その五十 神代と月見の会の因縁 中編

文字数 6,788文字

 まず月見の会の誰もが考えたこと、それは霊能力者をどうやって増やすかだった。これまでの会は、霊能力者が村で生まれればそれで良し、生まれなければ村の仕事に従事してもらうかどこかに売ってしまうというのが一般的。そして足りない分はどこかからスカウトする。
「このままでは駄目だ。後天的に霊能力者にする方法があれば!」
 しかしそれではいつか、霊能力者が枯渇する。それに神代が本格的に動き出して組織として機能し始めた以上、他所から誘うのも難しい。
 一番いいのは霊能力を受け継がせること。でもそれはとても難しいようで、今現在の神代ですら成功していない。
 だから、月見の会は後天的……すなわち生まれた後に霊能力を発現させる方法を模索した。

「結果としては、それは成功するんだけど……」
「本当に?」
 俺は耳を疑った。もし橋姫の言う通り後天的に霊能力が身に着くのなら、俺も欲しいくらいだ。
「でもそれには、致命的な欠点があったの」
「それは……?」
「月見の会が発明した、後天的な霊能力者を増やす方法……。その代償は、寿命の半減よ」
「半減ってことは、通常よりも若くして死に至るってことか」
 そう、と言わんばかりに橋姫は頷いた。
 会の生み出したその方法は省くが、その方法で霊能力者になった場合、自分の命は半分削られるということ。これには理由があるらしく、
「霊能力者になるってことは、霊感が強くなるってことだけど……。それはあの世に呼ばれやすくなることでもあるらしいの。だから長生きしても四十そこら。私も今年で二十一だから、もう人生の折り返し地点に来ちゃってるわ…」
 彼女はまだかなり若いが、その命は短いらしい。
「でもそんな欠陥があるなら、月見の会は神代と戦うまでもなくボロボロじゃない?」
 祈裡がそう言った。一理ある。
「でも、月見の会はその方法に頼るしかなかったの。気がつけば全国的に神代の手が伸びていたから。後がないと思ったんだわ」

 その欠点に気がつくのは、太平洋戦争の後だ。だからそれより前は画期的な呪術と言われ、月見の会の人間なら誰もが知っていたらしい。
「ようし! 人数は揃った!」
 ここで月見の会は全盛期を迎える。人口にして二百人ぐらいだろうか? みんな霊能力者だ。
「いよいよ、神代へ攻撃を行う! まずは敵を知ることから!」
 会も馬鹿じゃない。スパイを神代に送り込み、情報収集に努めるのだ。
 だが、相手は容赦の二文字を辞書に載せない神代。当然誰もが躊躇する。
「俺が行こう」
 ここで名乗り出たのが、月見(つきみ)雨傘(あまがさ)
「危険だぞ?」
「承知の上だ! それに会の未来と天秤にかければ、俺の命の方が軽い!」
 決意は固く、その若者に託すことになる。
「念のため、複数人送り込んだ方がいいな……。火車(かしゃ)木霊(こだま)にも任務を任せたいが…」
「任せろ」
 二人も雨傘の決意に背中を押されて覚悟を決める。
 月見の会は、自分の本来の苗字を一応記録している。ので、それを偽名に使えた。
「作戦は一年間! どのような情報でもいい、集めるのだ!」
 若い三人は村を出て、神代に潜入した。
 一年はあっという間に過ぎる。三人は無事、村に帰ってきた。
「どうだった?」
「様変わりだ。まず何から話すべきか……」
 この時神代のトップは既に詠山ではなくなっていた。詠山は早めに退き、次のトップに就任した神代獄炎を裏で操っている。
 そして、日本中の霊能力者が神代に忠誠を誓っている。今や反旗を翻そうという者は誰もいない。
「不満が一つもないのか?」
「逆だ。神代は甘い飴を与えているんだ……」
 暴力で組織を制御しようとすれば、必ずクーデターが起きる。それを防ぐために神代は、傘下の霊能力者の待遇を改善した。
「霊能力者は金に困っていない。誰一人として、貧相な暮らしは送っていないんだ。だから不満は誰もこぼさない」
 本当に上手いと思うのが、そのシステム。
 霊能力者として神代に登録さえしてしまえば、自分の住んでいる地域で仕事を紹介してもらえるのだ。それなら遠出する必要もない。報酬は金か食糧の現物で支給されるので、欲しい方をもらえる。さらに仕事に熱心に取り組み神代に貢献すれば、地位も上昇する。そうすればさらなる待遇が待っている。
 一方で、態度が良くない者には、霊能力者としての再教育が施される。この教育自体はあまり例がなく数が少ないらしいが、対象になった人物はほとんどがこの世を去ってしまっている。
「鞭も健在か…」
 一番欲しかった神代についての情報は、位置情報。どこに本拠地があるのか。
「東京だ。東の都に神代の拠点はある」
 雨傘はそれを把握できていた。建物の場所も、平常はどのくらい人がいるかも。
「では! いよいよ作戦に移る!」

