その三十四 廃れた遊園地

文字数 5,948文字

 某夢の国は面白そうだけど、入場料が高いんだよな。それに怖そうな話ってあんまり聞かない。俺は怪談話は大歓迎だが、遊ぶために日本全土を回っているんじゃない。この旅は怪談話の収集、それに専念したいんだ。
「そんなこと言ってさ、本当は行きたくて仕方がないんじゃないの?」
 祈裡はそう言う。でも俺は、
「別に。だってカップルで行くと別れるとか聞くじゃん? そういう結末はある意味、怪談よりも怖すぎる…」
 まあ風評被害だろうけど、そう言って何とか祈裡を納得させる。
「遊園地ですか…。私も若い頃はよく回りましたね。友人とだったり、意中の男子と二人きりだったり……。思い出せばキリがありません」
 この第三者は、(のこぎり)栄子(えいこ)。昨日メールをもらったので予定を変更し、来てもらった。
「で、どんな話なのかな?」
 俺が聞くと、
「あまり思い出したくはないんですけどね。でも、現実なんで…」
 ちょっと言いにくそうな雰囲気だ。すかさず祈裡が、助け舟を出す。
「言いたくないことは伏せても大丈夫だよ。思い出したくないことだってあるんだろうし、言える範囲で話してみて!」
「だ、大丈夫ですよ。全部言えますから! ここでもったいぶって口を塞いでも、事実は変わらないんですし…」
 そして話は始まる。

 一年前の出来事です。当時私には彼氏がいました。彼とは大学時代に知り合って、意気投合して流れで交際に発展しました。私は遊びに行くのが好きで、彼も同じような人物だったので、お金に困っていない時はいつも出掛けていました。
「今度、遊園地に行こうぜ?」
 彼はそう言いました。
「でも、もう飽きるぐらい舞浜駅に行ったよ」
 この辺に住んでいる大学生なら、そう言われれば真っ先に夢の国を連想するでしょう。私もそうでした。ですが、
「違うよ。ちょっと遠いんだけど、まだ行ったことないところさ!」
 彼は、車で行くことになるけど新鮮な場所だ、と答えました。私はそれが楽しみで仕方がなく、そして事前情報なしで楽しみたいという思いから、その場所を詳しく聞きませんでした。

 当日、私は彼が用意した車に乗り込みました。彼も私も免許を持っていますが、彼はハンドルを貸してくれません。私の前でいい格好をしたかったのでしょう。幸いにも、カーナビがあったおかげで道には迷いませんでした。
 ですが、遠すぎでした。いえ、出発した時刻が悪かったのかもしれません。気づけば午後三時頃でしたが、まだ見えてこないのです。
「最悪、近くのホテルに泊まれば…」
 私もそういう呑気な考えを抱いて、助手席に座っていました。

 やっと到着した時、既に夕暮れでした。徐々に太陽は水平線の彼方に隠れはじめ、辺りは暗くなっていく。そんな時間帯です。
「到着! って、おかしいな…?」
 車が駐車場に入った時、違和感に気づかされました。
 遊園地だというのに、車が全然停まっていないのです。
「もう、帰り始めているのかな?」
 一応、何台かは車がありましたが、停まっているというよりは乗り捨てられている状態でした。
「おかしいな? この遊園地、夜遅くまで営業しているはずなんだけど……」
 彼はそういいながら、車を降りました。
「やめておかない?」
 私は止めましたが、聞く耳を持ってくれません。仕方なく一緒に降りました。
 そして改めて遊園地の入り口を見ました。完全に潰れてしまっている、とっくの昔に廃れた場所でした。
「これじゃあ行ってもしょうがないね…。ねえ、帰ろ? 今からなら夜ご飯食べてさ…」
「いいや、面白そうじゃないか! 本物の廃墟だろう? これほど魅力的なスポットないぜ?」
 彼は、とんでもないことを言い出しました。この廃墟を探索すると言うのです。一度車に戻って、キャンプ用品の懐中電灯を二つ取り出すと、片方を私に渡しました。
「私も行くの?」
 彼は私の意見を聞かずに、勝手に車のカギを閉めてそれをポケットに入れました。
「じゃなきゃ、ここで待ってるか?」
 私は、こんな気味の悪い場所で一人になりたくなかったので、彼について行くことにしました。
「よし、入場! 無料ですね!」
 そう言いながら、ゲートをくぐりました。遊園地の方はというと、確かに廃れているのですが、ゴーストタウンのような感じではないのです。雑草こそ生い茂っていますが、つい最近まで営業していたと言われても通じるくらいには綺麗でした。
「見ろよ栄子! アレがコーヒーカップじゃないか?」
「…だろうね。でも、やっぱり動いてはないわよね…」
 一通りのアトラクションは揃っていましたが、金属は錆びていて、そしてコーヒーカップをはじめとする乗り物には雨水が溜まっていました。それだけでも見ていると嫌な気分になります。
「いい雰囲気醸し出してるじゃないか! なあ?」
「嫌な気分よ…!」
 私は本当に嫌でしたので、彼とはそういうやり取りばかり。すると、
「おい、こっちに来てみなよ!」
 彼は何と、レストランらしき建物に堂々と入っていくのです。私が止めようと叫んでも無駄でした。
「はは、こんなところじゃ夕食は食えねえか!」
 何もなかったのか、彼はすぐに出てきます。
(この遊園地、大きいのかな……)
 早く帰りたかったから、私はそう思っていました。隣にいた彼は、
「もっと面白いのないのか?」
 全く別方向に物事を考えているのでした。

