その七十五 造られし神を仰ぐ 前編

文字数 8,453文字

「ようこそ! ここが神代予備校の本店です」
 受付の人が元気よく挨拶をしてくれる。俺と祈裡は今日、都内の予備校に来た。とても豪華で、エントランスはホテルみたいだ。パンフレットによればここが系列の出発点で、戦前から予備校としてやっているらしい。空襲で焼け野原になり沢山の親族や関係者が亡くなられても、それでも何とか再建し今や全国に展開しているのだから、凄い。
「氷威は覚えていないの? 沖縄にもあったよ?」
「ええ~。だってエスカレーター式で進学できるんだから、塾とか通う意味ないだろ? 俺は孤児院で先輩から教えてもらえるし、逆に後輩に教えることだってあったからさ」
 だから、塾や予備校とは無縁だった。祈裡の話によれば、
「学校の授業や課題だけじゃ足りないって、予備校に通い出す人もいたよ?」
「そういうヤツは外部の学校の受験をするんじゃなかったか? それとも本気で、学業のサポートを?」
「それもあるけど……。学校では教えられない情報技術とかも!」
 正直、学生だったのはもう昔なのでどうでもいい。
「問題なのは、こっちだ」
 俺は封筒を一通、取り出した。昨夜、ホテルで受け取ったものだ。あて先には俺と祈裡の名前があるが、住所が書かれていない。つまり送り主はどんな手を使ったかは不明だが、俺たちが近くのホテルに滞在していることを知っていた。
 手紙の内容は、明日の正午に神代の予備校に来て欲しい、というもの。
「神代、ね……」
 怪しい。神戸で出会った窓香や富山で会話した橋姫、その他の霊能力者はみんな、神代、というキーワードを呟いていた。もちろん俺もネット検索してみたが、予備校や塾、孤児院の話しか出て来ない。
「ま、行く以外の選択肢はない!」
 覚悟は決めた。俺と祈裡は突き進むのだ。十階にフリースペースがあるらしく、そこで待ち合わせだ。時間的に人気がないのか、ガラガラだ。そんな中、兄妹と思しき二人組がテーブルにいる。離れたところに座ろう。
 やがて、一人の女性が入って来た。するとあの兄妹が起立して、
神代(かみしろ)麗子(れいこ)さん! 本日はよろしくお願いいたします!」
「よろしくお願いしますね、辻本(つじもと)陽一(よういち)さん、辻神(つじもと)雪子(ゆきこ)さん」
 キリっとした声で挨拶し、深々と頭を下げた。その相手の女性……神代麗子は俺たちの方にも視線を送ると、ニコッと笑って、
「いらしてくれましたか、天ヶ崎氷威さん、和島祈裡さん」
 どうやら彼女が俺たちをこの予備校に手引きした人物のようだ。
「麗子さん、俺にはコイツら、一般人に見えるのですが?」
「そうですよ。今回は特別な要請を受けたので、あのお二人にも来てもらいました」
「初耳なのですが!」
「ああ、すみません。大事なことじゃないので一度も言いませんでした」
 各自、ここで自己紹介をする。男が陽一で、二十一歳。四つ下の妹が雪子だ。ちなみに麗子は歳を明かさなかった。
「今日、陽一さんたちを呼んだのには、理由があります。確認したいことがあるのです」
「何でも聞いてください」
 陽一と雪子は従妹が霊能力者であるらしく、その伝手で招集されたらしい。
(ということは、二人は霊能力者ではない……?)
 神代が直接呼び出せないということは、そういうことだ。だが、他に何か、超常な才能を持っているに違いない。
「氷威さんと祈裡さんを呼んだ理由は、広めて欲しいことがあるからです」
「お任せを! 俺のペンの力を信じてください!」
 部屋を移る。中会議室で話し合いが行われることに。
「まずは、わたくしがどのような人物であるかの説明をしましょう。わたくしは、神代の現代表の妻で、表向きは予備校や塾、孤児院関係の最高責任者です」
 驚くべき自己紹介だ。まず、霊能力者を統べる人の奥さんだと。そして神代の事業の、表向きの、代表。
「あれは、彼との出会いがあった時に遡ります……」

