その二十 電子の海の亡霊
文字数 6,383文字
「うわっ…」
すごい長文のメールが送られてきたぞ…。この人はどうやら、俺に直接会う気はないようだな。
「こんにちは。僕は木村 良樹 。東京の引きこもりです…」
一文目からしてよろしくない始まり方だ。だが、黙殺するわけにもいかない。せっかくだ、是非とも目を通そう。
僕の身に起きた本当の出来事を書きます。
僕は高校に進学した後、授業についていけず学校が面白くなくなり、行かなくなりました。いわゆる負け組です。でも、毎日パソコンをいじるのはとても楽しかった。ネットゲームは昼夜を問わず盛り上がれるし、SNSさえあれば国籍の関係なくいろんな人とネット上で会話できる。現実世界の小さなコミュニティなんて馬鹿らしくなるほどです。毎日、掲示板の書き込みをチャックしたり、時には自分から書き込んだり…。引きこもっているから残念な生活を送っていたわけではありません。
この日も、掲示板でやり取りしていました。
「おいリョウジュ、この話知ってるか?」
仲間のカブキが僕にメッセージを送信しました。カブキの本当の名前や顔、どこに住んでいるかは知りません。僕も教えていませんし。あ、ちなみにリョウジュとは僕のハンドルネームです。
「どんな話?」
僕は聞きました。
「最近、どこかの掲示板に現れたっていう、亡霊や」
「なんだそりゃ?」
カブキの話によると、ヤバい書き込みを残して消えていく人が他の掲示板でいたそうです。
「そんなのよくある話じゃないか?」
僕はそう書き込みました。だって、ネットの掲示板です。誰が書いたかわからないことなんて、基本的に真偽不明です。それに、消えたって言っても、ただ単に掲示板にアクセスしなくなっただけの可能性もあります。
「とにかく、これはヤバい。お前も見てみろよ。URL貼っとくな」
僕は興味本位で、そのサイトにアクセスしました。
「おお…」
僕は画面を疑いました。書き込みは、確かにおかしいのです。まるで薬物中毒者がキーボードをいじったのではないかと思えるような文字の羅列。意味を理解しようにも全くできません。
そこで僕は、カブキとは異なるネット仲間を頼ることにしました。スクラップと言います。自称だと思うのですが、彼女は東大生なのだそう。
「送るから、見てみてくれ」
僕はスクラップのアドレスにURLを添付し、送信しました。東大生を名乗る女です、頭は僕よりは幾ばくかいいはず。これで何か、わかるんじゃないかと期待しました。
次の日に、返信がありました。
「一見すると意味わからんけど、実はパズルかね? ちょっと向き合ってみるわ」
スクラップはそう言っていました。僕はこの一件を彼女に丸投げし、他のサイトにアクセスしました
「どうだった?」
カブキが僕に尋ねてきます。
「まだわからん。一応、スクラップに頼んではみた」
「そうか。わかったら教えてくれ。俺じゃ理解できん」
どうせ、大したことはないだろうとこの時は高をくくっていました。
「そういえば、また現れたらしいで? その亡霊」
今度は、また異なるネット仲間のジートンからです。
「どこで?」
「八ちゃんねるや。板の内容はメガマンゼクスの攻略がどうのこうのなのに、全然関係ない書き込みしてんだと」
「じゃあ荒らしじゃないか?」
「…その書き込み、見てみるか?」
ジートンは僕にメールを送ってくれました。そして僕はそれからサイトに飛びました。
「これって!」
またあの、わけのわからない文字の羅列です。しかし僕には、見覚えがありました。
「まさかまさか…」
別のタブを開いて、前にカブキから教えてもらったサイトに飛びました。書き込みはまだ削除されておらず、残っていました。
「文字の羅列が、全く同じじゃないか!」
これには、何か意図を感じざるを得ません。そこで僕は、ジートンとある一つの推測を立てました。
「誰かが、無差別に掲示板で同じコピペで荒らしを行っている」
「ステマかもしれんな」
そうとわかれば通報です。掲示板の運営者に任せれば、大丈夫だろうと思い、ジートンに任せました。
「わかったわ、これや」
スクラップから返事が届いていました。
「一見すると意味不明な文章だけど、特定の法則に従えばアルファベットが拾える。すると、WWWから始まる英文が出てくる」
と言うのです。
「ということは、サイト?」
「そうや!」