 攻撃は、その半年後に実施された。これは月見の会が待ったのではなく、雨傘と火車と木霊が神代に呼び出されたためである。
「四か月以上、霊能力者としての活動記録がない。これは再教育を受けることになるかもしれない。だから一度、出頭せよ」
 しかしそれも作戦の内。向こうから呼ばれたのなら、こちらが移動する口実ができる。都合のいい日程を伝えれば、先制攻撃に移れる。
「来たか……」
 三人の相手をした人物の名前は不明だ。だが、
「おい、何だこの人数は?」
 驚いたことは事実。何故なら来ると思っていた三人ではなく、六十人も押し寄せてきたから。月見の会は戦闘要員を全員、派遣したのである。
手杉(てすぎ)雨傘、田柄(たがら)火車、俱蘭(ぐらん)木霊! これは一体どういうことだ? こんな大勢、一体どこから……」
「おい! 歴史を知らねえのか? 神代の、血塗られた歴史を! 反対する者を滅ぼした過去を! 俺たちは月見の会………かつて神代に攻め込まれ、残虐の限りを尽くされた傷だらけの反乱者だ!」
 一九二一年七月。神代と月見の会との長い長い戦いは、こうして始まった。
 最初の内は、月見の会が有利だった。
「どこに潜んでいるのかがわからない。それにあんな大量に、神代が把握していない霊能力者がいるはずがない。幻ではないだろうか?」
「しかしだ、実際に被害が出ている。上野の神代支部は壊滅だ」
 月見の会と名乗った以上、相手の反撃にも備えなければいけない。でも月見の会には、逆襲に遭わない確信があった。
「生存者がいないんだ……。これでは攻めてきたのが何者なのかがわからん……」
 その自信の源は、作戦にあった。月見の会は神代側に、生存者を出させなかった。必ず対峙した霊能力者の息の根を止めた。そして攻撃が終わると、ひっそりとどこかに姿を消す。
 加えて、その攻撃の後に実際に雨傘たちを神代に向かわせる。
「俺たちが来た時には、既にこうなっていた……」
 そう発言させることで、この日に来る予定だった三人がこの攻撃に関係していないという感じに装ったのだ。
「……となると、何か物の怪の類か、それとも列強諸国の仕業か…」
 神代の中では、月見の会はとっくの昔に滅ぼされていることになっている。それも調査済み。だから犯人候補に名前すら挙がらない。
 雨傘たち三人は、そのまま神代の方に残る。そして彼らから情報を受け取りつつ、月見の会は次のターゲットを決める。決して大物は狙わない。手薄になっている場所を攻めるのだ。

