その七十三 執着心

文字数 4,595文字

 今日は祈裡と一緒にインタビューをするのだが、
「……………」
 その祈裡が、まだ相手と合流する前だというのに、かなりイラついている。朝、ホテルを出る時は爽やかだったのだが……。
「おい、どうした?」
「……」
 話しかけても返事をしない。顔をチラリと見たが、苛立ちを隠せていない表情だ。祈裡とはかなり長い付き合いなのに、こんなことは初めてだ。
「相手に失礼だけは、働くなよ?」
「…」
 ついには貧乏ゆすりまで始まった。学校で机に座っている間、一度もしたことがないはずだが?
 そうこうしている内に、相手が到着。
「こんにちは。天ヶ崎氷威さん」
「はい、こちらです」
 君嶋(きみじま)良典(よしのり)が、今回話を聞かせてくれるのだ。彼曰く、
「怖い思いをしたけど、それについて自分の中で解答が出せていない」
 状態らしい。それはそれで全然構わない。
 が、
「もうっ!」
 突然祈裡が、テーブルをグーでドンと叩いた。そのまま俺や良典の方を振り向きもせず、カフェから飛び出してしまう。
「ご、ごめんなさい……。何故かさっきからアイツ、機嫌がかなり悪くて……」
「謝らないといけないのは、多分僕の方です」
「はい?」
 予想外の返答が来た。
「いやいやいや! 失礼ですけど、祈裡と会うのは今日が初めてですよね? ネットで変に絡んだり誹謗中傷したりとか、してないですよね?」
「それはそうですけど…。その辺に関しても、説明しますよ…」
 どうやら、何か心当たりがあるらしい。

 思えば僕は小さい頃から母さんと喧嘩しがちだった。どんな些細なことでもすぐに衝突し、口論になってしまう。
「ちゃんとゴミを捨てろ。勉強しろ。家事を手伝え」
 そんな家族として当たり前のことを母さんは僕に言っているだけだ。なのに口調がとても攻撃的で、
「うるさいんだよ、いつもいつも!」
 僕もムキになってしまうのだ。
 でも僕は、母さんが嫌いなのではない。寧ろ専業主婦として、毎日家事を怠らない姿勢は尊敬しているくらいだ。
 不思議と、父さんとは普通に話せる。母さんと同じことを言われても、それがもっと命令口調や大声でも、嫌悪感を抱かないのだ。
「なあ良典、お前は母さんが嫌いなのか?」
 実際に父さんに聞かれたことがある。
「そんなことないよ」
 でも、何故か母さんとは仲良くできない。
 実は、僕の母さんだけではない。友達の家に行くと、いつも睨まれる。
「早く帰れ」
 と、心の中で言われている気がする。いや実際に言われたことがある。

 家では悲惨だった。でも学校でも酷かった。
「君嶋くん、ちょっと!」
 担任の先生が女性の年は、もう学校に行くのが嫌になるくらいだ。何かトラブルがあると、真っ先に先生は僕のことを疑うのだ。身の潔白を証明しても、
「君嶋くんなら、同じようなことをしでかすかもしれない」
 と、警戒される。通信簿や成績表の数字も香ばしくない。酷い時には、
「君嶋くんは問題児です」
 と、遠回しに書かれたことだってある。言っておくけど、担任が男性の先生だった時は、ちゃんとした成績できちんと評価されていた。

 同級生との関係もあまりよろしくなかった。
 幼稚園の頃から、女の子とはあまり話さなかった。話しかけても無視されるか、内容を全く聞き入れてくれないかのどちらかだ。小学校以降は喧嘩も増えてしまった。
「良典と隣の席になりたくない!」
 席替えの際、クラスの女子全員が口を揃えてそう叫んだ。ハッキリ言って、そう思われても仕方ないくらいには、女子たちと僕は仲が良くなかった。