スクラップは言いました。実際に彼女が解き明かしたというURLがメールに添付されていました。
「ちょっと覗いてみるわ」
彼女は僕よりも先に、そのサイトにアクセスしたらしいです。一方の僕は、この時は悪質な荒らしの仕業と思っていたので、そのサイトに飛ぶ気になれませんでした。
その後、十分も経過してない頃でしょうか。スクラップからさらにメールがありました。
「ヤバい…。あのサイト、開かん方がいい…。ワイはもう駄目や…死ぬンゴ…」
それしか書かれていませんでした。
「笑えない冗談だな。東大生ならもっとひねりがなきゃ」
僕はそう思い、メールを無視しました。
しかし、後のことを考えるなら、もっとよく耳を傾けるべきでした。
「今朝入ったニュースです…」
テレビによると、東大生がキャンパス内で死んだらしいです。
「東大生…」
僕は、思いました。言われてみると確か、スクラップは東大に籍を置いているはず。そしてメールを送りました。
「大学で人が死んだんだって? 詳しくヨロ」
しかし、返事はありませんでした。
「あ、嘘だったんだな」
スクラップの肩書は、あくまで自称です。嘘で誤魔化せなくなったから無視したんだと考えました。
ですが、カブキから意外な言葉が飛んできます。
「この掲示板見てみ?」
言われた通り僕は、そのサイトを開きました。スレッドのタイトルは、「東大の女子大生、キャンパス内で殺される」というものでした。
僕はその掲示板を見ました。
「今日大学行ったらマジで規制線貼られてんだけど…」
「死んだのは四年生の廃田 マナさんやで」
「どうなって死んだの?」
「首切られて死んでた」
「他殺?」
「そや。警察も凶器が見つからないって言ってたし」
「俺、廃田の友人だけど、自殺するような人じゃないであの子は」
「友達の話によると、昨日突然研究室で大声出して飛び出してどっか行ったらしい。んで、遺体で発見されたと」
他にも、事件の詳細を詳しく書き込んでいる人がいました。
「リョウジュ、スクラップから返事はないのか?」
「ない…」
僕はそう返信しました。すると、
「最後にやり取りしたのはいつだ?」
「昨日、メールで」
「一連のメール、俺に転送してくれないか?」
言われた通りに僕はカブキに、複数のメールを転送しました。もちろん、スクラップが解明したとかいうサイトのURLも含まれています。
「そのサイトにアクセスした後、スクラップが、『自分は死ぬ』とか言い出した」
と、カブキに伝えました。
「お前は開いたのか?」
「まだ」
ここで、ある疑惑が僕の中で生まれました。
(もしや、あのサイトにアクセスしてはいけないのでは? スクラップはググってしまったから、死んだのでは?)
僕はカブキに忠告を送ろうとしました。が、メールを送信と同時にカブキからのメールが届きました。空メールでした。そしてそれ以降、カブキからメールが来ることはありませんでした。
「カブキが音信不通になって一週間。スクラップも死んだ可能性が高い。もう警察案件なのでは?」
僕はジートンに相談しました。
「でも、ネットにそんなサイトがあるかね…? スクラップは東京にいるけど、カブキは九州だろ? そのサイトを閲覧した人を殺すって、匿名性が高いネットでどうやって見分けてるんだ?」
ジートンの言う通りです。誰が犯人かは知りませんが、犯行は無理でしょう。
「偶然だろ?」
そうは言いますが、二人の人間が、同じサイトを見た後に音信不通になっているのです。怪しいと思わない方がおかしいでしょう。
「なら、検証しようじゃないか。リョウジュ、スカイプできるか?」
「できるけど?」
ジートンは提案しました。スカイプを起動し、僕と通信をしながらそのサイトに飛ぶ。何が起きるかを確かめよう、と言うのです。
「ID教えてくれ」
「オーケー」
そして、その晩に僕たちの作戦は始まりました。
「リョウジュ、お前、髪長いな…」
「ジートンは角刈りなんだね」
最初は音声だけにしようと思っていましたが、何か起きたら…と考えると、映像もあった方がいいと思い、お互いに顔を出して通信しました。
「じゃ、行くぞ」
ジートンがそのサイトにアクセスします。僕は唾をゴクリと飲みました。
「どう?」
「いかにも素人が作りましたって感じだな」
「何が書いてある?」
「ブログ…みたいだが。タイトルは、『死者の世界へようこそ』だって。何だこりゃ? 顔写真が掲載されているぞ? それも大勢だ」
