近づく

文字数 1,615文字

 ルシアスを待って、アラモアナ・パークの木陰に転がっていた。
 波の音と風が気持ちよくて、いつの間にか、うつらうつらしていた。
 眠りに落ちる時の、あの気持ちよさ……
 意識がほどけて、自分がもっと広がりながら、どこかへ落ちていく……自分がこの現実から解放される……
 気がつくと、まわりが暗い。
 モノクロの褐色の雲に包まれて、それ以外、何も見えない。
 どこかから声が聞こえた。
「……考えてごらん なぜ あの広い二つ目の世界で 君が僕と出会ったのか……君も魔術を学んでいるなら この世界には偶然なんてものはないと知っている……僕らが出会ったことには意味があるんだ……」
 不思議に引き寄せるような力のある声。
「僕は気がついたんだ 君は特別な存在だと……」
 声の主の姿は見えない。でも近づいてくる気配がある。逃げようとするけれど、方向がわからない。
「恐がらないで 僕と君は 遠い昔からの知りあいなんだ……だからこそ あの場所で お互いを見つけることができた……」
 見えない相手に手をつかまれ、あわてて振りほどく。
 携帯電話が鳴って、びっくりして目を開ける。
 反射的に体を起こし、バックバックのポケットに手を伸ばす。携帯をとり出して応えた。
 ルシアスの声。
「ん……少しうとうとしてた。携帯の音で目が覚めた……うん なんにもないよ 大丈夫」
 こちらに向っているけれど、ふと気になったので電話をしたとルシアスは言った。
 バックパックに携帯を戻しながら、マリーにもらったお守りのメディスンパウチがないことに気づく。「大切なものだから」と机の上において、そのまま忘れてきちゃったんだ。
 でも変な夢だった……。
 膝を抱え、早くルシアスが来ないかなと考える。
 少しして彼の姿が見え、セレスティンはバックパックをつかんで立ち上がり、走った。
 ルシアスの胸に飛び込むと、しっかりした腕に抱きしめられ、ほっとする。

 二人で海岸の砂の上を歩く。
 ルシアスは何かを考えている。
「どうしたの?」
「……後悔していないか?」
「どうして?」
「君のせいではないのに、わけのわからないことに巻き込まれてしまって……」
「だって 自分がやりたいと思うことをやってるのに、後悔なんてしないよ。
 私はルシアスといっしょにいたいと思ったから、ずっとついてきたし。テロンやエステラから教わってきたのも、これが自分が本当にやりたいことだって思ったから。
 ルシアスと他の三人と会ってなかったら、今でも普通の大学生の生活を送っていたと思うけど……でも普通の生き方に後戻りなんてできないよ。
 狭い世界には、もう戻れない。
 自分の世界を広げることで、普通とは違う面倒なことに出くわすなら、それはかまわない。
 引き返すつもりなんてないし、ルシアスのそばも離れない」
 彼がセレスティンの手を握る。
 彼の表情にいくつもの感情が入り交じる。
「……君が いてくれることに感謝している」
 セレスティンは手を握り返した。
 大切な男性(ひと)……彼がいてくれるだけで、こんなにも私は幸せなんだから……。


 自分の部屋のソファにもたれていたジレは、深く息を吐いて目を開けた。
 変性意識の状態から、ゆっくりと意識を引き戻す。
 自分がやってのけたことに、思わず笑みがこぼれる。
 あの娘が眠る場所には、妙な守りが張られていて近づけない。
 だが彼女がその外に出て、たまたま意識の制御を手放した、その隙にすべり込むことができた。
 ニューヨークは今、夜。ハワイは午後だ。外出中に居眠りをするか、白昼夢でも見ていたのかもしれない。
 そして自我に制御されない状態の彼女の心は、自分の言葉に反応した。
 彼女の半分は逃げようとした。しかし残りの半分は、ささやかれた言葉が「自分が探しているものへの手がかりにつながっているかもしれない」、そう感じていた。
 話すことさえできれば、彼女の心をつかむことができる。
 これは少々面白いゲームになってきた……。




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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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