第18話 シナリオの結末

文字数 2,598文字

「はい、はい……。失礼します」

 事件が起きて数日、莉奈は近くのホテルに部屋を取っていた。
 今はまだ館の捜査を行っている。殺人事件のこともそうだが、何より他にも違法ドラッグがないかを調べているためだ。

「……ったく、面倒くさいな」

 莉奈は手に持っていた携帯電話をベッドに放り投げる。
 あの後もずっと事件の詳細を聞かれていた。
 これで自分の元に遺産が転がり込んでくるとはいえ、こうも面倒なことがあると鬱陶しくなる。

「まあいいや。これで邪魔なあいつらもいなくなったし、こっから私の人生リスタートだし!」

 高笑いをする莉奈。
 今の彼女からは、礼儀正しかった館の頃の面影は微塵も感じられなかった。
 彼女にとっては、正は財産を奪う邪魔者でしかなかった。
 そして冬彦についても、目的が達成された今では用済みだ。

「あの高校生探偵共も私の思う通りに動いてくれたし。メイド探偵会だっけ? 忘れちゃったけど」

 ご機嫌な様子でワインを飲む。
 今の彼女は有頂天になっているのは傍から見ても明らかだ。

「冬彦も馬鹿だよなー。利用されているのをわかっていながらあんなことをするなんて。そんなの私はごめんだね」

 そんな莉奈の元に、来訪者が訪れた。
 部屋のドアがノックされる。

「ん、誰かな」

 莉奈がドアを開けると、そこには夏海がいた。

「あら、夏海さん」
「しばらくぶりです、お嬢様。あんな事件があった後だから、気になって……」
「まあ、ありがとう。おもてなしはできませんが、どうぞ中に入って」

 莉奈は夏海を部屋へ招き入れた。
 その夏海の表情には気づかずに。

「夏海さんはどうお過ごしですか?」
「私は……。やりたいことがあって、その準備をしていたんです」
「そうなんですか」

 にこりと微笑む莉奈。
 しかし夏海には背を向けていたので、その表情は見えなかった。

「ああそうだ。今日はお嬢様にお土産を持ってきたんです」
「お土産? そんなのいいのに」
「いいんですよ」

 そう言って夏海は鞄からあるものを取り出した。

冥土(メイド)の土産なんですから」

 その瞬間、夏海は手に持ったナイフを莉奈の背中に突き刺した。

「え……?」

 莉奈は一瞬何をされたのか、理解できなかった。
 だが背中に走る痛みと滴り落ちる赤い雫が、自分の身に起きた出来事を語る。

「な、なんで……」
「あんたがいなければ、冬彦はあんなことをしなくて済んだ。あんたさえいなければあああああああ!」

 夏海は突き刺したナイフをさらに奥に押し込む。
 とても女性の力とは思えないほど深く入っていく。

「う、そでしょ。私こんなところで……」

 莉奈は虚ろな目で床に倒れ、そのまま絶命した。
 夏海は特に何も言わず、手早く後始末をして部屋を去った。



 数日後、冬彦の元に一人の面会客が現れた。

「やあ式くん。久しぶりだね」

 以前と変わらない様子の冬彦に、式は嫌悪感を覚える。

「それでどうしたんだい? このタイミングでここに来るなんて」
「お話したいことが二点ありましてね」
「話?」
「まず一点目。俺はあなたを犯人だと告発しましたが、実際にはもう一人犯人の候補がいました」

 式は榊にも話した莉奈犯人説を冬彦に説明した。

「なるほど、それは面白い話だね。もっとも、証拠が何もないからただの妄想にすぎないけどね」
「今にして思えば、あの時莉奈さんが共犯の可能性があるということだけでも話すべきでした。これは俺のミスです」
「ミスも何も、そんなのはただの妄言だよ。なんの根拠もない」

 余裕な表情で式を鼻で笑う。

「仮に君の言う通りだったとしても、既にこうして僕が犯人として捕まったのなら、もうお嬢様の思うがままになったってことだ」

 高笑いをする冬彦。
 もはやメイド館で優しく式を気遣っていた彼の面影はなかった。

「……あなたたちの思い描いたシナリオは、莉奈さんが生き残るという意味では完璧だったかもしれない。しかし現実は空想よりうまくいくとは限らなかった」
「……?」
「どんなストーリーを思いついても、その通りに事が進むのは登場人物たちが論理的に動いてこそだ。だが感情のままに動く人間については、どうしても予測することが難しい」
「何が言いたい?」
「実は先日、とあるホテルで殺人事件が起きましてね。被害者は二十歳の女性で、訪問してきた人物に後ろからナイフで突き刺されたのが死因だそうです」

 式は新聞紙を取り出し、冬彦に見せた。

「被害者の名前は……渋沢莉奈」
「な、ま、まさか!!!」

 冬彦は思わず立ち上がり、その新聞紙に食いつく。

「なぜだ、誰がこんなことを!!!!」
「……ホテルの防犯カメラの映像によれば、犯人は同じく二十歳くらいの女性であることが発覚しています。その条件に当てはまる人であなたが良く知る人物がいるじゃないですか」
「ま、まさか……」

 冬彦は絶望した表情で小さく呟く。

「……夏海」
「夏海さんはその事件があった日から姿を消している。住んでいたアパートにも形跡が何一つなかったし、家族にも黙っていたようです。警察は夏海さんを犯人として、彼女を捜索しています」
「なんで、夏海がこんなことを……」
「なんで? そんなのはあなたが一番よく知っていることだ」

 愛する女性のために、自分が罪を被ることも厭わない。
 それが冬彦の行ったことだ。
 ならば、彼女もまた……。

「冬彦さん、これがあなたたちが思い描いたシナリオの結末です」
「……」
「俺もあなたも、自分がやった愚かな行為で多くの人を不幸にしてしまった。俺があの時もっと莉奈さんが共犯であることを推していれば、彼女はこんなことをしなかったかもしれない。そしてあなたが殺人を行わなければ、正さんや莉奈さんが死ぬことも、夏海さんが罪を背負うことも……」
「もうやめてくれ!!!!」

 冬彦は発狂する。
 だが式はそれを哀れむこともなく、

「逃げないでくださいよ。俺もあなたも、同じ罪を背負うことになるんですから」

 それだけを言い残し、式は部屋から出ていった。
 後に残ったのは、自分がやってしまった愚かな行為を悔いている哀れな男のみだった。
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