その三十六 双子

文字数 5,584文字

「君には、兄弟はいるのか?」
 俺にそれを聞くか? いるのなら、俺が知りたいくらいだぜ。
「さあね。孤児院の出だから、兄弟どころか親戚すら知らない。そう聞いてくるそっちはどうなんだ?」
「僕は、一人っ子だよ」
 的場(まとば)淳作(じゅんさく)はそう答えた。では何故冒頭の質問をしてきたかを尋ねると、
「とても奇妙な双子がいてね…」
 そう答えるのだ。
「それは、どういう意味だ? 双子なんてそもそも奇跡みたいなものだろ? 二卵性双生児はまだわかるけど、一卵性って相当確率的には低いんじゃ…?」
 俺は生物学には詳しくないのでよく知らない。だからこの発言も間違っているかもだ。だって顔がそっくりな双子とは結構出会うから。
「僕が遭遇した双子は、一卵性の方だよ。顔がそっくりで、本当に見分けがつかない」
 その後、淳作は変なことを言う。
「それに、本当に二人いたかはわからないんだ…」
「どういうこと?」
 俺の頭の中の疑問符を感じ取ってくれたのか、彼は、
「説明するよ。でもわかりにくかったらごめん」
 話を始めた。

 僕は田舎の出身で、高校生までそこで暮らしていた。田舎とは言っても、過疎っているわけではない。ちゃんと鉄道はあったし、現代的な通信機器もある。ただ、町並みは都会と比べれば見劣りしてしまう。そんな場所だった。
 そして高校生になって進学した学校の同じクラスに、杉浦(すぎうら)常葉(とこは)という少女がいた。かわいい子だったけど、あまり人と関りを持とうとしない人物だったので、クラスでも孤立していた。
「こんにちは」
 僕は声をかけてみた。無視されるかと思いきや、
「あ、こんにちは。初めましてだよね?」
 ちゃんと返事をくれた。そして僕らは自己紹介を済ませると、少し話をした。何でこの高校に進学したのかとか、出身中学はどこかとか。常葉はちゃんと答えてくれて、逆に僕に高校生活での目標を尋ねたりしてきた。
 クラスでは僕以外の人とは必要最低限の会話しかしていなさそうだったので、僕は毎日話しかけた。すると今度は向こうからも話題をふってくれるようになった。

 そんなある週末のこと。僕らは遊びに行く予定を立てる。町唯一のショッピングモールに買い物だ。別に欲しいものはなかったけど、いきなり遊園地に行く気にはなれなかったのでそれで我慢。
「ねえ、君が淳作君だよね?」
 常葉は待ち合わせ場所で、そんな不自然なことを僕に言ったんだ。僕もきょとんとして、
「え、常葉さん……だよね?」
 聞き返した。すると、
「ごめんなさい、常葉は熱を出してしまって。私は杉浦(すぎうら)和葉(かずは)。常葉の妹ですよ!」
 と言うのだ。妹がいたなんて初耳だったから驚いた。しかも顔どころか体格まで全く同じなのだ。
「常葉がね、淳作君に顔向けができないって言うから、代わりに私が来たんだ! 今日は私で我慢してよね!」
 何て強引なことを言うのだろう? 僕は携帯を取り出して常葉に確認を取ろうとしたが、
「ちょっと~! デート中に携帯なんていじらないでよ、気分壊れちゃうでしょう!」
 と言われ、しかも強引にポケットの中に仕舞わされた。
 僕は帰ろうかと思ったんだけど、せっかく来てくれた和葉に失礼な気がして結局ショッピングモールに一緒に行くことにした。

 さっきも言った通り、僕には特に欲しいものはない。だから文房具屋でボールペンを買って誤魔化すことにした。
「ねえねえ、お揃いのヤツ買おうよ!」
 常葉と違って、人懐っこい和葉はグイグイ来る。僕はその押しに押されてしまい、和葉と同じ柄のペンを買った。
「じゃ、私の欲しいのに付き合ってね! こっちこっち!」
 そして和葉の物色は始まる。ショッピングモール中を回る気で、予定になかった映画まで観ようと言い出す始末。
 僕は悩んだ。後で常葉が、僕が和葉と楽しんだことを知ったら起るに違いない。でも、常葉と瓜二つの和葉の顔を見ていると、断る気にもなれない。その困った顔を見た和葉は、
「まだ付き合っているわけじゃないんでしょう? なら大丈夫だよ! 少しぐらい楽しんだって、常葉は怒らないから!」
 その言葉に乗せられてしまい、僕は一緒に映画を見た。でも、罪悪感でいっぱいだった。

