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文字数 2,307文字
次の土曜日が待ち遠しいのか、不安なのかわからなかった。
お昼の学生食堂の雑踏。幸い、誰も話しかけてこないので、サンドイッチを食べながら自分の考えにふける。
途中で顔見知りの女の子たちが通りがかり、こちらに気づいたようだったけれど、そのまま行ってしまった。
ルシアスやマリー、テロンとつきあうようになって、大学の友だちと話すのは授業の時ぐらいで、大学の外で会うこともなくなっていた。
もともと遊び回る方ではなく、パーティーとかにも興味はないし、むしろ一人でダイビングに行く方が多かったし。
なにより同じ年ごろの友だちと過ごすのに比べて、三人との時間は、比べようもないほど自分を満たしてくれた。
エステラに訊かれ、そして正直に答えたこと。
自分はただルシアスの後を追いかけたかった。孤独に見えた彼のそばにいたかったし、いてあげたかった。そして彼のことを理解するために、彼がどんな世界に生きているのかを知りたかった。
でも気がついたら、自分の世界が変化していた。ルシアスと出会う前の自分と、今の自分は同じじゃない。
あの頃と今では、まったく違う目で世界や人間を見ている。普通の人たちの目には入らないたくさんのことが、自分の世界の一部になっていて、そしてそのことを話せる相手がいる。
以前の自分に戻ることなんて考えられない。三人が自分の前に広げてくれた世界を手放すことなんて、考えられない……。
少しどきどきしながらエステラの部屋の呼び鈴を押す。最初の時と同じように、さらりとした態度で招き入れられる。
今度は飲み物を準備してきた。途中のジュースバーで買った、オレンジとレモンとショウガとターメリックの黄色のスムージーを二つ。カップにストローをさして渡すと、エステラは口をつけ、そして気に入ったようでにこりと笑った。
口頭試問の続きが始まる。
質問は先週とは違う角度に踏み込んだ。これまで考えたこともないような質問もあった。それで思いついたことを答えると、それを解くための追加の質問がくる。
「普通の人間の制限を超えるような力が手に入るとしたら、どんな力が欲しい?」「それはなぜ?」「それを使ってどんなことをするつもり?」
「自分が欲しい力を手に入れるためには、何が必要だと思う?」
「この世界について、一つ変えることができたとしたら、何をどう変える?」「それは誰のため?」
「あなたは、三人から自分が学んできたことは『何』だと思っている?」
答えるのに時間がかかる質問もあって、マリーに教えられたように、あせらずに時間をとって自分の中をふり返った。
答えを待つエステラの存在感は、マリーとは違う。でもマリーと同じようにオープンに空間を開いて、セレスティンの中から答えが出てくるのを待っている。
マリーが広げる空間は生き生きとした緑の質で満ちている。エステラの空間は透明で静謐だ。
口頭試問は夕方まで続き、そしてまた彼女の部屋に泊まるように言われた。それは実はうれしかった。
その晩の眠りは深く、透明な闇を見ているような感覚があった。そこにたくさんの色あざやかな夢が次々に現れる。
違う時代の光景……過去だったり、未来のようだったり……知っている人、この人生ではまだ会っていない人、この人生では会うことのない人……。
朝の光に目が覚める。白い天井を見ながら、しばらく自分がどこにいるのかわからなかった。
毛布の中でぼんやりしていると、女性の声がして、現在 に引き戻される。エステラの部屋のリビングのソファベッド。
朝食はこの間とは違う海辺のカフェで、ベーグルに卵のサラダをはさんだのを食べ、カプチーノを飲んだ。向かいに座るエステラの穏やかな表情。
涼やかな海風が気持ちいい。
ふと、自分はとても充実して、そして幸せな時間を過ごしていると思った。
部屋に戻り、白い椅子にゆったりと腰かけ足を組んだエステラが言う。
「質問攻めはおしまい。ここからは、答えを考えるのに必要なことがあれば質問をしてもいいわ。
魔術 について、どんなことを知っている?」
いつか、テロンが読んでいた本をきっかけに彼と話したことを思い出す。
魔法や妖精が出てくる物語をセレスティンが「ファンタジー」と呼んだら、テロンは「お前は魔法 と魔術 の区別ができてるのか」と訊いた。「魔女 と魔術師 の違いはどうだ」と。
テロンに言われて調べ、魔法 を使うのが魔女で、魔術 を使うのが魔術師と呼ばれること。そしてmagic の語源はギリシャ語のmagikos で、それはペルシャ語のmagi 、「高位の司祭、賢者」から来ていることを知った。
それまで映画や小説のイメージで、なんとなく一緒にしていた魔術 と魔法 が違うものだということ。魔女 は古英語のwicca につながっていて、ウィッカはキリスト教以前の自然崇拝に基づく信仰で、そしてだから教会から嫌われたのだということも。
自分がマリーやテロンから学んだことが、そういったものと直接、関係があると考えたことはなかった。
マリーは「自分が従っているのはアルケミーの道」だと言っていたし。
ただなんとなく、どこかでつながっているのかなと思ったことはある。
そして「あ……」と思った。
