その二十五 慰魂者 後編

文字数 4,501文字

 今日はファミレスで待ち合わせだ。
「何か食べたいものある?」
「じゃあお言葉に甘えて、ティーボーンステーキをレアで…」
「そんな金ないぞ! 少しは遠慮してくれよ!」
「だって私、金欠病という治らぬ病を抱えてるんですぜ?」
 何を大げさな。諦めさせて、スパゲッティにさせた。
「だいいち、こっちはギャラ出してんだぜ? 貯めればいいだろう?」
「そんな安い小銭じゃ人生は面白くなりませんぜ。今に私のところに、白馬に乗った王子様が…」
 まあそういう話は置いておいて。今日の本題に入ろう。
「あの廃墟ホテルの一件は信じよう。しかし、その他にも見せたいものがあるとは一体?」
 窓香は、この程度で驚いていては今日見せるものでは腰がいくらあっても足りない、とメールに書いていた。その自信がどこから来るのか、それを是非とも知りたい。
「では……行きますかい?」
 料理を食べ終えると、窓香は立ち上がった。そしてレストランから出て、レンタカーに乗り込む。

「私も霊能力者として、実績を上げないといけないのですよ。ですから今日は、ここ…。クチナシ山に向かってくだされ」
「くちなしやま?」
 聞いたことがない地名だ。この辺の地図には載っているのだろうか?
「正式な名前は別にありますが、霊能力者の間ではそう言われているんですぜ。ちょっと遠いので、今から出発しても日が暮れてしまいそうですな…」
 カーナビに本当の名前をセットし、すぐに出発した。

 クチナシ山………。それはまるで、死人の意見は聞かないと言わんばかりの歴史がある場所だ。
 江戸時代頃から文献に登場する。その山には、魔物が住むと言われている。その魔物を押さえつけるために、無実の人を有罪にでっち上げ、生け贄として献上する。そんな風習が、その地には存在したらしい。いつの日か、魔物はいなくなってしまうのだけれど、近くの村人たちはそんなことを知らず、ただひたすら生け贄を運んだ。中には本当の罪人も含まれていたが、圧倒的に無実の人が多かった。その満たされぬ魂が、未だにこの世に跋扈している…それがクチナシ山だ。
「この前のホテルとは比べ物になりませんぜ。なんせ、クチナシ山のことは霊能力者の間でしか知られていないこと。ドキドキしますな」
「ほほう。で、俺が行ったらどうなるって?」
 では、一般人がそこに立ち寄ったら…? 答えは簡単だった。
「即死って言われてますぜ」
 俺は驚いて、急ブレーキを踏んでしまった。
「おいおい…。ホテルとレベルが別次元じゃないか!」
「だから、比べるのはおこがましいって言ったんですぜ? でも安心してくださいな、私がお守りしてみせましょう!」

 窓香の言った通り、到着は日没後となった。
「噂によれば、この森のどこかに社があるんです。そこにヤツ………声の霊はいるらしいですぜ。氷威さん、注意事項がありますぜ。声の霊の言うことは自然と耳に入ってしまうと思うんぜすが、それに相槌を打ったり、深く考えたりしてはいけません。それこそ、奈落の底に真っ逆さま…」
「わかった…」
 おそらく窓香の目的は、声の霊の退治だろう。今日は話し合いが通じないことも予想しているのか、『悪霊退散』とか『邪霊消失』と書かれた札を何枚か持って来ている様子。
「できれば、使いたくはありませんな…。ですが、念のためですぜ」
 窓香を先頭に、俺たちは森の中に入った。奇妙な森だ、鳥の声や虫の音が聞こえない。獣の気配もまるで感じない。
 一時間ほど過ぎただろうか…? その社までたどり着いた。
「これですぜ」
 その社は、ボロボロだった。長い年月雨風にさらされた上に老朽化。誰も手入れをしてない様子だったから、当たり前だ。
「ちょっと、中を見てみましょうぜ」
「いいのか?」
 窓香は、自分は霊能力者だから幽霊が嫌な気分になりかねない。だから俺に、社の扉を開けさせようとした。その時だ、横から何かが俺の体にぶつかって来て、俺は地面に倒れこんだ。
「うわっ! 何だ今のは?」
 まさか、幽霊か? 社を守るために、俺に干渉してきた…?
「今、押さえこみます。ですので氷威さん、速く開けてください!」
「お、おう…?」
 俺は立ち上がろうとしたが、何かに突き飛ばされた。
「駄目だ窓香! 幽霊に邪魔されているのか、ぶっ飛ばされ…」
 言っている途中で、俺の口は停止した。キョロキョロと首を振ったが、窓香がどこにもいない。
「………へ? さっきまでいたのに、おかしいぞ? 窓香、どこ行った?」
 返事が聞こえないので、俺はパニックになりつつあった。
「開けましょうぜ。社の中身を持って帰れば、それがそのまま実績になりますぜ」
 窓香の声が、どこからか聞こえた。気がつくと、俺の前に立っていた。
「……でも、それは幽霊が嫌がるんじゃないのか? いいのか、そんなことをして?」
「いいから、速く!」
 急に怒鳴って俺を急かす。だから俺も慌てて立ち上がり、社に近づいた。
 ブチっと何かが切れる音がした。
「あ…!」
 ポケットに入れていた数珠だ。廃墟ホテルに向かう時に窓香からもらって、まだ返してなかった。
「どうかしたか…?」
 俺は耳を疑った。声のする方向は同じだが、窓香の声じゃない。
「速くしろ……!」
 その命令口調が、俺に行動を躊躇わせた。
「どうした…? さあ速く開けろ…!」
 俺は、目を疑った。喋っているのは、窓香じゃない。髑髏で構成された、人体の骨格。その全ての口が開いて言葉を発しているのだ。
(何だこれは? さっきまでこんなヤツ、いなかった!)
 本能的に、これが社を守っているのだと感じたが、それだと違和感を拭えない。
(何故、俺に社の扉を開けさせようとする? 社を守るなら、そんなことはしないはずだろ…?)
 ここで、閃いた。
「お前、窓香じゃないな…」
 そうだ。さっきから話していたのは、窓香じゃない。この骸骨髑髏だ。俺はこの幽霊に幻覚を見せられ、幻聴まで聞かされていたのだ。おそらくコイツが、声の霊。
「何…?」
 幽霊は驚いている。完璧に騙せていると思ったのだろう。それが失敗したとわかると、腕を伸ばしてきた。
「連れてってやる…! あの世に…!」
 ヤバい。あの腕に掴まれたら、本当に死ぬ気がする…。俺は腕で顔を覆った。
 しかし、その腕が俺を襲うことはなかった。
「危ないところでしたぜ。氷威さん、言ったでしょう? 声の霊の言うことを聞いちゃいけないって!」
 本物の窓香が現れた。声の霊の腕に札を押し付けると、幽霊の方が後ろにのけ反った。
「さあて、この霊は一度、仮に鎮めましょう…」
 窓香はさらに札をばら撒いた。すると声の霊はその力に抗えないのか、社の扉を開けて中に逃げた。
「ふう。とりあえず、どうにかなりましたぜ…。とは言っても後片付けはこれからですがな」
 一旦休憩だ。俺が落ち着くのを待つと窓香は、慰魂の準備を始める。
「まあ、今回は幽霊の言い分なんて聞いてられないぜすからな、ゆっくりたっぷり時間をかけて、極楽浄土に送ってあげましょう。そういう結末もありですぜ」
 そして詠唱が始まる。素人の俺には、窓香が何を言っているのかはわからない。宗派も不明だ。だが効果があるのはわかる。何故なら社が、少しずつ崩れていくからだ。それはまるで、長い年月をかけて吸収した魂が、吐き出されていくかのようであった。
 そして、夜明けと共に社は完全に崩れ落ちた。弱い風が吹くと、木屑が塵に変わって空高く舞い、雲に溶けていく。すると、虫の音や鳥の声が聞こえるようになった。

