その二十五 慰魂者 前編

文字数 5,293文字

 何故俺が怪談話を求めているのか? その理由を話しておいた方がいいかもしれない。
 あれは俺が孤児院にいた時の話だ。二つ上の先輩に、大神岬という人物がいた。彼女を一言で表すのなら、オカルトマニア。それに尽きる。夜になると孤児院の仲間を集め、毎晩怪談話を話した。最初の内はみんな怖くて震えていたが、慣れてくると美味で、癖になるのだ。岬はそんな魅力たっぷり且つ、どこか現実味のある話を毎日仕入れてくる。
 リクエストがない限り同じ話が繰り返されないことを不思議に感じた俺は、どこで聞いてくるのかを尋ねたことがある。そしたら、こう言われた。
「霊が教えてくれる」
 当初、俺は笑った。幽霊なんているわけがない。だが岬には見えるらしいのだ、死者の魂とやらが。生まれた時から。
「氷威も求め続ければ、見えなくてもいつかわかる日がくる」
 そう言い残し、岬は大学に上がると同時に本土に移ってしまった。それ以降、会っていない。連絡先も知らない。
 この旅の目的は、怪談話を集めること。それは聞く者の恐怖心を煽るためじゃなくて、俺自身が知りたいのだ、生者と死者の交わり…心霊体験の数々を。俺以外の人の体験でいい。聞けば聞くほど、霊的な存在がこの世にあるという証明になると思うのだ。
 そして岬にもう一度会えたのなら、俺は言いたい。
「結局、見えなかった。俺はそういう体質ではないのだろう。けれど、わかった。死後の魂は、生者に干渉できる。幽霊は存在する」
 と。あの時の俺の嘲笑は間違っていたとも。
 おそらく、霊能力者という者は特別な人間なのだろう。俺のように怪談話をしていても、幽霊が見えるようになることはない。生まれつきか、それとも何かしらのキッカケが必要か。
 そんな幻想を見事にぶち壊してくれたのが、今回紹介する人物、黄昏(たそがれ)窓香(まどか)。何も特別、魅力を感じない彼女は、信じがたいことに岬と同じ類の人物…霊能力者であるらしい。
「………話は本当なのか?」
 怪しい。自分から幽霊が見えるという人は、まるでテレビに出てくる自称心霊研究家みたいだ。
「そうですかい? でもきっと信じずにはいられなくなりますぜ!」
 どこか、迫力を感じられない喋り方をする女子高生だが、本人によれば、実力は保証できるとのこと。
 今回は霊能力者だと名乗りを上げた彼女に密着取材を行うことにした。

 さて、俺が窓香の実力を試すために選んだ場所は、彼女の住む県の隣にある心霊スポットだ。
「ネットの噂によれば、ここに来てしまった人は、三日以内に原因不明の病に襲われるらしい…。でもすぐにお祓いしてもらえば、大丈夫とも書かれている」
 簡単な話だ。俺と窓香がそこに行き、体に何事もなければ、彼女は本物。逆に俺が病院送りになったら偽物だ。
「私が、嘘を言っているように見えますかい? いいですぜ、守ってみせましょう!」
 ここで、心霊スポットの曰くを紹介しておこう。
 それは、池の畔に建てられたホテルだった。だが経営に行き詰ったオーナーが、ホテルに火を放ち、焼身自殺をしてしまう。ご迷惑なことに、宿泊客を巻き込んで。その時に死んだ人の魂が未だにこの世を漂っており、生者への嫉妬の念から、病を引き起こすらしい。他にも、池は昭和まで死体を洗うために使われていただの、墓地を潰してホテルを建てただの、ガチスポットなのでテレビ番組でも取り上げられないだの…。
「止めないんだな」
「と、言いますと?」
「いやあ、これは俺の勝手なイメージだけど。霊能力者ってさ、こういう場所に行くとなると、行かないとか言い出したりするじゃん? 人が近づいてはいけないとかさ。君はそういうことは言わないのかい?」
「ホホホ、止めませんぜ。そんなこと言う輩は二流! 実力がないから止めるのであって、一流の私は別に何も困ることがないんですわ!」
 自信満々だが、念のために三日後に人間ドックの予約を入れておいた。キャンセルすることになるのを祈りたいが、果たしてどうなるか。

