絡まる

文字数 2,628文字

 セレスティンは迷っていた。
 あの青年にまた会うのが、いいことなのかどうか。
 興味を惹かれているのは確かだった。
 二つ目の世界で自分個人の領域を出て、初めて出会った別の人間。それも自分とあまり違わないような年齢で、向こう側のことをずいぶん知っている。
 でもこちらを探るような目で見たり、誰にも言うなと口止めをしたり、何となく心地のよくないこともある。
 どうしよう。
 これまで通りだと、向こう側に戻った時はいつも、前の日に去った場所にいる。今度も同じだとすれば、あの湖のほとりに戻ることになる。
 彼は多分、そこにいる気がした。
 時間をずらせば、会うのを避けられるだろうか?
 でも、あの黒い水ではない、別の水のある場所に行く手がかりを教えてもらえるかもしれない。
 いろいろ考えたあげく、もう一度だけ会ってみようと思った。それでもし困ったことがあったら、ルシアスかテロンに相談しよう。

 ガブリエルと名乗った青年は、湖のほとりにいた。今度は最初からちゃんと服も着ている。
 もっとも二つ目の世界の服って、なんだろう。
 自分はいつも、その日に着てるのと同じ服を着ている。
 でもそれってもしかしたら、自分でイメージしているだけなのかも? 違う服を着ていると強く思うことができたら、そうなるんだろうか? 
「やあ 来ないかと思ったよ」
 青年が笑いかける。
「君は、水のある所を探しているといったね。それなら案内することができる。
 ただそのためには、なぜ水を探しているのかを話してくれなければ。でないと、どこへ案内すればいいか決められないからね」
 それは確かにそうかも。でも……
「それに君はずっと歩いてきたよね。途中でイバラの薮にひっかかったりしただろう。
 でもこちら側の世界では、そんなことをせずに移動できるんだ」
「え?」
「君に護衛をつけた魔術師は、そんなことも教えてくれなかったのかい?」
「……それは、歩いた方がいい理由があったんだと思う」
「そうかな 単に君を能力のない子供扱いしてるんじゃなくて?」
 青年の言葉はセレスティンを刺激した。子供っぽく扱われがちなのは確かだったから。
「まだ教わってないことがあったとしても、それは私のために考えてくれてるからなの。それに私、歩いていろいろなものを見るのが好きだし」
「そいつのことをずいぶん信用してるんだな」
「うん」
「水を探している理由を話してくれないか? 君を手伝えるように」
「ううん 私、自分で探したいから」
「僕がいろいろ詮索してると思ってるんだろう?
 本当のことを言うとね、君のことがもっと知りたいんだ。そして君の役に立ちたい」
 そう言って青年が見つめる。少し離れたところからでも、漆黒の瞳が不思議な光をたたえるのを感じる。まるで吸い込まれてしまいそうな……。
 青年はセレスティンに向って足を踏みだした。
 その瞬間、横にいたサラマンダーたちが大きく炎を燃え立たせ、素早く二人の間に入る。
 その勢いとサラマンダーたちの発する熱に、青年は反射的に後ろに下がった。表情は変えなかったが、彼の視線に不穏な意思が光る。
 青年が呪文のような言葉をつぶやいて腕を高く上げると、その回りに暗い気配が集まり始める。
 彼はサラマンダーたちを傷つけるつもり……その腕がふり下ろされる前にセレスティンは飛び出し、サラマンダーたちの前に立った。
 青年が腕を止め、奇妙なものを見る目で見つめる。
「そいつらをかばおうとしてるのか? 確かに僕はそいつらに少しレッスンを与えてやろうと思ったが」
「このサラマンダーたちは、ずっと私について来て守ってくれた。だから私も彼らを守る」
「人間が火の精を守るって? だいたい、そいつらは君が理解する意味での生き物ですらない。単なる火の元素の集まりだ」
「知性があって、自分の意志で動いてるんだから、生き物! 生き物を邪険に扱う人は、私、嫌い」
「いいか こいつらに自分の意志なんてない。こんな形をとっているのも人間の主人の力を借りてるんだし、その主人の言いつけ通りに動いているだけだ。知能のように見えるのは単なる反射さ」
 青年の言葉はセレスティンを苛立たせた。彼は生き物を生き物と認めず、物のように扱おうとする。
「そうだな 君も、自分の思う通りに動く使い魔を作るやり方を覚えたくないか? 僕なら、そういうことも教えてあげられるよ」
「あなたには何も教わりたくなんてない。私にはちゃんと教えてくれる人たちがいる」
「……複数か。それはどこの教団なんだい?」
 はっと気がついた。青年は、自分が怒って口を滑らせるように仕向けている。 
「フフフ 面白いよ。
 ここでは、感情はすべて本人のまわりに色や形になって丸見えだということは、知っておいた方がいいな。知ったからといって、君みたいな初心者にどうできるわけでもないが。
 君の感情は可愛らしいよ、怒っている時でもね。身のほどを知らない気の強さもいい」
 自分と近い年齢だと思ったから親近感を持ったし、好奇心は強いけれど親切な相手だと思っていた。でも何かが違う。
「いいかい ここでは精神の力がそのまま(フォース)だ。向こうの世界のような物理的な制約はない。
 そして君はまだ地面を歩き回ることしかできず、探したいものを見つける方法すら知らない新参者だ。
 素直に僕のアドバイスを聞いた方がいいと思う」
 穏やかな表情の背後にある別の意図……。
 背ろにいるサラマンダーたちの熱気が増して、背中が熱い。相手が一歩でも動いたら襲いかかるつもりなのがわかる。
 こんな状況に足を踏み入れてしまったことを後悔したけれど、もう遅い。緊張で心臓がドキドキする。
 ふと、背後の熱気が少し陰った。
「おっと 一匹逃げたな」
 青年が何かを探るように目を細める。
 熱気はすぐに戻り、さらに別の強い気配が加わった。
 ふいに青年がくっくっと笑いだす。
「これは……お久しぶりですね、中佐(コマンダー)
「お前にその呼称で呼ばれる言われはないぞ 小僧」
 言いながら、テロンがセレスティンのそばに立つ。彼の発する大きな(フォース)に包まれ、セレスティンはほっとして緊張が解けるのを感じた。
「とすると、これはあなたの教え子ですか。それとも可愛い女性(スイートハート)かな」
「相変わらず口だけは回るガキだな」
 青年が肩をすくめる。
「これは失礼。出過ぎた質問ですね。大丈夫ですよ。あなたのものに手を出して怒らせるほど、僕も馬鹿じゃない。
 今日はこれで」
 それだけ言うと、身を翻して姿を消した。

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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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