第117話 闇に潜む者たち
文字数 2,860文字
「愛さん、訳を話してくれますか?」
池上が自供したことで、式は愛に説明を求める。
「ここからは俺の推測ですが、おそらくこの館のどこかに別室があるはず。そこで普段は若い女性をさらってあることをしているんでしょう」
「あることとは?」
「愛さん」
式は催促するが、愛は答えない。
「……僕が話そう」
「池上様……」
「もう隠すのは無理だろう」
大きなため息をついて、池上は話し始めた。
「……阿弥さんは、若い女性をこの館に連れ込んでは殺人を繰り返していたんだ」
「なぜそのようなことを?」
「愛ちゃんから聞いたことだが、阿弥さんは若い女性の血を欲していたらしい」
「血?」
「……ええ」
ようやく愛が言葉を出した。
「阿弥様は、若い女性を殺害しては血を抜き取り、それを飲んでいました」
「ち、血を飲む!? なんでそんなことを……」
これまでにないほど青ざめた表情を浮かべる春崎。
「阿弥様は、若い女性の血を飲めば自分が若返ると思っていました。いつまでも美貌を保つために、若くて美しい女性たちを集めてその都度血を摘出していたのです」
愛の話を聞いて、その場にいた女性全員が口を閉ざした。
非現実的な話に、実感が湧かないのだろう。
「そして今回もいつもと同様に行う予定でした。榊様と春崎様は、たまたま出会ったことで誘ったみたいですが。式様と池上様は全くの予定外だったようです」
「式くんの言う通り、僕は阿弥さんが行方不明事件を起こしている犯人だと思っていたから、調査するためにこの館に来たんだ。そして宴が終わった後、彼女がとある客室に向かったから、後をつけていた。そしたら地下にあった謎の部屋に入っていった。何をやっているのかと覗いていたら突然手に持っていた鉈を振り下ろしていた。僕はその時に初めて、阿弥さんがやっていることが殺人であるということがわかったんだ。なぜこのようなことをしたのか問い詰めたが、彼女は口を開かずにそのまま僕に向かってきた。あの時の彼女の形相は人のものではなかった」
池上は当時を思い出すかのように語る。
「そして僕は思った。もう彼女は手遅れなのだと。これまでに犯してきた罪は、どうあがいても償えるものではないと。だから僕は介錯した。これ以上罪を重ねさせないために」
そう言って池上は愛をちらりと見た。
「その後愛ちゃんから話を聞いた。愛ちゃんは直接殺人や血抜きなどはしていないが、手伝いはしていたらしい。はじめは当然抵抗感があったが、次第に慣れていって嫌悪感を抱くことも少なくなっていたとのことだ。だがある日、次第に異常になっていく自分に対して絶望し始めていた。気づいた時にはもう人間として壊れていて、手遅れだったんだ」
愛は自分の懐から鍵を取り出した。
「……これが地下室への鍵です。地下室では残虐な行為が行われていました。警察の方々、調査をお願いします。地下室の場所もお教えします」
愛から教えられた場所を元に、警察は調査に乗り出した。
「でも、何で阿弥さんは美しくなるために若い女性の血を飲んでいたの?」
「確か、何かの実験で若い血を飲むことで若返るというものがありました。しかしそれは動物実験の段階で、人間に適用されるかはまだ判明していないはずです」
春崎の疑問に榊が答える。
「でも、仮にそれが本当だとしても何でそこまでして美しくなりたかったのかな。十分阿弥さんは美人だと思うんだけど」
「それは……、池上様のためです」
「ぼ、僕の?」
予想外という表情の池上。
「阿弥様は前から池上様をお慕いしておりました。しかし池上様は目もくれません。だから阿弥様は池上様が自分に目を向けてくれるようにと、あらゆる方法で美しさを求めました。ですが何をやっても、池上様は同様の反応しかしないのです。何をやっても自分に振り向いてもらえないと絶望した阿弥様は、他に何か方法はないのかと探した時、若い女性の血を飲めば若返る、という情報を手に入れたのです。その時の阿弥様の精神状態はもう普通ではありませんでした」
「そんなことが……。だが阿弥さんは昔僕を振っていたじゃないか! なぜ今になって……」
「……ずっと昔、私が大学生の時に、OGとして来てくれたときに阿弥さんは言っていましたよ。『私は昔から男が寄ってきたけど、歳を重ねるにつれてだんだん離れていった。でも池上さんだけはいくら年を重ねても私から離れないでいてくれた。私の外見ではなく、中身を愛してくれていた、と」
