第57話
文字数 4,089文字
意識が戻り、目を開けると、目の前に蒔田の顔があった。
理子を見つめて優しく微笑んでいる。
「私.....」
理子は自分に何が起きたのか、わからなかった。
大きな波が来たと思ったら、そのまま意識が途絶えてしまったように思う。
「いきなり気絶したから、驚いた」
「気絶したの?」
「ああ。自分では、わからなかった?」
理子は頷いた。
「激し過ぎたかな」
そういう顔は穏やかでとても優しい。
あんなにも激しかった人と同一人物とは思えない。
「先生.....。今までで、一番激しかったと思います。私、どうしたらいいかわからなくて」
「怖かった?」
「ちょっとだけ.....」
「そうか。ごめんな。俺もフラストレーションが溜まってたのかな。思いきり理子を愛したくなった。今までにない程の激しさで、お前を攻めたくなった。それでお前がどう反応するのかも見たかったんだ。少しは抵抗するかと思ったんだが、しなかったな」
「先生は、私を苛めたかったんでしょ。石坂先生の事で怒りが溜まっていて、それを私にぶつけたのでは?」
「まぁ、そうかもな。そういう気持ちも有ったかもしれない。だが意に反してお前は従順だった」
「抵抗した方が良かった?」
「そうだな。Sだからな。その方が征服する楽しさが増すんじゃないか?」
蒔田はいたずら小僧のような笑みを浮かべた。
そんな蒔田の胸の中に理子は身を寄せた。
「どうしたんだ?」
理子の方から、こうやって身を寄せてくるのは初めてだった。
いつもは蒔田の方から抱き寄せるのに。
「先生、もう怒って無い?」
理子の言葉に、蒔田は少なからず衝撃を受けた。
こんなにも怒りに敏感なのか。
そんなにも畏れているのか。
蒔田の激しい攻めを、怒りの表れだと理子は受け止めたようだ。
確かに半分はそうだったと言えるかもしれない。
理子の話しを聞いて、心の中は怒りと悲しみに満ちていた。
裸の心を見せてくれと言いながら、真実を知ると心が大きくかき乱される。
その感情のやり場に困った。
愛している事に変わりはない。
蒔田を怒らせ傷つける事になると知りながら、覚悟を決めて話してくれた理子には感謝している。
だが、それでも感情は渦巻いていた。
結局、理子の体を愛するしか術が無かった。
いつもとは違うやり方で攻めたくなった。
ただひたすらに、衝動に突き動かされたセックスだった。
理子はされるがままになっていた。赦しを請う気持ちがそうさせていたのかもしれない。
何時にも増して悩ましげで切ない声を上げる理子に、蒔田は更に欲情し、激しさは増す一方だった。
理子が気絶したのは、その蒔田の感情と欲情の激しさに耐えられなくなったからだろう。
「怒ってなんかないさ」
蒔田は優しく言った。
理子は蒔田の胸の中で、顔を上げた。
まだ不安そうな顔でいる理子に、蒔田は優しく口づけた。
「俺もお前を、傷つけてしまったかな」
理子は頭を振った。
「ちょっと怖かったけど、愛されている事はわかってるから.....」
理子は恥ずかしげにそう言った。
「なぁ、理子。俺の怒りなんて一時的なものだからな。時間が経てば鎮まる。だから気にするな」
「じゃぁ、もう気が済んだの?」
「気が済んだ。お前が俺の怒りを受け止めてくれたから。これからもこうやってぶつかり合って、絆を深めるしかない」
「そうだとしたら、私、身が持たないかも.....」
「はははっ。大丈夫。そのうち慣れるさ。それに、時間と共にぶつかるのも減っていく筈だ」
蒔田は陽気な顔をしていた。その顔がとてもチャーミングだ。
「さぁ、服を着て、昼飯にするか」
蒔田にそう言われて、壁の時計を見たら十二時を回っていた。
そんなに時間が経っていた事に気付かなかった。
「今日の昼飯は俺が作るから」
そう言って満面の笑みを浮かべている。エクボが可愛いかった。
「先生、作れるんですか?」
「おっ、知らなかったか?俺、料理得意」
「ええーっ?本当に?」
