が震える。中から熱を発している。

 蒔田は、理子が昂まるにつれ、自身も高みへと登りつめるのを感じた。
 最高の瞬間だった。
 理子を抱く度に、その頂点が高くなってゆくように思えた。
 だから、また抱きたくなる。もっと高みへ登りつめたい欲求に駆られる。

 絶頂を迎え、歓びに果てた。
 この愛を与えてくれた女性に心から感謝する。
 今まで味わった事の無い、愛の歓び。
 多くの女と交わしたセックスなど、足元にも及ばない。
 単なる肉の交わりだったものが、全くの別物となった。
 この愛なくして、この先の人生は考えられない。
 そう強く想いながら、蒔田は思いを反映するように理子を強く抱きしめた。


 二人は蒔田の部屋のベッドの上にいた。
 外が冷えて来たので移動したのだった。服は着ている。
 理子はまだ夢見心地だ。

 二回目が終わった時、「またやってしまったな.....」と、耳元で蒔田の囁きを聞きながら、本当に堪え性の無い人だと思った。
 一体私をどこまで連れて行くのだろう。

 波が引き、服を来て、蒔田に抱きかかえられてここまで来た。
 静かにベッドの上に横たえられて、その隣に蒔田が横たわった。
 理子は最初の時よりも深い淵まで落ちた。だから戻ってくるのに時間がかかった。
 戻ってきてからも、まだ余韻があって、どこか夢見心地だ。
 男の方が醒めるのが早い事は、理子も知っていた。
 だが蒔田を見ると、その目は潤んでいた。

「お前には、そそられる」

 蒔田はそう言うと、理子に口づけた。

「お前といると、またしたくなる。お前の中に入りたくなってくるんだ」

 理子はその言葉を聞いて、再び身体が熱くなってくるのを感じた。

「もう、だめ.....」

 息も途切れ途切れに言う。

「わかってるさ。それこそ自重する。さっき、二回って言ったしな」

「先生.....。受験と言う大きな壁が無かったなら、先生の気の済むまで許してあげたいです」

 理子のその言葉に、蒔田は驚いた。

「本気か?」

「先生が、好きだから。どこまでも一緒に、行きたい.....」

 蒔田は理子の手を握りしめた。
 理子の言葉に感動した。経験の少ない理子にとって、これ以上は無理だろうに、そこまで思ってくれるとは。

「理子、ありがとう。お前の気持ち、凄く嬉しい。お前はそんなにも俺を愛してくれるのか」

 理子の言葉に、蒔田は本当に自重しなきゃならないと自分に言い聞かせた。
 相手の愛に甘えて自分を押し通すのは本当の愛とは言えない。

「本当は.....、受験なんてやめて、先生に愛されるだけの存在になりたい。先生の胸の中でずっと夢を見続けていたい。あなたの愛の奴隷になってもいい。だって、その方が楽なんだもの」

 理子は潤んだ瞳で蒔田を見つめた。
 蒔田は言葉を失った。
 そこまで追い込んでしまったのか。

「でも、心配しないで。そんなのは本来の私じゃないし、そんな私なんて嫌でしょ?私は、ただ先生を待つだけの女にはなりたくない。楽な道を選べば、それだけの結果しか得られない。私は欲張りだから、愛だけじゃ満足できない。勿論、あなたが愛してくれるから、他の事にも欲張りになれるんだけど」

 理子の言葉に蒔田は心が打たれる思いがした。
 これだけの愛欲の波に揉まれながら、自分を見失わない彼女を尊敬する。
 自分なんかよりも、遥かに強くて大人なのかもしれないと思うのだった。

 彼女は何があっても堕ちない。
 これまでもそうだったし、これからもそうなんだろうと確信した。

「お前を愛して良かった」

 蒔田は心の底からそう思った。

「先生、これからもいっぱい、愛してね」

「勿論だ」

 この愛を大切にしようと、固く心に誓う二人だった。
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