見てる世界が同じなんだ。いろんな流れややり方があるけれど、それに関わっている人たちは、同じ一つの世界を見ている。
普通の人たちが唯一の世界だと思っている、その世界の背後にある、もう一つの世界。そしてその二つ目の世界は、普通の世界よりも多分もっと大きい……。
その日曜日も終わり、セレスティンはちょっぴり名残惜しく感じながら、バスに乗って自分のアパートに戻った。
お昼の学生食堂の雑踏。幸い、誰も話しかけてこないので、サンドイッチを食べながら自分の考えにふける。
途中で顔見知りの女の子たちが通りがかり、こちらに気づいたようだったけれど、そのまま行ってしまった。
ルシアスやマリー、テロンとつきあうようになって、大学の友だちと話すのは授業の時ぐらいで、大学の外で会うこともなくなっていた。
もともと遊び回る方ではなく、パーティーとかにも興味はないし、むしろ一人でダイビングに行く方が多かったし。
なにより同じ年ごろの友だちと過ごすのに比べて、三人との時間は、比べようもないほど自分を満たしてくれた。
エステラに訊かれ、そして正直に答えたこと。
自分はただルシアスの後を追いかけたかった。孤独に見えた彼のそばにいたかったし、いてあげたかった。そして彼のことを理解するために、彼がどんな世界に生きているのかを知りたかった。
でも気がついたら、自分の世界が変化していた。ルシアスと出会う前の自分と、今の自分は同じじゃない。
あの頃と今では、まったく違う目で世界や人間を見ている。普通の人たちの目には入らないたくさんのことが、自分の世界の一部になっていて、そしてそのことを話せる相手がいる。
以前の自分に戻ることなんて考えられない。三人が自分の前に広げてくれた世界を手放すことなんて、考えられない……。
少しどきどきしながらエステラの部屋の呼び鈴を押す。最初の時と同じように、さらりとした態度で招き入れられる。
今度は飲み物を準備してきた。途中のジュースバーで買った、オレンジとレモンとショウガとターメリックの黄色のスムージーを二つ。カップにストローをさして渡すと、エステラは口をつけ、そして気に入ったようでにこりと笑った。
口頭試問の続きが始まる。
質問は先週とは違う角度に踏み込んだ。これまで考えたこともないような質問もあった。それで思いついたことを答えると、それを解くための追加の質問がくる。
「普通の人間の制限を超えるような力が手に入るとしたら、どんな力が欲しい?」「それはなぜ?」「それを使ってどんなことをするつもり?」
「自分が欲しい力を手に入れるためには、何が必要だと思う?」
「この世界について、一つ変えることができたとしたら、何をどう変える?」「それは誰のため?」
「あなたは、三人から自分が学んできたことは『何』だと思っている?」
答えるのに時間がかかる質問もあって、マリーに教えられたように、あせらずに時間をとって自分の中をふり返った。
答えを待つエステラの存在感は、マリーとは違う。でもマリーと同じようにオープンに空間を開いて、セレスティンの中から答えが出てくるのを待っている。
マリーが広げる空間は生き生きとした緑の質で満ちている。エステラの空間は透明で静謐だ。
口頭試問は夕方まで続き、そしてまた彼女の部屋に泊まるように言われた。それは実はうれしかった。
その晩の眠りは深く、透明な闇を見ているような感覚があった。そこにたくさんの色あざやかな夢が次々に現れる。
違う時代の光景……過去だったり、未来のようだったり……知っている人、この人生ではまだ会っていない人、この人生では会うことのない人……。
朝の光に目が覚める。白い天井を見ながら、しばらく自分がどこにいるのかわからなかった。
毛布の中でぼんやりしていると、女性の声がして、
朝食はこの間とは違う海辺のカフェで、ベーグルに卵のサラダをはさんだのを食べ、カプチーノを飲んだ。向かいに座るエステラの穏やかな表情。
涼やかな海風が気持ちいい。
ふと、自分はとても充実して、そして幸せな時間を過ごしていると思った。
部屋に戻り、白い椅子にゆったりと腰かけ足を組んだエステラが言う。
「質問攻めはおしまい。ここからは、答えを考えるのに必要なことがあれば質問をしてもいいわ。
いつか、テロンが読んでいた本をきっかけに彼と話したことを思い出す。
魔法や妖精が出てくる物語をセレスティンが「ファンタジー」と呼んだら、テロンは「お前は
テロンに言われて調べ、
それまで映画や小説のイメージで、なんとなく一緒にしていた
自分がマリーやテロンから学んだことが、そういったものと直接、関係があると考えたことはなかった。
マリーは「自分が従っているのはアルケミーの道」だと言っていたし。
ただなんとなく、どこかでつながっているのかなと思ったことはある。
そして「あ……」と思った。
見てる世界が同じなんだ。いろんな流れややり方があるけれど、それに関わっている人たちは、同じ一つの世界を見ている。
普通の人たちが唯一の世界だと思っている、その世界の背後にある、もう一つの世界。そしてその二つ目の世界は、普通の世界よりも多分もっと大きい……。
その日曜日も終わり、セレスティンはちょっぴり名残惜しく感じながら、バスに乗って自分のアパートに戻った。
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