遠くを見る

文字数 2,027文字

 ルシアスとの関係についてエステラと話したことは、セレスティンのハートの、これまで開かれていなかった部分を開かせた。
 はっきりと形のつかめなかった不安や、自分では足りないのではないかという思い。それはずっと胸の中にあって、でも意識と無意識の間にはさまっていたもの。
 そこに光が入ってきて、ルシアスとの関係について、改めて見つめることができるようになった。
 自分がどれだけルシアスのことを好きなのかも、そしてだからこんな感情の揺れもあるということも。


「セレスティン」
 ある日、エステラが言った。
「私があなたに教えられることをすべて教える時間は、今はない。必要なことを教えておくから、後は三人の手を借りて続けていくのよ」
 セレスティンは押し黙った。別れが近づいているのは感じていた。でもやはり、大好きな人から引き離される小さな子供のように胸がふさがる。
 セレスティンの反応にエステラは気づいたと思う。
 でも調子を変えずに話を続けた。
 それが、彼女は行かなければならないのだということを、はっきりと感じさせた。
 タローを使ったメディテーションを通して経験してきたことを、二人でふり返る。それからエステラは、この先、二つ目の世界で時間を使う際に注意するべきことを教え、つけ加えた。
「これまで積み重ねてきたことを通して、あなたの中の表層意識と深層意識の間の通路が開かれ始めている。その進み方は、私が想定していたよりも早い。
 あなたは、こちら側と向こう側をつないで行き来することに才能があるのね。それに植物や動物の精とか、エレメンタルたちもあなたを助けたがる。
 でもだからこそ、この先は油断をしてはだめ。
 森の範囲を超えてその外に出る時期が来たら、こちら側の世界にいる時よりもずっと注意深く、よく考えて行動しなさい。
 向こうでは、ちょうど夢の中みたいに、考えて判断するということ自体が難しいものだけれど、自分の感情を意志の力で制御することを覚えていきなさい。
 そしてもう一つ……表層意識と深層意識の間の通路が開かれることで、夢の中の扉も開き始める」
「それはどういうこと?」
「二つ目の世界からの情報が、夢の中に流れ込んでくることが増える。それから、あなたの魂の中の記憶が夢に形をとることが増える。これまでも、そういったことはあったはずだけれど」
 そう言われて、しばらく前に見た鮮明な夢のことを思い出した。
「経験のすべてを文字通りに受けとる必要はないの。二つ目の世界でも、夢の中でも、顔や形は象徴に過ぎないことも多いから。
 それから、自分の直感(イントゥイション)予感(プレモニション)に気づいて、それを通常の思考から区別することを覚えなさい。
 まわりの世界の予兆を読むことも学んでおくといい。
 仕組みを理解しておくことが、そのための力を磨くのに役立つ。あなたがこれまでやってきたこと自体、その準備にもになっているけれど。
 予測というのは単に情報を集めて知的に分析すること。それはつねに過去のデータや経験に基づく。
 予知は『あらかじめ知る』という意味だけど、そういう分析的な手段で予測する以外に、過去のデータや経験を飛び超えて何かを知ることも含む。
 直感というのも、思考を通さずに何かを知ること。
 十分な訓練を経ていない人間では、直感には無意識の感情や欲求が混じり込むから、当たったり当たらなかったりする。
 あなたがこれまで歩いてきた道のりを続けて、直感を歪める曇りや濁りをとり除いていけば、進むべき方向を見分けたり、状況を見抜くことができるようになる。
 予感(プレモニション)は『あらかじめ警告される』という意味で、自分の中からくる場合も、自分の外から与えられることもある。
 でもそれも自分の深層意識のフィルターを通るから、精度を上げるには直感を磨くのと同じ過程が必要。
 予兆を読むというのは、外の世界を見回して、これから起きることについて手がかりを得る能力。それは観察力と直感の組み合わせ。
 何かについて予感を感じたり、予兆と思えることがあったら、それをメディテーションの中に落としなさい。その上で、自分の無意識の不安や恐れ、期待や望みといった不純物を除いていく練習をしなさい。
 その作業はマリーが助けてくれる。彼女は部族とのつながりがあるから、予兆を読むことについてももっと教えられる」
 エステラはなぜ、こんなことを自分に教えようとするのだろうと、ふと思った。
「……何かをあらかじめ知ってしまうというのは、いいことなの?」
 エステラが軽く目を細める。セレスティンが重要な質問をした時に見せる表情。
「そうね あらかじめ知ることで準備ができる。でもあらかじめ知ることで、それについて何かをする責任が生まれる」
 それから少しの沈黙を置いて続けた。
「私自身はそういうお荷物を背負うことを役割にしてきたけれど、それを自分の道にするかどうかは、もっとずっと先のあなた自身の選択。
 今はただ、自分のために力を蓄えることに努めなさい」

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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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