文字数 799文字

 灰色の霧の中で、大切な人を探している……必死に探しているのに、そして気配は感じるのに、その手をつかむことができない。
 細かな水滴が肌にまとわりつき、汗とともに流れる。肌に触れるシャツがじっとり湿る。
 ずっと歩き続けているのに……追っても追っても、追いつけない。前に進んでいるのかどうかも、わからない。
 もう足を止めて、泣き出したくなる……。

 セレスティンは目を開けた。声をあげたいほどの焦りとフラストレーションの感覚が、まだ胸の中に残っている。パジャマは汗で湿っていた。
 大きくため息をつく。
 夢……。
 こんな後味の嫌な夢、もう長い間、見たことがなかった。
 早く水のある場所にたどりつきたくて、焦ってるんだ。エステラに連絡をとれないもどかしさと寂しさが、自分の気持ちを湿らせてる……そう思うことにした。
 頭ではそう考えたけれど、自分の別の部分で何かが引っかかる。
 誰かに話した方がいいのかな。
 今日の午後はルシアスに会うけど……でも嫌な夢を見たぐらいでいちいち相談して、心配してもらうのも嫌だ。
 もう子供じゃないんだし。21歳になってお酒も飲めるようになったし。なにより自分一人で、もっといろんなことができるようにならなくちゃいけないんだから。
 強くなりたい。そしていつかルシアスに追いついて、同じ目線で見つめあうことができるように……。
 嫌な夢ぐらい、自分で乗り越える。
 ふわりと温かいものが足に触れた。
 サラマンダーの気配。
「うん」
 起きて、向こう側に出かける準備をする時間だ。
 こちら側ではサラマンダーの姿は、火に宿っている時を除けば目には見えない。でもその存在は感じとれる。
 熱いシャワーを浴びて目を覚まし、嫌な夢を洗い流す。マリーにもらったお茶を飲んで、気分を落ち着けてから、向こう側に足を踏み入れる準備をする。
 昨日は、遠くで森が明るくなっているのが見えた。それが森の縁かもしれない。

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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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