その七十五 造られし神を仰ぐ 後編

文字数 9,888文字

 話が終わり、俺たちは神代の予備校を出た。沢山の収穫はあったが、最後はモヤが残った。
「桑浦回弩……。調べてみる価値はあるが、だがもう知っている人がまずいないだろう。そうなると難しいとか、そういうレベルじゃない」
 何せ、幕末くらいに生きていた人……それも特に歴史に名を遺したわけでもない。一番関りがあるはずの霊能力者たち……その道の専門家ですら、行方を知らない。明治時代に詳しい俺ですら、その名を耳にしたことがない。
(無理! 不可能なことだ……)
 早々だが諦めた方がいいだろう。手の届かないブドウは酸っぱくて不味いんだ、きっと貴重で面白い話……解き明かすほどの価値はないさ、。
「すると、この謎が残ったね」
 祈裡がそう言って手に持っているのは、ホテルでもらった封筒だ。これの送り主はマジで誰だったんだ? 麗子も陽一も雪子も、心当たりはないし自分の字でもないと言っていた。
 俺たちが歩道を歩み進めると、横断歩道の向こう側から、目を合わせてきた人物が一人いた。男だ。見間違いではないくらいに視線が合う。信号が青に変わるとソイツは真っ直ぐに俺たちの方に駆け寄り、
「いい話は聞けたか、氷威に祈裡?」
 名前を耳打ちしてきたのだ。驚いた俺は、
「誰だ、お前は!」
「君たちにその手紙を書いたのが、俺だ」
 そんな簡単な自己紹介を受けた。
「……なるほど」
 ここは混乱している場合ではない。
「あっちにカフェがある。そこで話をしないか? 氷威に祈裡、君たちにとって俺は、結構重要だと思うんだけど、どうだ?」
「ああ、いいぜ」
 俺たちはこの男を知らない。だが彼は俺たちのことを知っている様子だ。
 カフェに入ると適当な席に腰掛ける。祈裡があの手紙を出し、
「本当に君が書いたの?」
「うん」
 彼はその手紙に、ペンで文字を書き込む。手元をよく見ないでスラスラと綴る文字列は、手紙の字と全く同じだ。
「名前は? 君はどこの誰で何歳で何をしている?」
「俺は……桑浦(くわうら)回永(かいえい)だ。二十一歳の大学生で、普段は関西圏で生活しているよ」
「桑浦?」
 さっき、麗子から聞いた名前だ。これは偶然の一致か? 
「いきなり謝りたいんだが……。麗子さんに対し、君たちの名前を勝手に使ったこと、申し訳ない」
 どうやら彼……回永が麗子に、事前に連絡を入れたので、彼女から歓迎され話を聞けたらしい。身分を偽ったことにはちょっと怒りを感じるが、貴重な話を聞けたので水に流してしまおう。
「ねえ、もしもだけど! 君はあの、桑浦回弩の子孫なの?」
 ド直球な質問を祈裡が投げつける。すると、
「うん。確かに回弩は俺の先祖だ」
 頷いた回永。
「ということは……だよ? 回弩は詠山に消されたわけではない? それとも葬られる前に子供を儲けていた?」
「前者が正しいよ」
「何故そう断言できる?」
「それも含めて話をしたいんだ」
 そう言い、回永は古びた和紙を取り出し口を開き始めた。

 五年前、まだ俺が高校生だった時の話だ。
「かぁああ! やってらんねえぞ!」
 俺は当時、勉強が嫌いだった。でも大学に進学するためには、どうしても成績を上げなければならない。優れた才能や他の誰かにはない能力を持っているわけではないモブレベルで凡人の俺は、地道に真面目に頑張らなければいけなかった。あの日は確か、模試の結果が振るわなくてキレていた。
 正直、模試の結果は問題や模範解答の冊子ごと捨てたい気分だったが、塾に持って行ってわからなかったところを解説してもらうことになっていたので仕方なくカバンに突っ込んで、バスで移動した。
「これはまた、随分と暗い顔だな、回永? 見なくてもわかるぞ、E判定だったんだろう?」
「るっせぇな、竜胆!」
「おいおい、今は絹町先生と呼べ!」
「ぐぬぬ……。たかがバイトの分際で偉そうに……!」
 俺には幼馴染……じゃないな、姉のような人がいた。五つ上の絹町(きぬまち)竜胆(りんどう)というヤツだ。名前と性格や口調から勘違いしやすいが立派な女だ。唯一体格だけは華奢で弱そうだが、本人曰くスレンダーなんだとよ。
