会話

文字数 2,659文字

 セレスティンは週末をエステラのところで過ごすことが増えた。彼女の部屋に泊まり、話をしたり、教わったり、一緒に時間を過ごす。
 エステラの方も、セレスティンを気のおけない妹のように扱った。セレスティンに姉妹はいない。でも、もし望める通りの姉がいたとしたら、こんなふうかもしれないと思った。
 エステラは思ったことはストレートに言葉にするし、思いがけない答えや反応が返ってくることもある。でもそれをセレスティンは楽しいと感じた。彼女のことを信頼しているから、予想のつかなさが不安やとまどいにつながることがない。
 彼女が何かを教える時には、いつもセレスティンへの質問から始まる。何気ない会話でも、マリーからはされたこともない質問をされたりする。
 そしてかわりに彼女の方でも、セレスティンの質問にはオープンに答えてくれる。他の三人にはできないような質問をしてみた時にも、それは変わらなかった。
 エステラのいるコンドミニアムは、オアフでも指折りの高級住宅地にある。そこで海沿いの広い部屋を月借りするには、セレスティンには手も届かないお金がかかる。キッチンが使われている気配がないので、自炊もしていない。
 マリーは作家としての収入があるみたいだけれど、世間で言う仕事らしい仕事をしているのは見たことがない。
 ルシアスもテロンも、知りあった時からずっと働いている様子はない。それを気にしてセレスティンが自分の分を払おうとすると、ルシアスは黙って首を振った。テロンには「はした金は引っ込めとけ」と言われた。
 エステラも含めた四人が、それぞれ自分の思い通りに暮らせる経済的な自由を得ているのを、なんとなく不思議に思っていた。
 テラスから見る空色の海が優しい波音を立てる。セレスティンは、二人に買ってきたアサイフルーツとグラノラと果物の朝食をとりながら、エステラにそのことを訊いてみた。
「もちろん魔法でお金を作り出したりしてるわけじゃないわ。
 魔術の道では、自分自身の内面を意識的に変化させることで、自分の外に変化を引き起こす力を身につける。内面の変化は二つ目の世界を介して、この世界にも影響が及ぶ。
 儀式というのは、その過程(プロセス)を、特定の目的に向けて焦点させる、あるいは加速させるためのものなの。
 儀式自体に力があるんじゃないのよ。どんな呪文や道具も、それを使う人間に力がなければ無意味のなもの。儀式も、その中で使われる呪文も道具も、力の入れ物であって、力自体ではないの。力を方向づけて集中させる助けになるだけ。
 あなたも必要な土台ができて、相応の力がついてくれば、物質レベルの環境にも影響を与えられるようになる。
 ただしそれは、望みさえすればまわりの世界が勝手に動いて、何もしなくてもお金が入ってくるというようなことじゃない。
 何でも自分の思い通りになるっていうことでもないし、思い通りにしていいっていうことでもない。
 奇跡というのは、こちら側の世界の物理的な常識やルールを飛び越えることだけど、魔術は奇跡を起こすのではないのよ。
 こちら側の世界の仕組みやルールを足場に、自分がやるべきことはすべてやる。そうやって条件を整えた上で、自分の望むことを明確にして、それに息を吹き込む。自分の意図の力を、プロセスの後押しに加えるの。
 自分個人のためじゃない大きなことなら、そこに二つ目の世界の住人たちの助けを借りることもあるけれど。
 テロンは名家の息子で、受け継いだ資産がたっぷりあるけど、それを彼の動物的な勘で運用している。
 ルシアスは翻訳の仕事以外に、デイトレードか何かでお金を作ってるはずよ。もっとも彼はお金なんて必要悪だと思ってるから、本当に必要なだけをその都度手に入れるだけだけど、決して困ることはない。
 無から何かを生み出すんじゃないの。ちゃんとこの世界での必要なステップを踏んでいる。
 ただこの世界の背後にある仕組みを理解して、それを動かす力と明晰さがあるから、ステップの踏み方が普通の人間の何倍も手際がいい」
「エステラは?」
「昔は大学で心理学を教えながら、占星術師として仕事をしてたわ。今は大物の依頼者のおかげで、電話で相談を受けるだけでやっていける」
「大物って、どんな?」
「政界とか、財界とか、軍部とか」
 そう言ってウィンクした。
「政治家や軍人が占星術に頼るの?」
「カリフォルニアの州知事出身の大統領で、占星術師をアドバイザーにしてた人がいたわね。それが発覚してスキャンダルになった時のこと、あなたは若いから知らないわね。頭の固い宗教信者が『大統領が悪魔の業に関わっていた』と大騒ぎしてたわ。
 魔術師や占星術師や霊媒たちの仕事を社会から隠したい人間たちのおかげで、そういったことのほとんどは表に出ることはない。
 でも権力を望む人間が、目に見えない世界の力を借りようとすることは、歴史を通してずっと構図の一部。アドルフ・ヒトラーにだってお抱えの占星術師や魔術師がいたし、当時のイギリス側にもそれに対抗するグループがあったのよ。
 今のアメリカでもそれは続いている。ただ社会の多数派であるキリスト教の公序良俗に反するから、表に出ないだけ。
 どうしてアメリカ国防総省のオフィスが、わざわざ五角形(ペンタグラム)になっていると思う?
 魔術の方法論自体は悪でも善でもない。ただそれを使う人間が何を目的としているかによって、黒にも白にもなる」
「何が善で何が悪か、どうやってわかるの?」
「あなたはすでにそれに答えているわ、質問攻めの時にね。もう一度、自分で答えて」
「……他の生命を助けること?」
「そう 生命を生かすこと。生命が、自らの可能性を引き出して、もっともよい形で生きられるよう手を貸すこと。
 そしてね、セレスティン 生かされるべき生命には、自分も含まれるのよ。単なる自己犠牲はイコール善ではないの。
 そして何が善で何が悪かは、状況を見る時間軸を変えることで、変わってくることもある……」

 自分の世界を広げてくれるエステラとの会話は、ひたすら楽しい時もあった。また善と悪についての会話のように、セレスティンを長く考え込ませることもあった。
 かと思えばエステラはセレスティンをつれてスパに出かけ、一緒にマッサージや体の手入れを受けさせることもあった。
「マリーはあなたに食事管理や規則正しい生活を教えたし、テロンは肉体を意志のもとに動かすことを教えたわね。
 でも肉体にとっては、楽しみや心地よさを受けとることも、同じくらい大切なの。肉体は魂の住む宮居だから」



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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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