ターゲット

文字数 2,023文字

 マリーの庭のテーブルでは、テロンが遅い朝食をとっていた。ルシウスは向かいに腰かける。
「お前がここに泊まるのは珍しいな」
「まあな」
「不寝番か?」
「それほど大げさなものじゃない」
 キッチンから出てきたマリーが、ルシアスにお茶を渡す。
「朝ご飯は?」
「済ませている。ありがとう」
 それを聞いて、マリーも自分のお茶を手に座る。ルシアスはテロンと話を続けた。
「何がお前をそんなに神経質にさせる?」
「あのガキがどうも気にくわん。ガレンのやつも何か隠しててうさんくさかったが、俺の勘じゃあ、あのガキの方がたちが悪い」
「まだ若いだろう。教団(オルド)でも、何も目立つようなことはなかったと思うが」
「あいつは人たらしだ。じじいとか女どもとか、いつの間にか教団の幹部や立場のある連中に食い込んで、個人的な網を張り巡らせてる。あいつの存在感はきな臭い」
 テロンは人間の存在感をよく匂いで喩える。それはおそらく戦場で培った本能的な感覚だ。いずれ彼の勘はめったに外れない。とすれば、注意を払うべきなのだろう。
「だが、まがりなりにも白魔術教団に参入し、それなりの年数を務めている。教団で身につけたことを、個人的な目的に用いないというルールはわきまえているだろう」
「そんなものは定義次第だ。教団には、世界を救うのは自分たちだという誇大妄想を抱いているやつらが、それなりの数いるぞ」
 黙って話を聞いていたマリーが、ふと上を見上げた。
「どうした」
「……」
 何か不審なものを見たような、それを探るようなマリーの表情に、テロンが眉を寄せる。


「……白 青 緑……海の真ん中 そして山……」
 椅子にもたれて目を閉じていたクラリスは、自分が透視しているものを記述し始めた。
「なだらかな山を下ると海辺の町 それが広がって 大きな都市……海の真ん中に浮かぶ都会……」
 ジレは静かな声で質問を挟んだ。
「ターゲットの近くには寄れる?」
 しばらくの沈黙。
「だめ 俯瞰の高度を下げようとすると、何かが押し返してくる」
「……その土地は、ここより西側なんだね?」
「ずっと西の方 西海岸よりもさらに」
「それでいい 検討がついた」
 クラリスが深い息を吐く。閉じられていたまぶたがぱちぱちと瞬く。目を開け、サイドテーブルからグラスをとり上げて水を飲んだ。
 じきに彼女の意識がはっきりと戻ってくる。
「ねえ ガブリエル どうしてルシアス・フレイの居場所なんて知りたいの? 教団は彼を呼び戻そうと考えているわけ?」
「まだそういう話ではない。ただ、いろいろと調べたいことがあってね」
 そう言うとジレは立ち上がった。
「僕が君にこんな依頼をしたということは、誰にも内緒にね」
「あなたと私の仲よ、ガブリエル」
 クラリスのアパートを出て、人の多いトライベカの通りを歩きながら考える。
 この件ではケイティは役に立たなかった。蜘蛛を恐れる彼女は、あの夜の一件以来、娘のことに意識を向けるのも嫌がる。不安に捕らわれた透視者は使い物にならない。
 それでクラリスを選んだ。ケイティほどの能力はないが、予想よりうまくいった。
 カリフォルニアより西の海、つまり太平洋にあるアメリカの領土は数えるほどしかない。その中でも大きな都市と呼べるのは一か所だ。
 あの娘はオディナと一緒にいるはず。オディナなら、教団の透視者たちはその存在感をよく知っている。しかし妙に勘の鋭いあの男を、直接ターゲットにするのは避けたい。
 それからフレイのことを思いついた。あの二人が一緒にいる可能性はないか。もしそうなら、フレイを見つれば、遠くないところにオディナと娘もいるだろう。そしておそらく、ケイティをはねつけた魔女だかも。
 娘は自分には複数の教師がいると言った。
(面白い。これは確かめた方がいい)
 フレイとオディナが組んで何かを始める可能性については、真剣に考えてはいなかった。だが十分あり得ることだ。
 教団でのフレイは、ジレにとって理解し難い存在だった。
 能力はきわめて高く、透徹した切れ者。ここ数年、例のないスピードで教団のグレードを登っていた。しかし彼が欲していたのは、ひたすら知識と修業のための階梯で、教団での自分の立場や、それが与える権力についてはまったく興味がない。
 ガレンの対抗馬としてオディナに引っぱり出された時も、本人は気乗りしない様子だった。
 能力はある、しかし支配者の座には就きたがらない。哲人王というやつかな……
 そう考え、ジレは皮肉に口を歪めた。
 哲人王などというのは、プラトンのおめでたい頭が考え出した理想だ。
 いや、そんな人間が本当にいるなら、見てみたい。何がそんな人間を内側から動かすというのか。
 魔術の力を求めてくる人間は、普通のやり方では達することのできない望みをかなえるためにやって来る。たとえそれが、悪にはくみしない建前の白魔術の教団であったとしても。
 それから考えた。
 ガレンには、この二人は扱えない。
 しかし自分なら……。
 
 
 
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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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