第74話 宝の正体

文字数 2,990文字

 翌日、式は教室で榊に映画のフィルムを渡した。

「これが昨日言ったフィルムだよ」
「わかりました。今日映像を見られるようにして明日渡します」

 榊はフィルムを大事に鞄に入れた。

「ところで、顧問の先生の件の進捗はどうですか?」
「あ、それなんだけど……」

 式は一昨日の出来事を話した。

「なるほど、つまりこの映画の内容を見ることができれば、佐倉先生は私たちの探偵会の顧問になってくれるというわけですね」
「うん。だから俺たちの命運は榊さんにかかっていると言っていいんだよ」

 なぜか榊にプレッシャーを与えるようなことを言う式。

「わかりました。それほど大事なものなら今から作業を行いましょう」

 榊は荷物をまとめる。

「申し訳ありませんが、今日はこれで帰らせていただきます」
「まだ授業始まってないけど……」
「きちんと早退届を出すので問題ないですよ」

 明戸高校では、早退届を出すことでその日の授業を休んでも内申点に影響が出ないようになる。
 もっとも、早退届を出さずに勝手に早退する生徒もおり、その生徒に対しても処罰等はないので実質出さなくても良いものではあるのだが。

「ではさようなら」

 榊は早足で教室を出て行った。

「……じゃあ今日の探偵会は活動なしかな」

 ぽつりと式が呟いた。



 さらに翌日、榊は式と佐倉を朝早く空き教室に呼び出した。

「式くん、佐倉先生。頼まれていた映画のフィルムが出来上がりました」
「ありがとう榊さん。舞香にも後で連絡しておくわね」
「その北條さんについてですが、今日の夕方に予定を空けるよう頼んでもらえないでしょうか」

 榊が提案する。

「それはどうして?」
「昨日私は渡されたフィルムをデジタル化していつでも見られるようにしたのですが、このフィルムは保存状態が良かったのか、そのまま映写機で見ることもできたので、映写機で見た方がいいと思ったのです。幸い私の家には映写機がありますので、そちらで見ることができます」
「本当? なら舞香に連絡してみるわ」

 佐倉は北條に連絡した。

「榊さん、映写機なんて持ってたんだ」
「実家から取り寄せました。私の両親はレトロな趣味でいろいろなものを収集しているので、ちょうど映写機もあったのです。実家は結構遠いので届くのに時間がかかると思いましたが、何とか間に合いました」
「え、榊さんてどこ出身なの?」
「香川県ですよ」

 意外な事実に驚く。

「そうなんだ。俺ずっと関東出身だと思ってた」
「そういえば、式くんの出身はどこなのですか?」
「え、それは……」

 口ごもる式。

「まあ、おいおい答えるよ」
「……」

 式の様子を訝しむ榊。

「榊さん、舞香OKだって」

 その二人の様子を知らずに、佐倉が北條の予定を伝える。

「そうですか。では十八時に私の家に来てくださいと伝えてもらえないでしょうか。住所はこちらに記載しましたので」

 榊はメモ用紙を渡した。

「わかったわ。今伝える」

 榊の住所を電話越しに伝える。

「では十八時に」

 三人は一旦解散した。



 時計が十八時を回る頃、榊の家には式たち四人が集まっていた。

「というか、俺も来てよかったの?」
「もちろんですよ。歓迎します」

 居間に案内され、お茶を出される。

「ありがとう」
「じゃあ早速で悪いんだけど、その映像の中身を見せてもらっていいかな?」

 早速北條が切り出した。

「わかりました」
「そういえば、榊さんは映像をデジタル化する過程で映像の中身を見たのよね。どんな中身だったの?」
「それは見た方が早いかと。口では説明が難しいので」

 榊は映写機をセットし、映像を再生した。
 映像がスクリーンに映し出される。
 スクリーンには、二人の若い男女が楽しげに会話している様子や街中を歩く様子が映っていた。
 時折二人の会話も聞こえる。

「この二人は誰なの?」
「おそらく、北條さんの曽祖父母かと」

 榊の言葉に、北條が目を見開く。

「そうだ、確か昔アルバムで見た写真にあった気がする」
「北條さん、ひいおじいさんが宝を残したというのは何年前なのですか?」
「約百年前って聞いたわね。厳密にはもう少し後の時代らしいけど」
「ということは、1920年くらいですね。当時はトーキーが普及し始めた頃ですし、このように音質画質は荒いものの、発声映像作品が残っていても不思議ではありません」

 実際には日本でトーキーが普及し始めたのは1930年頃なので、およそ10年の相違がある。
 また、トーキーが普及し始めたというがそれは映画業界のことで、一般人が自由にトーキーを作る技術や資産があったわけではない。つまり北條の曽祖父母は何かしらの手段でこの映画を作成したことになるのだが、その真相は今は判明することはないだろう。

「北條さんの曽祖父母は映画業界に関わりがあったのですか? 一般人がこのような映像作品を当時の技術で作るのは難しいと思うのですが……」
「わからないわ。後で祖父に確認してみる」

 しばらく一同は映画を見ていた。
 音質も画質も荒いため、何をしているのか何を話しているのかわかりづらい部分もあるが、それでも約百年前の映像を見ることができるという貴重な体験はなかなか味わえないだろう。

「この映画が、曽祖父が残した宝なのね」
「ええ。この映像は金銭的な価値はそんなにないかもしれませんが、それでも本人にとってはかけがえのないものだったんでしょう」
「そうですね。映像フィルムは時間が経てば劣化して見ることもできなくなってしまいますが、デジタル化すれば半永久的に見ることができるので、ぜひ大切に保管してあげてください」

 榊はこの映像が入ったメモリを北條に渡した。

「……そうね。明日また実家に帰ってこれを渡してみる。きっと祖父も喜ぶと思うわ」

 北條はそれを受け取った。

 映像の再生が終わり、北條が一足先に帰宅した後、榊が話を切り出した。

「これで宝も無事発見できたので、佐倉先生が私たちの探偵会の顧問になってくださるのですよね」
「そうね。約束だし、明日から顧問になりましょう」
「ありがとうございます!」
「これでようやく私たちも本格的に活動ができますね」

 榊はにこやかに笑っている。

「本格的な活動というと?」
「たとえば屋外実習や合宿、泊まり込みでの調査などです。これらを部活動の名目上行えるので、費用などは全て学校持ちになるのですよ」
「へえー、そうなんだ」
「というわけで近々合宿の計画を立てましょうか」
「え!?」

 榊の言葉に式がたじろぐ。

「合宿って何するの!?」
「私たちは探偵会なので、探偵としてのスキルを磨いたり、推理力を身に着けたりとやることはたくさんありますよ」
「そ、そうなんだ……」
「後は体力を身に着けたり、必要な知識を学んだり……。本当にやることがたくさんありますね」

 まだ合宿をやるとも決まっていないのに、アイデアは次々と出てくるようだ。

「大変ね、式くん」

 佐倉がニヤニヤ笑いながら式を小突く。

「はは、そうですね……」

 どうなるんだろう、と思う式だった。
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