 レンタカーでその廃墟ホテルの前に移動する。エンジンがおかしくなったりされると困るので、少し離れたところに駐車したかったが、いざ逃げるとなった時に不便なので仕方なく目の前に止めた。時刻は昼間だ。これは俺が選んだのではなく、窓香が指定したこと。他にも、花束を持って来てくれと言われたので車の中に準備してある。
「では、行こう。その前に何か言っておきたいこととかはあるかい?」
 懐中電灯を取り出し、新品の電池を入れる。すると窓香は、
「念のためですぜ、持っていてくださいな」
 と言い、俺に数珠を渡した。俺はそれをポケットに入れた。
「もう見えていたりする?」
「微妙ですな。二、三体は日光の下でも活動していますぜ」
 でもそれは、窓香にしか見えないので確認の仕様がない。
「では、突入だ」
 俺たちは廃墟の中に足を踏み入れた。その建物は、焦げ臭かった。まるで火災があったのが昨日のことのようだ。
「オーナーの部屋は、最上階と言われている。そこまで行こう。エレベーターは死んでるだろうけど、このホテルは九階までしかないから、登るのには苦労しないだろう?」
「いいですぜ。氷威さんの自由で。私はついて行くだけですからな」
 まずは一階を探索する。時代が時代なら、豪華なロビーであったことだろう。しかし今は、物が散らかっており、焦げ跡があり、異臭がする。最悪のお出迎えだ。
「ちょっと右に曲がってくださいな」
 窓香が突然言うので俺はその通り動いた。そこは売店らしき場所だ。
「何かあるのかい?」
「ええ。そこには子供の霊が座ってますぜ」
 平然と言うので、俺は驚いた。だが窓香からすれば、今更って感じなのだろうか。鳥肌も立っていなければ、足が震えてもない。俺はデジカメでその場所を撮影した。すると窓香は、
「三階に進みましょう。一階の霊は彼だけ、二階は安全エリアですから」
 その提案通り、俺たちはフロアを一つ飛ばして三階に進んだ。

 ここから、客室が現れる。
「しっ!」
 いきなり口を閉じろと言われた。
「ああ、そうですかい。でも心配は無用ですぜ。私たちは荒らしに来たんではないんです。それから…」
 突如、何も無い空間に向かって窓香は口を開く。俺の頭の中が疑問符でいっぱいになると、それを見計らったのかこちらを向いて、
「今、霊と会話してましたぜ。この大人の女性の霊は、子供とはぐれてしまったらしいですぜ」
「本当かよ…?」
「後で、ここに一度戻ってから一階の売店に寄りましょうぜ」
「うん? まあ、いいけど…」
 話の意味がよくわからなかった。だが俺は、了承した。
 廊下を進んでいると、空気が重いのがわかる。ここの時は、火災の時に止まったままなのだろう。
 俺が客室に入ろうとすると、窓香が俺の、ドアノブに伸びた手を払った。
「駄目ですぜ! ここは霊の領域でして、氷威さんが入っていい場所じゃあないんです!」
「それは、あの世と繋がっているとか?」
「いいやそうではありませんな。宿泊客は当時のままなんですよ。だから自分の部屋だと思っている。そこに部外者が土足で上がり込んだら、氷威さんも嫌ぜしょう?」
 それもそうだ。だから俺は入るのを止めた。