 竜胆は俺がカバンから取り出した冊子を取るとすぐに開いて、ホワイトボードに模範解答を書いていく。
「あのな、回永? 本当は模試を受けた直後に復習するのが効果的なんだぞ?」
 曰く、そうらしい。しかしその当日は難しい問題のせいでテンションがかなり下がっていて、向き直る気分になれなかった。だからこうして結果が戻ってきたときに、解説をしてもらう。俺の頭では読んだだけでは理解できないが、竜胆に咀嚼してもらって、どの辺りでミスを犯したのかを解明してもらうのだ。
(………)
 俺は竜胆のことを疎ましく思う反面、憧れていた。アイツは初めてのことだろうが何でもとても良くこなせるからだ。対する俺は違う。模試どころか日常の授業ですら躓くことが多い。
 竜胆が映画の主人公やヒロインのような存在なら、俺は序盤で騒いでたり逃げたりするエキストラだ。スポットライトの外にいるタイプで、誰かが舞台の中心にいて彼らの流れに合わせるだけのわき役。
(早く終わんねえかな~……)
 ボケーと、しかしノートに板書を写しながらそう考えていた時だ。
「ん?」
 何か、地鳴りのような音がした。遠くない場所から聞こえた気がした。
「どうした、回永?」
 キョロキョロしたが、この塾にいる他の誰も、それこそ竜胆も含めて気づいていないみたいだ。携帯の緊急地震速報は鳴っていないから、勘違いだったのかもしれない。
「え、あ、いや……。何でもない」
 しかし、確かに数秒は聞こえた。ゴゴゴゴゴゴゴと、地面が動くような音だ。
「耳鳴りがしただけ、です」
 早く家に帰りたいと思う俺の耳が、変な妄想を抱いたのだろう。そう判断して竜胆に、講義を進めてもらおうとした。が、
「回永、今日の夜は空いているか?」
「は?」
「ちょっと連れて行きたい場所があるんだ。かなり遅くなってしまうかもだが、明日は土曜で学校は休みだろう?」
 意味深なことを竜胆が言い出した。俺のことをからかっている雰囲気ではない。何か重大なことを伝えなければいけない、目も口調もそういう態度だった。俺は何を言えばいいかわからず、ただ頷いた。

 十時半には塾の講義も終わる。俺と竜胆は家も近所なので、荷物を一旦おいてから外で合流した。
「車で向かうぞ」
 歩いていく分にはちょっと遠いらしく、竜胆の家の軽自動車に乗って移動した。
「近くに山があるだろう?」
「あ、ああ。昔はよく遊びに行ったか」
 懐かしい思いだ。最後に行ったのは小学生の時だろうか? カブトムシやクワガタを竜胆と捕まえた記憶がある。
「でもどうしてそんな山に行くんだよ? なんの用があるんだ?」
「……お前、聞こえたってハッキリ言ったよな?」
 ハンドルを握る竜胆の声はかなり冷静だった。
「何が?」
「地鳴りだよ」
「でもそれは、俺にだけ聞こえてたっぽいぞ? 絹町先生……竜胆は、何も言ってなかったじゃないか!」
 そうだ。あの塾の俺以外のみんなは、何も感じていなかった。それは運転席に座る竜胆も例外ではないはずが、
「私の耳も拾っていた!」
 らしい。
「あの音は、結構ヤバい音だ」
「ヤバい? だがよ、地震のニュースとかは全然なかったぞ」
「防げばいい、それだけだ」
 いまいち話が見えてこない。竜胆に聞いても、
「行けばわかる」
 とだけ。

 段々と車は、アスファルトで舗装されていない道を進んでいた。周辺で光っているのはこの車のランプだけだ。これから何かするわけだから、もう日付が変わる前に家には戻れないか……。
 急にブレーキを踏んだ。
「降りろ。ここからは歩いていくしかない」
 渡された懐中電灯で足元を照らしながら、竜胆の後ろをついて行く。数十分は歩いただろうか、竜胆が、
「見ろ、回永」
 あるものを照らし出した。
 それは、野生動物の死骸だった。
「うわっ……」
 イノシシやクマ、サル、シカっぽいヤツ、カラスやフクロウ、ネズミまでもが死んでいる。虫の死骸も結構な数がある。
「おいおい……! まさかこんな惨いものを見せたいがためにここまで連れてきたのかよ?」