「なんということだ……。彼女がそんな思い詰めていたとは」
「池上さんから好意を持たれていることは、私もわかっていました。とても嬉しく思っています。でも阿弥さんの心情を思うと、その好意を受け入れることはできなかった。どうすればいいのか、私にはわからなかった。だから阿弥さんが残虐な行為を犯しても、それを咎めることができなかった……」
「……」
愛による本音の吐露に、誰も何も言うことができなかった。
事件が終わり、隼人からその後のことを聴かされた。
あの館の地下室からは大量の女性の血が発見された。調べてみると、これまでに行方不明になっていた女性の血と多くが一致しており、更科阿弥が行方不明事件の犯人であることは明白だった。
愛の証言により、血を抜き取った女性の遺体の場所も発覚した。しかし多くの女性がその原型を留めていなかったため、正確に判定するには時間がかかりそうだ。
調査をした警察の言葉では、あの地下室に入った経験は永遠のトラウマになるだろう、とのことだ。これまでにいくつもの凄惨な状況にも遭遇してきた彼らが言うのだから、相当なものなのだろう。
報告を聞いていた式たちも、できれば想像したくないものだ。
「……」
そして式は、逮捕される直前に池上からある情報を聴いていた。
「式くん、『芸術殺人会』という奴らに気を付けてくれ。阿弥さんもこの団体に所属していた。後日部下から僕が調べた情報を君に送るから、それを見ておいてほしい」
数日後、その資料が届いたので目を通した。
芸術殺人会とは、『芸術的に殺人を行う』ことを信条にしている。死体を芸術的にするか、殺し方を芸銃的にするかは本人に任せるが、いずれも美しくなければならないというのが条件らしい。
「なんだ、このふざけた団体は……」
彼らは独自のネットワークでつながっており、一般人では到底辿り着くことができない場所で交流しているとのことだ。池上もこれ以上の情報はつかめなかったようだ。
どのような規模なのか、何人のメンバーがいるのか、活動拠点は日本なのかなども判明していない。
「こんな危険な思想を持っている奴らが、世界のどこかに潜んでいる。もしかしたら、また出会うこともあるかもしれない……」
式は不安を抱きながらも、頭の片隅にとどめて日常生活を再び送り始めた。
池上が自供したことで、式は愛に説明を求める。
「ここからは俺の推測ですが、おそらくこの館のどこかに別室があるはず。そこで普段は若い女性をさらってあることをしているんでしょう」
「あることとは?」
「愛さん」
式は催促するが、愛は答えない。
「……僕が話そう」
「池上様……」
「もう隠すのは無理だろう」
大きなため息をついて、池上は話し始めた。
「……阿弥さんは、若い女性をこの館に連れ込んでは殺人を繰り返していたんだ」
「なぜそのようなことを?」
「愛ちゃんから聞いたことだが、阿弥さんは若い女性の血を欲していたらしい」
「血?」
「……ええ」
ようやく愛が言葉を出した。
「阿弥様は、若い女性を殺害しては血を抜き取り、それを飲んでいました」
「ち、血を飲む!? なんでそんなことを……」
これまでにないほど青ざめた表情を浮かべる春崎。
「阿弥様は、若い女性の血を飲めば自分が若返ると思っていました。いつまでも美貌を保つために、若くて美しい女性たちを集めてその都度血を摘出していたのです」
愛の話を聞いて、その場にいた女性全員が口を閉ざした。
非現実的な話に、実感が湧かないのだろう。
「そして今回もいつもと同様に行う予定でした。榊様と春崎様は、たまたま出会ったことで誘ったみたいですが。式様と池上様は全くの予定外だったようです」
「式くんの言う通り、僕は阿弥さんが行方不明事件を起こしている犯人だと思っていたから、調査するためにこの館に来たんだ。そして宴が終わった後、彼女がとある客室に向かったから、後をつけていた。そしたら地下にあった謎の部屋に入っていった。何をやっているのかと覗いていたら突然手に持っていた鉈を振り下ろしていた。僕はその時に初めて、阿弥さんがやっていることが殺人であるということがわかったんだ。なぜこのようなことをしたのか問い詰めたが、彼女は口を開かずにそのまま僕に向かってきた。あの時の彼女の形相は人のものではなかった」
池上は当時を思い出すかのように語る。
「そして僕は思った。もう彼女は手遅れなのだと。これまでに犯してきた罪は、どうあがいても償えるものではないと。だから僕は介錯した。これ以上罪を重ねさせないために」
