第104話

文字数 4,785文字

「一体何だったの?」
 
 いきなり呼ばれて、皆も不審に思ったのだろう。戻った途端に訊ねられた。

「うん。テスト、どうだったかって聞かれたの」

「そっかぁ。直前だったもんな」

「うん。ところで、耕介は?」

 理子は辺りを見回したが、耕介の姿が見えない。

「理子が行った後、慌ててトイレへ行ったけど、そのままここへ戻らずに、どっか行ったみたいだ」

「あいつ、度胸が無いよな~。隠さなくったって、一目瞭然なのに」

「そうそう。すぐ顔に出るから、みんなに遊ばれるんだよ」

 みんなの言葉に、理子は驚く。
 本当にそうなの?
 そんな目で枝本を見たら、枝本は頷いた。それで理子の方も顔を赤らめてしまった。

 全然、知らなかった。と言うか、気付かなかった。
 緊張するとすぐに赤面してどもるから、それだけなんだと思っていた。

 そうだとすると、もしかしたら耕介にとって酷な事を言ったりしたりした事も、あったかもしれないと思う。
 いい奴だけに、申し訳無かったという気持ちが湧いてきた。

「何、しょげてるんだよ」

 枝本が理子の隣に座って、そう言った。

「うん。なんか、耕介に悪かったかな、って思って」 

「馬鹿だな。そんな気にすることじゃないよ。あいつは、本当は最後まで自分の気持ちを理子には知られたく無かったんだ。気の合う、仲の良い友達でいたかったのさ。どう逆立ちしたって、自分には可能性が無いって最初から思ってたみたいだぜ。それなら、仲の良い友達でいようって。俺は、そんなあいつを不憫に思ってさ。最後くらい、ちゃんと気持ちを伝えたっていいんじゃないかと思ったんだ。なんせ、人一倍の照れ屋だからな。皆の前で言ったのが、悪かったのかな。でも君に振られているのは、みんな同じだからさ。何もあいつに限った事じゃない」

 枝本の話しを聞いて、理子は、哲郎を思っていた頃の自分を思い出した。
 何だか、似てる。
 耕介の気持ちが良くわかるような気がした。
 切ない話しだ。
 
「ごめん、私、ちょっと耕介を探して来る」

 理子はそう言って、席を立った。
 大勢の人の中を、耕介の姿を求めて捜し歩いた。
 過去に同じクラスだった男子や女子達から声が掛り、それに応えながらも、探し回った。

 どこにいるのだろう?
 なかなか見つからない。
 
「よぉ!理子」
 
 声の方に顔を向けると、哲郎だった。
 
「あっ、哲郎」
 
 そばには、彼女がいた。

「どうだった、受験」

「うん。まだ結果待ちなの」

「えっ?じゃぁ、国立?」

「うん.....」

 哲郎はびっくりしていた。

「そっかぁ。理子は国立だったんだ。凄いなぁ。俺とは随分と差が付いちゃったな」

「哲郎は?どこの学校に決まったの?」

「横浜の川本調理学校」

 そこは、有名なシェフがやっている調理学校だった。

「へぇ、凄いじゃない。良かったね」

「ああ。お陰さんで」

 哲郎は満足そうな笑みを浮かべた。

「和田さんは?」

 理子は彼女に振った。

「私は服飾の専門学校に行く事になったの」

 哲郎には大学を受験しない事を勿体ないと言っていたらしいが、自分も専門学校へ進むのか。

「どこにあるの?」

「横浜よ。だから、一緒に通えるの」

 嬉しそうな顔をしている。
 そうか。もしかしたら、それが目的で選んだのかもしれない。

「こいつ、俺に大学を勧めながら、結局自分も専門学校を選んでやんの」

「だってぇ.....。哲郎と同じ大学へ通いたかったのに、行かないって言うんだもん。そしたら私、他に行きたい大学なんて無いし。哲郎が食の道を選ぶなら、じゃぁ、私は服飾にしようって思ったわけ」

 二人の会話を聞いて、「ごちそう様」と言いたい気分になった。
 結局、哲郎は、こういう女の子が好みなんだ、とつくづく思った。
 前の彼女も似たようなタイプだった。理子とはまるで違うタイプだ。

