その七十一 罰当たる

文字数 5,221文字

「これでいいのか、祈裡?」
 今回、インタビューする相手とは直接会わない。別に俺は、相手がどこに住んでいようがあらゆる交通手段を駆使して会いに行くタイプだ。それに直接話すことで、話にも重みが加わると思っている。だけど祈裡が、
「こういうのには慣れておかないとね。少なくとも氷威は、情報リテラシーの単位を二回も落としてるんだから。最後、教授に土下座して温情で単位もらったって……。学部が違う私の方にもそういう噂飛んできたよ?」
 リモート環境にも適応するべきだと言うので、今日はホテルでパソコンにアクセス。ウェブカメラにヘッドセットを買い揃え、相手……伊賀(いが)焼輔(やきすけ)にメッセージを送りながら準備をする。
「こっちは大丈夫ですよ。そっちはどうですか?」
「オッケーだ!」
 俺は言ったのだが、焼輔には聞こえていない。何でだ?
「……氷威、マイクがミュートになってる! 早くオンにして!」
「こ、こうか?」
 指で示されたアイコンをクリックすると、
「あ、聞こえ始めました!」
 俺の声が相手にやっと届いた。
「もしもし? こんばんは」
「氷威さん、今は昼です」
「え、でもそっちの背景は夕暮れだぞ?」
「設定できるんですよ」
「そうなのか!」
 俺が知らない間に科学技術が進歩していたらしい。
 数分、雑談した。どうやら普通の電話と変わらない感覚だ。テレビ電話の延長みたいな感じだろうか。変に画面が途切れたり声が聞こえなくなったりはしない。通信環境が安定していることが確認できた。
 これはこれで結構便利かもしれない。相手の顔が表示されるウィンドウを小さくしつつ、俺はパソコンで文章を打てるのだ。祈裡によれば、ウェブカメラを見ていれば良いらしい。俺はキーボードを見ながらタイピングするのだが、焼輔は気にしていない様子だ。
 そろそろ本題に入る。
「では、話を聞かせてくれ!」
「了解です」

 アレは僕が中学生の時の、修学旅行での出来事。
 その前にまず、当時友人だった西木(にしき)満晴(みつはる)について説明しないといけない。
 いつ頃知り合ったか詳しくは覚えてないんだけど、彼とは同じ小学校出身だった。当時の彼はガキ大将って感じで、休み時間の度に体を張った喧嘩をしていたイメージがある。
 ただ、陰湿ないじめとかはなかった。どうも勉強が嫌いで、その鬱憤を殴る蹴るで晴らしている感じかな?
 中学生になると、体つきはよりガッチリになったけど、満晴の粗暴な性格はだいぶ落ち着いた。それでも気に食わないことがあれば暴れ始めるのだが、こっちから関わり合おうとしなければ一応は無害だった。
 正直、僕は満晴のことが苦手だった。でもそれは喧嘩して泣かされたとか怪我させられたとか、そういう理由じゃない。彼の行動や態度の節々から、
「何も恐れていない」
 感覚がしたのだ。
 例えば、学校で誰かを殴ったら、絶対に先生にチクられる。でも先生の説教すら聞き流して、口先だけでの謝罪で終わりだ。保護者が学校に乗り込んできたこともあったが、それでも満晴はへらへら頭を下げていた。
 僕の通っていた中学には、一学年上に不良生徒が数人いたんだが、彼らとすれ違いそうになっても道を譲らないし、ぶつかっても謝らない。そんなんだから体育館の裏に呼び出されたこともあった。持ち前の力でねじ伏せたらしいけど、目撃した友人曰く、
「あれは相手の怪我を全く考慮していないやり方だ」
 とのこと。相手の痛みがわからないのだろう。

