その六十五 遅すぎた懺悔 後編

文字数 6,902文字

 高校卒業後俺は、県外の大学に進んだ。倉沢の自殺のせいでどうしても自分の地元が好きになれなかったからだ。就職もその隣県で行った。何度か同窓会の知らせをもらったが、返事は送らなかった。成人式にも行ってない。
 しかし実家から電話がかかってきたのだ。
「佐々木……? 中学時代の同級生の、あの? アイツがどうかした?」
「亡くなられたそうよ」
 母からそれを聞いた。俺はビックリして携帯を落としてしまった。拾い直して、
「ど、どうして?」
「知らないけど……。葬式に来てくれって手紙が」
「う~む……」
 悩んだ。倉沢の自殺以来、俺たちは佐々木とは関りを持っていなかった。行きたくないというのが正直な感想だが、流石に葬式には顔を出した方がいいかもしれない。
「わかった、行くよ。有給使っておく」
 そう返事をし、荷造りを始めた。
 久しぶりの地元だ。知っているビルが更地になったり、何もなかった場所に建物が建ったりしている。
 葬式の席で俺は当時の同級生と再会した。
「おお、久しぶりだな、谷崎!」
「岡野か! 元気そうで何よりだ」
 高校が違ったので、本当に十年間会ってなかった。懐かしい顔つきだが、少し大人っぽくなっている。顎の髭が原因か。
「あの馬鹿、どこまでも人様に迷惑かけやがって!」
「赤山じゃないか!」
「聞いてくれよ、岡野~谷崎~」
 赤山は高校が佐々木と同じだったらしく、中学卒業後の彼について話してくれた。
 入学早々から、問題児だったらしい。遅刻欠席は当たり前で、カツアゲや万引きで何度も補導をくらっていた。女子生徒への嫌がらせも多く、嫌われ者だったらしい。
「二年の時に教育実習に来た女子大生に強姦未遂を働いて、退学に。その後は知らない」
 本当に救いようのない性格だったらしく、高校に入ってもそれが改善されることはなかったそうだ。
「棺桶、見ない方がいい」
 新条が俺の存在に気づいてそう言った。
「どうして?」
「お前、死因を知らないのか?」
「そう言えば……。聞いてなかった」
「飛び込んだんだよ、踏切に」
「えっ!」
 新条によれば佐々木はその年の夏が終わったある日、踏切の中に入り込んだという。そして電車に引かれ、死んだ。体はバラバラになり、葬儀屋が頑張っても修復不可能らしい。
「なあそれ、自殺なのか?」
「わからん。遺書はないらしいんだ。でも自殺する動機もないっぽい」
 遺族の話を盗み聞きしていた新条ですら、どうして佐々木が死んだのかをわかっていなかった。
「まったくどうして踏切に行っちゃったかね……」
「電車止めると、遺族に莫大な金が請求されるんだろう? 迷惑なヤツだよ……」
 死に方も悪い。まず、鉄道会社に迷惑だ。電車を止めているので、利用者にも。そして莫大な損害賠償を遺族は支払わなければならない。
 佐々木の葬式はあまり人が来なかった。人望がないから当たり前だ。唯一来ている人たちも俺の中学時代の同級生だし、これが終わったらプチ同窓会をしようと言っているほど。
「俺らは帰るよ」
 友人の死。それが無意識のうちに俺たちに、倉沢の死を思い出させていた。だから俺たち四人は、良い気分を抱けなかったのだ。
「なあ谷崎、死ぬってどんな感覚なんだろうな」
「ガラでもないこと聞くじゃないか、岡野。そもそも死んだことないからわかんねえよ」
「でも何で、佐々木は死んだんだろう?」
「それこそ、死んだ本人にしか理解できないんだろうぜ」
 帰り道でそんな会話をしていた。そしたらすぐに駅に着いた。
「じゃ、俺はこっちの電車だから!」
「おう、赤山!」
「また今度な!」
「谷崎、たまには戻って来て顔見せろよな!」
 こんな感じで解散した。

 しかしまた、すぐに会うことになるのだった。実家から電話がかかってきて、
「え、母さん? それ、本当なのか?」
「こんな不謹慎な嘘言わないから……」
 何と、岡野が死んだ報せが耳に飛び込んできたのだ。
「何で……? この前、佐々木の葬式で会ったばっかりなのに!」
 母はその死の理由や状況については聞いていないのか、説明されなかった。俺はまたすぐに荷造りをして、地元にとんぼ返りした。
「あ、谷崎……」
 赤山と新条が既に葬儀場にいた。
「ひ、久しぶりだな……。その実感は全然ないけど……」