「じゃぁ、ね。頑張ってね、二人とも」

 理子はそう言って、その場を離れ、再び耕介を探し始めた。
 そして、やっと見つけた。先生方の所にいたのだ。熊田先生とお喋りをしていた。
 理子が呼ぶと振り返り、理子の顔を見て赤くなった。

「耕介、ちょっと、来て」

 理子が呼ぶと、渋々と寄って来た。

「な、なんだよ.....」

 赤い顔してぶっきら棒に言う。理子は人の少ない所へ耕介を連れて行ってから、言った。

「耕介、ごめんね」

「な、なんで、お前が謝るんだよ」

「私さ。耕介の事、大好きだから。耕介と知り合えて、友達になれて、すっごい良かったと思ってるんだ。すっごい、楽しかった。だけど、全然、気付かなくて、ごめんね」

 そう言う理子を見て、耕介は眩しそうな顔をした。

「ば、馬鹿っ、謝るなよ。俺、お、お前が・・・す、好きだ。だ、だけど俺、こんなだからさ。お前の彼氏になりたいとか、そんな事を思った事は無いんだ。お前と、.....な、仲良くで、できた事だけで、じゅ、十分なんだ。だ、だって、お前の言う通り、俺も、すっごい楽しかったからな。ありがとな」

 耕介の顔は、茹でダコみたいに、真っ赤だった。本当に、いい奴だ。

「これからもずっと、友達だから。いいよね?友達でいてくれるよね?」

「ああ、.....あ、当たり前だろ」

「良かった。じゃぁ、私、行くね。また、後でね」

 理子はそう言って、その場を後にした。本当に、耕介には感謝の気持ちで一杯だ。

 元の場所へ戻ると、ゆきが男子に囲まれて写真を撮られていた。
 回りを見回すと、枝本も茂木も女子に囲まれて、矢張り写真を撮っている。みんな、人気者だ。
 ふと、気になって壇上の方に目をやると、その下で蒔田がまだ多くの女生徒達に取り囲まれていた。表情がいつもと違って柔らかい。

「理子」

 声を掛けられたので振り向くと、岩崎だった。

「ちょっと、いいかな」

 岩崎に誘われて、皆とは離れた、誰もいない一角へと連れて行かれた。

「僕さ。色々と迷ったんだけど、今日が最後だし、一つの区切りを付けておこうと思ってさ」

 岩崎が、白い頬を僅かに赤く染めながら言った。

「僕、さ。理子の事が、好きなんだ.....」

 岩崎の告白に、理子の胸は大きくドキリとした。

「あっ、その、それだけだから。理子に彼氏がいる事はとっくに知ってるしさ。前の席で、いつもそばに居て、仲良くお喋りできるのが凄く嬉しかった。理子が僕に、打ち解けてくれてるだけで、幸せだったんだ。何気ない触れ合いの中に、心温まるものを感じてさ。ほのぼのした気持ちになれたって言うか。毎日、学校に来るのが楽しかった。だから、卒業して、もうそういう時間が持てなくなるのが、とても寂しくて.....」

 そうか。そうだったのか。理子が感じていたのと同じ事を、岩崎も感じていたのだ。
 理子の方こそ、岩崎とのふれあいで、どれだけほのぼのとして癒された事か。

「岩崎君、ありがとう.....。私もね。岩崎君と一緒にいると、ほのぼのした気持ちになったんだ。なんか、不思議だね、二人して同じように感じてたなんて」

「そうだったんだ。なんだか、余計に嬉しいな。あの、良かったら、これからも友達でいてくれるかな。これまでみたいには会えないだろうけど.....」

「うん。勿論」

「僕、理子が東大を受験するって、もっと早くにわかってたら、自分も受験したのにな。だって、同じ学校へ通いたかったから」

 それを聞いて、理子は微笑んだ。
 そうだったら、良かったのに、と思う。岩崎がそばにいると、ホッとする。だが理子はこれから結婚する。蒔田の妻となってから、大学へ通う。
 そうなったら、そばにいるのが却ってつらくなるかもしれない.....。

