第34話 アクシデント?

文字数 1,910文字

 翌日、朝のSHRの前に式は榊に話しかけられた。

「式くん、どうでしたか。昨日の配信とてもよかったですよね」
「あ、うん。楽しかったよ」

 式は当たり障りのない返事をする。

「やはり、式くんは私の見込み通りです。どうやらバーチャルアイドルファンの素質があるようですね」
「え?」

 何やら雲行きが怪しくなってきた。

「今日から毎日、私がめーぷるちゃんヒストリーを式くんに教えてあげます。これで式くんもめーぷるちゃんに詳しくなれますよ」
「いやいや、いいよそんなの!」

 必死の形相で遠慮する式。
 しかし榊はそれに気づいていないようだ。

「では早速今から始めましょう。この動画を見てください。これは彼女が初めて投稿した動画で、自己紹介をしているのです。彼女のプロフィールや好きなアニメ、好きなゲームなどが紹介されていて……」

 饒舌に説明される。
 こうなってしまったら榊は止まらない。
 観念して式は話を聞くことにした。

それからその日は休み時間になる度にめーぷるちゃんヒストリーを榊から聞かされた。
始めのうちは聞き流していた式だったが、次第に彼女の話術に感化され、バーチャルアイドルに熱中するようになってきた。
そして放課後になる頃には、榊の思惑通り式はバーチャルアイドルファンになってしまった。

「さあ式くん、今日も一緒にめーぷるちゃんの配信をみましょう!」
「よし、じゃあ急いで家に帰ろう!」

 式たちは急ぎ足で帰宅した。



 帰宅した式はすぐに着替えを済ませ、パソコンを起動して配信ページを開いた。
 その間に榊への連絡も済ませている。昨日とはまるで別人のような動きだ。

「榊さん、こっちは準備OKだよ」
『わかりました。まだ配信までしばらくあるので、少しアーカイブを見てみましょうか』

 アーカイブというのは、簡単にいうとこれまでに配信してきた記録を残しているもののことを指す。
 めーぷるちゃんが配信したものは全てサイトに残っているので、榊はそれを見ながら時間を潰そうと提案しているのだ。

「あれ、めーぷるちゃんって平日の昼にも配信することあるんだ」
『ええ。彼女は夜の配信は定期的に行っていますが、昼の配信は不定期に行っているようです。彼女なりにスケジュールの忙しさがあるのでしょう』
「ふーん、リアルはどういう生活しているんだろう」
『式くん、そういうのを想像するのは野暮ですよ』

 榊が咎める。

『まあ気になるならこちらも見てみましょうか。これは以前放送した雑談配信ですね。彼女の日頃の生活などを語っていますよ』
「……なんか、話を聞いていると俺たちとそう変わらない年齢みたいだね」
『それはそうですよ。彼女は十七歳と公表しているのですから』
「それはあくまでバーチャルとしての設定なんじゃ? 中の人が実際にそうだとは限らないでしょ」
『式くん、何を言っているのですか。中の人なんていませんよ』

 あくまでも榊は設定に忠実なようだ。
 式もこの発言を聞いてようやく理解した。

「あ、うん。わかったよ」
『もうすぐ配信が始まりますね。待機しましょう』

 しばらく待っていると配信画面が切り替わった。

「みんな~こんばんは~! めーぷるホリック、配信クリック! 今日もやっていきますよ~!」
「あ、始まったよ」

 式は内心ワクワクしていた。

「今日は昨日のゲームの続きをやっていきます! 今日こそクリアしますよ~」

 めーぷるちゃんがそういうと、コメントの流れが早くなった。
 その中には榊のコメントもあった。
 式は配信にコメントをしない、いわゆるROM専なので、このコメントの流れが新鮮に感じられた。
 特に何事もなく配信が進んでいく。
 だがしばらく経つと、めーぷるちゃんが奇妙な言葉を発した。

「あれ、何か変な臭いがするな……」

 心配するコメントが流れると、それににこやかに答える。

「あ、多分気のせいだから大丈夫ですよ~」

 そのままゲームを続行しようとしたその時、

「あれ? 急に電気が……」

 そう言葉を発した瞬間、大きな音が響いて配信が停止した。

「……え?」
『な、何が起こったのでしょうか』

 その配信を見ていた式と榊が疑問を呈する。
 とつぜん起きた出来事に、コメントも騒然とする。
 しばらく待ってみても、一向に配信が再開される気配はない。
 SNSを見てみるも、特に反応はないようだ。

『恐らく、めーぷるちゃんに何かあったのでしょう。私の方で調べてみますね』
「う、うん」

 そう言って榊は通話を切った。
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