「これで、終わりましたぜ。もう喉がカラカラです…」
 俺たちは森を出て、まず近くのコンビニで朝食と飲み物を買った。そして車の中で、何が起きたのかを整理した。
「氷威さんが目にしたのは、声の霊で間違いないですな」
「でも、あの幽霊が他人の声を語るなんて思ってもみなかった」
「それこそ、死者の無念の声ですぜ。死人に口なし。悲しいことに、生け贄にされた人の言い分に誰も耳を傾けない。その死がどうしても受け入れられず、その邪念が生者を巻き込もうとするんですぜ」
 ここで一つ、疑問をぶつけてみた。
「あの社の扉を開けてたら、俺はどうなっていたんだ?」
「きっと、死んでましたぜ。だから私は文字通り体を張って、氷威さんを止めたんですぜ? 体当たりで突き飛ばして…」
「あれは、窓香だったのか」
 俺の愚行を止めようとしたのは、幽霊ではなく本物の窓香だった。寧ろ逆で、開けさせようと俺に話しかけていたのが声の霊だった。
「そうそう、コレ」
 俺はポケットから、千切れた数珠を出した。
「ありゃ、切れちまいましたかい?」
「声の霊が俺に語り掛けていた最中に、突然」
「それは、本当に危なかったですぜ…」
「そうなのか?」
「この数珠は、持ち主の命の危機を察知すると、切れるように念を込めてあるんですぜ。そして切れたら、霊的な力が持ち主を一時的に守るようになっている。ホテルの時に返してもらわなくて、正解でしたな」
 それを聞くと、少しゾッとする。もし数珠がホテルの時に切れていたら、もし窓香に返していたら、もし持って来てなかったら…。その先を想像するのは難しいことではないが、あまり考えたくもないことだ。
「じゃあさ、あの山はこれからどうなるんだ?」
「どうなりますかねえ…。私が声の霊を鎮めましたが、新しい霊が流れ着いて縄張りにするかもしれませんぜ。それとも他の霊能力者が話を聞きつけて、結界を設けるかもですな」
「他って、窓香の他にも本物の霊能力者がいるってことか?」
 窓香は、首を縦に振った。
「それには、大神岬って人は含まれてる?」
「はて…? そんな人は聞いたことがありませんぜ」
 窓香は兵庫の人物。流石に、沖縄出身の岬のことを知っているはずがなかった。
「でも、調べてみることは可能ですぜ」
「どうやって? 岬はツイッターもフェイスブックもやってないんだぞ?」
 すると窓香、カバンから電話帳のようなものを取り出す。
「ジャジャジャジャーン! 霊能力者ネットワーク!」
「………はい?」
 聞く話によれば、日本中の霊能力者の情報が記載されているらしい。俺にとっては喉から手が出るほど、羨ましい一品だ。
「それ、くれよ!」
「無理ですぜ! 関係者以外には見せられませんし、情報も漏らせない決まりなんです!」
 と言うことは、岬のことを調べてもらっても、教えることができないということだ。俺はガッカリしたが、
「そう、気を落とさないことですぜ! この旅を続けて行けばきっと会えますよ! それが氷威さんの旅ぜしょう?」
 それもそうか。ここで窓香の力を頼って岬に会っても、面白くはない。再会できるかどうか、その答えを求めながら旅を続けるのも、一興だな。
 俺は窓香を家の近くで降ろすと、自分の泊まるホテルに戻った。窓香からもらった数珠は、千切れたままだった。
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