手を離れ

文字数 1,369文字

 ダウンタウンのカフェでセレスティンと待ち合わせる。テラスの席でコーヒーを飲みながら、ルシアスはセレスティンとエステラの関係について思い返していた。
 エステラは、明らかに何かをセレスティンの中に見いだしている。「少しの間」と言って訪れた彼女を、これほど長く引き止めるほど。
 そしてセレスティンに手引きをするのは、彼女を教団に引き入れるためではなく、「守る力を引きだすため」だと言った。ルシアスはそれを、セレスティンが自分自身を守る力ということだと解釈した……。
 シルフがテーブルの上に木の葉を舞わせて、ルシアスの注意を引く。セレスティンが軽い足どりでやって来て笑顔を見せ、バックパックを置いて飲み物を買いに店の中に入っていく。
 ほとんど同時にルシアスの携帯が鳴った。こんな時にかけてくるのは他の三人の誰かだ。
 相手を確認して答えるルシアスを、戻ってきたセレスティンが立ったまま見つめている。
 ルシアスは短く言葉を交わし、携帯をセレスティンにさしだした。
 それを耳に当てたセレスティンの表情が固くなる。しばらく黙り、それから電話の向こうの相手にぎこちなくうなずく。
「元気でね……次に……会える時まで」
 かろうじてそう言い、携帯をルシアスに返した。
 通話が切れ、こらえていた彼女の目から涙がこぼれる。
 ルシアスは腕を伸ばして彼女を抱き寄せた。セレスティンが涙をふき、ルシアスに腕を回す。
 彼女が小さなため息をつきながらつぶやいた。
「私 子供みたい……」


 空港への高速道路を飛ばす。
「あれだけ懐いているのを、会わずにおいて行くのか。もっとも顔を見たら、お前も後ろ髪を引かれるだろうがな」
「誰に向って言ってるの。個人的な感情を制御できなければ、魔術教団のオフィサーなんて長く務まるわけないでしょ」
 それからテロンの顔を見る。
「もっともあなたは、あの子に弱みがあるみたいだけど」
 テロンはその挑発には乗らず、話をそらした。
「さんざん詰め込み教育をして、あいつの能力が引き出されてきたのは確かだが、まだ途中だろう」
「時間が許す限りで、できることはしたわ。でもそろそろ離れた方がいい」
「どういう意味だ」
「――何かがあの娘を探してる。これ以上、私がそばにいると注意を引き始める」
「……教団か?」
「そうとも、そうでないとも……つかみどころがない。嫌な感じね」
 テロンは眉をしかめた。エステラにその存在がつかめないというなら、相手は確実に自分を隠している。それも彼女に匹敵する術者が、何重もの仕掛けで道を塞いでいるはずだ。
「私が教団に残っている理由の一つは、気になる動きを見張る必要を感じるから。あなたたちと合流するにしても、それを片づけなければ。
 あいにくだけど、あの()は当面あなたの手に戻すわ。
 意志の力を強めること。それから知らないものを警戒することを教えておいて。この世界でも二つ目の世界でも、出会うものすべてが善意とは限らないと」
 エステラは窓の外を見た。
「……ルシアスがあの娘を巻き込みたがらなかったのがわかる。あの娘はまだ、人間や人生を疑うことを知らない」
 そしてふっと息をつく。
「この世界のすべての純粋な者たちの重荷を、私やあなたみたいな人間が代わりに担いでやることができたら、どれほどいいかしらね……」
 彼女にしては珍しい本音だ、と思った。
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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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