「バカ言え。もっとよく見ろ。観察力を働かせろ」
 ジッと見てみる。何もおかしいところはなさそうだが、あることに気づいた。
「周りの植物も枯れてないか?」
 季節はまだ夏で、落ち葉になるには早過ぎる。もっとよく見てみると、
「ていうかそもそも……。何で死んでるんだ?」
 死骸はかなり綺麗なのだ。血が流れていたり手足が千切れていたりとか、争っていた形跡もない。ガスでも湧き出ているのかと思って鼻に意識を集中させたが、異臭はしないしその場所はくぼみでもないのだ。
 もっと近づいてみる。イノシシの顔を見てみた。その表情はどこか安らかだ。他の動物の顔も、苦しみとは程遠い。なのに死んでいるのだから、一層不気味で冷汗が出る。
「何が起きたんだよ、これ……」
「簡単だ」
 竜胆がやっと口を開いた。
「この野生動物たちは、生贄になったんだ」
「…?」
 ちゃんと理由も教えてくれた。

 この山は今、存続の危機にある。それは人間による森林伐採や土地開発、環境汚染のせいだ。住処やエサを失った野生動物たちは次々と死んでいっているのだ。
 しかも、人間たちは犠牲を野生動物にだけ強いる。エサを求めて山を下りただけで、クマやイノシシは撃ち殺される。ものを言わぬ木々は一方的に切り倒される。川は生活排水で汚れているが、人間が飲む水だけはとても清潔だ。
 この理不尽極まりない現状を打開するために、野生動物たちはある手段を選んだ。生贄を捧げて、神にすがったのだ。古の時代、人間たちも同じようなこと……自分たちでは打開できない状況の解決のために、神への貢物として人柱を差し出した。それを野生動物たちは知らないだろうが、同じ考えにたどり着いたのだ。
 当たり前だが、野生動物は喋らない。同じ種の中では最低限の意思疎通はできるだろうが、ほんのちょっと種類が違うとそれも難しくなってしまう。だが、
「人間たちに報復したい」
 という復讐の感情だけは共通して持っていた。だからこそ、一緒に生贄を差し出すことができたという。
 野生動物の死に顔が安らかであったことを考えると、自分の命でこの山の環境を残された仲間たちの未来を守れるのなら安いものだから、自ら進んで生贄となった可能性が高い。周囲の草木も枯れていたことから、植物も同意見だったのだろう。

「回永、お前が聞いた地鳴りはな、この儀式が行われた時に出る音だ。そしてそれは、生贄たちが神を造り上げ人間に対し攻撃する、ある種の警告音というわけだ」
「純粋に疑問なんだが……?」
 俺はここで頭に浮かんだ疑問を二つ、竜胆に投げてみた。
「何で俺や竜胆には聞こえたんだ? それにどうして、お前はそんなに詳しく知っている? 実家は寺とか神社とかじゃなかったよな?」
「簡単なことだ……」
 竜胆は答える。
「私はもう何度も、あの音を聞いては夜のうちに山を訪れているのだよ。町の方に被害が出る前に止めるしかないからな」
「いやちゃんと答えろよ? お前、そんなメンヘルな性格じゃないだろう?」
「何を言う、大真面目だぞ?」
 いつも可愛げのない雰囲気の竜胆にも、女の子らしい一面があるのかと驚いた。
「そしてお前にもやっと聞こえたということは、だ。ついに血筋の運命に目覚めたということでもあるのだ」
「……」
 もう俺の頭では理解できないので、質問を続けるのをやめた。
「さて、お前もこれを持て。できれば血生臭いことは避けたいからな」
 そう言って竜胆は俺に、和紙と筆ペンを手渡した。これで何ができるってんだ?
「今からなら、まだ間に合うはずなんだ。アイツが降臨するその時には」
 俺の心の中の疑問はよそに、木陰が邪魔で夜空が見えないのに上を向き心配そうにそう呟いていた。多分、除霊みたいなのをやるんだと思う。が、俺は竜胆がそういうことができることを聞いたことはないし、しているところも見たことがない。
 ふと竜胆に目をやると、アイツは手にまた別の和紙を持っていた。文字のような模様が書かれているが、それが何を意味しているのかはわからない。効果のあるお札なのだろうか?
