迎えられ

文字数 2,900文字

 翌日のための指示を終えてネフティスたちが帰っていこうとした時、廊下の向こうにエルドマンの姿が見えた。
「おい エルドマン そんなとこにつっ立ってるな」
 オディナのよく通る声に、速足で近寄ってくる。
「お前もいろいろ大変だったな」
 オディナがエルドマンの肩を叩く。
「いえ 自分にできることをしたまでです」
 フレイはエルドマンに手を差し出し、二人は握手を交わした。フレイを見るエルドマンの顔には安堵と喜びが浮かんでいる。
 いつの間にか遠巻きに集まっていた、おもに若いメンバーたちは、その様子を見ると近寄ってきて二人をとり囲んだ。
 廊下の反対側には女性たちが集まってきていた。透視者や霊媒たちを先頭に、彼女らの視線はネフティスの連れてきた女性と娘に向けられてる。
 あちこちから質問が発せられる。
「オフィサー・フレイとオフィサー・オディナは教団に戻ってこられるんですね?」
「その女性たちは新しい参入者ですか?」
 ネフティスの方をふり向き、その表情を読んだオディナが言う。
「その話はまただ。先にまだ片づけなけりゃならんことがある」
 集まったメンバーたちは、望んでいた答えを聞くことができずに、やや残念そうな顔をしたが、礼を守ってその件についてのそれ以上の質問はしなかった。
 オディナがはっきり「戻る」と言わなかった。つまりその答えは「ノー」ということだ。それはジレにとっても意外だった。
 二人は戻って来るつもりはないのか? 
 ガレンがいなくなった今、フレイが指導者となり、オディナとネフティスがそれを支えることで、教団内の夾雑物は一掃され、政界や経済界とのつながりが深すぎる幹部も頭を抑えられて、その機能は段違いに高まるだろう。オルドとしての真価を発揮することができるはずだ。
 その力の座に座ることを望まないというのか? 
 ガレンとその背後にある勢力が10年の歳月をかけても手に入れることを欲した、政界や軍部に対する独自の影響力を?
「坊や 人生は、手放したものをもう一度とりに戻るほど長くはないのよ」 
 ネフティスがジレの方をふり向き、言った。
「千の道が一つの行き先につながるなら、自分の道を歩けばいい」

 翌朝、四人と娘は戻って来た。ネフティス、オディナ、フレイの三人は応接エリアに座り、書記やそれ以外の幹部を呼んで話を始めた。
 教団の参入者ではないため、その話し合いに属さないマリー・ケストレルという女性は、「中庭にあるのは薬草園か」と訊ねた。そうだと言うと、それを見に出ていった。12月のこの時期、目ぼしい植物はとうに枯れているはずだが。
 そして娘が残った。どう接したものかと思案するジレに、娘は声をかけた。
「この近くにカフェのようなものはない? お茶が飲みたいんだけど」
「外に出なくても、厨房に行けばお茶かコーヒーをいれてくれるだろう……君は 僕と話しをしてもいいのか?」
「ん? もちろん」
「君は その……オフィサー・フレイの……」
「ルシアスは私の大切な人」
「それで オフィサー・オディナが君の教師というわけか」
「んー まあ そんなとこかな」
「君は僕のことを疑ってはいないのか?」
「好きになれないタイプだなって思ったことはあるけど、エステラが大切な仕事を任せるくらい信用してるんだから、私も信用する。
 でもあなた、最後に会った時から変わったみたい」
「……自分でも何がどうなっているかわからないよ あまりに多くのことが一度にありすぎて」
 話しながらジレは娘と――セレスティンと、厨房のある方に向かった。途中で彼女が壁にかかっている絵や置かれている物を見ては質問するので、そのたびに足を止めて答えなければならなかったが。
 ある一枚の絵の前で、彼女は立ち止まった。
「この絵……」
「これはニコライ・レーリッヒの絵だが、複製だ。本物はアッパーウエストにある彼の美術館にある」
 彼女は黙って絵を見つめていた。


 昨日来た時、マリーは中庭のバラ園に目を引かれ、それからその後ろに薬草園らしいものがあるのに気づいた。ガブリエルという青年に訊ねると「そうだ」と言うので、三人が教団の幹部や知己の同僚たちと話をしている間、それを見てくることにした。
 中庭への扉を開けると、冷たい風が頬にあたる。
 薬草園の場所にはあちこちに木製の札がかかっていて、植物の名前が書かれている。魔術の伝統につらなるさまざまな植物が植えられているのがわかる。
 多くの植物は収穫された後だが、ヤロウやミュレインのように、立ち枯れてその姿を残しているものもある。アルケミーでいう(えん)を多く含む、形を保つ力の強い植物たちだ。
 真冬の風の中に立ち続けるその姿を見ながら、ニューヨークの冷たい風が不思議に肌に懐かしい。
 後ろに人の気配がして、声をかけられる。
「寒いでしょう? お茶を入れますから、中にいらっしゃいませんか」
 ふり向くと、若い女性だった。マリーは微笑んでうなずき、導かれるままに従った。
 厨房らしい場所の手前に、人が集まって座れるようになっているエリアがある。まわりには鉢植えの木々が並んでいた。
「どうぞ 寒い季節に内輪でお茶を飲む時には、ここを使うんです」
「これはザクロね」
「ええ ニューヨークの気候では冬を越せないので、矮性の品種をこうやって育てているんです。植物がお好きなんですね」
 入れてくれた紅茶から、よいバラの香りが立つ。
「これはここのバラ園の花から?」
「はい」
 二人の会話を聞きつけたように、女性たちが集まってくる。
 追加でカップが並べられ、楽しそうにお茶が受け渡される。
「ニューヨークは初めてですか?」
「昔はアップタウンに住んでいたのよ。今でもキャッツキルにコテージを持ってるわ」
 質問をしたくてうずうずしていたらしい、若い女性が口を開いた。
「あの あなたはきっと、北の方位のオフィサーの候補ですね」
「それ 私も昨日、四人で一緒にいるところを見て、そう思いました。オフィサー・フレイ、オフィサー・オディナ、オフィサー・ネフティス、そしてあなたで、すべてがぴったりです」
「あなたが庭にいる時、眠っているはずの植物の精たちが反応しているのを感じました。あなたの持っている大地の質に反応したように見えました」
 忘れかけていたが、ここは白魔術のロッジであり、彼女たちも道を歩く者(プラクティショナー)なのだ。それぞれの形で古い世界の伝統を運び、二つの世界を行き来する者。
「『教団に参入すらしていない人間を引き入れて、重要な仕事を手伝わせるなんて』と幹部の人たちは言ってますけど、私はあなたがふさわしい人だと感じます。私たちに十分ではない、大地とつながる力をあなたは持っている」 
「あ マリー ここにいたんだ」
 声にふり向くと、セレスティンがガブリエルに伴われていた。
「すごくいい香り」
「お茶、入れますよ」
「あなたはオフィサー・ネフティスの助手(アコライト)?」
 彼女たちの好奇心と質問は後を絶たなかった。
 お茶を手に、出されたクッキーをつまみながら、質問をしたりされたりしていたセレスティンが、ふと何かに耳を傾ける仕草をする。
「エステラが待ってるみたい」
「そうね 行きましょう」




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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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