「お、栄子。あれは絶対に入りたいと思わないか!」
 彼が指で示したのは、お化け屋敷でしょうか? 看板も何もなかったので見た目で判断しました。
「やめておこうよ?」
 そう呟きましたが、無意味なのは十分にわかっていました。そして私は彼と、懐中電灯をつけてその屋敷に入りました。
「うお、すっげ!」
 やはりお化け屋敷でした。電気は通っていないので仕掛けは動きませんが、内装はまだ腐っておらず、明かりに照らされると壁に描かれた妖怪やら死体やら、血痕やらが目に入ります。井戸や和室の作りもリアルでした。
「雰囲気いいじゃん! ああ、営業中に行ってみたかったぜ!」
 私は彼のその発言から、意図的に廃園に私を連れて来たと察しました。多分、カッコいい彼氏を演じたかったのでしょう。

 そして、その代償はあまりにも重すぎました。

「怖い怖いねえ~」
 ゲラゲラ笑いながら彼は屋敷内を探索します。そして一体の人形の前で止まりました。
「わあ、ピエロじゃん! へええ、これは子供が泣くぜ!」
「え、ピエロ?」
 私は聞き返しました。だって、このお化け屋敷は和風なんです。ピエロなんて洋風な要素があるわけがありません。
「ピエロだろこれ? こんなクラウン見間違えるかよ?」
 彼はその顔を電灯で照らし、顔の表情を真似して笑い出しました。
 その時です、私にはピエロの顔が動いたように見えたのです。
「え? ええ!」
 思わず足が後ろに下がりました。
「どうした栄子? 怖いのか? なら俺がぶっ飛ばしてやるぜ!」
 彼が拳を自慢気に私に見せながら言うと、後ろでゴトン、と音がしました。
「あ……?」
 その音の方に明かりを向けました。そこには、ピエロが立っているのです。
「お、おい……。ここに人形があるのか…?」
 確かに不自然です。通路を塞ぐようにピエロは立っていました。
 私は、さっきのピエロに電灯を向けました。ですが、そこにいるはずの人形がいないのです。
「ま、まさ、か……!」
 そのまさかです。彼の目の前のピエロの人形が、動き出したのです。まずは目がギョロリと動いて私たちの姿を捉え、瞬きした後、足を一歩踏み出しました。
「う、うわあああわああああああ!」
 彼の悲鳴と共に、私たちはお化け屋敷から飛び出しました。
「何なんだよアレ! あんなのあるなんて聞いてないぞ!」
「私に聞かないで!」
 一目散に逃げるとは、このことでしょう。現に私も彼も一度も、振り向くことはありませんでした。

 ですが、きちんと逃げれていたかどうかについては怪しかったです。と言うものここは初めて来る場所で、もう既に空は暗く、十分な明かりもあるとは言い難い場所なんです。私たちは道に迷ってしまいました。
「おい、駐車場はどっちだ?」
「あっちじゃない?」
 私は、なんとなくその方向を示しました。お化け屋敷の反対方向だと思っていたのです。
「よ、よし…! いないよなあのピエロ?」
 ここで初めて彼は後ろを向きました。安堵のため息を吐いたので近くにはいないようです。
 ですがピエロは、私たちに安心を与えるつもりはない様子です。道を進んでいると先回りしていたのか、ピエロに遭遇しました。
「き、きゃああ!」
 私は転んでしまいました。その時ピエロに足を掴まれました。感触ですが、その手にはまるで生きている人間のような温もりがありました。
「大丈夫か、栄子!」
 彼が勇気を振り絞って、ピエロに体当たりをしました。するとピエロは吹っ飛び、地面に転がると同時に頭が胴体から離れてしまったのです。
「やったか…?」
 それは油断でした。何とこのピエロ、首がなくても体が動くのです。逆に彼が殴られて地面に崩れました。
「あああ……ああぅ……」
 悪夢でも見ているかの光景が、目の前に広がっていました。ピエロは自分の頭を左手で持ち、右手で彼に殴り掛かります。私は震えていて、動けません。
「こ、この!」
 ようやくピエロを退けることに成功すると、また私たちは走ります。
「こっちじゃないか?」
 コーヒーカップが見えたので、彼は進路を変えました。私はそれに従い、彼の後を追いました。
「やった! 出口だ!」
 ゲートをくぐって、遊園地という名の地獄から抜け出しました。
「助かったわ……」
 しかし、安心するのはまだ早いのです。思い知らされました。
「あれえ、カギがない…」
 彼はポケットを手当たり次第漁ると、目を泳がせながらそう言いました。
「栄子、持ってないか?」
「私は知らないわよ?」
 記憶が正しければ、カギは彼が持っていたはず。少なくとも私は、それには一切触れていません。
「落としたかもしれない……」
 この状況でそれは、絶望すぎる案件でした。あの遊園地に戻ってカギを取りに行かないといけないのです。
「冗談じゃないわ! どうするのよ?」
「い、行くしかないだろ!」
 この時既に彼からは、たくましさを感じられませんでした。弱気になったからなのか、
「二手に分かれて探そう。そうすればすぐに見つかる!」
 と、提案するのです。
「嫌よ私は! もうあんなところに行くなんて!」
 ですが、ここで野宿するわけにも行きません。十数分後には意を決して、再び遊園地に入りました。