彼によれば、一つの記事につき、一人分。名前や簡単なプロフィールの他、短い文章も記載されているらしのです。
「一番最初の記事は、何々…。株村 木輔 、二十歳。ネット仲間にこのサイトを紹介されてアクセス。当時のトップ記事を閲覧後、発狂。その仲間にメールを送信しようとするが、体が言うことを聞かずに空振り。その後、マンションの屋上に逃げるも体を押されて…」
急に、ジートンの声が途切れました。
「どうした?」
「う、うえええ! 死体の写真が載ってる!」
「死体だって?」
彼が言うには、血まみれの人が倒れている写真が公開されていたとのことです。それもまるで、高いところから落ちたかのような。
「そ、それがカブキ?」
「次の記事を見てみる…」
その次の記事は、廃田マナについてでした。二十二歳。ネット仲間に広告を見せられ、サイトにアクセス。いくつか記事を読んだ後、自分の運命を悟り、逃げるように研究室から飛び出す。その後、首を切り裂かれて死亡。
「間違いない、スクラップのことだ…」
そしてさっきから出てくる、ネット仲間とは僕のことでしょう。
「大丈夫か、ジートン?」
「ああ、何とかな…」
僕は、その時見てしまいました。
さっきまで、ジートンの部屋には彼以外誰もいませんでした。が、黒いフードを被った人が、今は彼の背後にいるのです。
「ジートン? その人は誰?」
「誰って、俺は一人暮らしだぞ? 俺しか部屋にはいねえよ?」
と言って、彼は振り向きました。
「うわあああああああああああ!」
彼の大きな悲鳴が、聞こえました。彼は机から転げ落ちたのか画面から消えましたが、黒フードはまだ彼の部屋に立っています。
「逃げろ、ジートン!」
僕は叫びましたが、彼の耳には届いていませんでした。数秒後、黒フードはどこからもなくライターを取り出すと、部屋に火を放ちました。
「熱い! 助けてくれええええ!」
ジートンは、生きたまま焼かれたのです。そして気がつくと、黒いフードが画面から消えていました。
次の朝、事件は報道されました。
「北海道函館市内に住む男性が、焼身自殺を図りました」
ニュースキャスターは淡々と事件の詳細を述べます。あくまでも自殺と言っていましたが、僕にはそうでないことはわかっていました。
「間違いないよ、これ…」
スクラップが解き明かしたサイト。それは亡霊か死神の類が運営するサイトで、閲覧者を死の世界へ誘うのです。インターネットに漂うその幽霊は、ネットを通じて閲覧者の側に現れ、人を殺し、死の直前の行動を記録しているのでした。とても悪趣味な亡霊です。
僕は、どうすべきか悩みました。警察に打ち明けても、信じてもらえる気がしない。それに誰かにこのサイトの存在を教えるべきではないと直感しました。
やはり自分で解決するしかない。そう思いました。だって僕がスクラップに教えなければ、三人は死なずに済んだのですから。その死は、自分に責任がある。
僕は立ち向かうことを選びました。幽霊は、塩に弱い。僕がサイトにアクセスすれば、アイツは必ず僕の近くに現れる。この負の連鎖を止めると、僕は奮い立ちました。
そうと決まれば、すぐに準備をしました。台所の塩のケースを自室に持ち込み、さらに買い置きしてあった袋詰めの塩も準備しました。幽霊は、塩に弱い。それは知っていたので、これで撃退できると思いました。
そして、僕はスクラップからもらったメールに添付してあったURLからサイトにアクセスしたのです。
ジートンが見た時から、更新されていました。もちろん彼の分でした。
「陣内 塔太郎 。二十五歳。ネット仲間とこのサイトの真偽を確かめるべく、スカイプで通信しながらサイトにアクセス。既に死んだネット仲間の記事を閲覧後、気が動転し、机から崩れる。その後、体に火を放たれ死亡」
ご丁寧にその記事には、ジートンの黒焦げになった死体の写真も表示されていました。僕は他の記事に目を通す気にはなれませんでした。
「来るか…黒フードの死神…」
どこから来るのか、僕は部屋の中でキョロキョロしました。すると、閉めていたはずのドアが開いていることに気がつきました。
ドアは、ゆっくりと動きました。そしてそこに、ジートンの時に見たのと同じ、黒フードが立っていました。
「くらえ!」
この一撃で、全てが終わる。僕はそう確信し、塩を振りかけました。
「え…?」
しかし、相手は何も反応しません。どうやら平気のようです。