 月見の会の快進撃は止まることを知らない。その年の暮れになっても、神代は未だに犯人が誰であるのかを議論していた。罪のない人も裁かれたりしたらしく、相当困惑していたようだ。
「こんな理不尽があるか!」
 そういう声が、傘下の霊能力者からチラホラと出てくる。神代が制御しきれていない証拠だ。中には、
「架空の被害を作ることで、同情を集めようとしているのではないか? そして他人の気遣いを金に換えて、懐を潤そうとしているのでは?」
「実は神代の跡継ぎ予定の人物が、反抗期なのだろう。子供の躾もまともにできないのか、代表は!」
 と愚痴を漏らす人も。そして彼らは再教育を免れた。こんな状況でそんなことをしたら、より一層反感を買ってしまうからだ。
「神代の士気が下がっているらしい。ならば今が頃合いでは?」
「とは?」
「神代本部を襲撃するのだ」
 月見の会の誰かが、言い出した。
 今まで会はそれを避けていた。本部となれば警備は厳重で、相当の実力者も配備されているに違いない。倒しきれない可能性があるのだ。
 だが避けては通れない道。神代と戦っている以上、いつかは行わないといけないこと。
「もう少し、様子を見るべきだと思う」
「いいや、この機を逃したら、かなり先になってしまうぞ」
「冷静な判断を求む! ここは一旦、情報を整理しよう!」
 一度、立ち止る。
 神代はまだ、月見の会の仕業と判別できていない。それはかなりのアドバンテージだ。そしてこちらの戦力は減ったりはしたがそれでもまだ、五十近くはある。
「やはり情報の差を活かそう。一気に本丸に攻め込むのは危険が過ぎる」
 会の意見はそれでまとまった。じわじわと時間をかけて神代に攻撃すればいい。
 目先の勝利を求めるのではなく、長い目で見ての勝利を勝ち取る。それが月見の会が選んだ道だ。

 しかし、
「すぐに雨傘、火車、木霊の三人を拘束せよ」
 という指示を出したのは、神代の元代表である詠山。
「その三人………。突如現れた霊能力者なんだろう?」
「そうですが……」
「それはあり得ない。私が統治した時に、霊能力者は漏らすことなく、霊能力者連絡網に登録した」
「しかし、本人たちは自分が霊能力者である自覚を成人するまで持っていなかった……だから神代への登録が遅れたのでは?」
「そういう考えもあるか。だが、胸騒ぎがする。とにかく、捕えろ。そして獄炎(ごくえん)、お前が実際に言って話を聞くのだ」
 ついに神代のトップが動き出した。雨傘たちは逃げることはせず、言われた通りに出頭した。
「用とはなんでしょうか?」
「私も詳しくは知らない。だが、先代には何か思惑があるようだ…。最近、頻繁に起きる、神代への攻撃……に、君らが関与していると思っているのかもしれない」
「だとしたら、冤罪だ。俺たちがどうして神代を攻撃するんです?」
「確かに、理由がないな……」
 繰り返すが、この時雨傘たちが月見の会であることはバレてはいない。だから敵対する理由も意思もない。と、獄炎は思った。
 一見すると重要に見える獄炎の任務だが、これはあることを裏で遂行するための目晦ましに過ぎなかった。

「犯人は月見の会だ!」
 神代中にその情報が回った。これに驚いて、
「えっ!」
 三人は声を漏らした。
「無理もない。世紀が変わる前に滅んだと思っていた組織が、実は生きていた、何てにわかには信じられないだろうからね」
 獄炎は目の前の三人が、月見の会の者であることを知らなかった。ただ、詠山に言われた通り彼らを保護したのだ。ちなみに三人はこの後、月見の会の村に戻ることはなかった。いつの日か実行されるであろう神代への攻撃に支障を出さないためにも、自分たちが月見の会の者であることを隠し通したのだ。

 どうして月見の会のことが発覚したのか。
「妖禁。お前に試練を課そう。神代の跡継ぎとして相応しいかどうか見てみる」
「何でしょうか?」
「事件の犯人を突き止めるのだ。それに協力せよ」
 神代(かみしろ)妖禁(ようきん)が真っ先に考えたのは、降霊術。犠牲者の霊をこの世に呼び出し、犯人を聞くこと。しかし詠山が発案したのは、
「お前に、三途の川を往復する権利を与える。それで一度あの世に行き、霊から情報を聞き出せ」
 逆で、妖禁が死者の世界に行くことだった。
 儀式は秘密裏に進められる。
「いいか? まずお前が生者であることは、絶対に知られてはいかん。この数珠をはめよ。それで大体の魂の目は誤魔化せるだろう。だがどうしても逃げ切れそうでないなら、一度だけ除霊を行ってその霊を地獄に落としてしまえ。それをしたのなら、すぐに帰って来い」
 今で言うと、臨死体験だろうか? 妖禁は死後の世界に赴き、天に召された魂と触れ合った。
 四十九日後、妖禁の意識は現世に戻る。
「どうだ?」
「わかりましたよ、全て」
 この時の妖禁の報告によれば、神代を恨んでいる魂が多いこと、その中には月見の会も含まれていたこと、そして月見の会の魂はその他三つの組織のものと比べると新しいのがあること、がわかった。
「それ以上です。最初の犠牲者が、襲撃者が月見の会だと名乗るのをはっきりと聞いたそうです」
「月見の会、だと? 確かに私が葬ったはずだが……?」
「ならば、調査しましょう。場所はどこです?」
「房総半島の……」