 デートが終わってすぐの月曜日に、熱が治まったのか常葉は学校に来た。
「ごめんなさい! 和葉さんがどうしてもって言うから、断れなくて…」
 頭を下げて必死に謝った。けど、
「大丈夫だよ。和葉に頼んだのは私だから、淳作君は何も悪くないって」
 常葉は怒っていなかった。それどころか、
「和葉って友達が少ないから、たまに一緒に遊んであげてね」
 と言うのだった。

 その日は僕は、あることをずっと考えていた。
(もしかして二人は同一人物で、和葉さんの方は存在しないのではないか?)
 若かったから、そんな馬鹿みたいな発想にたどり着いたのだろう。でも他のアイディアが思い浮かばない。
(じゃないと、本当なら自分が行くはずだったデートを取られて怒らずにいられるか? そんな人がどこにいる?)
 そう思うと、今度は真実を確かめたくなったのだ。でも、ドストレートに本人に聞くわけにはいかない。
「淳作君、何を言っているの?」
 という返事が頭に浮かぶ。だからそれとなく探るしかないのだ。
 僕は常葉の筆箱を観察した。もし二人が同じ人物なら、あの時に買ったボールペンがあるはず。
 そして、その通りなのだ。常葉がトイレに行っている間に盗み見たら、僕と同じ柄のペンがあった。
(証拠を掴んだ!)
 僕は確信した。
「何してるの、淳作君?」
 だが、今度は逆に僕が現場を押さえられた。常葉がすぐに戻って来てしまったのだ。僕は正直に、
「このペンさ、和葉さんと僕が買ったのと似ている気がして…」
「同じペンだよ? 和葉が私にくれたの。本当なら私が買うはずだったからって」
「あ、そうなの?」
 僕はやっぱり馬鹿だ。その一言で、同一人物説を棄却してしまったのだ。
(そもそも、演技してまで装う必要がないじゃないか、何でそんな簡単なことに気がつかないんだか!)
 帰り道で僕は一人、納得していた。

 でも、それを打ち砕く出来事が起きる。
「今度さ、私の家に来てよ」
 常葉がそう言うのだ。家で一緒に勉強しようという提案だ。その日は常葉の両親は帰りが遅いらしい。僕は行くと即答した。
 教えられた道を通って、常葉の家に向かう。インターフォンを押すとすぐに出てきてくれた。
「やっほー! 待ってたよ!」
 ここで僕は思い出す。目の前の彼女は、常葉と和葉、はたしてどちらなのか? 
「お、お邪魔します…」
 玄関で僕は、足元を見た。靴は一人分しかない。
(あれ?)
 もし彼女が常葉なら、和葉は出かけていると言えるだろう。でも和葉だったら? 常葉は僕と勉強する予定になっているのだ、外出するはずがない。しかし、
「私だよ、和葉だよ!」
 と言われた。
「で、でも…。常葉さんは?」
 混乱しながら僕が聞くと、
「何言ってるの? 淳作君が私の勉強を見てくれるって話じゃなかったっけ?」
 と彼女は言うのだ。そして常葉は用事があって留守にしているらしい。
 ここで疑念が再燃する。
(聞いてる話と違うじゃないか…? 本当に二人とも、実在しているのか…?)
 とにかく僕は疑念を隠して、和葉と一緒に勉強した。
「常葉はね、恥ずかしがり屋なんだよ。だからいつも一人でいようとして…。でも、淳作君に話しかけられて嬉しかったって言ってたよ!」
 勉強の合間に、そんな話題をふってくる。僕は、
「そうなんだ。なら、学校以外でも会ってみたいなぁ」
 と言った。裏を返せば、どうして学校でしか常葉は僕に会ってくれないのだろうか、という意味だ。
「それはわからない。けど、学校でもいっぱい話しかけてあげて!」
 彼女はまたはぐらかすつもりなのだ。僕は大胆にも、
「でもね……僕は常葉さんのことが好きなんだ。だから学校以外でも会いたいんだよ。どうすればいいんだろうかね…」
 と、和葉に聞こえるように呟いた。彼女はそれについては詮索を避け、無言だった。次に口を開いた時には、違う話題だった。
(でも、聞いたよね? 絶対に?)
 僕は種を撒くことにした。

 一方学校で常葉に会った時にさりげなく、
「いつも会ってくれる和葉さんに恋をしてしまったよ…」
 そう言った。
 和葉には、常葉のことを好きになったと。
 常葉には、和葉のことを好きになったと。
 僕は意地悪なことに、ワザと彼女らを困らせようとしたのだ。そうすれば、真実を教えてくれるんじゃないかと思って。
(さあ、どんな花が咲く? 別々の人なのか、同一人物なのか!)