 そんなことより死んだ岡野のことだ。
「何か聞いてないか?」
「それが、な……」
 新条が詳しく教えてくれた。
「朝、遺体が道路に転がっていたそうだ」
「ということは、ひき逃げ?」
「ああ。警察が今、捜索中だって」
 岡野の死には事件性があった。
「これ終わったら、ちょっと俺の家に寄ってくれないか?」
「どうした、新条?」
「詳しい話は、俺の家で」
 何か話したいことがあるらしかった。俺と赤山は誘われるまま、葬式が終わると新条の一人暮らしをしている家に向かった。
「散らかってるけど、まあ座ってくれ」
 座布団の上に腰をかける。言うほどゴミ屋敷にはなっていない。
「最近、佐々木が死んだよな?」
「そう言えば、そうだな」
「おかしいと思わないか」
「何が?」
 新条はその、疑いを説明してくれた。
「倉沢が死んで十一年。そのタイミングで、倉沢をいじめてた佐々木と岡野が続けて死ぬ」
 これには何か、裏があるのではないかと。
「何だお前? 呪いとかスピリチュアルなこと信じるタイプだったっけ? 初耳だ」
「真面目だって! でも、おかしいだろこんなの」
 しかし、どこか説得力があるのだ。
(確かに、佐々木も岡野も死ぬ理由があまり感じられない。事故だった岡野はともかく、自殺かもしれない佐々木は遺書すらないんだ。何か、悪い巡り合わせが来ているのか?)
 そこで俺は言った。
「いじめが関係しているのかな…」
「そうだと俺は思う」
 意外にも新条が同調した。赤山は、
「おいおい! でも、言われてみれば佐々木の命日ってあの文化祭の日と同じだよな……」
 罪の意識は、三人とも感じている。そうしたらやるべきことは一つしかない。
「謝ろう。今更かもしれないけど、全部正直に吐き出そう」
「どこに? 穴でも掘って叫ぶのか?」
「倉沢の家に行こう」
「何だと?」
 驚いた。そこまで新条が思いつめているとは予想していなかったのだ。
「で、でも……」
 赤山のいじめを認めたくない気持ちはわかる。でも俺は、
「新条の言う通りだと思う。やってしまったことを告白するべきだ」
「そ、そうか…? 谷崎もそう言うなら…」
 背中を押した。
 次の日に俺たちは、この地域にある倉沢の家に向かった。倉沢の母は事情を知らないらしく、心地よく上げてくれた。
 仏壇の前でまず線香をあげる。そこには倉沢の遺影があって、笑っていた。
「おばさん、ちょっと真面目な話をしたいのですが……」
「何でしょう?」
 俺たちは床におでこをつけて謝った。
「どうしたの?」
「今まで隠していて、申し訳ございませんでした……!」
 全てを白状した。倉沢のことをいじめていたことを。
「そう、だったんですか……」
 倉沢は遺書を残していなかったので、彼の母はどうして亡くなったのか十一年間知らなかったようだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 顔を上げず、ひたすらそう呟いた。
「もう、いいです」
 彼の母がそう言った。その口調はさっきよりも少し強く、怒りを感じた。当然だ。相手は息子をいじめて自殺に追いやった犯人。今更許せるわけがない。だから、
「もう二度と、家には来ないでください」
 と涙声で言われた。俺たちはただ静かにそれを受け入れた。
 でも、倉沢の墓の場所を教えてはもらえた。花と線香を買って俺たちはその霊園に向かった。
「中学時代からずっと墓参りなんてしてなかったな……」
 墓石に水をかけて綺麗にし、花を添えた。線香にも火をつけた。その墓の前で俺たちは手を合わせて頭を下げ、南無阿弥陀仏と呟いた。
(いじめのことは、ごめんなさい。倉沢、君の苦しみに気づけなくて、ごめんなさい。君の未来を奪って、ごめんなさい……)
 謝りたいことを謝れるだけ、心の中で呟いた。気づけば十五分くらい経っていただろうか。
「今頃謝っても誰も許してはくれないだろう。でも、謝らないよりはマシだ。倉沢も浮かばれるといいんだが……」
 正直これは加害者の自己満足でしかない。でも俺たちにはそれしかできないのだ。
 霊園で解散し、それぞれの家に戻った。

 一週間後のことだ。テレビを見ているとニュースがやっている。火事についてだ。結構大きい規模の火事で、アパートが全焼したらしい。
 その事件の犠牲者は一人。名前が画面に表示されて俺は、飲んでいた水を吐き出した。
