焦り

文字数 2,453文字

 1時間ほどのやりとりの終わりまで、ガレンは嘘を貫き通し、エステラはそれ以上の追求を打ち切った。部屋を出ていくガレンは、表情こそ平静をよそおっていたものの、その顔色は青かった。
 ガレンの自己制御力自体はたいしたものだった。完璧な意志の力で仮面をかぶり続け、エステラの言葉にもひるまず、苛立ちも見せず、言葉の調子を変えることもなくかわし続けた。
 そこに揺すぶりをかけ、隠しているものが彼の心にイメージとして浮かび上がるようにするために、やりとりは手厳しく性急なものになった。
 普段ならこんなやり方は好まない。時間をかけて、必ずしも本人にはわからないように答えを引きだす方がずっといい。
 エステラ自身、幾分かのあせりがあった。できるだけ速やかにガレンの心から情報をすくいとらなければならない。教団内の政治的な駆け引きは待てる。しかしルシアスのことはそうではないという感覚があった。
 エステラは執務室を出ると書記のところに寄り、幾つかの指示を与えた。それから外の通りに出る。
 肌を刺す冷たい風の中をしばらく歩き、静かなカフェに入る。熱いミントティーを飲みながら考えを整理する。
 少しして教団に戻るために外に出る。
 通りを歩き始めると、背後に自分の後をつける複数の足音を感じた。
 立ち止まってふり向く。
 数メートル離れたところに、サングラスをかけた整った身なりの男。その後ろに同じいでたちの男がもう二人。一人が形式的な笑顔を浮かべて近づいてきた。
「失礼ですが、ご同行をお願いします」
 言葉遣いは紳士的だが、その意図はまったく異っている。
「これはミスター・ガレンの指示? それとももっと上の誰かかしら?」
「それは私どもの預かり知らぬことです。お話は着いた先でどうぞ」
 この男にはガレンほど徹底した心の制御力がない。「知らぬ」という端から、その心にガレンの顔が浮かぶ。
 品行方正な善人面をしている人間ほど、追いつめられた時に思わぬ行動をとることがある。
 ガレンがこうも早く直接的な行動に出るというのは、彼の冷静さを過大に見ていたかもしれない。いや少なくとも暴力に訴えようとしないところは、評価するべきか。
 少し歩いた先に、明らかにエステラを乗せるための黒塗りの車が待っていた。


 ルシアスの消息はつかめないまま時間が過ぎていた。セレスティンは黙り込みがちで、食欲もあまりない。大学にも行かず、一日の時間を部屋の窓際で過ごしていた。
 何をしているのか訊ねると、待っていると、シルフがルシアスの匂いを届けに来るのだと言った。「少なくともルシアスが無事っていうことだから」そう言うと唇を噛んだ。
 どこを探しても手がかりらしいものは一切なく、テロンが危ぶんだ通り警察もお手上げの状態だった。
 マリーがケストレルのスピリットの目を借りてオアフの島中を見て回った時、ルシアスの存在はそこになかった。
 そのことはテロンに話しておいたが、それだけでは手がかりにならない。オアフにいないのならば、それ以外の場所を捜索しなければならない。
 テロンはあれからずっとマリーの家に泊まっていたが、昼間は足を運べる限りの場所を調べて回り、オアフにいる海軍時代の知人などにも電話をしていた。
 彼はエステラに電話がつながらないこともいぶかしんでいた。「彼女が出たくない時に電話に出ないのはよくある。しかし1週間も音信不通というのはありえない」、そう眉をしかめた。
 セレスティンは夕食の後も、風が通りやすいように自分の部屋のドアを開け放したまま、ぼんやりと窓の外を見ている。その姿を見ていたマリーはやがて言った。
「セレスティン 夢でルシアスを探してみましょう。今日は私の部屋でお眠りなさい」
 テロンに手伝ってもらい、セレスティンの部屋のベッドを自分の部屋に移動させる。夢の中で何かあった時のために、見守れる距離で眠らせたかった。
 セレスティンが寝巻きに着替えるのを待ち、いっしょに月に祈りを捧げる。それから乾燥したヨモギの葉をほんの少し焚いて匂いをかがせ、マグワートの花の露を飲ませた。手にはムーンストーンを握らせる。
 セレスティンは横になると、白く半透明のムーンストーンを握った手を胸にあて、じきに眠りに落ちた。
 隣のベッドで眠るセレスティンの寝息を聞きながら、マリーはルシアスが早く無事に戻ることを祈った。
 夜半に目が覚める。
 体を起こして見ると、セレスティンが目を開け、ぼんやりと天井を見ている。
「……ルシアス」
「セレスティン?」
「ルシアスを感じたと思ったんだけど……」
 マリーはセレスティンの髪をそっと撫でた。
「もう一度 目を閉じて 見えたイメージを自分の中に描き直してごらんなさい」
「……窓のない部屋 厚い灰色の壁……その外に軍服の人と白衣の人たちがいて 何かを話をしてる……実験 向精神薬 知覚の拡大 そんなことを言ってる」
「ルシアスは無事なのね?」
「うん……部屋の中にいる。でも どうしてだろう こちらを向いてくれない」
「建物のまわりがどんな場所かわかる?」
「湿ってる 海の音がするみたい……あ 流れていっちゃう」
 マリーはサイドテーブルのポットからキャモミールの温かいお茶を注いで、セレスティンに飲ませた。
 やがてセレスティンは再び、今度は深い眠りに落ちた。
 翌朝、マリーはテロンにセレスティンの見たイメージを伝えた。
「軍服に白衣……やはり例のプロジェクト絡みか。
 しかしそれが海沿いの軍の施設の一角だったとして、ハワイには方々の島にそんな施設がたくさんある。場所を特定することができても、民間人が立ち入ることはできない。くそっ」
 テロンは自分の拳を手のひらに打ちつけた。
 その日の夜、セレスティンはもう一度、夢でルシアスを探したいと言った。しかしルシアスの姿は霧の向こうに隠れてしまったようで、二度と触れることができなかった。
 まるで彼を見つけられないのは自分の落ち度であるかのように、セレスティンの様子に憔悴が目立つようになっていた。

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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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