その三十九 死魂の狩人 後編

文字数 4,727文字

「そうすると、君は呪いでも祓いでもない霊能力者ってこと?」
 俺は聖閃に尋ねた。彼は首を縦に振った。
「そうなるぜ。僕は霊や思念を封じる霊能力者だ」
 それは興味深い。本物かどうかはこの際、どうでもいい。俺は幽霊を見ることはできないから。
「ところで氷威さん? これから暇だよね?」
「はい?」
 彼は勝手に話を続ける。
「ハンティングに行くんだ。車でちょっと走ったところにある、西夏村。そこに霊がいてね、神代は僕に、捕まえてくるよう命令した。だから捕えに」
「おい、それは君が一人で行けばいいだろう?」
 金銭はもう渡したんだし、俺はそう言って立ち上がろうとしたが、目の前に女性が二人いることに気がついた。
「遅かったじゃないか、透子に琴乃。さてっと、これから出発だ」
 時刻は午後九時。これから車に乗せられて出発。曰く、二時間ほどで着くそうだ。
「一度見てみたいと思ったが、こんな普通の若造だったとはな、天ヶ崎氷威。何も特別な雰囲気のない一般人か…」
「そうね…。霊が見えないのに怪談に首突っ込むんじゃないわよ…! 図々しいわ!」
 後部座席に乗る年下の女の子にボロクソ言われる。
「俺は…大神岬って人に教えられたから怪談が好きなんだけど…」
 そう言った瞬間、聖閃が急ブレーキを踏んだ。
「大神、岬だって!」
 何か、地雷でも踏んだ? 俺は恐る恐る聞いたが、どうやら違うらしい。
「それは驚きだわ! あんた、あの岬さんと繋がりがあるのね…何で早く言わないのよ!」
「いや、昔同じ孤児院にいて、世話になっただけだからな…」
「その話、ちょっと詳しく!」
 何故か、岬のことに興味津々な三人。でも俺は昔のことしか話せない。しかしそれでも聞いてくれるのだ、何故かは知らないが。
「岬が、どうかしたのかい?」
 俺は後ろの琴乃に聞いてみたが、
「……君がその目で確かめてみるといい。旅の最中なのだろう? その中で会えるといいな…」
 としか言われなかった。

「着いたぜ!」
 やけに長く、そして暗いトンネルをくぐった先に、その村は存在していた。聖閃によると、地図に載っていないらしい。当然、人も住んでいないゴーストビレッジ。正直、入るのは嫌な気分だ。
「じゃ、行くか…」
「ちょっと待てよ!」
 俺は彼らを止めた。怖くて進めないからではない。
「どんな霊がいるんだ?」
 それを事前に聞きたかったのだ。
「そうか。氷威さんはこの村の伝説を聞いたことがないのか。じゃあまずそれを教えよう」
 聖閃は語り出した。

 この村は、戦前までは賑わっていた。豊かな山菜に恵まれたためだ。
 だが、第二次世界大戦が勃発。すると多くの働き手である男性が駆り出され、そして戻って来なかった。これが致命的であり、村は一気に衰退。出て行く者が後を絶たなかったのだ。
 トドメに、トンネル工事が始まってしまう。危険だから工事の範囲に入ってはいけないと言われ、山菜を取りに行くことができなくなってしまう。
 残された村人たちは、飢えと必死に戦った。けれども、最終的に負けることになる。
「憎い…。我々の平穏を破壊した、外部の者が!」
 最後の一人が息絶える時、この村に呪いを残した。
 そしてその呪いは、すぐに効果を発揮する。
「うぐ…」
 工事現場では、原因不明の死が絶えなかった。だが工事は中止にならない。実は彼らは、この村の奥には銀山があるという噂を聞いていたのだ。だから何としてもトンネルを通し、金を儲けたいのだった。
 現場監督は、死んだ労働者を何とその場に埋めた。一々労働者の死を知らせるのが面倒だったためだ。
 最終的に念願のトンネルは開通する。そして本格的な調査が始まるのだが、銀が眠っているというのは、根も葉もない噂だった。だからトンネルを掘った意味などなかったのだ。
 今もその村には、無意味に平穏を奪われた無念が現世に残っているという。そしてその怨念は、この村に来る部外者を根こそぎあの世に連れて行くのだという。