「あ、赤山……?」
 間違いない。赤山の名前だ。顔写真も彼のもの。
 溢した水を拭いていると俺の携帯が鳴った。でも相手は母ではなく新条だった。
「無事か、谷崎!」
「どういう意味だ?」
「合流したら話す! とにかく今すぐ、誰にも何も言わないで駅まで来い!」
 切羽詰まっている感じで、俺の方から質問をする暇すらなかった。言われるがままに俺は最寄り駅で待っていると、車が一台目の前に停まった。
「大丈夫だったか、谷崎!」
「新条? どうしたんだ一体?」
「とにかく、乗れ!」
 助手席のドアを開いて俺は乗り込んだ。
「赤山の事故はもう聞いたか?」
「ニュースで」
「もう、間違いないんだこれは!」
 いじめに関わった人たちが、死んでいく。最初に佐々木。次に岡野。そして赤山。
「だとしたら、次は俺たち!」
「おいおい、まさか! 倉沢の呪いだって言いたいのか?」
 馬鹿馬鹿しいことだと、その時思った。現実的な思考ではないからだ。
「流石に俺もそうではないと思う」
「と言うと?」
 新条は一連の事件には、生身の人間が関わっていると推理。
「何だそれは? それじゃあ、誰かが殺して回ってるみたいじゃないか!」
「そうじゃないのか? 倉沢の親戚か、それとも友人か……。復讐したいと思うヤツは案外身近にいるかもだぜ……」
「お、おい……」
 車は進む。カーナビによると、結構遠くの県の湖の近くにあるホテルを目指しているらしい。
「誰にも言わなければ、俺とお前がそこに行くことは俺たちしか知らない! そこで犯人を探そう」
 今の時代はインターネットがあるので、家から離れていてもそういうことは可能だ。おまけに新条は卒業アルバムとか卒業文集とかも全部持って来ている。調査は十分にできる。
 朝日が昇った時くらいにそのホテルに着いた。部屋はシングルを二つ。もしかしたら、俺か新条のどちらかが犯人かもしれない可能性があるので当然だ。
 大量の資料とノートパソコンを新条の部屋で広げ、
「探そう。こっちから正体を割り出せれば、殺される前に対処ができるはずだ。谷崎、誰か心当たりがある人はいないか?」
「倉沢が好きだった、あの幼馴染の子は?」
「あり得るな、それ」
「他にも確か、倉沢と小学生低学年の時と中学年の時に同じクラスだったのは……コイツとコイツ。こっちは幼稚園が同じだったはず」
 卒業アルバムを開いて怪しそうな人をリストアップした。この作業を部屋にこもって、夕方くらいまで続けていた。
「ふう! ちょっと休憩しようぜ。このホテルは安全だ、一階のレストランで夕食を食べよう」
 俺も空腹だったので、一緒にレストランに降りて行った。レストラン内をキョロキョロ見たが、知っている顔や挙動不審な人物はいない。俺たちは全体が見える角の席に座った。
「でも新条、犯人を仮に探し出せたとして、どうするんだ?」
「警察に通報だろ。ソイツはもう既に、三人殺してるんだ」
 最初に佐々木を、多分踏切に押しやったのだろう。次に夜道を歩いていた岡野をひき殺したのだろう。そして赤山をアパートごと焼いたのだろう。
「そんな凶悪な人物、警察が放っておくわけがない」
「確かに……」
 とにかく今はエネルギーの補充だ。運ばれた料理を口に運ぶ。このホテルはレストランが有名で、美味い。
「誰か! その誰かさえわかれば!」
「そうだ。こんなことをしているヤツは……」
 急に、新条の動きが止まった。
「どうした?」
「う……! うぶぶぶうう!」
 首を押さえながら椅子から転げ落ちたのだ。
「し、新条……?」
「に……げ、ろ…………」
 そう呟くと新条は動かなくなった。
「新条おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 俺は慌てて新条の胸を触ってみたが、心臓が動いていない。
(ど、毒だ! 料理の中に毒が仕込まれていたんだ!)
 ウェイトレスが倒れた新条に駆け寄り、悲鳴を上げた。
「け、警察! 警察に電話! 救急にも! 早く!」
 俺は、その場から逃げた。

 部屋に戻ろうと最初は思った。エレベーターはボタンを押しても降りてこない。階段を使おうとすると、
「な…!」
 人の影が見えた。それが俺の方に迫ってくる。
(ヤバい!)
 そう感じた俺はホテルを飛び出した。
(タクシーでも拾って、逃げないと!)