 ここで疑問に感じる点があると思う。
「僕が母さんや担任の先生、クラスメイトの女子に嫌がらせをしたのでは?」
 僕に落ち度がなかったのか、どうか。
 断言できるのだが、僕は相手を不快にさせるようなことは一切やっていない。にもかかわらず、もめてしまうのだ。
 そもそも初対面の時から、何故か悪い印象を持たれているくらい。僕に関して、変な噂は全く流れていなかったのだが……。
 男子のクラスメイトとは、思い出に残るぐらい沢山遊んだり勉強したりした。彼らは僕のことを一度も、酷いヤツとは言わなかった。

 どうしてここまで女性たちと険悪になってしまうのだろうか。答えは見つからないのだが、僕はいつも考えていた。
 大学生のある時、友人が、
「おい、面白いのがあるぜ」
 デパートでとあるコーナーを見たのだ。
「占い師、かよ」
「よく当たるってよ。見てもらおうぜ?」
 この時、確か六人で行動していた。あまり非科学的なことを信じていない僕たちは、面白半分で、占い師に見てもらうことにした。
「この大神(おおがみ)(はやし)が、責任を持って鑑定しましょう」
 聞く話によれば、全国各地を放浪しているとのこと。腕は良いらしい。
「じゃあまず、俺だ!」
 友人が椅子に座る。すると占い師の表情が険しくなる。
「水晶玉とか、タロットカードとかは使わないんですか?」
「見るだけでわかるよ。君は……」
 占い師はまず、家族構成を言い当てる。それも適当に、兄がいるだろう、弟がいるだろうとか、質問するのではなく、
「君の両親は、三十年前に結婚しているね。父親は当時、二十八歳。母親の方は二十三歳。そして君の下……四つ違いの、双子の妹がいる」
 年齢をズバズバ言い当てるのだ。しかも、
「今は下宿中のようだが、実家で暮らしていた際は、猫を飼っていたね? 君が小学校に上がる時に川辺で拾った野良猫だ。残念なことに、高校を卒業するタイミングで、乳癌のせいで亡くなっている。火葬後、遺骨は近所の教会の納骨堂に引き渡している」
 ペットのことすら、手に取るようにわかるらしい。他の友人なんて、今まで飼育したことがある昆虫やザリガニの数と時期を言い当てられていた。
 当然だけど、そんな細かすぎることは仲良くなっても友人間では話さない。家族以外は知らないだろう。それを占い師は、見ただけでわかってしまう。
「ちょっと耳を貸しなさい」
 ある友人については、占い師は彼の耳元で囁いた。
「ど、どうしてそれを!」
「心配しなさんな、誰にも言わないよ。人間誰しも、そういうものは抱いている。逆に持ってない方が、人間としてどうかしている」
 何か、とても恥ずかしいことを見抜かれたらしい。友人曰く、誰にも話したことがない……それこそ両親や姉弟すら知らないことだと言う。
 この占い師は本物だ。たった三千円の値段とは思えないほどの実力者だ。
「次は僕を見てください」
「いいよ」
 この人なら、どうして僕が女性と諍いを起こしやすい性質なのか、教えてくれるのではないか。淡い期待を寄せた。まずは両親に関して。これはやはり年齢と結婚した時期を言い当てられた。
 しかし同時に、不可解なことを言い出したのだ。
「君には、姉がいる。二つ上だな」
「え?」
 僕は一人っ子だ。兄弟姉妹はいない。そのことを伝えると、
「そんな馬鹿な? いや、間違っているとは思えない。だが私の目にはきちんと映っているぞ?」
 否定された。この時一緒だった友人には、中学時代からの同級生もいて、その彼が、
「良典は間違ってませんよ? 俺、コイツの家に行ったことが何度かありますけど、姉の形跡なんて一度も見たことがない」
 僕の方が正しいことを証明してくれたのだ。
 全員の鑑定が終わった後、ファストフード店で食事をした。
「君嶋の時だけ、一個だけハズレがあったな、あの占い師」
「弘法も筆の誤り、ってヤツ? でも当たったことの方が多かったぞ」
 この時は気にも留めていなかった。