「ほう。そういう曰く付きか!」
 俺は一歩前に踏み出した。その手の話はごまんとあるので、今頃怖気ついたりしない。
「ふーん。骨はあるみたいね…」
 透子が言った。
「そして! 今夜狙うターゲットは、餓霊と呼ばれている」
「何だそれは?」
「餓霊…。生者の魂に飢えた霊だ。悪霊なんかよりもよりも危険極まりない存在だな。人の命を直接、あの世に持って行くことが可能なのだ。天ヶ崎氷威、気をつけろよ?」
 琴乃の解説を聞くに、ありきたりな幽霊のように感じる。でも、それでいい。何も特別大げさで特殊なことなど、怪談には必要ない。
「じゃあ早速、探そう。二手に分かれるぜ」
 聖閃と、俺と女子二人。あまりにも不平等ではないだろうか? だが、
「氷威さんが狙われたら、誰が守る? 僕は守りに特化した霊能力は持っていないから。それに透子と琴乃は最初から、氷威さんの護衛役として呼んだんだ」
 そうらしいので、俺は二人に守られながら移動する。聖閃はさっさと村の奥に行ってしまった。
 村と言っても、もう何年も手入れのされていない建物は、既に崩れてしまっている。雑草生えており、中には俺の背丈よりも高い植物もあるぐらいだ。
「ねえあんた、変だと思わないの?」
「えっと、何が?」
 透子に聞かれたが、何が何だか。
「耳を澄ましてみなさいよ! あんたには聞こえないの?」
 聞こえない…?
 言われてみれば、虫の音やフクロウの鳴き声、野生動物の息遣いなどはない。キョロキョロしてみたが、蚊や蛾も飛んでいないのだ。
「ここの異様さに、動物は気づいているのだな。だから近づこうとしないのだ」
 琴乃に言われて俺は納得した。確かに、怪しい雰囲気が漂っているのだ。霊感のない俺でもわかるぐらいの。
「むっ!」
 急に、井戸のようなものが目に入った。何故か俺はそれを凝視する。目が離れないのだ。その中から、何者かが飛び出した。
「危ない!」
 琴乃が俺を押してどかさなかったら、俺が襲われていた。人のように見えるそれは、琴乃を押し倒して彼女に覆いかぶさった。
「うぬううう…!」
「だ、大丈夫、琴乃!」
 透子がどこからか藁人形を取り出し、その胴体を釘で貫いた。するとそれの動きが弱くなる。琴乃が蹴ってそれを退けた。そして立ち上がると取り出した札でそれを叩く、札に触れたそれは、一瞬で消えた。
「危ないところだった。もう少し遅かったら死んでいたかもしれない…。透子、感謝する!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが! あの井戸よ。あれを丸ごと祓わないことには、また湧いて出てくるわ…」
「そうだな。構えろ!」
 彼女たちは通常運転のように流れるような会話をしているのだが、俺は全く追いつけてない。
「え? 何だ今のは?」
「餓霊ではないわね…するとただの雑魚ね。でも、数が多そうよ…」
「待て透子。天ヶ崎氷威が混乱しているみたいだぞ?」
 みたい、ではない。事実そうなのだ。琴乃が俺に解説を入れてくれた。
「あれは、多分ただの亡者だ。この村で死んだのか、工事の時に埋められたのかは知らないが、無念だったのだろうな。それに……」
 琴乃が説明している間にも、井戸から亡者が出てくる。それを透子が、呪いを使って足止めする。
「では、一気に片付けるぞ!」
 祓いの札は強力で、触れただけで亡者を除霊してみせる。手伝えないので俺はその光景をただ、見ていた。
 すると、その時だ。急に霜が降りて来たのだ。目の前にいるはずの、透子と琴乃の姿が急に霞んでいく。
「おーい、透子! 琴乃!」
 叫んだが、返事は聞こえない。
「そんな馬鹿な? 聞こえないはずないだろ、この距離で……」
 そう呟いたのだが、気がつくと俺は一人だった。