すると、今度はフードの方が動きました。手に注射針を持っています。
「うわわ、わ!」
僕は逃げようとしましたが、できません。ドアは黒フードがいます。それにここは、マンションの十二階。窓から逃げることも不可能。でも、後ろに下がりました。その時、置いてあった塩の袋を踏んでしまい、見事にコケました。
「うっ!」
その瞬間、黒フードは僕の腕に注射針を刺しました。何か、毒物のようなものでしょうか? 僕の体に注入しました。すると急に息が苦しくなり、そして意識が飛ぶのです。
そう、僕は死んだのでした。
「えっ?」
思わず俺は、声を出した。
「し、し、し、死人からメールが来ただとぉー!」
あり得ない話だ。だからこのメール、内容すべてが嘘だと思った。すると、信じられないことが起きる。何と勝手にマウスカーソルが動き、メールをゴミ箱に移動し、削除してしまったのだ。
「い、い、い、い、い、祈裡ぃぃぃ!」
俺はすぐに祈裡を呼んだ。そして何とかメールを復元してもらい、また消えないうちにワードファイルに全文をコピーした。
「こんなことが起きるとは…」
「未だに、ネットの世界に亡霊がはびこっているんじゃない? 電子の海は広いのかもしれないよ?」
祈裡は臆することもなく、そう言うのだった。そして俺は、そのサイトが存在しているのなら、次のような記事があるのではないかと思うのだった。
「木村良樹、十六歳。このサイトの噂を聞き、実際に書き込みを確認。ネット仲間を頼って広告からURLを取得し、ネット仲間に教えて三人に閲覧するよう仕向け、死に追い込む。責任を感じて事件を解決しようと、自分もサイトにアクセス。その時、幻覚に向かって塩を撒くが、意味なし。その後、注入された薬物中毒で死亡」
そしてその成仏できぬ亡霊は、未だにネットワークを彷徨っているのだ。
すごい長文のメールが送られてきたぞ…。この人はどうやら、俺に直接会う気はないようだな。
「こんにちは。僕は
一文目からしてよろしくない始まり方だ。だが、黙殺するわけにもいかない。せっかくだ、是非とも目を通そう。
僕の身に起きた本当の出来事を書きます。
僕は高校に進学した後、授業についていけず学校が面白くなくなり、行かなくなりました。いわゆる負け組です。でも、毎日パソコンをいじるのはとても楽しかった。ネットゲームは昼夜を問わず盛り上がれるし、SNSさえあれば国籍の関係なくいろんな人とネット上で会話できる。現実世界の小さなコミュニティなんて馬鹿らしくなるほどです。毎日、掲示板の書き込みをチャックしたり、時には自分から書き込んだり…。引きこもっているから残念な生活を送っていたわけではありません。
この日も、掲示板でやり取りしていました。
「おいリョウジュ、この話知ってるか?」
仲間のカブキが僕にメッセージを送信しました。カブキの本当の名前や顔、どこに住んでいるかは知りません。僕も教えていませんし。あ、ちなみにリョウジュとは僕のハンドルネームです。
「どんな話?」
僕は聞きました。
「最近、どこかの掲示板に現れたっていう、亡霊や」
「なんだそりゃ?」
カブキの話によると、ヤバい書き込みを残して消えていく人が他の掲示板でいたそうです。
「そんなのよくある話じゃないか?」
僕はそう書き込みました。だって、ネットの掲示板です。誰が書いたかわからないことなんて、基本的に真偽不明です。それに、消えたって言っても、ただ単に掲示板にアクセスしなくなっただけの可能性もあります。
「とにかく、これはヤバい。お前も見てみろよ。URL貼っとくな」
僕は興味本位で、そのサイトにアクセスしました。
「おお…」
僕は画面を疑いました。書き込みは、確かにおかしいのです。まるで薬物中毒者がキーボードをいじったのではないかと思えるような文字の羅列。意味を理解しようにも全くできません。
そこで僕は、カブキとは異なるネット仲間を頼ることにしました。スクラップと言います。自称だと思うのですが、彼女は東大生なのだそう。
「送るから、見てみてくれ」
僕はスクラップのアドレスにURLを添付し、送信しました。東大生を名乗る女です、頭は僕よりは幾ばくかいいはず。これで何か、わかるんじゃないかと期待しました。
次の日に、返信がありました。
「一見すると意味わからんけど、実はパズルかね? ちょっと向き合ってみるわ」
