その三十三 迫ってくる写真

文字数 5,917文字

 今日はまさか、氷威が風邪を引いてホテルでダウンしてる。馬鹿じゃないから風邪ひいたのかな? でも旅の途中で発病するならアホじゃない?
「ごめんね、えっと……月光君だっけ? 私は祈裡です」
「別に気にしてねえよ。金さえもらえれば!」
 待ち合わせは近くのカフェ。牙虫寺(がむしじ)月光(げっこう)というのが彼の名前だ。
「ちょっと待ってノートパソコン開くから…」
 しまった。パスワードを氷威に聞くの忘れた。でも私はなんとなく思い浮かべたワードを打ち込むと、ロックを解除できた。セキュリティ見直した方がいいね…。
「本当ならさ、証拠を持って来るのがいいんだろうけどよ。だが、それらは全部俺が燃やしちゃったから、ここにはねえんだ」
「確か、心霊写真がどうのこうのって言ってたよね?」
「ああ」
 月光の言うことが本当かどうか。それを判断するには、彼が撮影したという幽霊の写る写真を持って来てもらうのが一番手っ取り早い。だけど、曰く、
「持っていると呪われる気がして…。近くの寺だか神社だかに持ってったら、速攻でお焚き上げって言われたからよ。家に残ってるのも全部、炎の中に放り込んでしまったぜ」
 私も心霊写真は見てみたいと思うけど、それをやって呪われるのは勘弁かな…。だから彼の行為にも頷ける。
 頼んだジュースが来ると月光は一口飲んで、
「じゃ、もったいぶる必要もないし。始めますか…!」
 と切り出した。

 お前の趣味は何だと聞かれたら、俺は堂々と、
「写真撮影だ」
 と答える。幼い頃、オモチャのカメラを買ってもらったところに起源がある。その玩具はただシャッターボタンを押すと音が出るだけの子供だましだったが、俺のカメラに対する興味はすくすく育った。
 だが、流石に小学生の頃はデジカメを買える財力はない。だからコンビニで購入できる使い捨てカメラを手に、同級生や近くの公園の写真を何枚も撮った。完全に中毒のような感じで、授業中にシャッターを切って担任に没収されたこともあったぐらいだ。流石に遠足や校外学習の時は許可が下りたが。
 その当時に撮影した写真は、もう何枚あるのか数えていない。アルバムも多すぎて、本棚を占拠してしまっている。
 そんな俺だが、この頃は何の疑いもなく、店に持っていって現像された写真をもらって喜んでいた。
 中学に上がると同時に、親が入学記念に何か買ってくれるって言った。当然俺はデジカメを要求し、当時の最新モデルを買い与えられた。
 学校に持っていくと間違いなく教師に取り上げられる……と思ったらちょうどいい具合に写真部なんて部活があったので即入部。
 活動内容は子供が考えそうなものばかりだ。他の部活の活動をフィルムに収め、新聞部にそれを提供する。他には近所の景色を撮って掲示板に張り出す。顧問の提案でコンテストに応募したこともあった。それなりの賞を何度か受賞した記憶がある。
「ちょうど、その頃かな? 俺の撮った写真に疑問を抱いたのは」
 でも、当時はゴミだと思っていた。というのも、俺の写真に本当に小さく写りこんだそれは、プリントアウトする時にコピー機が間違えてインクを漏らしたシミのように小さいのだ。異常を疑える方がおかしい。

 中学時代の大きな出来事と言えば、新聞部との合同インタビューは外せない。
「月光君、前に一緒に取材したサッカー部の写真は出来上がっているかい?」
 取材仲間が俺に聞いた。俺は写真部のパソコンとデジカメをコードで繋いで、
「ここから……ここまであるけど、どれを使う?」
 画面には、俺が撮影した写真が何枚も表示されている。
「これがいいね」
 仲間が指し示したものをその場でプリント。すると、
「あれ、これは何だ?」
 と言うのだ。
「これって、どれだよ?」
 俺が聞くと仲間はある一か所を指して、
「これだよ。こんなところに子供? いないはずだろ?」
 仲間の言う通りだ。中学の敷地は、小学生が事由に入れる場所じゃない。
 それに、それはあからさまに子供ではない。髪が長くて不気味なこともあるが、子供にしては体がおかしい。ちょっと変な表現になるが、顔が明らかに小さいのだ。小学生と中学生じゃ、体の大きさは顕著に違うかもしれないが、顔の大きさはそんなに変わらないだろう? でも写っているそれは、顔が周りの生徒に比べると小さいのだ。
「ていうか、体もおかしくないか?」
 仲間が言った。
「そう…だな……」
 子供の割には、体が小さすぎるのだ。
 そして一番不気味なのは、こちらを向いているということ。
「カメラ目線の子なんて、いたか?」
 聞かれて、俺は首をブンブンと横に振った。結局新聞には他の写真が採用されることになったが、俺の中では未解決事件として心に引っかかっていた。
あんな場所に、子供がいるはずがない。