「本当だよーん。喰って驚くなよ」
心の中の澱 を全て出しつくしたのか、妙に突き抜けている感じがした。
二人は階下へと移動した。
蒔田がキッチンで赤いエプロンを身に付けた。
とてもよく似合っている。頭には黄色いバンダナだ。
「先生、派手な色遣いですね」
「俺、結構、派手好きなんだよ」
照れくさそうに笑う笑顔が素敵だった。
「何を作ってくださるんですか?」
「ピザ。もう生地は発酵済みだから、すぐに出来るぞ。嫌いなものって無かったよな?」
「はい。大抵のものは食べられますけど、発酵済みって?わざわざ生地から作られたんですか?」
「今日は理子が来るから、迎えに行く前に準備しておいたんだ」
あんな精神状態で、朝からピザの生地作りをしてくれたのか。
「もしかして、怒りのエネルギーをピザ生地に込めたとか?」
「ピンポーン!ピザやパンの生地作りは、怒っている時が最高かもな」
蒔田の手際はとても良い。次々に色々な物をトッピングして、ピザはオーブンに入れられた。
焼いている間にスープとサラダを作っている。
とても楽しそうだ。
また新たな蒔田を発見して、とても嬉しくなる。
学校では見せない蒔田の色んな表情を、自分だけが知っている。
そう思うと優越感が生じてくるのだった。
クールで知的で、見ているだけで痺れてくるような大人の顔と、明るくて無邪気で親しみやすい顔。
同じ人間とは思えない程、表情が違う。
一体、どちらが本当の先生なんだろう。
どれもみんな、先生には違いない。
「ん?どうした?」
理子の視線に気づいて、蒔田が顔を上げた。
「楽しそうに料理してるなぁ、と思って。イイ男が料理している姿っていうのも、いいものですよね」
「そうかぁ?イイ男云々は別として、料理って楽しいよな。特に、誰かの為に作るのは尚更楽しい。喜んで貰おうと、色々工夫するし」
「先生、料理の才能があるんじゃないですか?」
「もしかして、そうやっておだてて、将来もやって貰おうとか思ってるのか?」
「ははは、バレました?」
「虫のいいヤツだな」
「だって私、料理苦手だしぃ」
理子はわざと甘えた声をだした。
「ダメダメ、そんな声出しても。俺、知ってるんだぞ。お前が、料理が得意だってこと」
「あれー?おかしいですね。私はそんな事、一言も言った覚えは無いですけど.....」
料理の話しはした事が無い筈だ。
「お前の事は全て調査済み。家庭科の先生から聞いてある。料理は上手いが、裁縫は苦手なんだってな。編み物や手芸は上手なのに、不思議なやつだよな」
理子は赤くなった。
「そんな事まで調べちゃって。個人情報保護法に引っかかるんじゃありませんか?」
「担任は、こういう時、便利だよなぁ」
そう言って、にんまりと笑った。
「でも、スリーサイズは知らないぞ」
更にそんな事を言って笑う。
「そんな事は、知らなくていいです」
「でも、知っておかないと、服とかプレゼントできないなぁ」
「いいです。服を貰っても、今は親の手前、困るだけです」
「そうだな。まぁ、しょうがない。でも、結婚する時には教えてくれよ。沢山、買ってやるから」
「先生、ありがとう。とっても嬉しいです。でも、服ならスリーサイズを知らなくても、服のサイズがわかれば大丈夫でしょう?」
「全く、ああ言えばこう言うだな。教えてくれたっていいのに。ケチなヤツだ」
「先生こそ、知ってどうするんです?数字を知ったからって、何か得するんですか?.....既に何度も生で見てるのに.....」
理子は赤くなりながら言った。
「ふっ、そうだな。だけど、知りたいものなんだよ、男ってのは。そうだな、女が男の身長を気にするのに近いものがあるかもな」
「えっ?何か違う気がしますけど?」
「そんなことは無いだろう。目の前で見てるんだから、高いか低いかはわかるだろうに、わざわざ数字を聞きたがる。同じじゃないか」
そう言われれば、そんな気がしなくもないが、それでもやっぱり、ちょっと違う気がする。