 で、事件があった修学旅行の時の話。
 僕は三年生の時、満晴と同じクラスだった。しかも運悪く、修学旅行で行動する時、彼と同じ班になってしまった。
 流石に旅行先でトラブルを起こすようなヤツじゃないとは思いたいが、普段の態度が態度なのでどうしても心配してしまう。
 事前に、自主研修の際にどこを回るか話し合った。その時彼は、
「どこでもいいよ」
 とだけ言い、班での話し合いにはほとんど参加しなかった。これもきっと、よく下調べしないで迷子になることを考えていないのだろう。
 修学旅行は三日間のスケジュールで催される。幸いにも団体行動中、自主研修中に予想外の行動や事件は起きなかった。でも僕にはそんな満晴の様子を見て、
「動きたいけど我慢している」
 と感じた。
 実際、満晴は旅行のしおりに書かれていることを二日目の朝に早速破ったのだ。
「朝風呂に行こうぜ!」
 泊まった旅館には温泉があるのだが、僕らはそこには入らず各部屋のシャワーを使う決まりになっていた。他のお客に迷惑をかけないためだ。でも満晴は二日目の朝、朝食まで時間があることに気づき、寝ている間に汗をかいたことを理由に、バスタオルを持って勝手に温泉に行ってしまった。
「どうする?」
「……一応、点呼は朝食の会場でするから、その時までに戻ってくれば。先生が巡回していなければ、バレないはず。あと他のお客さんが苦情を入れさえしなければ……」
 もしバレたら、連帯責任で僕たちも怒られるだろう。楽しい修学旅行でそんな嫌な気分に浸りたくなかったので、満晴が見つからないことを祈るしかなかった。
 幸いにも、満晴は先生や他のお客と遭遇せずに部屋に戻って来た。
「気持ち良かったぜ! 明日は一緒に入ろう、朝からリフレッシュだ!」
「………」
 頷く班員は誰もいなかった。

 最終日の朝のことだ。
「あれ、満晴は?」
「う~ん、むにゃむにゃ……」
 朝起きると、満晴が部屋にいなかった。
「朝風呂にまた行ったのか?」
 多分、そうだろう。まだ朝食まで結構時間がある。だから早起きして、温泉に浸かりに行った。僕たちはそう考えた。
「間に合うように戻ってくれば……。後は見つからんでくれ……」
 またお祈りタイムが始まった。
 刻一刻と朝食が迫る。しかし一向に満晴は戻って来ない。もう他の班員は着替えを済ませ、荷物もまとめている。
「おいおい、どうした?」
 朝、部屋のシャワーを浴びることは禁止されてなかったから、髪が濡れていてもその言い訳で切り抜けられる。でももう、乾かす時間もない。
「温泉の脱衣所にドライヤーがあって、そこで髪を乾かしてるんじゃね?」
「だとしても、もう準備しないと間に合わないぞ?」
 先生に怒られる。そう思うと嫌な汗が額から流れ出た。
「仕方ない。俺が呼び戻してくる」
 痺れを切らした仲間は、そう言って立ち上がった。テーブルに置かれている鍵を手に取った瞬間、彼の動きが止まった。
「は? 鍵、どうしてあんの?」
 鍵は各部屋に一個ずつしかない。昨日満晴が朝風呂に行った際、彼は鍵を持って出た。だから今日も同じようにしているのだと思っていたが、満晴が持って行ったと思っていた鍵は部屋の中にあった。
 でもまだ、それだけなら満晴が忘れたと説明できる。
「え?」
 僕は固まった。玄関の方を向いたら、それが見えたのだ。
 鍵が閉まっている。チェーンもかかったままだ。
 言い表せない不信感と恐怖を抱いたことを覚えている。
「何? 外から鍵をかけたんじゃないのか?」
「でも満晴、鍵を持って行ってないよ?」
「そもそも外からチェーンはかけられない、よな?」
 だとしたら、この部屋に満晴はまだいる。僕らは探した。押入れの中にはいない。窓には鍵がかかったままなので、ここから外に出てもいない。布団の中にも隠れていない。一通り探し終えた僕らは、
「満晴はこの部屋にはいない」
 と結論付けるしかなかった。

 結局満晴がいないまま、僕らは朝食に向かった。こうなったら先生に正直に打ち明けるしかない。信じてもらえるかどうかはわからないけど、僕らが悪いわけじゃないことは理解してくれるはずだ。
 でもそんなことをする必要はなかった。異常には僕らもすぐ気が付いた。
 朝食の会場に他の生徒たちがいない。先生方が警察官と話をしている。
「どうかしたんですか?」
「あ、君たち! 西木君のことなんだが……」
 僕らは先生から尋問を受けた。
「西木は何時ごろ、部屋を抜け出したんだい?」
 それは僕らが知りたいことだ。
「わかりません。起きたら部屋にいませんでした」
「そうか……」
 先生はそれだけで話を打ち切った。
「修学旅行は中止だ。部屋に戻って、帰る準備をしてくれ」
「どうしてですか?」
 先生は少し間をおいてから、
「…………西木君が遺体で発見された」
 満晴が死んだことを教えてくれた。
 後で他の生徒や先生に聞いた話なのだが、満晴の遺体は露天風呂に浮かんでいたらしい。しかも熱めの湯船の中だというにも関わらず、体は氷のように冷たくなっていたという。
 満晴と同じ部屋だった僕らは何が起きたのか、他の生徒よりも関りが深いはずなのに全くわからなかった。だって、昨日まで同じ部屋にいて一緒に寝たはずなのに、どうして温泉に彼の遺体が? それに部屋はどうやって抜け出した? ドアも窓にも鍵がかかっているのだから、虫一匹抜け出せないはずなのだ……。