 各フロアは一応回ったが、幽霊らしき存在とは遭遇しなかった。そのため、一番ヤバいと言われる九階に向かった。
「オーナーの怨念は、未だにこの世を彷徨い、そしてその邪念に侵されると体がおかしくなるらしく、言わばこのホテルで一番行ってはならない場所…」
 ネットに書かれていた一文だ。
「ならばその無念、私が鎮めてみせましょう!」
 窓香はそう言うと、俺の腕を掴んで引っ張る。そしてオーナーの部屋にたどり着くのだ。
 コンコンと窓香はノックをしてから扉を開けた。
「わお……」
 きっと彼女には見えているんだろう。だが俺にはわからない。
「あなたは、どうして他人が憎いんですかい? 死ぬなら一人で死ねば良かったぜしょう? 何も罪のない人を巻き込む必要がどこにあったんです?」
 どうやら、オーナーの幽霊と会話をしているらしい。
(と言うことは、あの視線の先……。机の向こう側に、その霊はいるのか…?)
 窓香は一点を見つめて、他の場所をチラリとも見ない。
「そうはいきませんぜ! 命を落とした者は、この世に留まってはいけない。それがこの世とあの世のルール…。あなただけ例外とはいきません!」
 俺は少し、心配になった。窓香は霊と会話をしている。もしヒートアップしたら、霊は何をしでかすかわからない。一緒にいる俺にも危害を加える可能性だってある。
「窓香、あのさ…」
 しかし、彼女は俺の言うことには耳を傾けない。
「なりません! 駄目なものは駄目なんです!」
 そう叫んだ時、机の後ろのガラスがいきなり、パリンと割れた。中から殴って割ったような感じで、外側にだけガラスの破片が飛び散った。
 お次は、ラップ音の連続。ドン、パン、ガン、パシッ。まるで誰かが、怒りに任せて壁を叩いているかのようだ。
「もう我慢なりません! こっちに来い!」
 この時、俺には窓香の表情が一瞬、さっきまでとは違うように見えた。あれは本気で怒っている目だ。
 窓香はジャンプして机に飛び乗ると、何も無い空間に手を伸ばした。そして何かを掴んだ。そしてそれを無理矢理部屋から連れ出すと、八階に降りて、
「あなたが理不尽に奪った命です! これでも自分だけが被害者と言いますか! あなたは加害者、罪人の魂! これ以上罪を重ねることがあってはならない!」
 と怒鳴った。
 すると、急に空気の流れが変わった。さっきまでの重苦しさが突然消えたのだ。
「わかってくれましたか…」
 どうやら事が済んだみたいで、俺は窓香に聞いてみた。
「何が、起きてたんだ?」
「オーナーの幽霊ですぜ。生前は銀行に融資を断られたとか、客足が思うように伸びなかったとか、変な噂を流されたとか…。それだけ拾えば被害者なんですが、自分のホテルに放火して、宿泊客と心中している時点でそんな言い訳通じないんですよ。強引ですが、説得できたみたいですぜ」
「説得?」
 俺は思った。窓香は霊能力者なのだから、一発で除霊できたりしないのだろうか? するとその疑問を読み取ったのか、
「私は、魂にだって権利があると考えてますぜ。だから霊の同意がなければ除霊はしない。無理にこの世から立ち退けと言ったら、かわいそうだと思いませんかい? それは除霊というよりは追い出し、生者の自己満足。被害が出そうな本当の緊急事態でなければ、時間をかけて説得すればいいんですよ。霊だってそこまで頑固じゃないし、この世に留まり続けることは苦しいこと。私は霊と会話ができる以上、霊能力にはそういう使い方があってもいいと思いますぜ」
「なるほどな…」
 俺の中の霊能力者のイメージが覆った瞬間だった。それが普通かどうかは知らないが、霊能力者と聞くと、悪霊退散ってすぐ叫びそうなイメージがあった。しかし、窓香は違う。死者の声に耳を傾ける霊能力者だった。
「さてと、氷威さん。まだ終わりではありませんぜ?」
「何?」
 オーナーの霊は窓香が鎮めたのに、窓香はまだ何か、すべきことがあると言うのだ。
「一度、三階に戻りますぜ」
 言われるがまま、三階まで降りる。そして、
「戻ってきましたぜ。さあ、行きましょう」
 と言った。多分霊を連れて行くつもりなのだろうが、俺には窓香の思惑が見えてこない。
「次は一階です。言った通り、売店に行きますぜ」
「売店……?」
 そこで俺は、ハッとなった。
「そうか!」
 さっき窓香が三階に来た時、そこにいるのは子とはぐれた親の幽霊と言っていた。そして最初に売店にいたというのは、子供の幽霊。
「さらに幽霊を成仏させようとしているのか!」
 窓香はパチンと指を鳴らした。
「そうですぜ!」
 そして一階の売店にやって来る。
「感動の再会ですな…。涙なしには見れませんぜ」
 と言ってグスッとする窓香だが、俺にはよくわからない。だが、一階の空気の流れに変化が生じたのはわかった。
 そして俺はこの時、無意識に呟いていた。
「魂を慰める霊能力者か……」
 と。

 この日は何も起きず、解散となった。廃墟ホテルの入り口に花を手向けた後窓香を家まで送り届け、今日のところは引き上げる。
「お疲れさまでしたぜ!」
「でも信じるかどうかは、三日経ってからだ。俺の体に異変が生じなければ…」
「起きるはず、ありませんぜ。だって原因であった霊に、自ら成仏するよう仕向けたんですからな。三日もいりませんわ、すぐにわかると思いますぜ」
 窓香の言う通りであった。三日待って病院に行ったが、何の異常もなし。寧ろ健康的だと言われた。
 だから俺は窓香のことを信じざるを得なくなり、取材は続くことになった。
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