その三十九 死魂の狩人 前編

文字数 5,153文字

 俺は賭け事は嫌いなのだが、相手の趣味がそれなので仕方なく付き合うことに。麻雀なんて学生時代ぶりだ。とりあえず俺の番なので、どれかの牌を切らないといけない。まあ、適当でいいか。
「氷威さん、それだぜ! ロン!」
 しまったしまった。向かい側に座る男によると、どうやら俺は満貫をくらったらしい。
「ちょっと素人すぎるぜ?」
 当たり前だ。そもそも麻雀なんて数合わせで三回やっただけ。役も鳴きも知らないんだもの。そしてド下手すぎるのが、雀荘の他の客が俺のことどかして座る。
「まったく……」
 彼らには悪いが、これに情熱を注ぐ意味がわからん。でもそれは同じこと。彼らからすれば、俺が怪談話に熱意を持っている理由は不明だろうな。
 ベンチに座って休んでいると、夏目(なつめ)聖閃(せいせん)…今回の相手が俺の隣に腰を下ろした。
「やあさっきはすごい打ち方を見せてもらったぜ」
「そりゃどうも」
 聖閃は、霊能力者であるらしい。
「僕も神代の一員なのでね」
「その、さ……」
 霊能力者には、数度しか会っていない。だがみんな口を揃えて、『神代』というフレーズを呟くのだ。
「何なんだ、その神代ってのは?」
「おいおいおい、知らねえのかよ? こっちも素人だったか…」
 見える見えないについては、素人も玄人もないと思うが…。
「神代ってのはな、日本を牛耳る霊能力者集団のことだ。表向きは学習塾とか孤児院を全国展開してるんだけど、裏の顔は……心霊に関することを取り扱う、何て言うか……日本の闇を祓う者たちなんだ」
 彼は神代について、説明してくれた。明治時代に発足した、霊能力者の秘密結社のような存在。それが神代グループだとか。
「しかし、神代は結構横暴なんだ。義務教育が終わるまでは待ってくれるんだよ。でも、それが終わると問答無用で呼び出されることがあるんだ。僕なんか、中学卒業後の旅行中に、隣の県に来いって連絡をもらったことがある。断ることもできたんだけど、そうすると、今後の活動に支障をきたしますよって脅してくるんだ。これじゃあ従うしかないよ…」
「ひっでえやり方! 誰か異議を唱えないのか?」
「無理だね」
 彼は断言する。
「だって、日本で霊能力者として活動するには、神代への登録が絶対に必要だ。もし逆らったら、霊能力者ネットワークから削除されてしまう。それは霊能力者としての死を意味する! だから、誰も逆らえない。そして表に出ることもないので、誰も改善しようとか言わない」
 らしい。曰く、霊能力者ネットワークに登録していなければ、営業もできないのだとか。
「……話がそれたね。そろそろ本題に入ろうか?」
 神代の歴史も興味深いのだが、聖閃は違う話を持って来ているのだ。そっちに耳を傾けないと意味がない。だから俺は彼を促した。
「いいぜ。あれはちょっと前の話だ……」

 ちょっと前に、地元に不審者が現れた。当時僕は大学生で、塾でアルバイトしていた。そこに通う教え子から聞いたのだ。
「最近、学校の近くで出るって聞いたよ! 全身黒の不審者が!」
 これが普通の不審人物なら、僕はそんなに大袈裟には騒がない。だってその場合は警察の出番であって僕の出る幕じゃないから。
「夏目君、ちょっと講義が終わった後残ってくれないか?」
 塾長に呼び止められた。わかりましたと返事をし、そして僕は講義を進め、そして時間通りに終わらせる。
「君に頼みたいことがある。いいかい?」
「何なりと」
 その、不審者の情報を聞いた。
「どうやら、悪霊の類であるらしい。君に祓えるか?」
「できると思いますよ」
 さっきも言ったように、社会人でなくても神代は容赦なく命令を下してくる。でも祓えば結構な報酬ももらえるから、僕はその命令に従った。