「さぁ、できたぞ。運ぶのを手伝ってくれ」
出来あがったものは、とても綺麗で美味しそうだった。
色と言い、盛り付けといい、目を奪われる。男性の料理とは思えない。
口にしてみると、これまた見た目の印象通りの味だった。
「美味しいぃ」
理子は感嘆の声をあげた。
「そうだろう」
蒔田は満足そうに頷いている。
「先生、凄い。なんか、嬉しいなぁ」
「だから、そんなに褒めても無駄だぞ」
「もう、先生ったら。素直に感動してるのに」
理子が料理上手なのには理由がある。それは、家庭事情だ。
理子の母は料理を作るのが好きではなかった。
それでも家計のやりくり上、工夫するしかない。
何でもそこそこ出来るタイプなので、料理もそこそこだ。
味はまぁまぁだったが、見た目には全くこだわらないので、いろどりや盛り付けに工夫がない。
理子が中学に入ったころから、料理も手抜きになってきた。
最悪だったのが弁当で、作ってくれたのは最初の二,三日だけで、あとはずっと、パンだった。
高校へ入ってからは、理子は自分で弁当を作っている。休みの日には料理も作る。
元々好きな方ではあったが、必要に迫られて上達したとも言えた。
だから、こうして料理上手な恋人に愛情のこもった手料理を御馳走されると感激する。
まるで自分が男性になったような気がした。
だけど、こんなに料理上手だと、かえって自分の料理に自信を無くす。
そんな理子の気持ちを察したのか、蒔田が言った。
「毎日の食事に、そんなに凝る事は無いからな」
「先生.....」
「俺は何を出されても平気だから、あまり気を使うなよ。じゃないと、疲れて嫌になるだろ」
何て優しい人なんだろうと思う。
心が温まる。
だが、つい思いとは違う事を言ってしまう。
「先生、気が早いな。まだ先の事なのに」
「お前が、俺の料理に意気消沈してるから励ましてやったのに、ひねくれ者め」
こうして蒔田の手作りピザを食べながら会話するのが楽しかった。
結婚したら、こうやって毎日一緒に食事ができるんだな、と思うと、それだけで幸せな気分になるのだった。
理子を見つめて優しく微笑んでいる。
「私.....」
理子は自分に何が起きたのか、わからなかった。
大きな波が来たと思ったら、そのまま意識が途絶えてしまったように思う。
「いきなり気絶したから、驚いた」
「気絶したの?」
「ああ。自分では、わからなかった?」
理子は頷いた。
「激し過ぎたかな」
そういう顔は穏やかでとても優しい。
あんなにも激しかった人と同一人物とは思えない。
「先生.....。今までで、一番激しかったと思います。私、どうしたらいいかわからなくて」
「怖かった?」
「ちょっとだけ.....」
「そうか。ごめんな。俺もフラストレーションが溜まってたのかな。思いきり理子を愛したくなった。今までにない程の激しさで、お前を攻めたくなった。それでお前がどう反応するのかも見たかったんだ。少しは抵抗するかと思ったんだが、しなかったな」
「先生は、私を苛めたかったんでしょ。石坂先生の事で怒りが溜まっていて、それを私にぶつけたのでは?」
「まぁ、そうかもな。そういう気持ちも有ったかもしれない。だが意に反してお前は従順だった」
「抵抗した方が良かった?」
「そうだな。Sだからな。その方が征服する楽しさが増すんじゃないか?」
蒔田はいたずら小僧のような笑みを浮かべた。
そんな蒔田の胸の中に理子は身を寄せた。
「どうしたんだ?」
理子の方から、こうやって身を寄せてくるのは初めてだった。
いつもは蒔田の方から抱き寄せるのに。
「先生、もう怒って無い?」
理子の言葉に、蒔田は少なからず衝撃を受けた。
こんなにも怒りに敏感なのか。
そんなにも畏れているのか。
蒔田の激しい攻めを、怒りの表れだと理子は受け止めたようだ。
確かに半分はそうだったと言えるかもしれない。
理子の話しを聞いて、心の中は怒りと悲しみに満ちていた。
裸の心を見せてくれと言いながら、真実を知ると心が大きくかき乱される。