「ンっ!」
 急に、耳鳴りがした。ジーンという音だった。やけにボリュームが大きかったので、思わず手で耳を塞いでしまったくらいだ。そしてそれは、竜胆も同じだった。
「大丈夫か、回永!」
「わからないって! 何がどうしてどうなってる?」
 慌てた表情から察するに、何か良くないことが起きつつあるのだろう。
 風のない夜なのに、木々が揺れている。周囲をもっと見回すと、それは、まるで最初からそこにいたかのように立っていた。
「何だあれは……」
 おぞましい何か、だ。野生動物の姿ではない。見ただけで動悸が激しくなるような、不安を抱かせる。外見はシンプルで、手首から腰まで被膜がある人間みたいで、まるでコウモリやムササビみたいだ。顔のパーツがどうなっているのかはよく見えないが、二つの目が怪しく赤く光っていた。
「来てしまったか……」
「おい、竜胆……。あれは何なんだ? 俺たちは何を見ているんだ?」
禁神惨(きんこうざん)、と霊能力者たちが名付けているから、私もそう呼んでいる」
「名前じゃなくて…! どうみても地球上の生き物じゃないだろ、あれは!」
 これまでの竜胆の話から推測するに、今俺たちの目の前にいるのが、野生動物が仲間を生贄に捧げてまでして人間に一矢報いようとして造り出された異形な存在、だろうか。
「ヅヂヂヂヂヂッ!」
 それ……禁神惨が鈍い音を出して、俺目掛けて走り出した。あまりの恐ろしさに、足を動かせないでいると、
「こいつ、卑怯な! 回永はまだ、丸腰のド素人なんだぞ?」
 竜胆が俺のことを突き飛ばした。空振りした禁神惨は、やはり俺のことだけを睨みつけているようで、竜胆のことを見向きもしていない。
(ヤバすぎる!)
 俺は情けないことに……いいや当然のことなのだが、逃げ出した。ハッキリ言って俺の手に負えることじゃない。
「ヅヅヅ!」
 すると禁神惨は皮膜をバサバサと羽ばたかせて飛び上がり、俺のことを頭上で追い抜いて、目の前に着地したのだ。
「ひいいいい!」
 その動きは獲物を狙う肉食獣そのもの。立ち止まったが、転んでしまった。
「ヂヂヂヂヅッ……」
 闇に包まれた顔の口当たりが紫に光り出した。その輝きは見ていると心臓がバクンバクンと鳴り出すほどに、危険を感じさせる。反射的に目を閉じ腕で顔を覆って視界に入らないようにしたが、ヤバそうな光は肉や骨や瞼を無視して俺の目玉に飛び込んでくる。
(逃げられない……)
 息も苦しくなり、体が思うように動かない。だけど考えることだけはできて、恐怖だけは感じる。正直、死を覚悟した。
 だが、そうはならなかった。何かが禁神惨にぶつかったのだ。ヤツはそれに怯んで、俺の命を奪う余裕がなかったらしい。
「……回永のことしか目にないなら、ああそうかい。なら私も好き勝手やらせてもらおうか」
 そばに駆けつけてくれた竜胆が手を差し伸べてくれたので、その手を握って立ち上がれた。竜胆はもう片方の手にあのお札のようなものを握っている。また禁神惨がよろめいた。俺には見えない何かがぶつかっているようで、
「ヂヂヅヂ……」
 奇声は悲鳴にも聞こえる。ほんの数秒後、禁神惨は背中から地面に倒れ伏し、赤と紫の光は完全に消えた。

「もう大丈夫だぞ」
 そう言って竜胆が俺と握っている手を放す。
「えっ。でも、まだ……」
 この時、俺は耳を疑った。禁神惨の姿はまだ残っているのだ。これから起き上がるかもしれないというのに、竜胆は安全だと決めている。
「ここからはお前の番だ」
「はあ?」
 俺が持っている筆ペンと和紙を指して、
「何でもいい。名前はお前が適当に決めろ。何かにちなんでもいいし、ランダムな文字列でもいいんだ。重要なのは名前をつけることだけで、それが従える証でもある」
 竜胆は指と手を動かし、物に何かを書き込むジェスチャーを見せた。ならば言われた通りにしてみようと思って、筆ペンで和紙に文字を書き込む。
「じゃあ、こう……」
 書き込んだら、それを禁神惨の体に当てろと言われたのでそうした。そうしたら何と、禁神惨の体が一瞬で消えた。俺にはそれが、俺が持っている和紙に吸い込まれたように見えた。