 わたくしは物心ついたころから、非科学的なことが大嫌いでした。理由は簡単です。
「目に見えないものを使って人を恐怖させるなんて、卑怯です」
 別に親族が霊感商法に騙されたわけではありません。でも、心霊番組とかオカルト系の雑誌を見たり読んだりしてると、人の心の弱さに忍び込んで利益を得ていると感じ、許せないのです。
「麗子ちゃんってさー。図書室に結構な頻度で行くけど、心霊系の小説は絶対に読まないよねー」
 小学生の時に、同級生にそう言われました。わたくしは創作であっても、そのジャンルが嫌いでした。
「怖いから嫌いなのか?」
 男の子はニヤニヤしながら、家でプリントアウトしてきたであろう心霊写真をわたくしの机の上に起きました。それを見た同級生は、
「ひい! 怖い!」
 顔を背けていましたが、わたくしは、その写真を取ると、数秒見て、
「こんなチンケな物に臆する肝ではありません」
 と言って、ビリビリに破り捨てました。その光景を見た男の子は、
「あああ! 麗子は呪われた!」
 少々ひきつった表情で笑っていました。もちろん呪いのような出来事は身の回りで起きません。
 中学生の時、仲の良かった友人たちとホラー映画を観に行ったこともありました。
「流石にこれは怖いだろ!」
「麗子はいいのー? 他の映画にするー?」
「いいえ。気を使わないでください」
 わたくしの我儘で、彼らの楽しみを変えてはいけません。予定通りにホラー映画のチケットを購入しました。男の子の友人はポップコーンも買っていましたが、わたくしや女の子の友人はジュースだけを持って劇場に踏み入りました。
「………」
 映画が始まりました。わたくしはスクリーンに向き合い、瞬き以外では視線も逸らしませんでした。制作側の努力や工夫は素晴らしいものがありましたが、
(ふーん)
 わたくしの心は動きませんでした。
 友人たちは、夢に出てきてしまうほどに恐怖したらしいです。それこそジュースは途中までしか飲めず、ポップコーンも完食できていないほどに、です。
「麗子は全然怖くなかったの?」
「最初から最後まできちんと観ましたよ。でも、やはり幽霊や呪いというもの自体が嘘としか思えませんので……」
 上映終了後に感想を求められたので、わたくしは、ストーリーやキャラクター、発想、設定など、良くできた部分は褒めました。しかしやはり、
「観客への恐怖以外の要素を求めて創作すべきですね」
 自分の感情は動きません。面白い映画ではあったのですが、怖いかどうかと言われれば、頷けません。

「麗子ってさー、怖いものはないのー?」
「ありますよ」
「えええ! 意外なんだけど!」
 わたくしの精神面において、恐怖心が欠落しているわけではありません。
「虫が苦手です。見ているだけで鳥肌が立ちます。あれらは地球上にいてはいけない生物ですよ」
「なんかー、平凡だー」
 虫を見ていると、心拍数が上がります。眼球が勝手に動き、視界に入れないようにしてしまいます。思い出すだけで気分が落ち込みます。それこそ、怖いという感情です。
「じゃあさー、何で幽霊とかは怖くないのー?」
「あれは百パーセント、人間側の妄想です。作り話ですよ、それに恐怖する人なんていません。証拠はありませんし、確実に嘘です。目に見えないものを恐れる意味が、わかりません」
 友人は、
「じゃあ、虫は目に見えるから怖いのー? でもだとしたらどの辺がー」
 と聞いてきました。
「見た目ですね。同じ動物とは思えないくらい、体の構造が違い過ぎます。あの横開きする口も、無理です!」
「それはわかるー」
 幸いにも、虫が嫌いな人は多く、友人もそうでしたので、理解してくれました。