スクラップはそう言っていました。僕はこの一件を彼女に丸投げし、他のサイトにアクセスしました
「どうだった?」
カブキが僕に尋ねてきます。
「まだわからん。一応、スクラップに頼んではみた」
「そうか。わかったら教えてくれ。俺じゃ理解できん」
どうせ、大したことはないだろうとこの時は高をくくっていました。
「そういえば、また現れたらしいで? その亡霊」
今度は、また異なるネット仲間のジートンからです。
「どこで?」
「八ちゃんねるや。板の内容はメガマンゼクスの攻略がどうのこうのなのに、全然関係ない書き込みしてんだと」
「じゃあ荒らしじゃないか?」
「…その書き込み、見てみるか?」
ジートンは僕にメールを送ってくれました。そして僕はそれからサイトに飛びました。
「これって!」
またあの、わけのわからない文字の羅列です。しかし僕には、見覚えがありました。
「まさかまさか…」
別のタブを開いて、前にカブキから教えてもらったサイトに飛びました。書き込みはまだ削除されておらず、残っていました。
「文字の羅列が、全く同じじゃないか!」
これには、何か意図を感じざるを得ません。そこで僕は、ジートンとある一つの推測を立てました。
「誰かが、無差別に掲示板で同じコピペで荒らしを行っている」
「ステマかもしれんな」
そうとわかれば通報です。掲示板の運営者に任せれば、大丈夫だろうと思い、ジートンに任せました。
「わかったわ、これや」
スクラップから返事が届いていました。
「一見すると意味不明な文章だけど、特定の法則に従えばアルファベットが拾える。すると、WWWから始まる英文が出てくる」
と言うのです。
「ということは、サイト?」
「そうや!」
スクラップは言いました。実際に彼女が解き明かしたというURLがメールに添付されていました。
「ちょっと覗いてみるわ」
彼女は僕よりも先に、そのサイトにアクセスしたらしいです。一方の僕は、この時は悪質な荒らしの仕業と思っていたので、そのサイトに飛ぶ気になれませんでした。
その後、十分も経過してない頃でしょうか。スクラップからさらにメールがありました。
「ヤバい…。あのサイト、開かん方がいい…。ワイはもう駄目や…死ぬンゴ…」
それしか書かれていませんでした。
「笑えない冗談だな。東大生ならもっとひねりがなきゃ」
僕はそう思い、メールを無視しました。
しかし、後のことを考えるなら、もっとよく耳を傾けるべきでした。
「今朝入ったニュースです…」
テレビによると、東大生がキャンパス内で死んだらしいです。
「東大生…」
僕は、思いました。言われてみると確か、スクラップは東大に籍を置いているはず。そしてメールを送りました。
「大学で人が死んだんだって? 詳しくヨロ」
しかし、返事はありませんでした。
「あ、嘘だったんだな」
スクラップの肩書は、あくまで自称です。嘘で誤魔化せなくなったから無視したんだと考えました。
ですが、カブキから意外な言葉が飛んできます。
「この掲示板見てみ?」
言われた通り僕は、そのサイトを開きました。スレッドのタイトルは、「東大の女子大生、キャンパス内で殺される」というものでした。
僕はその掲示板を見ました。
「今日大学行ったらマジで規制線貼られてんだけど…」
「死んだのは四年生の
「どうなって死んだの?」
「首切られて死んでた」
「他殺?」
「そや。警察も凶器が見つからないって言ってたし」
「俺、廃田の友人だけど、自殺するような人じゃないであの子は」
「友達の話によると、昨日突然研究室で大声出して飛び出してどっか行ったらしい。んで、遺体で発見されたと」
他にも、事件の詳細を詳しく書き込んでいる人がいました。
「リョウジュ、スクラップから返事はないのか?」
「ない…」
僕はそう返信しました。すると、
「最後にやり取りしたのはいつだ?」
「昨日、メールで」
「一連のメール、俺に転送してくれないか?」
言われた通りに僕はカブキに、複数のメールを転送しました。もちろん、スクラップが解明したとかいうサイトのURLも含まれています。
「そのサイトにアクセスした後、スクラップが、『自分は死ぬ』とか言い出した」
と、カブキに伝えました。
「お前は開いたのか?」
「まだ」
ここで、ある疑惑が僕の中で生まれました。
(もしや、あのサイトにアクセスしてはいけないのでは? スクラップはググってしまったから、死んだのでは?)