「淳作君、ちょっと来て」
 数日後、答え合わせの時間がやって来た。常葉に連れられて僕は彼女の家を再び訪れた。でもその時に案内されたのは、彼女の部屋ではなく和室。仏壇があった。
「淳作君にだけ、教えてあげるね。私たちの双子の秘密を」
 常葉はそう言うと、仏壇に置いてある遺影を手に取った。幼い女の子の写真だ。
「和葉はね…。私の双子の妹。だけど、小さな時に事故で死んでしまったの。私がボールを追いかけて、車にはねられそうになった時、助けてくれた。でも和葉がはねられちゃって…」
 それは悲しい事故の記憶。自分のせいで妹が死んだ。常葉はそう思っているのだ。
「だから、私には他の人と仲良くする資格がないの。妹すら守れない私に、他の誰かが守れるわけがないから…」
「そんなことないよ! 事故は変えられなかったんだし、常葉さん一人の責任じゃない!」
 決まり文句を言っても、彼女の顔は曇っている。
「でもね、私は和葉の死を受け入れられなかった。だから……」
 だから何だい? そう言おうとしたら常葉は急にお腹を抱えてトイレに行ってしまった。そして戻って来ると、
「だからなのか、私の人格が生まれちゃったの!」
 さっきまでの表情はどこへやら、常葉はそう言った。
「どういうことなんだ?」
 僕は頭がショートしそうだった。だから一旦整理させてくれと頼んだ。
「わかった! でもものすごく簡単なことだよ?」
 多分、そう言ったのは和葉だ。

 常葉には双子の妹、和葉がいた。でも事故で死んでしまう。自分のせいで死んだという自責の念と、妹に生きていて欲しかったという願いが、生き残った常葉の中で和葉の人格を生んだ。

 要約すると、そういうことらしい。でも、意味がわからない。
「何なんだ? 二重人格…?」
「生まれたと言うよりは、和葉の魂が常葉に宿ったという方が正しいよ! 私は正真正銘、和葉だから!」
 本当にそんなことがあり得るのか。僕は疑ったが、ここまで来て常葉が演技をしているとは思えない。だからその時は信じるしかなかった。
「淳作君だけだよ? 他の人には秘密! 守ってね!」
 そして学校には書類上常葉になっているので常葉が行くが、デートで僕と会う時には交代しているらしい。曰く、妹にも楽しんでもらいたいからだとか。
 二人はどうやって交代しているのかは、教えてくれなかった。それはトップシークレットとのこと。
「う~む…?」
 僕は混乱しながら家に帰った。嘘を言っているようには見えないけど、本当のこととも思いたくもない。
「じゃあ、僕が会っていた和葉さんは本当は、常葉さんなのか?」
 そう思うと、増々不思議。同じ人なのに、別人のような振る舞いをするから。交代すると言っていた以上、引っ込んでいる人格はどうなっているのだろう? 僕と仲良くする和葉を見ていて、常葉は心を痛めないのだろうか。

 僕は常葉を追い込んでいると思った。だが、逆だ。秘密を打ち明けられたから、僕の方が追い込まれているのだ。
 秘密の共有は、僕の心を縛った。誰にも言えないことが、こんなに苦しいとは思わなかった。
 僕たちは高校三年生付き合ったけど、卒業したら別れることになった。理由は簡単で、僕の心が耐えられなくなってしまったから。それに二人とも納得してくれて、何の未練も怨みの残さずに別れることができた。
「君らの秘密は守るよ。だから心配しなくていい」
「こちらこそ、楽しい日々をありがとうね。淳作のことは絶対に忘れない! 私も常葉も!」
 そしてその後は、二人には会っていない。連絡もない。

「僕は未だに思うんだ…。二重人格っていうのは嘘で、本当に双子であったんじゃないかって。和葉は事故で死んだって言っていたけど、普通の家なら仏壇ぐらいあってもいいし、誤魔化すための写真を用意していたのかもしれないから、実は今も生きているんじゃないかな?」
「何でそう思う?」
 俺が淳作に聞くと、
「だって、そんな人の話を信じられる? 当時はいやいや納得したけど、普通じゃ無理だろう? 和葉にだけ話した何気ないことを常葉は知らなかったり、その逆もあったりするんだ。同じ人なら知識を共有していそうなんだけど…」
 彼はそこまで疑っている。
「もし僕の目の前で二つの人格が交代したら信じられる。だけどそれには一度も遭遇しなかったんだ。それが一番怪しいんだよ」
 とも付け加えてきた。
 だが、彼女が淳作に嘘を吐いてまで付き合う理由はないんじゃないか? 俺がそれを指摘すると、
「僕は、本当はどちらと付き合っていたのやら。それすらも曖昧で、ちゃんと答えられる自信がないんだ…」
 そう言われた。
 結局、杉浦の双子は本当に二重人格なのか、それとも別々の人として今も生きているのか。それはわからない。
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