 まず、何が霊を呼び寄せているのかを確かめる。土曜日に近所の学校周辺を探索し、根源を突き止めることにした。
「どこに何があるか…? 見落とせないな…」
 僕には早めに除霊しなければいけない理由があった。神代は、学歴で霊能力者を判断しない。実績が全てなのだ。そして結果を出せないなら、用なしと言わんばかりに他の霊能力者を寄越してくる。手柄を横取りされたくないので気を抜かずに、第六感を働かせて探った。
「見つけたか!」
 公園の中にそれはあった。傷だらけのイヌの死骸が、落ち葉で隠されているのだ。誰かが殺して放置したに違いない。そして血の臭いを嗅ぎつけて、悪霊がこの周辺に出るようになったのだ。
「動物の死骸は、餌だな。きっと悪霊を呼び寄せて、何かをしたいんだろう。でも、させないぜ!」
 僕は警察には通報しなかった。普通はすぐにするべきなんだろうけど、それでは解決しないのだ。逆に罠を仕掛ける。昼間は悪霊は、動けない。だから僕はお札を一枚、落ち葉の中に隠した。
「これで良し! 後は時を待つか…」
 逆に、深夜二時から四時は悪霊の時間だ。一度家に戻って、僕はその時刻を待つ。

 数分先に公園に戻った。
「そろそろ来るはずだが…?」
 いや、既に来ていた。イヌの死骸の上で苦しむ、黒い服装をした人物。間違いない、ターゲットの悪霊だ。僕はそれに向かって塩を撒いた。
「ぎょおおおおえええええええええ!」
 この世の者とは思えない断末魔を上げ、悪霊は全身がただれて、もがきながら消えていく。
「ち、ちょっとあんた、何やってるのよ!」
 後ろで声が聞こえた。振り向くと、少女がいた。
「誰だお前は?」
「私がせっかく呼び寄せた霊を、あんた……。酷いじゃない!」
 どうやら、イヌを殺して悪霊を招いた人物であるらしい。
「どう責任取ってくれるわけ? 私の計画が、水の泡じゃないのよ!」
「知らねえな。だいたい、悪霊を呼び寄せて何をしようって? 彼らが僕たち生者に与えてくれるのは、不幸と死だけだ」
「それよ! 私は殺したい相手がいんのよ……」
 その少女は、かなり暴力的な発想を持っているようだった。確かに悪霊を使えば、人を殺めるのは簡単だろう。だが、そんなことは僕がさせない。
「ここであんたをやって、それで新しい悪霊を呼ぶわ。いいわね……死になさい!」
 彼女は懐に隠し持っていた藁人形を取り出すと、それに釘を刺した。
「うっ!」
 瞬間、僕の足を激しい痛みが襲う。彼女は、呪い使いだ。
「いい画になるわね、あんたが苦しんでるところ!」
 もう勝った気でいるので、現実を突き付けてやろうと思った。
 僕は立てないけど、腕を振ることは可能だった。ので、札を一枚彼女に向けて飛ばした。
「何やってるの? そんなの意味ないわよ」
 もちろん、隙だらけの動きで、当然避けられる。
「でも、そうかな?」
「な、何…?」
 実は僕が投げた札は、呪いの札だ。封じ込められている霊が、一瞬だけ飛び出す。
「きゃおおおおおお!」
 驚いた少女は、持っていた藁人形を放してしまった。
「今だ!」
 僕はその一瞬で駆け、彼女よりも先に藁人形を拾う。一度釘を抜き、それからもう一度刺した。でも、相手の少女は何ともない。どうやらこれは、呪いに特化した人物が持たないといけないらしい。
「このクソ野郎…! 次は容赦しないわ…!」
「待て」
 僕は言った。確か彼女の目的は、人を殺すこと。その人物に相当な怨みがあるのだろう。それを解消しないことには、何の解決にもならない。
「僕のその、呪いの札を君にあげよう。それで怨みを晴らせば? でも人を殺すことは許可できないし、その霊にはそこまでの力はない。僕の言うことが聞けないなら、君の藁人形は返せない」
「何よ、私と取引でもしようっての?」
 僕は頷いた。
「恨んでいる相手がいるんだろう? 殺すことには賛成できないけど、苦しめたいって思いは、ここで僕が何を言っても変わらないだろう? だったらその札を使って、いくらでも不幸にしたら?」
 すると、僕との戦力差を察したのか、
「仕方ないわね……」
 彼女の方が折れた。

 そして後日。この少女…奥川(おくかわ)透子(とうこ)の恨みを晴らす時だ。同じクラスのいじめっ子が、どうしても許せないらしい。
「うふふ、さあやるわよ…! 見てなさいよ、私を辱めた罪は重いのよ!」
 その同級生がどうなったかは知らないが、あの霊に睨まれては不幸しか待っていないだろう。自殺はしないと思うが、人をいじめた罪は結構重いからな。