「わわっ!」
 さっきまでこの場には俺と竜胆しかいなかった。だが竜胆の横には、明らかに異質な存在が漂っている。けれども竜胆は警戒を全くしていない。
「焦るな、回永! 彼らは味方だ。私の僕なのだ」
 そう言って手に持つ和紙を少し振ると、その存在たちは和紙の中に戻るように消える。
「どういうことなんだ?」
「車の中で説明してやる。その前に、生贄になった野生動物の死骸を埋葬して黙祷するぞ」
 帰ることになった俺たち。しかし俺の中にはまだ疑問符が残っている。それを全て、竜胆に吐き出させるつもりだ。

式神(しきがみ)という存在をお前は知っているか?」
安倍晴明(あべのせいめい)が関係している?」
 パッと思いついたのがそれだったが、
「ちょっと違うな。名称の出自は陰陽師の方で間違いはないんだが……」
 竜胆は否定した。実際俺も、竜胆が神道に熱心だとは思ってない。そういう様子や態度は一度も見たことがないので断言できる。本当に言葉・単語だけを借りてきたのだろう。
「私たちの周りには、様々な魂が漂っている。それには各々、良し悪しがある。霊感が強ければ見聞きできるだろう。そして認識できる人には二通りある」
 そのうちの一つが、霊能力者だと言うのだ。彼らはこの世に踏みとどまっている魂を黄泉の国へ送ることができるらしい。除霊というやつか。
 では竜胆がそれなのかというと、そうではない。竜胆も幽霊を見ることはできるのだが、ある例外を除いて基本的に干渉することはできないそうだ。その例外とは、
「名前を与えて自分の僕とする! 幽霊を式神に造り変えるのだ」
 どういう原理なのかは竜胆も知らないらしいが、どんなに凶悪な幽霊であっても、抵抗をさせずに、姿形を全く別の存在に造り変えてしまえるらしい。その際、幽霊の方は以前の記憶などは完全に消滅してしまうそうだ。
 随分と詳しく話す竜胆のその様子から察するに、竜胆は実は、その式神を何体か持っていて、今までに何度も触れてきたのだろう。禁神惨に関しては少なくとも、今夜が初めてではなかった。
「じゃあ竜胆は、霊能力者なのか?」
「違うな」
「何故に?」
「式神を造り従えることしかできない人を、霊能力者とは呼ばないのだ」
「誰が、だよ?」
 普通、幽霊が見えたら霊感が強くて、霊能力者と言われて問題ないはずだ。だが竜胆は否定する。
「名を、神代という」
「誰かの苗字みたいだな…」
 しかし個人を指す言葉ではない。霊能力者たちを統括する組織であり、非科学的な力を使って悪事を働かないようにルールを設け、また幽霊や呪いで苦しむ人に手を差し伸べ救う。
「じゃあ竜胆もその、神代の一員なんだな!」
「そうではないのだよ……」
 内情に詳しいので勝手にそう考えたが、早計だった。曰く、
「神代は私たちのような人を霊能力者とは認めていない。だからあいつらの仲間ではないんだ」
「ふむふむ」
 少しずつだが話が見えてきた。神代という、霊能力者の集団がある。だが、ただ幽霊が見れるだけでは仲間には入れてもらえない。竜胆のようなタイプは霊能力者にカテゴライズされないからだ。
「なら、何て呼べばいいんだ? 竜胆、お前は自分たちのことをどう自称するんだ?」
「式神召喚士と呼べ」
 なるほど。そういう名前なら、それしかできないと即座にわかる。
 竜胆の話によれば、霊能力者と召喚士の関係は決して険悪ではなく、時に協力し合ったりするのだという。しかし、召喚士たちも式神の力を悪用されたくないので神代側に、霊能力者と一緒に管理をしてほしいと願い出ているが、今現在に至るまで実現できていない。
「だから一線を越えないように……節度をわきまえろ。回永、お前は今夜、召喚士として覚醒したんだ。色々と教えてやろう」
 俺はその後、時間があるときに竜胆から式神や召喚士に関することを教えられた。どれも現実味がない話のように思えたが、禁神惨の存在は確かだったし、あの一件の後、俺は生きていない魂を少しずつだが見ることができるようになっていた。
「どうだ、回永? お前もスポットライトを浴びれる側の人間だぞ? 舞台の端っこで黙っている必要は、もうないわけだ」