その感情のやり場に困った。
愛している事に変わりはない。
蒔田を怒らせ傷つける事になると知りながら、覚悟を決めて話してくれた理子には感謝している。
だが、それでも感情は渦巻いていた。
結局、理子の体を愛するしか術が無かった。
いつもとは違うやり方で攻めたくなった。
ただひたすらに、衝動に突き動かされたセックスだった。
理子はされるがままになっていた。赦しを請う気持ちがそうさせていたのかもしれない。
何時にも増して悩ましげで切ない声を上げる理子に、蒔田は更に欲情し、激しさは増す一方だった。
理子が気絶したのは、その蒔田の感情と欲情の激しさに耐えられなくなったからだろう。
「怒ってなんかないさ」
蒔田は優しく言った。
理子は蒔田の胸の中で、顔を上げた。
まだ不安そうな顔でいる理子に、蒔田は優しく口づけた。
「俺もお前を、傷つけてしまったかな」
理子は頭を振った。
「ちょっと怖かったけど、愛されている事はわかってるから.....」
理子は恥ずかしげにそう言った。
「なぁ、理子。俺の怒りなんて一時的なものだからな。時間が経てば鎮まる。だから気にするな」
「じゃぁ、もう気が済んだの?」
「気が済んだ。お前が俺の怒りを受け止めてくれたから。これからもこうやってぶつかり合って、絆を深めるしかない」
「そうだとしたら、私、身が持たないかも.....」
「はははっ。大丈夫。そのうち慣れるさ。それに、時間と共にぶつかるのも減っていく筈だ」
蒔田は陽気な顔をしていた。その顔がとてもチャーミングだ。
「さぁ、服を着て、昼飯にするか」
蒔田にそう言われて、壁の時計を見たら十二時を回っていた。
そんなに時間が経っていた事に気付かなかった。
「今日の昼飯は俺が作るから」
そう言って満面の笑みを浮かべている。エクボが可愛いかった。
「先生、作れるんですか?」
「おっ、知らなかったか?俺、料理得意」
「ええーっ?本当に?」
「本当だよーん。喰って驚くなよ」
心の中の
二人は階下へと移動した。
蒔田がキッチンで赤いエプロンを身に付けた。
とてもよく似合っている。頭には黄色いバンダナだ。
「先生、派手な色遣いですね」
「俺、結構、派手好きなんだよ」
照れくさそうに笑う笑顔が素敵だった。
「何を作ってくださるんですか?」
「ピザ。もう生地は発酵済みだから、すぐに出来るぞ。嫌いなものって無かったよな?」
「はい。大抵のものは食べられますけど、発酵済みって?わざわざ生地から作られたんですか?」
「今日は理子が来るから、迎えに行く前に準備しておいたんだ」
あんな精神状態で、朝からピザの生地作りをしてくれたのか。
「もしかして、怒りのエネルギーをピザ生地に込めたとか?」
「ピンポーン!ピザやパンの生地作りは、怒っている時が最高かもな」
蒔田の手際はとても良い。次々に色々な物をトッピングして、ピザはオーブンに入れられた。
焼いている間にスープとサラダを作っている。
とても楽しそうだ。
また新たな蒔田を発見して、とても嬉しくなる。
学校では見せない蒔田の色んな表情を、自分だけが知っている。
そう思うと優越感が生じてくるのだった。
クールで知的で、見ているだけで痺れてくるような大人の顔と、明るくて無邪気で親しみやすい顔。
同じ人間とは思えない程、表情が違う。
一体、どちらが本当の先生なんだろう。
どれもみんな、先生には違いない。
「ん?どうした?」
理子の視線に気づいて、蒔田が顔を上げた。
「楽しそうに料理してるなぁ、と思って。イイ男が料理している姿っていうのも、いいものですよね」
「そうかぁ?イイ男云々は別として、料理って楽しいよな。特に、誰かの為に作るのは尚更楽しい。喜んで貰おうと、色々工夫するし」
「先生、料理の才能があるんじゃないですか?」
「もしかして、そうやっておだてて、将来もやって貰おうとか思ってるのか?」
「ははは、バレました?」
「虫のいいヤツだな」
「だって私、料理苦手だしぃ」
