第59話 タクシーの中で

文字数 2,428文字

 式が目を覚ますと、そこはタクシーの中だった。

「お、俺生きてるのか」
「ああ。悪運が強くてよかったな」

 式が顔を声のした方へ向けると、そこには朝霞龍吾がいた。

「あ、朝霞龍吾……」
「ここはタクシーの中だ。今警察署に向かってる。お前はあそこから飛び降りた後、気を失った。そのお前を俺が運んでタクシーを呼んだってわけだ」
「ど、どうして……」
「決まってるだろ、これから調査するんだよ。お前らの集めた情報と、俺の集めた情報を整理するんだ」

 朝霞龍吾が集めた情報とは。

「なあ、いくつか聞いていいかな?」
「何だ」
「まず、何でこの事件に関わっているんだ……?」
「……今のお前に話しても理解できないだろうから、言う必要がないな」

 はぐらかされた。

「じゃあ、里中先生の事件で現場付近をうろついていたのは?」
「別にうろついていたわけじゃねえ。あの日俺は先生に電話で呼び出されたんだよ」
「え、何時ごろに!?」
「夜九時くらいだな。その時の通話を録音しているから、聞くか?」
「ぜひ」

 朝霞龍吾は録音した通話を聴かせた。

『あ、朝霞くん? 君今どこにいるの?』
『別に。言う必要があるか?』
『実は、ちょっとお話があるの。住所を送るから、今から私の家に来れないかな?』
『今からだと? 何の用だよ』
『それは……。家に着いてから話すわ』
『……。いいだろう』
『それじゃ、メールを送るわね』

 録音はそこで終わっていた。

「どうして里中先生は君に電話を? 何の用だったんだ」
「それを確認するべく先生の家に行ったら、既に門の前で死んでいた。家に着いたのが十時前くらいだったな」
「その後、死体は放置していったんだよね。なんで見つけてすぐに通報しなかったの?」
「まず俺が死体を発見したとき、まだ脈を計っていなかったから、生きている可能性があった。だから近づいて確認してみたが、既にこと切れていた。そしてその様子を第三者に見られていたんだ」
「見られていた?」
「ああ。暗くてはっきりは見えなかったが、声からして二十代の女だろう。死体の前にいる俺に対して『人殺し!』と言っていた。勘違いとはいえ、言い訳のしようがない状況だったから、俺はその場から逃げ出したんだ」

 ここまで言って朝霞龍吾は自分の考えを述べる。

「だが、今ははっきりとわかる。俺は犯人にハメられたんだと」
「……そうか。もし君の話が本当だとすると、おかしい点がある」
「ああ。翌日のニュースを見て確信したよ。先生の死体が発見されたのは夜が明けてからだった。だが俺を除いても既に夜十時頃には死体が発見されているのに、なぜか死体発見時刻がその時間になっていない。ということは、俺が死体に近づいているのを発見した女が通報していないということだ」

 それが何を意味するのか、式も朝霞龍吾もわかっていた。

「つまり、あの女は犯人の手の人間で、俺を殺人犯にするために俺が死体に近づいたタイミングでさも今発見したかのような演技をしたというわけだ」
「なるほど……」

 どうやら、警察に頼んでその女を特定する必要があるようだ。

「まだ質問があるんだけど、赤城智也とはどういう関係なんだ?」
「あいつは、俺が独自で調べていた事件の関係者だったから、それを問い詰めていただけだ。それが結果的に今回の事件に巻き込まれたってわけだが」
「じゃあ、さっきの廃墟に向かっていた理由は?」
「今日の昼間に赤城哲也の暴力団の本部に行って、奴らを壊滅させた後に話を聴いたら、弟があの廃墟を根城にしているという情報を得たから行ってみた。そしたらあの四肢を切断された遺体があったってわけだ」
「暴力団を壊滅させたって、じゃああの噂も本当だったんだ……」

 その割には朝霞龍吾を見かけたときは特に傷を負っているようには見えなかった。
 つまり話が本当だとするなら、ほとんどダメージを受けずに壊滅させたことになる。
 となれば、一体この男はどれほどの戦闘力を持っているのか。

「さっき見た死体だけど、写真を撮ったはいいものの、結局解剖なんかはできないだろうから、身元を特定するのは難しそうだね」
「そうとも限らない。少なくともあの死体が誰のものだったのかは既にわかっている」
「え、誰なんだ?」
「これから向かう警察が持っている情報を合わせれば、お前にもわかるさ」

 では、何故朝霞龍吾は死体の正体を知っているのだろうか。

「なあ、君は今回の事件の犯人がわかっているのか?」
「……ああ。目星はついている。そういうお前はどうなんだ?」
「俺は、少なくとも君が犯人ではないことは確定したから、後は残る候補を調べればたどり着けると思う」
「ほう、何で俺が犯人じゃないことが確定したんだ?」
「君が犯人なら、さっきの四肢がない死体を発見したときにわざわざ写真を撮ろうなんてことは言わない。あのまま俺を強引に連れて廃墟を脱出すれば、あの廃墟の遺体の痕跡を残すこともなかった。それ以前に、そもそも俺があの部屋に入ってきた段階で俺を殺せばいい。暴力団を壊滅できるくらい強いなら、俺一人殺すくらいはわけないはずだ。そのチャンスは何度もあった。現に今だって、俺は体中が痛いんだからいつでも殺せるだろう」
「なるほどな」

 丁度良いタイミングで警察署についた。

「じゃあ、後はこの中で続きを話そうか」
「君も来るんだね」
「当たり前だろ。お前はともかく、警察の中には俺を犯人だと疑っている奴もいるだろうし。まずはその誤解を解いた後、奴らが持っている情報を手に入れなければならないんだ」
「大変そうだね」
「お前も手伝え」
「でも俺、体が痛いからなあ……」
「じゃあもっと痛くしてやろうか」
「冗談冗談。君が持っている情報は事件の解決に役立つだろうから、協力しよう」

 式と龍吾は警察署の中に入った。
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