 しかしその影が、ホテルのロビーの方にもいる。先回りされているのだ。そっちには行けない。
(なら…!)
 裏口から逃げることを選んだ。そのまま夜道をがむしゃらに走った。
 だが曲がろうとすると、道の先にその人の影が現れる。
「何で、先回りされているんだ……?」
 この状況で深く考えることなどできない。とにかく逃げるのだ。何とか影がいない道を見つけ出し、全力で進んだ。
「こっちにはいない! 行ける!」
 だがこれは、罠だった。
「あっ!」
 俺の目の前には、湖が。他の道はない。
(誘導されていた! こっちに逃げるように!)
 追っ手は俺のことを、ここに追い込んでいたのだ。
(こんなところで死んでたまるか!)
 そう感じた俺は、停泊中のボートに乗り込みロープを外し、オールを漕いで湖の上を進んだ。
「はあ、はあ!」
 とにかく逃げること、生き延びることだけを考えていた。
「アイツもここまでは来れまい!」
 周囲を見ると、他のボートはない。今のところは、逃げ切れている。
 突然ボートの底から、ボコっという音がした。
「ん?」
 そこに穴が開いて。水がボートに入り込む。
「うわわわああああ!」
 ドンドン浸水し、沈んでいくボート。
「な、何でだよ! ここまで来れば大丈夫なはずだろ!」
 結構岸から離れていたために、沈没前に間に合うかどうか難しい。しかもオールが唐突に、ポキッと折れた。
「そ、そんな……」
 俺はボートが沈んでいくのを、黙って待っているしかなかった。
「クソぅっ!」
 ついにボートが水面の下に潜ってしまった。俺は冷たい水の中に放り出された。こうなれば、泳いで戻るしかない。
 その時だ。何かに服が引っ張られた感覚を味わった。
「えっ…!」
 振り向くと、そこには影がいる。その影をよく見ると、頭部に人の顔がある。充血こそしているものの、目がある。バキバキに折れているものの、歯がある。しかも、見たことがある人物だ。
「く、倉沢……?」
 あり得ない。倉沢は中学時代に自殺したから、もうこの世にいないのだ。
「ゆ、幽霊………?」
 そう。それは俺たちがいじめの末に自殺させた倉沢本人の幽霊だった。信じられないが、実際に俺の目の前で起こっている。
 倉沢の幽霊が俺の首を掴んだ。
「ぐあっ!」
 そして水面の下に押し込もうとする。溺死させるつもりなのだ。
「やめろ、倉沢! やめてくれ!」
 命乞いしても、聞き入れられない。倉沢の表情が変わらないのだ。彼はただ、復讐……自分を自殺に追いやった人物をあの世に引きずり込むためだけに動いている。
「頼む! 謝るから!」
 もう、助かるなら何でもいい。俺は他にも色々と身勝手なことを叫んだ。
 しかし意味はない。何故なら倉沢も、叫んでいたはずだ。でも俺たちは耳も貸さずに、彼のことをいじめた。助けようとしなかった。
「う、ううううう!」
 もう駄目なのか。俺はここでこの、倉沢の幽霊に殺されるのか。
(嫌だ! 生きたい!)
 またも身勝手だが、そう思った。
「うおおおああああああああ!」
 逆に倉沢の幽霊の首を掴んで、水面の下に沈めた。もちろん幽霊は暴れたが、それでも俺は手を離さなかった。
 数秒の格闘だっただろうか。倉沢の幽霊が湖の中に沈んでいったのが見えた。俺の体は軽くなり、岸まで泳いだ。
 俺は何とか助かったのだ。

「あの時、岸にたどり着いた瞬間、俺は喜んだよ」
 征爾はそう語る。
「でも、すぐに嫌な気分になった」
「どうして?」
 俺が尋ねると、
「だってよくよく考えれば、あんな事件は防げたはずなんだ」
 中学時代にいじめを行わなければ、幽霊に復讐されることもなかった。あの当時に罪の意識さえ抱けていたら、仲間が死ぬことも倉沢が自殺することもなかったのだ。征爾はそれを、湖から生還した際に理解したのだった。
「反省も懺悔も、何もかも遅すぎたんだよ俺たちは……」
 今になってようやく、征爾は罪の意識を抱けたのだ。その認識が邪魔をし、自分は幸せにはなれないだろうと自分のことをあざ笑う。
 いじめは犯罪と同じだ。相手が死んでしまっては遅すぎる。傷つけることの愚かさ、行動に対する責任、そして相手のことを思いやることさえできていれば、征爾たちの今までの人生と今後の道筋も違ったのだろう。
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