僕はカブキに忠告を送ろうとしました。が、メールを送信と同時にカブキからのメールが届きました。空メールでした。そしてそれ以降、カブキからメールが来ることはありませんでした。
「カブキが音信不通になって一週間。スクラップも死んだ可能性が高い。もう警察案件なのでは?」
僕はジートンに相談しました。
「でも、ネットにそんなサイトがあるかね…? スクラップは東京にいるけど、カブキは九州だろ? そのサイトを閲覧した人を殺すって、匿名性が高いネットでどうやって見分けてるんだ?」
ジートンの言う通りです。誰が犯人かは知りませんが、犯行は無理でしょう。
「偶然だろ?」
そうは言いますが、二人の人間が、同じサイトを見た後に音信不通になっているのです。怪しいと思わない方がおかしいでしょう。
「なら、検証しようじゃないか。リョウジュ、スカイプできるか?」
「できるけど?」
ジートンは提案しました。スカイプを起動し、僕と通信をしながらそのサイトに飛ぶ。何が起きるかを確かめよう、と言うのです。
「ID教えてくれ」
「オーケー」
そして、その晩に僕たちの作戦は始まりました。
「リョウジュ、お前、髪長いな…」
「ジートンは角刈りなんだね」
最初は音声だけにしようと思っていましたが、何か起きたら…と考えると、映像もあった方がいいと思い、お互いに顔を出して通信しました。
「じゃ、行くぞ」
ジートンがそのサイトにアクセスします。僕は唾をゴクリと飲みました。
「どう?」
「いかにも素人が作りましたって感じだな」
「何が書いてある?」
「ブログ…みたいだが。タイトルは、『死者の世界へようこそ』だって。何だこりゃ? 顔写真が掲載されているぞ? それも大勢だ」
彼によれば、一つの記事につき、一人分。名前や簡単なプロフィールの他、短い文章も記載されているらしのです。
「一番最初の記事は、何々…。
急に、ジートンの声が途切れました。
「どうした?」
「う、うえええ! 死体の写真が載ってる!」
「死体だって?」
彼が言うには、血まみれの人が倒れている写真が公開されていたとのことです。それもまるで、高いところから落ちたかのような。
「そ、それがカブキ?」
「次の記事を見てみる…」
その次の記事は、廃田マナについてでした。二十二歳。ネット仲間に広告を見せられ、サイトにアクセス。いくつか記事を読んだ後、自分の運命を悟り、逃げるように研究室から飛び出す。その後、首を切り裂かれて死亡。
「間違いない、スクラップのことだ…」
そしてさっきから出てくる、ネット仲間とは僕のことでしょう。
「大丈夫か、ジートン?」
「ああ、何とかな…」
僕は、その時見てしまいました。
さっきまで、ジートンの部屋には彼以外誰もいませんでした。が、黒いフードを被った人が、今は彼の背後にいるのです。
「ジートン? その人は誰?」
「誰って、俺は一人暮らしだぞ? 俺しか部屋にはいねえよ?」
と言って、彼は振り向きました。
「うわあああああああああああ!」
彼の大きな悲鳴が、聞こえました。彼は机から転げ落ちたのか画面から消えましたが、黒フードはまだ彼の部屋に立っています。
「逃げろ、ジートン!」
僕は叫びましたが、彼の耳には届いていませんでした。数秒後、黒フードはどこからもなくライターを取り出すと、部屋に火を放ちました。
「熱い! 助けてくれええええ!」
ジートンは、生きたまま焼かれたのです。そして気がつくと、黒いフードが画面から消えていました。
次の朝、事件は報道されました。
「北海道函館市内に住む男性が、焼身自殺を図りました」
ニュースキャスターは淡々と事件の詳細を述べます。あくまでも自殺と言っていましたが、僕にはそうでないことはわかっていました。