「じゃぁ、戻ろうか」

 岩崎は頬を染めたままそう言うと、先に歩き出した。理子はその後に続いた。戻ると、解放されたゆきが一人で立っていた。

「ゆきちゃん!」 

「理子ちゃーん」

 ゆきは、理子に抱きついてきた。

「ねぇ、ねぇ。もう、男子も来ないみたいだし、ちょっとあっちで、二人でお喋りしない?」

 ゆきが言うので、二人で体育館の隅へ行って、座り込んだ。

「卒業式とは言え、凄かったねー。理子ちゃん、モテモテ」

「そう言う、ゆきちゃんだって、モテモテだったじゃない」

「そんな事ないよ。写真だけだもん。理子ちゃんは、コクられたんでしょう?」

 ゆきの言葉に、理子は照れ笑いを浮かべて俯いた。

「理子ちゃんは、可愛いもん。モテて当然だよ」

「何言ってるの。私なんかより、ゆきちゃんの方がずっと可愛いのに」

 理子は本当にそう思っている。
 つぶらな二重の瞳が愛らしい。薄い栗色の柔らかい髪、細くて壊れそうな身体。おきゃんで可愛い笑顔。森の妖精のようだ。

「あたしなんて、駄目。結局ね。小泉君とは、別れる事になったの.....」

 ゆきの言葉に、愕然とする。

「な、なんで?もう、受験も終わったじゃない。合格発表はまだだけど、小泉君なら多分合格してるだろうし、ゆきちゃんだって、頑張って合格したじゃない。なのに、どうして?」

 文化祭の時には、二人で回っていた。だから受験が終われば、また再スタートするだろうと、理子は思っていたのに。

「多分.....、冷めちゃったんじゃないのかな」

「そんなぁ。酷いじゃない、それって」

「でもね。あたしもね。小泉君から別れようって言われた時、そんなにショックじゃなかったの。勿論、全然ショックじゃなかったわけじゃないよ。でも、やっぱりね、とか、そんな風に思ったの。あたし我儘だから、愛想を尽かされても当たり前だって、去年の夏ごろから思ってたんだ」

「ゆきちゃん。ごめんね、力になれなくて.....」

 理子の目から涙が溢れて来た。

「なんで、理子ちゃんが泣くの.....」

「だって。親友が悲しい思いをしてたのに、私ったら.....」

「理子ちゃんは、いっつもあたしの事を思ってくれてたよ。いつも、あたしの為に気を使ってくれてたじゃない。どこへ遊びに行くのだって、いっつもあたしが喜ぶ所にしてくれたし。あたし、気付いたの。小泉君とのデートより、理子ちゃんと遊びに行った時の方が、ずっと楽しかったって」

「ゆきちゃん.....」

 胸が詰まって、何も言えない。

「理子ちゃんだって、辛い思いしてたでしょ。受験勉強と恋愛の狭間で頑張ってたじゃない。だけど、もう、それも悩む必要無くなったんでしょ?もう、受験は終わったんだもん。彼氏はどうしてる?元気?受験が終わって、喜んでるんじゃない?」

 ゆきの言葉に、理子の目から更に涙が溢れて来た。
 感情が昂りだしているのを感じた。

「どうしたの?理子ちゃん。何か、あったの?」

「ううん.....。私ね。ずっと、ゆきちゃんに言いたかったんだ。ずっと、胸の内に秘めたままでいるのが辛かった。どんなに、全部吐き出してしまいたかったか.....」

「彼氏の事なの?」

 ゆきが優しく訊いた。
 理子は頷くと、ゆきに左手のブレスレットを見せた。普段は制服の袖に隠れて見えない。

「この間のクリスマスの時に、彼から貰ったの」

「わぁ~。可愛くて、素敵.....。これって、ダイヤ?凄いね。前のペンダントと言い。Mが彼のイニシャルなんだ」

「そうなの。Mがイニシャルで、実は、ゆきちゃんも知っている人なの」

「えっ?」

 ゆきは、訳がわからないといった顔をした。

「だ、だって、理子ちゃん。相手は大人って言ってたよね?そうじゃ無かったの?」

「大人だよ。でもって、公務員って、言った.....」

「そ、それって.....。えっ?だって.....。確か、年が22?23?.....え、ええー?」

 ゆきは混乱し、困惑し、そして恐る恐るといった感じで言った。

「ま、ま、まさか、.....先生?」

 ゆきが、小声でそう言った。その言葉に、理子は頷いた。
 ゆきが知っている大人で、公務員で22,3歳の男性と言ったら、一人しかいない。

「ま、蒔田先生なの?」

「そうなの.....」

 理子は、はっきりと答えた。
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