第84話 動機、そして……

文字数 1,884文字

「……どうして、俊哉を殺したの? あんたあんなに狙ってたのに」
「彼が、私のものにならないからよ」

 留美の言葉に、タカと美紀は呆気にとられる。

「どういう意味だ!」
「私は今まで、寄ってくる男はもちろん、私からアプローチした男も全て手に入れてきた。でも、彼だけはどれだけアピールしても私に靡く気配さえなかった」
「それに何の関係が……」
「この私が、たった一人の男を落とせないなんてこと、あってはならないのよ。ましてや相手は冴えない男。そんなことを認めるわけにはいかないの」

 留美の言っていることが、タカや美紀だけではなく、その場にいた式たち全員が理解できなかった。

「お前、本気で言ってるのか?」

 信じられないものを見るような目でタカが言う。

「当たり前でしょ。あ、でも安心して。私彼女持ちには興味ないから。彼女持ちを落とすのはわけないけど、迫られたら今いる恋人を裏切るような奴は信用できないし。今回は片思いの男を落とそうとしたけど、こんなに手間取るなんて……」
「ふざけたこと言わないで!」

 あまりの言葉に、美紀が叫んだ。

「そんな、そんなくだらない理由で俊哉が死ななければならなかったの!?」
「くだらないって何よ! 私にとっては耐え難い苦痛なのよ!」
「もういいですよ!」

 二人のやり取りを見ていた式が止める。

「美紀さん、そんな戯言聞く必要ありません。直ちに連行するべきです」
「え、ええ……」
「畠山さん、お願いします」
「はい」

 薫が留美を連れてパトカーへ乗る。

「あ、畠山さん一つ聞きたいことがあるんですけど」
「なんですか?」
「どうしてここに来たんですか?」

 突然の式の言葉に、一瞬固まる薫。

「どういう意味ですか?」
「だってここって県外ですよ。畠山さんの担当外ですよね。なのになんで来たのかなって」
「ああ、それは園田警部に頼まれたからですよ」
「いや、警察に通報したのは榊さんだったはずです」
「そうでしたっけ。私勘違いしてました」

 えへへ、と照れる薫。

「では犯人を連れて行きますね」
「あ、ちょ……」

 式の言葉を聞かず、パトカーは発進した。

「……」
「どうかしましたか、式くん」
「いや、何でもないよ。ただ単にいろいろと疲れただけ」

 式の心中を察してか、特に何も尋ねなかった。

「式くん、この後事情聴取があるみたいだ。一緒に来てくれるか」
「わかりました」
「あ、あの……」

 警察署へ向かおうとしていた式たちに、美紀とタカが声をかける。

「私たちも行くんですよね」
「ええ、お手数をおかけします」
「……どうしてこんなことになってしまったんでしょうか」

 数分前までは四人で楽しく遊んでいたのに、今ではたった二人になってしまった。
 タカも美紀もこの現実を受け止めるには時間がかかるだろう。

「つらいことですが、残された人にできるのは被害者をいつまでも忘れないことです。それは友人であるあなたたちにしか出来ません」
「……そうだな。あいつの分も俺たちは生きていかなきゃな」
「では行きましょうか」

 全員で警察署へと向かった。



 事情聴取が終わる頃には、既に空が暗くなりかけていた。

「こんなに時間がかかってしまったのか」
「今から帰るとなると、夜遅くなりそうですね」
「まあ仕方ない。なるべく早く帰ろう。帰りは僕が運転するんだったな」

 いろいろあったからか、式と隼人以外の三人は既に車の中で眠っていた。

「式くんも、眠かったら寝てていいぞ」
「いえ、いいですよ。あんなことがあったら目が覚めてしまいましたし」
「そうか。事件に慣れた君でもそんなことがあるんだな」
「慣れたくないですよ」

 しばらく車で走った後、隼人が切り出す。

「そろそろ休憩するか。この後すぐにパーキングエリアがあったはずだ」
「そうですね。皆を起こしますか?」
「お手洗いに行きたい人もいるかもしれないし、そうした方がいいな」

 PAについた式たちは、女性陣を起こして休憩をとることにした。

「じゃあ俺もちょっとお手洗いに……」

 トイレに入ると、個室が一つを除いて全て埋まっていた。
 しかし利用者がいるというわけではなく、どうやら故障中のようだ。

「ほとんど故障中か。幸い一つだけ空いてたけど」

 式は空いていた個室に入ろうとした。
 その時。
 彼は信じがたいものを目にする。

「えっ……」

 それは、便器に座った状態で胸を刺されている男の死体だった。
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