「間違いないよ、これ…」
スクラップが解き明かしたサイト。それは亡霊か死神の類が運営するサイトで、閲覧者を死の世界へ誘うのです。インターネットに漂うその幽霊は、ネットを通じて閲覧者の側に現れ、人を殺し、死の直前の行動を記録しているのでした。とても悪趣味な亡霊です。
僕は、どうすべきか悩みました。警察に打ち明けても、信じてもらえる気がしない。それに誰かにこのサイトの存在を教えるべきではないと直感しました。
やはり自分で解決するしかない。そう思いました。だって僕がスクラップに教えなければ、三人は死なずに済んだのですから。その死は、自分に責任がある。
僕は立ち向かうことを選びました。幽霊は、塩に弱い。僕がサイトにアクセスすれば、アイツは必ず僕の近くに現れる。この負の連鎖を止めると、僕は奮い立ちました。
そうと決まれば、すぐに準備をしました。台所の塩のケースを自室に持ち込み、さらに買い置きしてあった袋詰めの塩も準備しました。幽霊は、塩に弱い。それは知っていたので、これで撃退できると思いました。
そして、僕はスクラップからもらったメールに添付してあったURLからサイトにアクセスしたのです。
ジートンが見た時から、更新されていました。もちろん彼の分でした。
「
ご丁寧にその記事には、ジートンの黒焦げになった死体の写真も表示されていました。僕は他の記事に目を通す気にはなれませんでした。
「来るか…黒フードの死神…」
どこから来るのか、僕は部屋の中でキョロキョロしました。すると、閉めていたはずのドアが開いていることに気がつきました。
ドアは、ゆっくりと動きました。そしてそこに、ジートンの時に見たのと同じ、黒フードが立っていました。
「くらえ!」
この一撃で、全てが終わる。僕はそう確信し、塩を振りかけました。
「え…?」
しかし、相手は何も反応しません。どうやら平気のようです。
すると、今度はフードの方が動きました。手に注射針を持っています。
「うわわ、わ!」
僕は逃げようとしましたが、できません。ドアは黒フードがいます。それにここは、マンションの十二階。窓から逃げることも不可能。でも、後ろに下がりました。その時、置いてあった塩の袋を踏んでしまい、見事にコケました。
「うっ!」
その瞬間、黒フードは僕の腕に注射針を刺しました。何か、毒物のようなものでしょうか? 僕の体に注入しました。すると急に息が苦しくなり、そして意識が飛ぶのです。
そう、僕は死んだのでした。
「えっ?」
思わず俺は、声を出した。
「し、し、し、死人からメールが来ただとぉー!」
あり得ない話だ。だからこのメール、内容すべてが嘘だと思った。すると、信じられないことが起きる。何と勝手にマウスカーソルが動き、メールをゴミ箱に移動し、削除してしまったのだ。
「い、い、い、い、い、祈裡ぃぃぃ!」
俺はすぐに祈裡を呼んだ。そして何とかメールを復元してもらい、また消えないうちにワードファイルに全文をコピーした。
「こんなことが起きるとは…」
「未だに、ネットの世界に亡霊がはびこっているんじゃない? 電子の海は広いのかもしれないよ?」
祈裡は臆することもなく、そう言うのだった。そして俺は、そのサイトが存在しているのなら、次のような記事があるのではないかと思うのだった。
「木村良樹、十六歳。このサイトの噂を聞き、実際に書き込みを確認。ネット仲間を頼って広告からURLを取得し、ネット仲間に教えて三人に閲覧するよう仕向け、死に追い込む。責任を感じて事件を解決しようと、自分もサイトにアクセス。その時、幻覚に向かって塩を撒くが、意味なし。その後、注入された薬物中毒で死亡」
そしてその成仏できぬ亡霊は、未だにネットワークを彷徨っているのだ。