 高校生の時のことです。わたくしが通っていた高校はちょうど、新校舎が完成したばかりでした。横に旧校舎がまだ残っていたのです。崩すのは確か、その年のゴールデンウィ―ク明けの予定でした。
「肝試しをしようぜ!」
 クラスの誰かが言い出しました。
「参加しないヤツは、チキン! 弱虫の脱皮殻以下の存在意義だ!」
「俺は出るぞ!」
「任せな!」
 男子生徒たちはノリノリでした。わたくしをはじめとした女子生徒たちの反応は香ばしくなく、
「嫌だよー」
「男子だけでやっててよ」
 散々な言われようでした。しかし、同時にクラス単位で交流会をしようという流れに持って行かれ、参加することになりました。
(面倒ね。どうせ何も出やしないのに)
 わたくしは、嫌な気分でした。怖いからではなく、面倒なことに時間を割きたくなかったからです。人の出入りがなければ、虫がわんさかいそうではありましたが……。
 当日の夜、日が落ちた時刻です。肝試しが始まりました。
「誰から行く?」
 何と発案者が、そんなことを言い出したのです。
「いやいや! お前が始めたんだから、お前から行けよ!」
「だって、怖ぇよ!」
「順路とか、どうなってんだよ?」
 しかも、手順を何も決めていないらしく、無計画にもほどがありました。
「目印もない? 何か取ってくるとか、置いていくとかも? おいおい、どうすんだよ?」
 誰もが尻込みする中、
「わたくしが行きましょう」
 発案しました。
「旧校舎とは言え、今年の三月までは普通に使われていたはずです。実際わたくしたちはここで入試を受けましたし。危ないところはないと思いますが、念のためチェックしておきます」
 するとクラスメイトたちは驚いて、
「やめておけよ、麗子! 笑えない冗談だぜ!」
 笑い飛ばそうと必死に取り繕っていました。
「………行きますよ」
 止める友人の手を押しのけ、わたくしは一人、旧校舎に入りました。手元の明かりはペンライトの小さな光だけです。歩ける廊下を虱潰しに歩き、全部制覇したら上の階に向かう、の繰り返しでした。入れる教室には全て足を踏み入れ、隅々まで見ました。
 一時間くらいでしょうか。わたくしはスタート地点に戻ってきました。クラスメイトは全員驚いた顔で、
「な、何もいなかったのか? 幽霊とか、花子さんとか、テケテケとか!」
「はい、そんなまやかしなんて一切。虫もいませんでしたし、誰でも行けますよ」
 わたくしが実際にそう証明したのですが、結局友人たちはビビッてしまって、肝試しは中止になりました。
 クラスメイトたちは怖い思いをしたかもしれませんが、わたくしにとっては、自分の考え……つまり幽霊などいない、ということが間違っていなかったことを確かめることができたので、とても満足でした。

 大学生になった時のことです。
「麗子はサークル決めたー?」
「一通り見学はしますが、だいたいの目星はつけましたよ」
 弓道部に入ろうと思いました。
「じゃあー、私もそこにするー」
 友人も一緒に入ってくれました。
 大学には、気になる噂が一つありました。
「霊能力者がいるらしい」
 というものです。非常に馬鹿らしいものでした。その人……神代富嶽は、学年的には先輩でした。しかしわたくしとは違う学部学科でしたので、接点はないだろうと思っていました。
 入学して早々に、彼と遭遇しましたが、その時の彼はゴミ捨て場にゴミを運んでいて、まるで使い走りのようで、覇気を感じませんでした。自分が捨てたゴミに向け、合掌を数秒していて、寧ろ変な人だという印象を抱きました。
(どうせあの先輩も、テレビに出ている自称する人と同じね。詐欺をするためだけに名乗ってる人でしょう)
 軽蔑の念を覚えました。

 弓道部の夏合宿の時のことです。
「近くに廃墟になったホテルがある。そこに行ってみよう」
 やはり、肝試しを提案する人がいたのです。わたくしが高校時代に体験したのとは違い、
「ルールは簡単! 五階の男子トイレ前に消しゴムが置いてある! それを一人一つ持って、七階の女子トイレ前に置いてくること! 各自、名前の入った消しゴムがあるから、それを置くのだ! 最大、三人までは組むことができることとする!」
 順序が決まっていました。友人は、
「麗子と一緒なら楽勝だわー。高校時代の旧校舎を一人で回れる度胸があればー、こんなのー、お茶の子さいさいでしょうー?」
「はい、そうです」
 わたくしと一緒に行くと言いました。順番はくじ引きで決まり、わたくしたちは一番最後になりました。
 肝試しが始まりました。最初は三年の先輩の番です。
「ねえ麗子、ドキドキするー?」
「いいえ。全くしません」
 正直、退屈でした。先輩たちがやる気がある分、さっさと終わらせることはできません。だから友人と雑談をして暇を潰すことにしました。
「あれ、変だな……?」
 先輩の誰かがあることに気づきました。
「帰ってこないぞ? 最初のヤツ。どうしたんだ、一体?」
「いつもはすぐ戻ってくるのに、なあ?」
 どうやら遅れているようです。しかしまた誰かが、
「じゃあ、いいや! 脅かそうと思って隠れてんのかもな! 次、出発といこうぜ!」
 そう催促すると、二番目の組が出ました。
(………)
 当初わたくしは、先輩たちのことを怪しんでいました。無駄に盛り上げようと、何か企んでいるのでしょう、と思ったわけです。ですがいくら時間が経っても、誰も戻ってこないのです。
(ここまで徹底的にする必要性は、ない……?)
 逆に心配になってきました。
「先輩、すみません。これは明らかにおかしいです」
「おう、一年……。どうした?」
「わたくしが見てきます。戻ってこない人たちを連れ戻してきます」
 ひとまず、今回の肝試しは中止です。そのためにも一旦集合するべきです。わたくしは先輩や友人の制止を振り切って、懐中電灯を片手に一人で廃墟ホテルに入りました。