「いやいや。俺は、幽霊は生き物の影や闇だと思う。そう考えると、表に出てこないだけやっぱり暗い……」

「竜胆はもう一線から退いて神代との話し合いが主な仕事になってしまったから、今は俺が禁神惨を退治している。やはり環境の悪化が早いからか、年々頻度が多くなっている感覚だね」
 回永の話もまた、興味深かった。式神の話が本当なら、回弩の子孫であることも間違いない。その証拠に、
「この札に触ってみてくれ」
 テーブルに出した和紙を俺たちに向けた。手を少し重ねただけで、ひやりと感じた。触ってみればもっと冷たく、まるで氷に触れているかのようだ。
「これには式神が一体、入っているんだ。今話をした、俺が最初に札に入れたあの禁神惨だ」
「ほう、これが!」
「おい祈裡、わかるのかよ……」
 正直、俺にもその凄さはわからない。
「禁神惨は放っておくと、マジで洒落にならない被害を出すからね。一説によれば日本で起きている自然災害のうちの数パーセントは、禁神惨が引き起こしたもの、だとか?」
 どうやら回永の地域だけではなく、禁神惨という野生動物によって造られた神はどこでも誕生する可能性があるらしく、彼は、
「人間が行き着いた発想に、野生動物だって追いつく。それは俺がよく行ったあの山だけじゃない。今もどこかであの儀式が行われているかもね」
 と、中々安心できない言葉を繰り出した。
「でも、君が解決してくれるんでしょう? 式神を使って、さ?」
「間に合えば……だけど」
「はあ?」
 祈裡がため息を吐きながらそう言った。
「話したように、俺たちは神代の一員じゃない。だから向こうからはあんまり、情報は回ってこないんだ。禁神惨はナマモノでその日のうちに解決しないといけないんだが、その情報ネットワークから俺たち召喚士はハブられてるわけだし……」
 いがみ合う中ではないとは聞いたが、だからと言って積極的にお互いのことを頼ろうともしないのか。多分、面倒で複雑な派閥や意地が関係している。だからこそ、回永は直接麗子に会いに行こうとしなかったのではないだろうか。
 回永はテーブルに出したその札を中々回収しようとしない。
「今日の駄賃にさ、この式神を君にあげるよ」
「え? 何て言った?」
 驚くべきことに、彼は確かに、俺たちに式神を譲ると言ったのだ。
「大切な仲間じゃないの?」
「確かに少しは、思い入れはあるよ。でも実は、俺の家系に伝わる式神は竜胆が守ってて、あの次の日にそれを受け継いだんだ。だから手数には困っていない」
 あまり一緒に活動しない式神なのだろうか?
「それに何より、君はこれからも続けるんだろう? 旅を。怖い話を求めるのなら、必然的に神代にも近づくことになる。その時にこういうアイテムを持っていれば、少しは話が違くなっていくんじゃないかな?」
 一理あるな。ここはお言葉に甘えて、
「なら、ありがとう!」
 受け取った。不思議と、もう一度触れると今度は温かい。
「名前は、何て言うの? 名付けたから、従えることができたんでしょう?」
「[シンエン]、だ。深い意味はなくて、ただあの時パッと思いついただけ。姿は、オヴィラプトルってわかる? そういう見た目だよ」
 式神の札には、文字のような模様が書かれている。確かに言われてみれば、薄っすらとした文字で[シンエン]とも読めなくはない。
「基本的に召喚士じゃなければ式神を使うことはできない。だけど、コイツはきっと、霊的な危険から君たちを守ってくれる」
 俺たちはその札を丁寧に、カバンにしまった。
 怪談話を追い求める先には、やはり本物のこの世ならざる存在が待ち受けているのだろうか? だとすれば回永からもらった式神の札は、かなり心強いお守りとなるはずだ。人が造ったとはいえ、紛いなりにも神様なのだから。
 そして……神代という謎の組織にも迫ることにもなる。はたしてゴールには何が待っているのだろうか? 俺と祈裡はその時、何を見て知ることになるのだろうか。
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