文字数 2,287文字

 土曜日の午後、教えられた住所を頼りにたどり着いたのは、島の風側にある海辺のコンドミニアム。白い優雅な建物の前に、オアフで最も美しいといわれるラニカイの白い砂浜と透き通った水色の海が広がる。
 招き入れられた部屋は広々としてモダンなしつらえで、開け放されたガラス戸の向こうから波の音が聞こえた。
 エステラは、白い椅子にゆったりと足を組んで座った。
「飲み物が欲しければ、キッチンから何かとってきて」
 そう言われて足を踏み入れた光の入るきれいなキッチンは、ほとんど使われているふうがない。
 冷蔵庫を開けて、何本かのシャンパンの隣に輸入もののスパークリングウォーターを見つけた。
 セレスティンから水の入ったグラスを受けとると、エステラはにっこりと笑い、自分の前に座らせた。
「まず、あなたのことを知りたいわ」
 それから生い立ちや、学校で学んでいることや、今の生活について質問された。
 それが終わって、いつかマリーに訊ねられたのと同じような問いが続いた。
「自分の人生について、どう感じている?」
「人生には意味があると思う?」
「あなた自身にとっての人生の意味はなに?」
「それは自分の考え? それとも他の人から教わったこと?」
 自分はこの女性のことを、テロンの知りあいという以外、何も知らない。その彼女に対してなぜこんなことを話しているんだろうと、心の片側で思う。
 でもその反対側では、彼女に言われたことに従うのは重要だという感覚があった。それは穏やかな口調の背後にある、凝縮された力の感覚のせいだったかもしれない。
 そう——ルシアスやテロンと同じだと思った。普通の人間たちの間にまぎれているけれど、普通ではない存在感。
 ルシアスやテロンと同じ世界に属する女性(ひと)
 そう納得し、質問について考える。
 マリーと過ごす間に、こういったことについては何度もふり返り、考えてきていた。だから一つ一つの答えは、マリーとの時に比べれば、それほど苦労せずにまとめることができた。
 エステラは黙って耳を傾けている。
 それから彼女は、セレスティンがマリーとテロンから教わったことについて訊ねた。どんな教わり方をし、どんなことを経験したかを詳しく記述するように言われた。
「重要だった経験はどれ? どうしてそれが重要だと思う?」
「その経験の意味はなに?」
 自分自身の経験や理解については、記憶をたどることで答えられる。
 でも「その意味は何だと思うか」と訊ねられた時、それは難しい質問だと思った。それは自分の内的な経験に、外から見た解釈を与えることだから。
 マリーはセレスティンに、自分の内面の経験や自分にとっての視点を大切にさせた。「人生について考えることに絶対の正解というのはない、自分にとって何が本当なのかが大切」と繰り返し教えてくれた。
 だからセレスティンはいろんなことを試し、伸び伸びと自分を広げることができた。
 テロンは、セレスティンが自分の望みを行動に結びつけることを教えてくれた。自分が欲することを、思考よりも感情よりも、意志を使って、現実の結果にまっすぐ結びつけろと。
 そして今、目の前にいる女性は、自分の内的な経験を外側から見て、その意味を考えるように求めている。
 口頭試問は暗くなるまで続き、その晩はエステラに招かれて彼女の部屋に泊まった。
 セレスティンが想像した通り、彼女はキッチンは使わない主義のようで、夕食は近くのグリルでとった。
 コンドミニアムに戻った時には、すごく眠かった。リビングのソファベッドを使うようにと言われ、ベッドを引っぱりだし、毛布をかぶるとすぐに眠りに落ちた。
 その夜は深く眠った。真っ暗な眠りと眠りの間に夢を見た。たくさんのイメージが目まぐるしく流れる……。
 夢の中でも、「あなたは誰?」と訊ねられている気がした。
 翌朝、朝食は近くのカフェでとった。涼しい朝の空気の中、外のテーブルで呑むカフェ・オレはおいしかった。
 そして口頭試問は続けられた。
「マリーやテロンから学ぶことを受け入れたのは、どんな動機? 何を望んでいた?」
「学ぶことで、何を得ようとしている?」
「それはルシアスと心理的な距離を縮めたいという、そのためだけ?」
 それに対してセレスティンは、自分に忠実に答えようと努めた。それはマリーから学んだことでもあったけれど、それ以上にこの女性に対しては、偽りやごまかしは、自分をよく見せるための繕いごとのようなものでも通じないと感じた。
 答えをせかされはしない。しかし答えないという選択はない。
 セレスティンが話したり、考えたりしている間、エステラが単に言葉を聞いているのではないと感じた。セレスティンのもっと深いところを流れるものに耳を傾けているような。
 言葉のもとになる思考……思考の裏にある感情……そのもっと奥にある何か……。
 時おり、思いもかけない方向から質問をされることもあった。そうすると、自分が無意識に感じていながら気づかないでいたことが、意識の表面に浮かび上がってきた。それは記憶だったり、感情だったりした。
 それを拾い上げ、もう一度、答えを考え直す。
 セレスティンは、自分の中が冷たい水で洗い流されているように感じた。
 曇りや曖昧さがあるところに水は流れ込み、泥に埋まっていたものが洗い出されて明らかになる。
 自分の中の引き出しを全部開けさせられ、そして不要なものを捨てて、残っているものも洗濯機に放り込まれるみたい。
 そうして日曜日が終わり、次の土曜日にまた戻ってくるように言われた。その間、エステラと話したことは他の3人に言わないようにと。


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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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