そう言って池上は愛をちらりと見た。
「その後愛ちゃんから話を聞いた。愛ちゃんは直接殺人や血抜きなどはしていないが、手伝いはしていたらしい。はじめは当然抵抗感があったが、次第に慣れていって嫌悪感を抱くことも少なくなっていたとのことだ。だがある日、次第に異常になっていく自分に対して絶望し始めていた。気づいた時にはもう人間として壊れていて、手遅れだったんだ」
愛は自分の懐から鍵を取り出した。
「……これが地下室への鍵です。地下室では残虐な行為が行われていました。警察の方々、調査をお願いします。地下室の場所もお教えします」
愛から教えられた場所を元に、警察は調査に乗り出した。
「でも、何で阿弥さんは美しくなるために若い女性の血を飲んでいたの?」
「確か、何かの実験で若い血を飲むことで若返るというものがありました。しかしそれは動物実験の段階で、人間に適用されるかはまだ判明していないはずです」
春崎の疑問に榊が答える。
「でも、仮にそれが本当だとしても何でそこまでして美しくなりたかったのかな。十分阿弥さんは美人だと思うんだけど」
「それは……、池上様のためです」
「ぼ、僕の?」
予想外という表情の池上。
「阿弥様は前から池上様をお慕いしておりました。しかし池上様は目もくれません。だから阿弥様は池上様が自分に目を向けてくれるようにと、あらゆる方法で美しさを求めました。ですが何をやっても、池上様は同様の反応しかしないのです。何をやっても自分に振り向いてもらえないと絶望した阿弥様は、他に何か方法はないのかと探した時、若い女性の血を飲めば若返る、という情報を手に入れたのです。その時の阿弥様の精神状態はもう普通ではありませんでした」
「そんなことが……。だが阿弥さんは昔僕を振っていたじゃないか! なぜ今になって……」
「……ずっと昔、私が大学生の時に、OGとして来てくれたときに阿弥さんは言っていましたよ。『私は昔から男が寄ってきたけど、歳を重ねるにつれてだんだん離れていった。でも池上さんだけはいくら年を重ねても私から離れないでいてくれた。私の外見ではなく、中身を愛してくれていた、と」
「なんということだ……。彼女がそんな思い詰めていたとは」
「池上さんから好意を持たれていることは、私もわかっていました。とても嬉しく思っています。でも阿弥さんの心情を思うと、その好意を受け入れることはできなかった。どうすればいいのか、私にはわからなかった。だから阿弥さんが残虐な行為を犯しても、それを咎めることができなかった……」
「……」
愛による本音の吐露に、誰も何も言うことができなかった。
事件が終わり、隼人からその後のことを聴かされた。
あの館の地下室からは大量の女性の血が発見された。調べてみると、これまでに行方不明になっていた女性の血と多くが一致しており、更科阿弥が行方不明事件の犯人であることは明白だった。
愛の証言により、血を抜き取った女性の遺体の場所も発覚した。しかし多くの女性がその原型を留めていなかったため、正確に判定するには時間がかかりそうだ。
調査をした警察の言葉では、あの地下室に入った経験は永遠のトラウマになるだろう、とのことだ。これまでにいくつもの凄惨な状況にも遭遇してきた彼らが言うのだから、相当なものなのだろう。
報告を聞いていた式たちも、できれば想像したくないものだ。
「……」
そして式は、逮捕される直前に池上からある情報を聴いていた。
「式くん、『芸術殺人会』という奴らに気を付けてくれ。阿弥さんもこの団体に所属していた。後日部下から僕が調べた情報を君に送るから、それを見ておいてほしい」
数日後、その資料が届いたので目を通した。
芸術殺人会とは、『芸術的に殺人を行う』ことを信条にしている。死体を芸術的にするか、殺し方を芸銃的にするかは本人に任せるが、いずれも美しくなければならないというのが条件らしい。
「なんだ、このふざけた団体は……」
彼らは独自のネットワークでつながっており、一般人では到底辿り着くことができない場所で交流しているとのことだ。池上もこれ以上の情報はつかめなかったようだ。
どのような規模なのか、何人のメンバーがいるのか、活動拠点は日本なのかなども判明していない。
「こんな危険な思想を持っている奴らが、世界のどこかに潜んでいる。もしかしたら、また出会うこともあるかもしれない……」
式は不安を抱きながらも、頭の片隅にとどめて日常生活を再び送り始めた。