 後日、僕は夢を見た。
 僕の家に友人たちを招いて、ホームパーティを開く夢だ。テーブルには大きなケーキが並び、みんなワイングラスにシャンパンを注ぐ。
 その夢の中で、僕は急に眠気に襲われた。豪華な食事を食べずして、ベッドに横になった。
「う~ん」
 部屋を暗くして、本格的に寝ようとした時だ。何かが僕のベッドの側に立っているのに気づいた。それは長い髪を生やした女性のようだった。
「………」
 無言で僕の顔を覗き込む、女性のような何か。肌は木の幹のような色で、目と口はあるが、黒い穴のようだった。
「ひぃいいいいいい!」
 僕は叫んだ。

 自分の叫び声で、目が覚めた。
「ゆ、夢か……」
 一安心したけど、ベッドから出ようとすると、夢の中の存在だったはずの不気味な女が、目の前にいるのだ。
「え……?」
 困惑した。これも夢なのだろうか? 
「あ、あああ………」
 もはや言葉も出せないくらいの恐怖に襲われた。
 幸いにも、その女のようなものは、徐々に薄れ消えていった。

 あれは何だったのだろうか。僕は悩んだ。考えた。でも答えはわからない。ただ、知っている女性ではないことは間違いない。似ている人が思いつかないからだ。
「前に占い師に言われたことと関係があるのかな?」
 あの占い師は僕に、姉がいるはずだ、と言った。まずはその真偽を確かめたい。僕は父さんに、かなり聞きづらいことだったが、尋ねた。
 すると、
「言うべきかどうか、ずっと迷っていたのだが……」
 重い口を開いてくれた。
「確か、良典が生まれる二年前くらいの話だ。母さんが女の子を身ごもったんだ。でも、死産してしまって……」
 原因はわからないらしい。しかし、僕に姉がいたかもしれないことがわかった。
「今まで黙ってて、すまない……」
「ううん、いいよ。教えてくれてありがとうね」
 安直な考えだけど、あの夢と現実に現れた女のようなものは、僕の姉だったのではなかろうか? おぞましい姿ではあったけど、僕のことを見守ってくれている、守護霊的な存在なのだろう。

 納得しかけたその時、おかしなことに気づく。
 父は、姉は死産だったと言った。もし姉の霊が僕に憑いているとしたら、その姿は赤子でなければ変だ。僕が見たアレは、成人した女性くらいの大きさだった。死後に成長することがあるのだろうか?
 そしてその日の夜、またソレが夢に出てきた。
 その時、僕は二つのことを理解した。
 一つは、アレ自体が何者なのかは未だ不明であることだ。悪霊なのか、それとも背後霊なのか、生霊なのか。生前の名前は何だったのか、どうして僕に憑いているのか、僕にはわからない。
 もう一つは、アレには僕に執着心があるということだ。アレは僕を独り占めしたいのだ。だから、僕が他の女性と仲良くなることを心地よく思わず、それが肉親であろうと容赦なく邪魔するのだ。

「……もう一度、あの占い師に会って事情を話せば、解決できるかもしれないとは思います」
 しかし、良典にはできていない。彼によれば、あの女性のようなものが、正体を知られたくないから、邪魔しているらしい。
「心当たりはないんですよね?」
「はい。そもそも物心ついた頃から、女性とはトラブルが絶えないんです……」
 だとしたら、やはり霊能力者のような人に見てもらった方がいいだろう。除霊できるのかどうかはわからないが、何もしないよりはマシだ。少なくとも今現在、初対面の祈裡がこの場から出て行くほどの嫌悪感を抱かせるには強力な存在らしい。
「早急に対処しないと、悪影響が出てしまいますね……。ていうか、もう出てますね…」
 良典が今後一人で暮らすのか、それとも誰かと結婚したいのかは、わからない。ただ人間社会で生きていく都合上、どうしても異性との関りは捨て切れないだろう。
 その時に、例の女性のようなものがこれ以上邪魔しなければいいのだが……。
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