「透子、霊は祓ったのか?」
「はい?」
 僕はその返事を聞いて、驚いた。
「まさか、してない?」
 それはマズい。封じ込めている間は、何も悪さをしない霊だ。けど解放されると、暴れまわる。透子の同級生を呪ったのはいいのだが、その後の行動は何も保証できない。
「透子、除霊しに行くぞ…!」
 僕は透子と一緒に、夜の街に出た。あの霊は暗くならないと見えない。
「もう……そんなことは先に言いなさいよ!」
「霊能力者だから知ってるかと思った僕が馬鹿だったな…」
 悪事を働く前に祓えればいいのだけど、どうやらそれは難しい。近所の寺の地蔵様が、無残な姿になっている。これはあの霊の仕業で間違いない。霊的なものを破壊できるのは、霊的な力だけだから。
「急げ!」
「急かすんじゃないわよ! はあ、はあ…」
 階段を登って上に急ぐ。危害が出る前に仕留めなければいけないのだ。
「な、何だ?」
 だが、信じられない光景が待っていた。何と透子とは別の少女が、その霊と対峙しているのだ。
「……お前は悪霊になりかけているな。もう除霊しかないだろう。許せ!」
 そう言うと、祓いの札を霊に押し付けるのだ。
「ッグウオオオオオオオオオオオ……!」
 霊はボロボロになって崩れ落ち、夜風に吹かれて塵と化した。
「ん、何だ君たちは?」
 その少女と目が合った。
「僕の、霊…」
「君らの獲物だったのか? 済まないが、被害が出る前に祓わせてもらったぞ」
 僕はワケを説明した。彼女…霧ヶ峰(きりがみね)琴乃(ことの)は話をすぐに飲み込んでくれた。
「そうか。それは申し訳ないことをした。でも私もさっき遭遇したばかりで、即座に危険と判断したから除霊したのだが…」
「いいさ、別に。寧ろありがとうね。大事になる前に止めてくれたんだから」
 琴乃に感謝していると、後ろで透子が、
「私たちの獲物を勝手に除霊された挙句、どうしてこんな女に頭を下げないといけないのよ…!」
 と、聞こえる声で愚痴る。琴乃はスルースキルを持っていないのか、怖い顔で、
「今の、聞かなかったことにしてやるぞ?」
 そう呟いた。
 その直後、壊された地蔵様から鈍い音がした。
「何だ?」
「もしや…。封印が解かれたというのか? きっとあの地蔵は強大な霊を封じる石だったのだ…」
 本当かどうかは置いておいて、でも実際に見るからに悪影響が出そうな霊が僕らの前を横切ったのだ。
「ちょっと聖閃、あれを除霊するとか、言わないわよね…?」
「するに決まっているだろう! 行くぞ!」
 僕は透子と琴乃の腕を掴み、走った。
「君は何ができる?」
「私は、シンプルに除霊だ。だがあれほど大きな霊は祓えるかどうか微妙だな」
 透子は呪えるが、それが霊にも効くかどうかはやってみないとわからない。ので、やらせた。
「まったく、私に命令しないでよ…!」
 藁人形を使う呪いは、見事に大きな霊を足止めすることができた。
「なにをする…? ひとのこめ…!」
 その霊がこちらを向いて口を動かした。二つある目は、それぞれ別々の方向を見ている。
「ひいい! わ、私は悪くないわよ…。全部この男に言われて…」
 信じがたいことに透子は僕のことを霊に売った。霊は僕を睨んだ。血が通っていない青白い顔に、むき出しの牙が特徴的な霊だ。
「どうするんだい?」
「ころす…!」
 そうかい。でも僕の方を向いているから、琴乃が後ろに回ったことに気がつけてないな。
「はっ!」
 彼女はすれ違いざまに、除霊の札で霊を切り裂いた。その一撃で、霊はダウンした。
「祓えなかったか…!」
「いや、これでいい!」
 僕は、琴乃に二撃目を加えさせなかった。理由は特殊だ。
「僕はね、弱った霊なら札に封じ込めることができるのさ!」
「な、何ですって?」
「本当にそんなことが?」
 透子も琴乃も一緒に驚く。僕は実際にやってみせた。札を霊の頭に置き、合掌して特別な経を詠唱する。すると霊の姿が一瞬で消え、札だけが残った。
「ゲット! これを神代のお偉いさんに売るんだ。結構な金になるんだぜ!」
 二人はポカーンとその光景を見ていた。
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