第66話 追及

文字数 2,987文字

「わ、私が犯人だと……!? 何を言っているんだ」
「最初にあなたを犯人だと疑ったのは、里中先生を殺害できる人間を推理したときです」

 式の推理では、里中を殺害できたのは彼女と顔見知りの人物で、かつ彼女が家に入れても問題ないと判断した人間だ。

「それに当てはまるのは、里中先生の友人だったり、まあ俺たちも家に入れてもらえたから、信頼できる生徒も入るでしょう。そしてもう一つ、学校の先生も条件に当てはまります。もちろんあなたもね」
「それだけで私を犯人だと決めつけるのか!?」
「もちろんこれはきっかけに過ぎません。あなたを疑うことになったのは、ある発言を聞いたときですよ」
「ある発言?」

 式は榊と隼人に目配せをした。

「里中先生の遺体が発見された日の朝、明戸高校では緊急朝会が開かれましたよね。その時教頭先生は、『いきなり自宅に訪問してきた謎の人物によって、冷酷にも里中先生は殺害されてしまったようです』と言った」
「それがどうしたんだ」
「よくよく考えてみれば、この発言は不自然だ。実際に里中先生を殺害した人物が、『いきなり』家に訪問してきたことは誰も知らないんだから」
「そ、それは警察から聞いた話をそのまま言っただけで」
「いや、警察がそう発言するのは不可能です。何故ならあの時点で警察も犯人が『いきなり』家に訪問してきた事実を知らないんですから。教頭先生の言葉で初めて犯人が『いきなり』家に訪問してきたことがわかるんですよ。そしてそれを知っているのは、計画を実行した犯人だけだ」

 式に指摘された白澤は黙ってしまう。
 だがしばらくした後、

「し、しかし、私が里中先生を殺害する動機は何なんだ!? なぜ彼女を殺さなければならない!」

 と焦りながら尋ねた。

「殺害の動機。確かに俺もずっとわからないままでした。なぜ犯人は里中先生を殺害したのか」
「そうだろう」
「だが全ての謎が解けたとき、その動機もわかりました。それは単純に里中先生が計画の支障になりかねない存在になるからですよ」

 その言葉を聞いた白澤はまたも冷や汗をかいた。

「計画の支障とは?」

 隣で聞いていた榊が訪ねる。

「教頭先生、あなたは赤城智也という人物を知っていますね」
「し、知らん!」
「とぼけても無駄ですよ。先ほど警察に調べてもらって判明しました。あなたは昨年明戸高校に赴任してきた。その前に勤めていた学校では、赤城智也が生徒として通っていたという事実を」
「ぐっ!」
「そして殺害された里中先生も、赤城智也と面識があった。彼女は昨年まで赤城智也が通っていた高校に勤めていて、しかも担任だったんです」

 警察が調べた資料を手に取り話す。

「里中先生が殺害される日の夕方、彼女は赤城智也がある人物と揉め事を起こしているのを発見する。その相手は後々事件にも関わってくる明戸高校在籍の朝霞龍吾という生徒だ。その二人を見かけた里中先生は見知った顔があったので声をかけた。だがその声に反応した赤城智也はかつて担任だった里中先生に目を付けられたと勘違いをしてその場から逃げ出してしまった」

 当時の状況を思い出しながら語る。

「そのとき俺たちもそばにいたから、てっきり里中先生は朝霞龍吾に声をかけたのだと思っていた。しかし実際には彼女は赤城智也の方に声をかけていたんです」

 式はその後の犯行について語り始めた。
 里中に目を付けられたと勘違いした赤城智也は、取引先の相手である白澤に相談をする。幸か不幸か、白澤も里中と面識があったため、その関係を利用して殺害を実行する計画を思いついた。

「別に里中先生を殺害する必要はなかったとも思えますが、赤城智也が所属している暴力団を調査していた朝霞龍吾が鬱陶しい存在だった。だから彼を里中先生殺害の犯人に仕立て上げ、二人とも自分たちから切り離そうとしたんだ」
「ということは里中先生は……」
「うん、要するに龍吾を犯人にするための餌として殺された。自分たちの邪魔になるという理由だけで」
「そんな、ひどい……」

 榊は白澤をにらみつける。

「そういった理由で里中先生を殺害することを決めたあなただったが、実はもう一人邪魔な存在がいた。それは里中先生の旦那さんです」

 里中の夫は丁度年に一度家に帰ってくる日だった。通常ならば里中一人だったのでいつでも殺せるタイミングはあったが、夫がいるとなるとそれも難しかった。

「だから先に旦那さんをどうにかする必要があった。これは佐倉先生から聞いたことですが、あなたは里中先生から旦那さんが何時どこの駅に着くのかを知っていた」

 どこの駅に何時に着くのかを知っているなら、予め先回りして里中の夫を呼び出し、殺害することは容易だ。

「具体的な犯行方法はわかりませんが、大体こんな感じでしょう。時間前に駅についたあなたは、里中先生の旦那さんが到着するのを待つ。そして到着したら駅のアナウンスで呼び出す。呼び出した口実としては、『私は奥さんが勤めている高校の教頭で、あなたの奥さんである初音さんのことについてお話があります』とでも言っておけば十分でしょう。そして人気のないところまでおびき出した後殺害した」
「……」

 白澤は何も反応しない。

「その後あなたは里中先生の家に行き、『赤城智也と朝霞龍吾の件についてお話があります』とでも言って家の中に入る。隙を見て里中先生の家から包丁を盗み出し、頃合いを見て家から出たところで彼女を刺した。この時家にあった包丁を使った理由も当然あります。それは朝霞龍吾が里中先生の家に招かれてどさくさに紛れて殺害してしまったという状況を作るためです。あなたは『朝霞龍吾が里中先生の家に行く→家に入って包丁を盗み出す→家から出た直後に里中先生を殺害する』という図式を作り上げたかった。しかしそれは不可能だった」

 式は一息ついて話を続けた。

「何故なら、そもそも里中先生は家に龍吾を招くとは考えられないからだ。彼女は龍吾を警戒していた。そんな彼女が二人きりで家に入れるだろうか。そう考えたら辻褄が合わなくなる。だから朝霞龍吾が里中先生の家に行くとは思えないんですよ」
「何を言っている。彼女から朝霞龍吾に電話をかけて呼び出したんだ。だから朝霞龍吾は里中先生の家に行っていた!」

 その言葉を聞いた全員が息をのんだ。

「そうですね。確かに里中先生は龍吾に電話をしていました。しかしそれを知っているのは当人同士と事情を聴いていた俺たち以外には、事件当時里中先生と一緒にいたであろう犯人しか知らないはずなんです。なのに何故教頭先生はそのことを知っているんですか?」
「あっ……」

 自分が失言してしまったことに気づいた。

「どうやらあなたは事件に深く関わっているようですね。それならばあなたの家の調査させてもらいたい。丁度赤城智也が所属していた暴力団が持っていた、違法に入手した武器や薬を取引していた顧客リストにあなたの名前も載っていたので、その件についてもついでに調べさせてもらいましょう」

 式は隼人に合図を送る。
 それを見て隼人たち警察は白澤の家の中に入っていった。
 当の本人である白澤は、その場で何もできずに座り込んでいた。
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