第16話

文字数 2,749文字

 枝本が転校してきてから、理子の周りが閑散となった。
 何故なら耕介が、いつの間にか枝本と親しくなり、休み時間の殆どを枝本のそばで過ごす
ようになったからだ。

 枝本は理数系が得意だが、歴史も得意だった。小泉と同じである。
 そのせいで、小泉とも仲良くなったし、歴史好きの耕介や茂木も、枝本と色々と語り合うようになったようだ。どうも気が合うらしい。

 理子はお陰で読書に集中できると思ったが、ゆきは寂しそうだった。

 最初のロングホームルームの日、二学期の学級委員の選出が行われた。
 これに理子が選ばれてしまった。男子が耕介だった事もある。仲良しだからだ。

 それと、学級委員は担任との関わりが深い委員のせいか、蒔田ファンの女子達が、先生のファンでない方が安心できるという思惑も影響しているようだった。

 一学期の時には多くの女子が立候補し、結局、ジャンケンで決めた。
 決まった女子は大喜びしたが、その後の皆からの冷遇は言わずと知れている。
 時々雑用を頼まれる程度なのに、そのくらいの関わりで集団の中での孤立は辛いものがある。

 だから二学期は、結局、皆が牽制し合うような形で、蒔田には興味のない部外者グループから選ぼうという流れになったようだ。
 理子には彼氏がいる。安全パイだと、多くが思っていた。

 理子は複雑な思いだった。
 彼氏とは別れているし、自分も先生に憧れている女子の一人だ。
 皆のように公言していないだけの事で。

 堂々と先生と接触できるのは嬉しいが、これ以上、お近づきにはなりたくない思いもある。
 本気で好きになったらヤバイ相手だ。

 先生は大人だ。おまけに教師だ。自分のような女子高生を相手にするわけがないし、そもそもできっこないだろう。
 あんなにカッコイイんだし、きっと大人の素敵な彼女がいるに違いない。好きになっても辛くなるだけ。

 そう思うから、常に走り過ぎないようにセーブしてきた。
 それなのに、こうやって、また蒔田と接触しないとならないのか。関わりたくないのに。

 蒔田の方へそっと視線をやった。特に変わった様子はない。
 理子の名前が上がったからといって、何も感じてはいないように見える。

 そんな理子の視線に気づいたのか、蒔田が理子に視線を向けた。
 目が合った瞬間、僅かに微笑んだ。
 多分、他の人間には気づかれない程の微かな表情の変化だった。

 理子は慌てて視線を逸らした。本当に、一瞬の出来事だった。
 あの微笑みは何だったんだろう?
 でも、その一瞬が、物凄く幸せに感じられた。
 心臓が大きな鼓動を立てている。

「じゃぁ、委員長は高田で、副は吉住で決まりな」

 蒔田の言葉に、また胸が高鳴る。

「よろしくな~、理子」

 と耕介に言われた。

 考えてみたら二学期は文化祭と修学旅行がある。
 色々大変そうだし、一学期よりも先生との関わりが多いのではないだろうか。

「ねぇねぇ、文化祭と修学旅行があるよ?」

 理子が耕介に言うと、「あっ!!」と耕介は大きく叫んだ。
 今頃気づいたようだ。

「失敗した~。引きうけなきゃ良かったー」

 両手で頭を抱える。大袈裟だ。
 まさに、後の祭りのようだと思う。

「理子、後は頼んだ」

「ちょっと、何言ってるのよ、もぉ」

「おーおー、痴話喧嘩ですか」

 茂木が近づいてきた。

「何だ!痴話げんかとは!」

 耕介が立腹したように言う。

「そうよ。勘弁して」

 理子は事情を話した。

「なんだ、そういう事か」

「そういう事か、とは何だ!」

「お前、そう怒ったってしょうがないじゃんか。今更だよ、今更。引き受ける時にもっとよく考えなかったからだ」

 茂木が諭す。

「理子だって、後から気付いたんだろう?」

「そうなの。ほんと、後の祭りよね」

 なんだかんだと、忙しくなりそうだ。この時にしか経験できない事だけれども。
 そういう話をひとしきりした後、理子はゆきと美輝と共に教室を後にした。茶道部の部室へと向かう。

 学級委員の経験は初めてではない。中3の一学期に経験している。
 その時にも修学旅行だったのだ。何故かそういう行事の時ばかりに当たる。

「理子ちゃん、頑張って。私達応援してるから」

「ありがとう」

「ところで、さ。知ってる?理子ちゃんと高田君、一部で噂になってるの」

「えー?」

 初耳だ。

「なんで?一部って?」

 ゆきが言うには、本当に一部なんだそうだ。
 と言うのも、一部の女子が、耕介と理子がとても仲が良くて、休み時間もいつも一緒に喋ってるし、本とかCDとかの貸し借りもしているので、怪しいんじゃないか、と言いだしたらしい。

 それに対して多くの女子が、理子には彼氏いるじゃーん、と取り合わなかった。だが、一部の女子は、最近二人が一緒のところを見たことがない。本当に付き合ってるの?と疑問を呈しているらしい。

「茂木君が、『痴話げんか』って言ったじゃない?あれって、そういう噂を聞いてるからだと思う」

「えー?」

「今回の委員も、二人をカップルと怪しむ人たちの陰謀かもよ」

 陰謀って、そんな大袈裟な。

「理子ちゃんが、須田先輩ともう別れてるって知られるのも、時間の問題かもしれないね」

 理子と須田が別れた事は、殆どの人間が知らない。
 べつに、みんなに別れましたって吹聴して回るような事でもないので、今までと変わらずに過ごしている。

 新年度になってから、二人で一緒に帰ったのは終業式の日だけだ。
 以前は時々二人の姿が見られたが、今は全く見て無い状況なんだから、おかしいと思うのも無理はない。

「誰かから聞かれたら、別れた事を肯定してもいいのかな?」

 ゆきが心配そうに尋ねてきた。

 理子は頷いた。公言する事ではないが、隠す事でも無い。
 だが、蒔田ファン達は、どう思うだろう。
 彼氏がいるから安全パイだと踏んだんだろうに。


 学級委員の仕事は、思っていたよりも忙しかった。
 まずは、文化祭がある。

 期末が終わった七月の後半から準備は進められてきていたが、この時期は仕上げに入る。
 二年六組は水風船すくいと、綿菓子をやる事になっていた。
 段取りはほぼできているので、そちらは手順通りに進めればいいが、道具の製作がある。

 自分の部活も二つもある為、目まぐるしい忙しさだ。
 帰宅部の耕介に大体を任せるしかない。

 合唱部は本番は音楽室で歌う。
 茶道部の方は各人の出番と水屋での仕事の当番がある。
 家へ帰っても、なんやかやと考えてしまい、勉強に集中できなくなった。

 そんな、文化祭を間近に控えたある日の昼休み、理子は借りていた本を返して新しい本を借りる為に図書室にいた。
 朝霧高校の蔵書はかなり多い。

 まだまだ読んでいない本がたくさんある。
 それだけで胸がワクワクとしてくる。
 次は何にしようかと物色している時に、声をかけられた。
 目を向けると、枝本だった。
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