理子はわざと甘えた声をだした。
「ダメダメ、そんな声出しても。俺、知ってるんだぞ。お前が、料理が得意だってこと」
「あれー?おかしいですね。私はそんな事、一言も言った覚えは無いですけど.....」
料理の話しはした事が無い筈だ。
「お前の事は全て調査済み。家庭科の先生から聞いてある。料理は上手いが、裁縫は苦手なんだってな。編み物や手芸は上手なのに、不思議なやつだよな」
理子は赤くなった。
「そんな事まで調べちゃって。個人情報保護法に引っかかるんじゃありませんか?」
「担任は、こういう時、便利だよなぁ」
そう言って、にんまりと笑った。
「でも、スリーサイズは知らないぞ」
更にそんな事を言って笑う。
「そんな事は、知らなくていいです」
「でも、知っておかないと、服とかプレゼントできないなぁ」
「いいです。服を貰っても、今は親の手前、困るだけです」
「そうだな。まぁ、しょうがない。でも、結婚する時には教えてくれよ。沢山、買ってやるから」
「先生、ありがとう。とっても嬉しいです。でも、服ならスリーサイズを知らなくても、服のサイズがわかれば大丈夫でしょう?」
「全く、ああ言えばこう言うだな。教えてくれたっていいのに。ケチなヤツだ」
「先生こそ、知ってどうするんです?数字を知ったからって、何か得するんですか?.....既に何度も生で見てるのに.....」
理子は赤くなりながら言った。
「ふっ、そうだな。だけど、知りたいものなんだよ、男ってのは。そうだな、女が男の身長を気にするのに近いものがあるかもな」
「えっ?何か違う気がしますけど?」
「そんなことは無いだろう。目の前で見てるんだから、高いか低いかはわかるだろうに、わざわざ数字を聞きたがる。同じじゃないか」
そう言われれば、そんな気がしなくもないが、それでもやっぱり、ちょっと違う気がする。
「さぁ、できたぞ。運ぶのを手伝ってくれ」
出来あがったものは、とても綺麗で美味しそうだった。
色と言い、盛り付けといい、目を奪われる。男性の料理とは思えない。
口にしてみると、これまた見た目の印象通りの味だった。
「美味しいぃ」
理子は感嘆の声をあげた。
「そうだろう」
蒔田は満足そうに頷いている。
「先生、凄い。なんか、嬉しいなぁ」
「だから、そんなに褒めても無駄だぞ」
「もう、先生ったら。素直に感動してるのに」
理子が料理上手なのには理由がある。それは、家庭事情だ。
理子の母は料理を作るのが好きではなかった。
それでも家計のやりくり上、工夫するしかない。
何でもそこそこ出来るタイプなので、料理もそこそこだ。
味はまぁまぁだったが、見た目には全くこだわらないので、いろどりや盛り付けに工夫がない。
理子が中学に入ったころから、料理も手抜きになってきた。
最悪だったのが弁当で、作ってくれたのは最初の二,三日だけで、あとはずっと、パンだった。
高校へ入ってからは、理子は自分で弁当を作っている。休みの日には料理も作る。
元々好きな方ではあったが、必要に迫られて上達したとも言えた。
だから、こうして料理上手な恋人に愛情のこもった手料理を御馳走されると感激する。
まるで自分が男性になったような気がした。
だけど、こんなに料理上手だと、かえって自分の料理に自信を無くす。
そんな理子の気持ちを察したのか、蒔田が言った。
「毎日の食事に、そんなに凝る事は無いからな」
「先生.....」
「俺は何を出されても平気だから、あまり気を使うなよ。じゃないと、疲れて嫌になるだろ」
何て優しい人なんだろうと思う。
心が温まる。
だが、つい思いとは違う事を言ってしまう。
「先生、気が早いな。まだ先の事なのに」
「お前が、俺の料理に意気消沈してるから励ましてやったのに、ひねくれ者め」
こうして蒔田の手作りピザを食べながら会話するのが楽しかった。
結婚したら、こうやって毎日一緒に食事ができるんだな、と思うと、それだけで幸せな気分になるのだった。