 その後、中学を卒業して高校に入った。高校では写真部はなかったので、趣味で撮影することにした。先生方はうるさくなく、授業中にいじらないのなら文句はないと言われたので、高校内の庭とか、飛んできた鳥とかを撮った。
 俺はそこでも気づいてしまう。
「あれ? こういう制服の生徒はいない…よな?」
 デジカメのモニターには確かに、黒い服を着た女と思しき姿が映っている。拡大してみると、顔は髪で隠れているが確かに人の形をしているのだ。
「誰だ?」
 レンズを向けていた方を肉眼で確認したが、それらしき人物はいなかった。

 こういう経験は何も一度ではない。高校生になったために俺は携帯電話を買ってもらえた。今でいうガラケーでカメラ機能こそ搭載しているが性能は低い。俺はカメラを常に持ち歩いていたので、使う機会はあまりなかったが、同級生が写メで大喜利する時は携帯で参戦した。
「月光、これなんだよ?」
 そういうメールが送られてきた。メールの内容によれば俺が一週間前に送った写真に、変なものが映っているとのこと。
「一週間前ってなると、これか…」
 画像ファイルを漁ればすぐに見つけられる。問題の箇所を拡大してみると、
「んんん?」
 女だ。画素が粗くて細かくはわからないが、デジカメで撮った時に現れた女と同じ。ソイツが俺の写真の中にいるのだ。
「……確か、デジカメにも…」
 俺はパソコンを立ち上げてファイルを開いた。デジカメで撮影した写真は、全てこのファイルに収めてある。
「間違いない…」
 確信した。俺の撮った写真に、何かが写っている。それは姿は同じで、長い髪と黒い服が特徴的な女だ。
「前よりも、大きくなっている…?」
 ちょっと表現がおかしいが、俺は率直にそう思った。
 大きくなっているというより、カメラに近づいているんだ。
「まさか、前から写っていたのか?」
 俺はファイルを漁った。一枚一枚の写真を、隅々まで指でモニターをなぞって確認する。
「い、いる!」
 その内の何枚かに、その不気味な姿はあった。俺は言い表せられないくらいの恐怖を感じたので、机から転げ落ちると布団の中に逃げ込んだ。
 だが、いつまでも現実逃避するわけにはいかない。
「いつからいるんだ…」
 この現象がつい最近生じたのか。それとも気づいてないだけで前から写っていたのか。それを確かめないといけない。そうしないと安心してシャッターを切れないのだ。
 まずは高校生になってから撮った写真。それから中学生の時のヤツ、小学生の時のアルバムに手を伸ばした。
 そして、俺の顔は真っ青になるのだ。
 結論から言うと、中学時代の写真には既に例の女は写りこんでいた。あの新聞部の同級生が指摘した写真の前後に撮ったヤツにも、よくよく見るといるのだ。
 撮影時刻を遡ると、女の大きさは小さくなる。逆に言えば、撮影するにつれて段々俺に近づいているのだ。
 俺はその現実から逃げるように、アルバムを開いた。こっちには写っていないだろうと思ったのだ。だが、いる。それは小さなシミではなく、女の髪と服だった。
「うわああーーーー!」
 アルバムをぶん投げると、俺は布団に潜って寝た。

 次の日、俺はカメラを学校に持っていかなかった。
「牙虫寺、元気ないのか?」
 それを不審がられて担任にそう言われた。
「だ、大丈夫っす…」
 心霊写真を撮ってしまった、と言って信じる人がいるだろうか? そう思うと言い出せない。だから俺は一人で抱え込むことになってしまった。
 ここで、禁断症状が俺を襲う。授業中に気が散り、食事も満足に喉を通らない。
「撮りたいのに、撮れない。こんなに苦痛だとは…!」
 オーバーに聞こえるかもしれないが、俺は人生の趣味を封印されたように感じたのだ。
 何度か、我慢できずにカメラを手に取った。でもまたあの女が写りこむかもしれないと思うと、とてもシャッターボタンを押せない。
「どうする……?」
 禁断症状の悪影響が試験に響いて、俺の成績がガタ落ちしたので本当に焦った。
 このままではいけない。でも、打開する方法がまるで思いつかない。
「いや、ある!」
 そうだ。こういう時、よく聞く話によればみんな、近所の寺や神社に行く。そしてそこで一発解決だ。

