その五十 神代と月見の会の因縁 前編

文字数 4,943文字

 旅を続けている間に、気づいたことが一つある。
「幽霊が実在すること?」
「そうじゃない。それ前提で全国を駆け巡ってるんだぞ、祈裡……。根底を揺さぶるな…」
 幽霊が存在すれば、当然見ることができる霊能力者もいる。そして彼らに共通するワードがある。
「神代という組織だろうか? これが一体何なのか……」
 パソコンで調べてみると、塾やら予備校やら孤児院の情報が大量に出てくる。のだが、肝心の心霊的な情報は何も載っていない。
「確かに栗花落洋大から聞いたんだ。黄昏窓香も言っていたはずだ。存在しているはずなのに!」
 しかし一般人には何も掴ませないという考えなのか、幽霊のごとき透明度。何も感触を感じられないのである。
「大神岬って人にコンタクトを取ればいいんじゃない? その人は氷威に色々教えてくれたんでしょう?」
「でも、連絡先を残さないで行ってしまったからな。今どこにいるのか? それは知らない」
「じゃあ手探りで行くしかないね……。お寺や神社にでも行ってみる? そこで情報を聞き出せば……お札で頬を殴ればきっと教えてくれるよ」
「………金が常に真実を示すとは限らない。嘘を植え付けられたらどうする? 俺たちには真偽を確かめる術はないんだ」
 祈裡の考えも悪くはないのだが、いざ住職や坊さんに、「幽霊について色々教えてください」って言って、まともに取り合ってもらえるとは思えない。そもそも質問が、相手を馬鹿にしているように聞こえるし。
「うーん、なら呪われてみるってのはどう? 栗花落さんの話では、その時に救世主が颯爽と現れて!」
「来なかったら詰みじゃねえかそれ?」
 幽霊の怒りを買うことがいかに危険か、俺はわかっているのでそれには頷けないな。
 色々話し合ったが、どれも決め手に欠ける。
 結局、とある神社に行ってみることにした。そこは除霊とかをするようなところではないのだが、神主なら何かしらアドバイスをくれるだろうという希望的観測が含まれている。
「日本に寺も神社も星の数だけある。その内の一つでいいから当たりを引けば……」
 向かった先は、ホテルから一番近かった三色神社。黒部ダムの近くにひっそりと存在している。参拝客は少なめな印象で、実際に休日の昼間にもかかわらず俺と祈裡しかいなかった。
「では! 行くぞ」
 俺は早速話のわかるヤツを探そうとした。そしたら、そこの巫女と目が合った。
「すいません……」
 事情を話すのは少し恥ずかしいけど、そんなことで足踏みしていては神代が一体何なのかわかってこない。
「神代という組織を知りませんか? 何でも……」
「神代?」
 そのワードに彼女は反応した。そして俺と祈裡のことをジロジロと見つめ、
「そういう人じゃないよね…? 君からは何も感じない」
 と、バッサリ。まあ事実、俺には霊感がないので仕方がない。でも反応したことも事実。
(この人は知っている! 確実に!)
 俺の直感が、彼女を逃がすなと叫んだ。祈裡も同じことを思ったらしく、その巫女の隣に来て札束を懐から取り出して叩きつけた。
 根負けした巫女は、
「ならちょっと話をするだけだよ…?」
 と言い、俺と祈裡を社務所の奥にある客間に案内してくれた。なお、祈裡が出した金は全て賽銭箱に投入された。
 まずは事情を話そう。そうしないと俺らは完全に不審者である。
「………そういうことなのね」
「そうなんだ」
 意外にも、物分かりがいい人だった。
「じゃあまずは、神代について。私が知っていることを話せばいいんだよね?」
「そうなるよ」
 ここらで改めて自己紹介をする。
「俺は天ヶ崎氷威っていう。こっちのは和島祈裡」
「私は、原崎(はらさき)橋姫(はしひめ)っていうの。よろしく」
「はしひめ……?」
 知っている人物ではないが、その単語の意味はわかる。橋に関する日本の伝承でみられる鬼女や女神のことだ。それが本当に本名なのか、失礼を承知で尋ねてみた。
「うん。私の生まれた場所では、子供に妖怪や日本の神話に登場する神の名前を付ける風習があったんだ。そしてみんな同じ苗字を名乗って……」
「もしや………月見の会?」
 大学の民俗学の講義で一度だけ聞いたことがある。未だに存続しているかは知らないが、そんな集落があるという話だ。
「知ってるんだ? ビックリね」
「いや、小耳に挟んだだけだ…」
 詳細は不明である。
「なら、その話もしないといけないか……」
「あ、そうだね……」
 余計な労力をかけることになってしまいかねない。これは相手にとっていい迷惑だ。だから俺の方から断ろうとしたら、
「君が後世に残してくれればそれでいいし、この際全部教えちゃおう」
 何と気前の良い人だろうか! 包み隠さず教えてくれるのだ、巫女じゃなくて天使か?