 あれから十年経った。僕らは満晴の霊を弔うために、当時の班員であの旅館へ向かった。
「お邪魔します」
 旅館は死亡事故があったが、潰れてはいなかった。当時の面影を残しつつ、最新機種が設置できるところはアップグレードされていて、時代に合わせてあった。
「おや、君たちは?」
 何と、旅館の主人の方から話しかけてきた。どうやら僕らが十年前の子供たちであることにすぐ気づいたらしい。
「申し訳ございませんでした。僕らのせいで、この旅館の名に傷が……」
「気にしないでくれ。この地方の者じゃ、ああいう出来事には何も疑いは持たない」
「どういうことです?」
 ちょっと、主人の言葉に引っ掛かった。
「そうだね…。もう十年も経ったんだし、何より君たちは死亡した彼と同じ部屋だったんだよね? 知る権利がある」
 僕らは案内された部屋で、とあることを教えられた。

 その地方のかなり昔の話だ。とても正義感が強い娘が一人いたそうだ。氷屋の看板娘だった彼女は、近所でトラブルが起きるたびに首を突っ込んで、解決案を導き出したらしい。また素行の悪い人には説教をし、不正行為は絶対に取り締まる。責任感も強く、自分に非があれば潔く頭を下げ髪を切る覚悟もあった。
 とにかくその彼女はとても頼り甲斐のある存在で、多くの人に慕われていた。同時に容姿も整っており、大勢の男性から求婚もされたそうだが、全て断っていた。
 しかしそんな彼女にも不幸が訪れる。雪が降る冬のある晩、悪行を注意された暴漢が逆切れして、彼女を襲ったのだ。そして殺されてしまう。
 最悪な形で殺された彼女の魂は悪霊となり、自身を襲った暴漢を氷漬けにして殺したという。
 それ以降、この地方ではあることが囁かれている。
「素行の悪い者は彼女に連れて行かれてしまう」
 と。

「その時代はかなり恐れられ、彼女の霊を弔う祠も建てられたそうなんだ。近代化した今はもう、彼女の霊は落ち着いたとばかり思っていたが……違ったようだ」
 確かに満晴の素行はよろしくなかった。だから彼女の霊に睨まれ、殺されたのだろうとのこと。

「……そんな伝説? 神話があるとは、僕らは知らなかったんです。でも……」
 焼輔は俺に言う。
「時間の問題だったとも、思います」
「どうして?」
 聞いてみると、
「よく、お天道様が見ている、っていうじゃないですか? どんな時でも悪事は働くなっていう教えですよ」
 と言うのだ。彼によれば、中学時代の修学旅行でその伝承がある地域に行かなかったとしても、満晴はどこかで何かに目をつけられ、罰を受けることになっただろう、とのことだ。
「修学旅行の時のは、タイミングが早かっただけです。いずれはこうなる運命だったと僕は思います」
「なるほど」
 悪事は必ず自分に跳ね返ってくる。たとえそれが誰かの目をくぐり抜けたとしても、お天道様……すなわち神や太陽、またはそれに準ずるものが、絶対に見ているのだ。
「一つ、気になることがあるんだけど、聞いていいかい?」
「何ですか?」
 俺はあることを質問した。
「旅館がある地方の伝承のことだ。素行の悪い人って、結構いるじゃん? その氷屋の娘の話ってもうかなり昔のこことで、その地域に住んでいたとしても知らない若者も多いはず。旅行で来た人の中にだって、態度の悪い人がいるわけだ。彼らはどうして、氷屋の娘の幽霊から罰を受けないんだ?」
「多分ですが……。たまたま、じゃないでしょうか?」
 あくまでも焼輔の推測なのだが、彼は、
「どうでもいいわけではないと思います。ただ、気まぐれですよ。別に氷屋の娘の幽霊は、常に悪人をあの世へ連れて行こうだなんてしていないんです。もしそうならあの地方の人口は壊滅的でしょうし……」
 確かに言えている。
 目に余る人がたまたま来たから、その人を連れて行った。時代の流れがその幽霊の出現頻度を下げたのか、それとも独自の基準があるのかもしれない。
 まあ、どちらにせよ、だ。偶然目に入った時の態度は悪くない方がいいだろう。悪事は隠し通せないのだから。
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