手を

文字数 1,049文字

 大学の授業が終わってからテロンに電話をした。
 テロンの車はセレスティンを乗せるとワイキキに向かい、カラカウア通りをダイアモンドヘッドの方に向けて走った。
 人が多くてにぎやかなこのあたりは、ルシアスなら足を踏み入れない場所だな……と考えていると、やがて通りは静かになり、車はクラシックな雰囲気のホテルに止まった。
 テロンは慣れた様子でベルスタッフに車のキーを渡す。
 案内されたレストランのテラスは海に面していた。何本もの大きなオオハマボウ(ハウ)の木が腕を伸ばし、テーブルの上に気持ちのよさそうな日陰を作っている。
 ハウはセレスティンの好きな花だ。潮風を好み、「海のハイビスカス」とも呼ばれる。朝に柔らかな花びらの淡いレモン色の花を開き、午後にはそれが紅色に染まっていく。
 フルーツの香りのアイスティーを飲みながら、セレスティンはニューヨークの山で経験したことを話した。
 もし熊と出会った時に落ち着いて対処できていたら。もし自分にもっと力があって、他の生き物と心を通わせたり、影響を与える力があったら、結果は違っていただろうか。
 テロンは話を聞いた後、言った。
「その手の失敗にこだわるのはやめろ。罪悪感を理由に何かをしてもろくなことはない」
「罪悪感じゃないの。『後悔するんじゃなく、起きてしまったことをどう生かすか考えなさい』ってマリーにも教わった。
 でも だから 自分に何ができるかもっと知りたいし、もっとよくできるようになりたい。またどこかで似たようなことにぶつかるかもしれないし……」
「動物に影響を与えることは可能だが、結果はいつも100パーセントじゃない。自分の身に危険が及ぶかもしれない状況で、自分の力を試そうなどと企むな。野生動物が相手なら、最初から危険を避けとけばいい話だ」
 そう言ってマティーニを飲み干した。
「自分の力を伸ばしたいと望むのはいいが、努力は他の方向に向けろ。
 だいたい、なんでわざわざルシアス抜きで、そんな話を俺にしたがったんだ」
「ルシアスはすぐ心配するから。私のことをガラス細工みたいに大切に扱い過ぎるところがあるけど、テロンはそうじゃないから。
 別に今すぐ何か危いことをしようとかいうんじゃないの。でも必要だったら、そういうことでもやらせてくれると思って」
「俺を火遊びの共犯にするつもりかよ」
 テロンは空を仰いだ。
「まったく 変わらんな、お前は……」
 それからふっと息をつく。
「危ないことをするなら、せめて俺がそばにいる時にやれよ」
 テロンはそう言って海の方に目を向けた。

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登場人物紹介

セレスティン

ホノルルで大学に通う。

動物、植物、あらゆる生き物と星が好き。ダイビングが趣味。

ルシアスとの出会いをきっかけに、世間で「魔術」と呼ばれているものを学ぶ道に導かれていく。

ルシアス

もと海軍の情報士官で、ニューヨークの白魔術教団のメンバー。

訳があって軍を退役し、教団を去ってホノルルに移り住んできた。

彼のまわりでは風が生き物のように不思議な振舞いをする。

テロン

海軍の特殊部隊出身で、もと白魔術教団のオフィサー。

ルシアスの友人で、アメリカ本土から彼を追いかけてきた。

マリー

山の上に隠棲し、植物を育てながら薬草やアルケミーの研究をしている女性。

以前はニューヨークでユング派の心理療法家をしていた。

鳥の羽に導かれてセレスティンと知りあう。


エステラ

ニューヨークに住む、白魔術教団のオフィサーで占星学者。

ルシアスとテロンと親しいが、強面のテロンに「俺もルシアスも頭が上がらない」と言わせる女性。

ガブリエル・ジレ

ニューヨークにある白魔術教団のメンバー。

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