第89話 浮気疑惑

文字数 821文字

「それじゃ行ってくるわね。今日も帰りは遅くなると思うから」
「……うん、わかった」

 いつも通りの朝、いつも通りの母の言葉。
 今日も仕事に行く母を見送った。
 ここ最近、母は毎日のように深夜近くに家に帰ってくる。
 残業ならばまだいいのだが、恐らく浮気をしているのだろうと思う。
 その理由としては、最近やたらめかし込んで出かけているからだ。
 それに加えて、家にいるときは片時も携帯を手放さない。多分SNSでやり取りをしているのだろう。
 私も父も薄々感づいているが、決定的な証拠がないため追及することができない。
 もし問い詰めるようなことをしても、しらを切られておしまいだろう。

「ねえお父さん、本当に何も言わなくていいの?」
「決定的な証拠がないんだし、仕方ないだろう。第一浮気をしているかもというのも推測だ」

 父も内心では疑っているのだが、やはり証拠がないため動けないようだ。
 もう私も20歳になっていて、離婚しても何も問題がないため、浮気であることが発覚したらすぐにでも離婚させたいところだ。
 自分たちではこれ以上どうしようもないので、ここはプロに任せることにした。

「ならさ、探偵でも雇って素行調査してもらおうよ」
「探偵ねえ……」
「お金は私が出すからさ、いいでしょ?」
「なあ綾乃、なんでお前がそこまでする必要があるんだ?」

 必死の形相で訴える私を、怪訝な目で見る。

「だって、お父さんがあまりにも可哀そうじゃん。浮気しているなら、お母さんは何らかの罰を受けるべきだよ」
「……お前の気持ちはありがたいが、これは父さんたちの問題だ。お前が何かをする必要はない。そのうち解決してみせるさ」

 頭を軽く撫で、部屋に戻っていく父。
 父は優しい人だ。
 だからこそ、母を問い詰めることができないのだろう。

「……やっぱり私がやらなくちゃ」

 部屋に戻る時に見せた父の哀しげな顔を見て、私はそう決心した。
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