 すぐに神代の部隊が編成された。そしてかつて月見の会の村があった場所に向かった。
「な、何だこれは!」
 調査隊は驚いたに違いない。壊滅したとされた村が復興し、人が普通に暮らしているのだから。
「ちょっと潜入してみる」
 神代も、スパイを村に送った。霊能力者であることを隠し、旅人を名乗ってこの地方にやって来た設定で村を訪れたのだ。
「間違いない。霊能力者集団、月見の会だ。生き残っていたのか…!」
 スパイはそう報告した。それを受けた詠山の判断は迅速。
「滅ぼせ、今すぐに!」
 この時点で月見の会の村には、非戦闘員しかいない。戦いと言うには一方的な虐殺。
「見つけたぞ、計画書だ!」
 さらに神代は、決定的な証拠を得る。月見の会の、対神代作戦の書類だ。
「日時は?」
「…………………………。全部合っている!」
「決まりだ…! 月見の会! 襲撃者は月見の会!」
 こうして犯人が発覚した。
 が、月見の会の部隊に手が下されることはなかった。村への制裁が済んだから、それでいいと神代が判断したのである。
「これで今度こそ確実に、月見の会は終わりだな」

 雨傘たちが神代に捕まり、連絡が途絶えた月見の会の部隊は一度村に戻ることにした。
「そんな…! こんなことが、どうして!」
 村は、また跡形もなく破壊されていたのだ。
「俺たち実戦部隊には攻撃せず、村を襲うとは! これが神代のやり方か!」
 実際にはそうではない。実戦部隊の所在がわからなかったので、村が襲われたのである。だが神代と連絡を取り合っているわけではないので、月見の会にはそれがわからない。
「どうします?」
 ここで、選択しなければならない。
「もう、戻るべき場所がない! ならば命をかけて戦おう! 恨むべき神代に、私たちの持てる力の全てをぶつけるんだ!」
「いいや、こういう時こそ! 一度復興できたんだ、もう一度だってきっとできる。戦うよりも前に、村を復活させるのが先だ!」
 悩んだ末、月見の会は村に戻り再興することに決めた。
「幸いにも、実力者のほとんどが生き残ったんだ。勝負はこれから……!」
 だが、その先はなかった。
 一応、月見の会の村は蘇る。しかし会が生み出した霊能力者の獲得する方法のデメリットがここで会に牙をむく。
 一人、また一人と若いのに死んでいくのだ。
「どうしてだ? あんなに健康だったのに!」
 当時は原因不明のこの死を究明するために、神代との戦いは一時中断せざるを得なくなった。
 そして太平洋戦争が終わったのとほぼ同じ時期に、判明する。
「寿命が、減るんだ。後天的に霊能力者にしているがために、あの世に呼ばれやすく、行きやすくなってしまうんだ……」
 これは月見の会にとって致命的だった。
 先天的な霊能力者は、生まれつき霊感をコントロールできる。だが月見の会が生み出した方法で霊能力者になると、それが上手くいかない。だからそれが寿命の短さに関わっていると報告された。
「どうする? 諦めるのか、ここで……」
 まだ、神代との戦いを諦めたわけではない。だが、人員を増やそうにも、生まれてくる命の寿命を削ってまで霊能力者を獲得することが正しいことなのかがわからない。月見の会として繁栄するなら、神代への攻撃は諦め、ひっそりと暮らしていくべきである。
 しかし、神代から受けた傷を忘れることもできない。
「やる……! 先祖代々の恨みを、神代に味あわせてやるんだ! 絶対に許すものか!」
 ついに月見の会は決断を下した。霊能力者のレベルを上げつつ、村を存続させると。
「長い時間が必要になるだろう。でもいつの日か、神代に一泡吹かせる時が来るはずだ。全てはその日のために」
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