 ホテルの中は、異様でした。真夏だというのに、どこかひんやりしていて、それでいて息を吸うと、喉が渇く気分に陥ります。周囲には動物や虫すらいないのに、誰かに睨まれている気がするのです。廊下や階段はガッチリしているはずですが、何か生々しいものを踏む感覚に襲われました。
「まずは五階の男子トイレに……」
 しかしそこには、誰もいませんでした。戻ってこない人数分の消しゴムは減っていたので、ここから先でおかしくなったとわかります。次は七階の女子トイレです。
「…ん?」
 自分でもわかるくらい、何かが変でした。疲れているわけではないのに、足取りがやけに遅いのです。緊張していないはずなのに心臓の鼓動がやたらと大きく、ドクンドクンという音が壁に反射し、わたくしの耳を貫きます。急に涙も零れました。風も吹いてないのに髪が揺れ動きます。
 でも、何が変なのかはわかりません。というよりも当時のわたくしは、ある程度察することができてはいるが理解したくない、状態だったのかもしれません。
 何か、おぞましいものが上の階にいるのかもしれない、それにわたくしの本能が怯えている。理性はただ、目の前の禍々しさから目を背けたいがために生かされ続けている。一言、あり得ないと言えばいいのに、口がそう動くことを拒む。
(もう一気に行くしかない!)
 様々な疑惑疑念を吹き消すためにも、ゴールに向かうことを決めました。かなり鈍いスピードで階段を駆け上り廊下を駆け抜け、七階の女子トイレに駆け込みました。
(どうせ先輩が女子トイレで待ち伏せしているんでしょう! 説教しますよ、年齢なんて関係なく! 警察も呼びましょうか!)
 ドアを開けて中に入りました。
「えっ……?」
 思わず声を出してしまいました。
 戻ってこない人たちは、女子トイレにいました。みんな、汚い床の上にしゃがんでいました。虚ろになった目で、わたくしのことを見ていました。
 ですが彼らよりも明らかに異質だった人物がいます。
「……お前、だったか……」
 その若い男は、弓道部のメンバーではありませんが、見覚えのある顔でした。
「えっと……」
「こっちに来い」
 そう言って彼はわたくしの手を強引に掴み、額に紙のようなもの……和紙を当てました。
「アギャアアアアアグワアアアアアアアアアア!」
 その瞬間、わたくしは大声を出していました。痛くも痒くも苦しくもない彼の動作が、どういうわけかわたくしにそうさせているのです。
「ギャアアアアアアアメロロロロオオオオオ!」
「騒ぐな」
「ゴゴゴゴゴオオオオオオオロロウウウウウウウウズウウウウ!」
「静かにしろ!」
「マママダダダアアアアアアアエエエエエレエエエエ!」
 声は確かにわたくしのものです。けれどもわたくしには、そんな言葉として成り立っていない声を出している意識がないのです。
「むっ!」
 急に、彼がかがみました。どういうわけか、わたくしが拳を握りしめ、彼に殴りかかっていたのです。もちろんそんな乱暴なことをしようという意思はありません。さっきの声といい、わたくしの体が勝手に動いているのです。
「惨めなものだ…。そんな小娘に憑りついていないと喋ることも抗うこともできんとはな」
 そして彼もまた、わたくしに向かって喋っているのですが、会話している相手はわたくしではないのです。
「安心しろ。思い残すことなど、何も無くさせてやるっ!」
 彼はポケットから瓶を取り出し、中に入っている白い粉をわたくしに振りかけました。その際にちょぴっとだけ口に入ったからわかったのですが、ただの塩でした。
「アガガガアガガアアガザアアアガアアアアアアアアアア………!」
 わたくしは絶叫していました。喉が潰れて顎も外れるくらい、大きな悲鳴を出していました。自分自身の意識が飛ぶくらい、断末魔は強く長く続きました。