 俺は近くの寺院に足を運んだ。
「どうしたのだ、少年よ?」
 俺は藁にもすがる思いで話を始めた。
「聞いてください! 実は…」
「なるほど。それは大変だな」
「え…?」
 俺は写真の話はまだしていない。にもかかわらず、住職はわかったかのような雰囲気を出すのだ。
「見せてみなさい」
 言われて俺は、カメラを差し出した。すると、
「これに曰くがあるわけではないな。撮った写真はあるかい?」
 もちろんだ。家で確かめた全ての心霊写真を住職に見せると、
「ほう。これはこれは…。中々に興味深い一品ではある」
 感想を述べてくれた。が、それは俺も求めてはいない。
「何か、解決する方法はないんですか?」
 聞いてみると、一つだけあるという。だがその一つというのは、
「写真を撮りなさい」
 というもの。
「それじゃあ何の解決にもなりませんって!」
「若造が、黙っとれ! ワシがいるんだ、安全は約束する。ここは少し、霊の思い通りにさせんと意味がない」
 仕方なく俺は、カメラを取った。
「そこの和室でいい。撮れ」
 シャッターを切る。そしてモニターで撮った写真を確認する。やっぱり、写っている。
「ひ、ひえ!」
「うろたえるな! まだ足りん!」
 俺は住職が「やめ」と言うまでシャッターを切り続けた。そして確認すると、まるで目の前にいますと言わんばかりに、ドンドンと俺に近づいて来るのだ。画面越しに迫ってくるそれに恐怖し震えていると、
「大丈夫だ。まだ続けろ」
 汗ばむ指でボタンを押す。もうモニターは見ない。必死に撮り続けた。
「よし! ちょっと待て!」
 住職がそう言った。俺は、
「お、終わったんですか…?」
 と聞いたが、どうやらそうではないらしい。
「見せてみなさい」
 撮った写真を見てみると、
「ぎょええええ?」
 俺は驚いて腰を抜かした。今まで長い髪で隠れていたはずの顔が、露わになっているのだ。その顔は、生々しい目が充血していて、レンズを睨みつけている。その瞳が妙に光を反射しているのがリアルだった。
「コイツだな? お前の写真に写りこむ霊は!」
「は、早く除霊してくださいよ!」
「急かすな」
 住職は俺の思い通りに動いてくれない。何故か、
「もう一枚だけ、撮ってやれ」
 と言うのだ。意味もわからず俺は最後の一枚を撮った。
(今度は、何が写るんだよ! 霊は俺に迫ってるんだぞ、何をされるか分かったもんじゃない!)
 だが、モニターを俺と住職の二人で確認すると、意外なものが写りこんでいた。
「え、どういうこと…ですか?」
 さっきまでの不気味な女とは違い、普通の女性が笑顔で写っていたのだ。
「やはりな…」
 住職は言う。
 この霊は生前、あまり仲の良い人がいなかったらしい。だから写真にも写れておらず、みんなの記憶から消えつつあるのだと。
「もしこのまま存在を認知されなかったら、成仏できずに悪霊になってしまう。それが嫌で、お前の写真に写りこむようになったのだな。誰でも良かったようだが、ちょうどお前が通りかかったからお前の写真に写ることにした。そしてお前は最後まで撮影し、この霊はこの世に未練がなくなった。だから最後に笑顔を見せてくれたのだ」
 住職の話を俺は、ポカーンと聞いていた。心霊現象に詳しくないので俺は住職と議論なんてできなかったが、これ以降はもう写ることはないと言われた。
「写真、あるだろう? 今日中に全部焼いてしまうぞ。一枚でも残っているとそこから悪い念が生じることがある。デジカメの画像も全部削除しろ」
 そして、寺の庭でお焚き上げをした。俺はその炎の中に写真を放り込むと、合掌して、
「どうか、こちらに戻って来ませんように…」
 と呟いた。そして思いが通じたのか、これ以降あの女が写真に写りこむことはなかった。

「住職の話が本当かどうかは知らないね。実は本物の悪霊で、撃退する唯一の方法が撮影って可能性だってある。よく聞くじゃん? 写真を撮ると魂を持っていかれるって。昔の人が本気で信じていた迷信だけど、幽霊には効果があるのかも…」
「そう? 私は住職さんは間違ってなかったと思うけど?」
 この世に未練を残した魂が、月光のカメラの力……写真に写ることで満たされて黄泉の国へと向かうことができるようになった。そう考えると悪い話ではなさそうだ。
「ま、考えようによるな。少なくとも俺は、幽霊の問題からは解放されたんだ。だから何も心配せずにシャッターを切れれるよ」
 流石に時代の流れには勝てずに、最新モデルが発表されると購入しているそうだが、彼はその霊を捉えたカメラを今も大切に保管しているらしい。
「だってさ。もし好意的に考えるなら、不気味がって捨てちまうのは成仏した霊に失礼だろう?」
 私は口にしなかったけど、月光も本当は悪い霊とは思ってないんじゃないかな?
 もし悪霊だと思っていて、写真を撮ることで撃退したのなら、カメラに邪念が宿っていてもおかしくない。けど彼は、大事に保管してあるって言ったから。
「もしもう一度心霊写真が撮れたら、教えてね。倍払うから!」
 私は封筒を月光に渡した。彼は、
「勘弁だぜ。もう二度と撮りたくないね。だってあの霊は成仏したんだから」
 と言った。
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