第45話 年に一度

文字数 996文字

「それでは、本日の授業はここまでです」

 終業のチャイムがなり、本日の授業は全て終わりを迎えた。
 明戸高校に教員として勤める里中初音は、今日の放課後の時間を待ちに待っていた。

「これで今日の仕事は終わり、と。後は家に帰って準備するだけ……♪」

 うきうき気分で廊下を歩く彼女を、同じく明戸高校に教員として勤めている佐倉司が見かけていた。

「あら、里中先生。何だか楽しそうですね」
「あ、佐倉先生お疲れ様です。ええ、今日は夫が出張から帰ってくる日なので」

 里中の話によると、彼女の夫は長期間の出張に出ており、毎年この時期に一度自宅に帰ってくるのだと言う。

「この時期に年に一度会えるなんて、まるで織姫と彦星みたいね」
「ふふ、そうですか? なら今日は彦星様を豪華にお出迎えなきゃですね!」
「でも、まだ仕事が残っているんじゃ……」
「あ、そうですよね……」

 がっくりと項垂れる里中。

「そういう事情なら、今日は早く帰ってもいいですよ」

 と、この学校の教頭である白澤正敏が話に入ってきた。

「教頭先生!」
「せっかくの日に残業などしては興ざめだ。今日くらいは旦那さんとゆっくり過ごしなさい」
「あ、ありがとうございます!」

笑顔で感謝する里中。

「旦那さんは何時ごろに帰ってくるのかね」
「えっと、夜七時くらいに明戸駅に着くみたいです」
「じゃあ、それまでにパーティーの準備でもしておかなきゃね」
「そんな、パーティーってほどじゃないですけどね」

照れくさそうに話す。

「じゃあ、楽しい一日を過ごしてね」
「はい。これから買い物に行ってきますね!」

 笑顔で立ち去る里中を、佐倉と白澤は温かい目で見守っていた。

「教頭先生も粋なことをしますね」
「まあ一日くらい早く帰っても罰は当たらんだろう。それに里中先生は毎日熱心に生徒を教育しているからね。この学校に赴任してきてから、生徒や教員の信頼を勝ち取るために一生懸命に働く彼女を見たら、私も心を動かされますよ」
「そういえば、彼女は今年この学校に赴任してきたばかりでしたね。もうずっと一緒にいるような気がしていました」
「かくいう私も、まだ二年目だがね。だからこそ、余計に彼女の頑張りに目が行くというか」
「……セクハラにならないように気を付けてくださいね」
「ど、努力しよう」

 くすくすと佐倉は笑った。
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