 あのホテルとは違う場所で、わたくしは目が覚めました。
「ここはどこですか?」
「近くの病院だ。他の学生たちはもう、宿に帰した」
 そばには彼がいました。質問したいことがあったので、あの夜での出来事は何だったのかをすぐに聞きました。
「お前は非科学的なことを受け付けないことで有名だから、理解できないのなら、しなくていい。俺は俺が知っていることだけを話す。信じるか疑ぐるかは自由だし、それで変に差別はしない」
 彼……神代(かみしろ)富嶽(ふがく)はわたくしの性格を知っているからか、そう前置きしてから教えてくれました。

 古来より人は、様々なものを信じてきた。目に見えるもの、誰かから聞いたものなど、その種類は様々だ。そして信じた結果、奇跡を起こした人も多い。
 だが、信じる力には危険も伴う。それを利用しようとする輩がいる。
 あの夜、お前に憑りついた幽霊……俺たちは神魔信(じんましん)と呼んでいる者もそうだ。名前には『神』の漢字がアイツはそもそも、神々しい存在ではなかった。
 神魔信は、力が弱い類の幽霊だった。だが人の信じる力を集め悪用し、生きている人に干渉し殺せるほどにまで強くなったのだ。ヤツに願えば、恨んでいる人に不幸をもたらすことができた、だから神と同格と認められ、祈りを捧げる者も多かった。言い換えれば、ヤツのことを神と崇める人の心が、凶悪な力を与えてしまった。人々がヤツと神として造り変えてしまったと言っても過言ではない。
 今、神魔信は数を減らしてきている。これ自体は良い傾向だ。科学技術が目まぐるしく発展してきたおかげで、人は怪しい存在を信じようとしなくなったからだ。このままいけば、世紀が変わるころにはこの世から姿を消すだろう……もう時間の問題だ。現にあの夜に遭遇した個体は、お前に憑りついていなければ力を発揮できないほどに落ちぶれていた。
 だが、それをヤツは心地よく思わない。昔のように人々の信じる力を集め、自分の勢力を取り戻そうと躍起になっている。その第一段階の手段として、あの晩の肝試しが選ばれてしまったのだ。
 正直、神魔信からすれば、憑りつけるのなら誰でもよかったはずだ。お前が選ばれたのは、多分お前が幽霊に付け込まれやすい体質か家系だったのだろう。だがこれだけは忘れるな、俺が駆けつけていなければ、間違いなくお前たちはこの世のものではいられなくなったはずだ。

 彼の説明を聞いて、わたくしはゴクリと唾を飲みました。彼が来ていなければ最悪、死んでいたかもしれなかったのです。
 それと、不思議な感覚がありました。彼の言葉には、妙な説得力があったのです。わたくしが非科学的なことを信じていなかった性格なのは何度も言いましたが、そんなわたくしが彼の言葉に一切の反発ができなかったくらいです。
 気が付けば夏休みが終わりました。わたくしは、
(彼は、わたくしが知らないことを沢山知っています。運命の相手がいるというならば、わたくしにとっては彼です。彼についていくべきなのでしょう)
 そう思うようになり、学内で一緒にいるようになりました。さらに気が付くと、彼と交際を始め、学生のうちに妊娠し結婚し出産までしていました。

「彼……いいえもう夫と呼びましょう。夫の裏稼業は結婚してから知りましたが、嫌悪感は一切抱きませんでしたよ。むしろ、霊能力者でもないわたくしにできることがあるなら、それで全力でサポートするべきと誓いました」
 麗子はそう言い、自分たちの出会いを締めくくった。きっと一緒になった後にも何か、困難はあっただろう。だがそれを覆すのが、愛だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み