 彼は、あからさまにお化け屋敷の方向を避けたところを探すと言い張りました。そして二人で同じところを探しても意味がないと言い、私には屋敷の方を探せと命令しました。
(もうこの人とは、付き合えない………)
 もし無事に帰ることができたら、別れよう。そう決めました。
 カギは中々見つかりません。地面に落としたんでは、永遠に見つからないでしょう。ここで、私の目にあのお化け屋敷が映りました。
「もしかして、あの中で落とした…?」
 その可能性は、ないわけではありません。ですが、入り口に立つとどうしても躊躇ってしまいます。
「だ、だ、大丈夫だから! お願い、落ち着いて私の心臓…!」
 心臓は今にも張り裂けそうでしたが、無理を言って聞かせて私は屋敷に入りました。幸いにも屋敷はそこまで大きくありません。そして幸運なことに、カギは屋敷の中にあったのです。
「や、やったわ…!」
 私はすぐに外に出ました。そしてスマートフォンを取り出して彼に電話しました。
「あ、もしもし? カギ、あったわよ!」
 電話はすぐに通話状態に切り替わりました。が、返事が聞こえないのです。
「ねえ、どうしたの? カギは私が見つけたってば!」
 すると、電話の向こうから、
「ワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワ」
 という声が聞こえました。間違いなく、彼の声ではありません。
「ひえぇ!」
 驚いて手を離してしまいました。スマートフォンは地面に落ちましたが、笑い声は止まらないのです。しかも、その声の主は息継ぎもしないでずっと喋っているのです。
 数分経っても不気味な笑い声は止まりませんでした。私はスマートフォンを拾うと電話を切り、彼にメールを送って先に車に戻りました。
「お願いだから、早く戻って来て…」
 泣きながら車に一人、閉じこもりました。

 次の日の朝になりました。結局彼は戻って来ませんでした。私は警察に通報し、事情を説明しました。滅茶苦茶怒られましたが、ピエロの方がずっと怖かったので恐怖しませんでした。
 彼の捜索は一時間もしませんでした。その変わり果てた姿は、園内で見つかったそうです。警察によりますと、首は切断されていたとのことでした。私はピエロが犯人じゃないかと訴えましたが、迷信を警察が信じてくれるはずがありません。それに警察は園内をくまなく探したそうですが、それらしき人形も人物もいない、と結論付けました。
 私は、失意の中家に帰りました。

「……今もその遊園地はあるらしいですよ。その地域では有名な心霊スポットらしく、度胸試しで入る若者が後を絶たなくて、立入禁止の看板を設置しても効果がないとか」
 それはそれは恐ろしい体験を聞いた。祈裡なんて目が点になって口をポカーンと開けている。まあ祈裡は道化恐怖症だから仕方がない。
「その彼氏さん、残念なことに…」
 栄子は、何故彼氏が死んだのかを冷静に分析しているそうだ。
「遊園地とか、そういう賑やかだった場所って、その温もりを求めて幽霊が集まりやすいのではないでしょうか? そこに彼は土足で踏み込んでしまい、霊の怒りを買った。だからピエロと同じ運命をたどったんだと思いますよ」
「じゃあ、君は大丈夫なのかい?」
 その質問には、いいえと首を振る栄子。
「もし電話で「先に車に行って待っている」と言ったら多分私もアウトでしたね…。ピエロが私を襲おうとしなかった理由は、私がどこにいるのかわからなかったからしか考えられないんです」
 彼女はそう言って、話を締めくくった。
 俺は、心霊スポットに行こうとかは考えていないが、心に改めて警告する。幽霊の逆鱗に触れてはいけない、と。
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