 月見の会。それは関東地方に誕生した、霊能力者の秘密組織。歴史は江戸時代ぐらいに遡る。時の将軍が、密に日本中の霊能力者を集めたのだ。
「幕府を守るには、亡き者の力を借りる必要があるかもしれない」
 その招集に参加するかどうかは自由だった。でも、幕府直々の命。資金も食料も保証するとあっては、行かない人の方が少なかったんだと思う。
 こうして月見の会は出来上がる。

 当時は心霊研究にも懸命に取り組んでいた。
「今や江戸、いや日本の未来は我々にかかっている! より一層研究に励もう! 海の向こうを追い越すのだ!」
 それは純粋に、上を目指すことを意味していた。この時の月見の会には、敵対する組織はいない。だから外敵に怯えることもなく、比べられることもなく……。
 科学と同様に、日々進化していく研究。そして月見の会は幕末に最盛期を迎える。というのもその時期、戊辰戦争があったのだ。たくさんの恨みや怒り、悲しみや苦しみ、そして嘆きが生まれたあの内戦によって、多くの人たちの命が奪われた。
「アイツを呪ってやりたい」
 と、会に依頼してくる者もいれば、
「あの人の無事を祈祷してください」
 と、泣きついて来る人も。
 月見の会は、相手の立場を選ばなかった。集落も当時は優しさ溢れる村であったと聞く。

 ところで、これは江戸時代の頃の話。その時の日本は県ではなく藩が存在した。藩は国のようなもので、隣の藩に移動するのも面倒なのだ。だからその時代は、広い地域での人々の交流はあまりなかったはずだ。少なくとも霊能力者の交流はない。

 しかし、幕府は幕を閉じる。明治の夜明けの日差しが、月見の会を飲み込んだ。
 最初は全く影響を受けていないと誰もが感じていた。が、それは勘違いだった。
「全国に散らばっている霊能力者の連絡網を作ろう。そうすれば有事の際に役立つはずだ」
 新政府の誕生に紛れ、そんなことを言い出す者がいた。それが、初代神代。名前を神代(かみしろ)詠山(えいざん)という。彼は優れた霊能力者であり、各地の霊能力者たちと連携を取って行動することこそが、新時代の日本に相応しいと考えていた。
 けれどもそれは簡単なことではない。当時は神代の名は無名で、ぽっと出の霊能力者ごときが何を言うか、という意見がちらほらあった。
 そこで詠山は何をしたか。各地を説きまわったのなら美談として語り継ぐことができるかもしれない。
 実際には全然違う。詠山は恐ろしいことに、反対意見を掲げる者たちをその手にかけたのだ。
 実は幕府が設置した霊能力者の組織は、月見の会だけではない。少なくとも一七〇〇年代には、他にも三つ存在が確認されている。しかしそれらは名前が伝わっていない。理由は簡単だ。詠山が直に赴いて、そして滅ぼしたからである。だからそれらの組織の歴史は、何も今日までに残されていない。
 彼は血の気が強く、逆らう者なら誰でも血祭りにあげた。残された霊能力者たちは、詠山に従うしかなかったのだ。