「……幻覚か?」
 前にも似たような体験をしたことがある。それと同じ現象が起きているのではないだろうか? 
 だとすると、動かない方がいいのか。それとも積極的に助けを求めた方がいいのか。後者は霊の思うつぼだろうから、俺は前者を選ぶ。
 恐怖で足が震えるが、逆にあえて動かない。
 しばらくすると、急に霧が晴れる。
「ミツケタゾ…。ヒトノコ…。アタタカイタマシイノモチヌシ……!」
 そこには、おぞましい者がいた。髑髏なのに、目玉は生々しいのだ。そして体は腐っていてボロボロ。手足は肉が落ち、骨がむき出しになっている。一目で生者ではないことがわかる。
「これが、餓霊か?」
 専門家ではない俺では、そう予想することしかできない。
「イノチヲヨコセ…!」
 うめき声のような言葉を発しながら、それは俺との距離を詰めてくる。俺は周りを見たが、この幽霊がいる方向の霧しか晴れていない。別の方向は煙いままだ。
「どうする、この状況…!」
 触れられたら、あの世行きだ。だが俺には攻撃する手段も撃退するアイテムもない。
「ホシイ、ホシイ…! イノチノヌクモリ! ウウウウウウ…」
 それは手を伸ばし、ゆっくりと歩いてくる。俺は、動かない。違う、動けないのだ。足が言うことを聞かない。
 頬を汗が伝うのがわかった。そして夜風が吹き付けるとちょっとだけ涼しく感じる。
「やめておいた方がいいと思うぞ?」
 コミュニケーションが取れるとは思っていないが、一応言った。
「モラウ、イノチ……。ジャマサセナ…」
 その時だ。急に霧を掻っ切って琴乃が現れた。
「聖閃、やはりこっちにいた!」
 彼女は目の前の霊に札を押し付けた。
「ブフワアアア…」
 腐った肉が、煙に変わっていく。それでもなお、前に進もうとする。だが、大きく転んだ。ここからは見えないが、透子が藁人形を使って呪ったに違いない。
「氷威さん、済まなかった。こういうことができるとは聞いてなかったんでね…」
 聖閃も俺の側に来る。彼は封じの札を構えている。
「ムワアアアアアアア…」
「間違いないな、餓霊だ。いくら探してもいないと思ったら、体を霧に変えてやがったのか。見かけによらず結構器用だな。そして氷威さん、動かなくて正解だった! もしこの霧に触れていたら、今頃三途の川の手前だ!」
 彼は掲げた札で、餓霊の髑髏を切り裂いた。
「ウブ…」
 すると餓霊の体が、札に吸い込まれる。俺の周りを囲う霧も、全て札が吸い取ってしまう。
「よし、ゲットだ!」
 そうして、手に入れたらしい。

 帰りの車の中で俺は、何が起きていたのかを聞いてみた。
「多分、餓霊は狙った相手だけを隔離する霧を生み出せるのよ…。しかもあくどいことに、触れただけで相手を殺せる霧だわ。長年あの村に隔離されていたから身についた能力でしょうけど、私たち霊能力者の命には手が出せない様子だったわ…」
 透子はそう説明した。
「それで間違いないだろう。危ないったらありゃしないが、これで研究も進むのではないか?」
 琴乃がそう言った。
「研究?」
 そこをツッコんでみると、聖閃が、
「ああ、言ってなかったね。神代の裏の顔は、霊能力者を統べることだけじゃないんだ。霊の研究もしている。だから、多くのサンプルが欲しい。さっき捕まえた餓霊も、神代に売ってさ、僕らの手を離れて神代の研究機関に運ばれて、そこで色々調べられるんだと思うよ」
 なるほどな。ということは、彼らは賞金稼ぎのような存在か。
 面白い霊能力者も世の中にはいるものだ。まるで死魂の狩人だ。
「貴重な体験、ありがとうな」
 俺はホテルの前で車から降ろしてもらう時、彼らに礼を言った。
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