「神代という、とても強い霊能力者が全国を荒らしまわっているらしい…」
 噂は風が運んだ。
「この、月見の会にも来るのか…? だとしたら、どうする?」
 逆らえば、何をされるかわからない。
「ならば逆に、利用してしまおう」
 そこで、月見の会のある者が閃いたのだ。
「変に逆らうから、抵抗するからやられてしまうのだ。発想を逆転させよう! 我々は神代に手を貸すんだ。そして借りを作らせ、裏で神代を操る。そうすれば月見の会の血が流れることもなければ、会の立場が揺らぐこともない」
 それに皆が、賛成した。それで平和的に解決できると誰もが思っていた。
 しかし、計算ミスがあったのだ。
 それは、詠山が幕府の情報を掴んでいなかったということ。月見の会は極秘に設けられたので、詠山も存在を知る術がなかったのだ。ちなみに彼が滅ぼし闇に葬った霊能力者の集団は、異議を唱えた……つまりは神代の呼びかけに反応し、拠点の場所が明らかになった組織だけ。月見の会は何の反応もしていないので、詠山も見落としていたのだ。
「遅い。どうして神代は来ないのだ?」
 それを知らない月見の会は、来ることのない神代の使者を待った。

 やがて、待ちわびた使者がやっと月見の会に来る。
「ようこそ、月見の会の村へ」
 だが、様子がおかしいのだ。その使者は、
「神代の傘下に入ってくれ。そして上からの指示通りに動いてくれ」
 という要求を繰り返す。
「いやあ、我々は神代に大いに協力するが……。その、傘下ってのは?」
 要するに、下に着け、という意味だ。これは月見の会の当初の目論見から大きくずれる。
「我々月見の会が君たち神代の後ろにつけば、怖いものなしだろう?」
「後ろ? そんなものはいらん」
 この時、既に神代は組織として出来上がっていた。だから月見の会の要求を突っぱねた。
「さあ答えてくれ。神代の下に着くか、それとも拒否するか」
 その問いかけに対し、
「我々が? 君ら神代の部下に? そんなことは受け入れられない。月見の会と神代と、協力していくってなら……」
 と、月見の会の代表は答えてしまう。
「そうか。ならば……」
 使者はそれ以上は何も言わず、帰ってしまった。
 これが、月見の会を破滅に導くことに繋がるとは、誰も夢にも思わない。

 数か月後、突然月見の会の集落に火炎瓶が投げ込まれた。
「な、何だ?」
 神代が攻撃してきたのである。そのトップである詠山は、
「もう一度だけ聞く。月見の会は神代の配下にはならない、と?」
「そうは言っていない! 神代という組織と、月見の会と、協力して共に歩もうと言っているんだ!」
「この国に霊能力者の組織は、二つもいらない! 従わないのなら、我らの力を示すのみ!」
 こうして戦いが勃発した。神代はとても強く、月見の会では歯が立たなかった。
「このままでは、滅ぶ……!」
 危機感を抱いた会の者は、女や子供を神代にバレないように逃がす。戦いに勝つことよりも、未来に繋げることを選んだのである。
 住む場所を追われ、逃げた月見の会。一時期は東北地方に身を潜めたが、
「やはり、慣れている土地の方が暮らしやすい。戻ろう、私たちが生まれたあの村へ」
 神代の攻撃から半年後のことである。村に戻ってみると、
「なんてことだ! 私たちの村が!」
 完膚なきまでに破壊されていた。
「これが神代のやり方か! 酷すぎる!」
 井戸には毒を入れられ、畑は焼け焦げ、山は裸に。原型を留めている建物は一つもない。徹底的とはこういうことだと誰もが思ったに違いない。
「でも、ここで私たちは生まれ育ったんだ。ここは月見の会にとって、聖地なんだ!」
 破壊され尽くした村を誰もが見捨てなかった。そこに新しい村を築こう。また一から野菜を育てなおそう。あの豊かで幸せな暮らしをもう一度。
「神代はここに、月見の会が戻って根付くことには気づかないだろう。ならば再度攻撃される心配もない。そして次の戦いには勝つ! そのために訓練せねば!」
 ここから、月見の会は心霊研究の舵を変える。打倒神代を掲げ、闇に葬られた者たちの分まで、戦うことを誓ったのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み