その七 ビデオカメラが捉えたもの

文字数 5,915文字

 今日の待ち合わせ場所は公園だ。そこから近くの喫茶店に行く。相手は予定よりも早く来ていた。
「あれが原爆ドームなのか、初めて見るよ。俺の地元も、ひめゆりの塔ってのがあってね…」
 その辺の云々の話はここでは割愛しよう。
「初めまして、熊谷(くまがい)良子(りょうこ)だ。今日はよろしく」
 あまり女性っぽい話し方ではない女子大生。頭は良いらしいが。
 良子は手に、ビデオカメラを持っている。
「それは、取材を撮影するため?」
「いいや。これから話すことに関連するから持って来た」
 ネットでやり取りした時に、映像がどうのこうのって言っていたな。それを見せてくれるとは、ありがたい。
「じゃあ話そう。私が高一の時の話だ」
 良子は話を始めた。

「町外れに心霊スポットがあるんだって!」
 当時同じ班だった遠藤(えんどう)美波(みなみ)が言った。遠藤はお世辞にも頭が良いとは言えない子だ。親は大学教授らしいが、教育は厳しくないらしい。夏休みは赤点補習で決まりだ。
「幽霊? いるわけねえだろそんなもの!」
 そう返したのは小野寺(おのでら)翔気(しょうき)。コイツも、両親が医者、姉が現役の医学部生とは思えない程バカで、今回の試験はカンニングで乗り切ったようだ。
「何だよ小野寺、ノリが悪いじゃないか。もしかして怖いの?」
 植木(うえき)試錐(しすい)が言った。植木は遠藤や小野寺とは違い、勉強はある程度できるタイプである。きっと銀行員の親がちゃんと勉強を見ているのだろう。
「何だと植木! 俺を馬鹿にしてんのかよ!」
 放っておくと、勉強だの成績だのといつまでももめる。
「まあ待て」
 私は二人を止めた。
「小野寺が馬鹿なのは確かだが、植木も威張れるほど好成績じゃないだろ」
 こう言うと、大抵二人は止まる。
 止まったところで遠藤が、
「行ってみようよ良子。お化けが出るかもしれないんだよ?」
 私としては、遠藤の話に乗ってみるのも悪くないと思った。だが小野寺と植木は、
「お化けが幽霊がって、子供かよ? 俺はそんなモノ、絶対に信じねえよ」
「僕も流石に。心霊スポットって、行って良かったって話は聞かないな…。別に怖いわけじゃないけど」
 怖いくらいに消極的だった。
「二人とも口だけだな。小野寺は存在しない、植木は怖くない。ここで叫んでても、説得力の欠片もない」
 あえて挑発した。すると、
「何だと熊谷! よーし見てろ、俺に泣きついても知らねえぞ!」
「本当に怖くないさ。場所がどこでもね!」
 と言う。小野寺も植木も、扱いに慣れればなんてことはない。
「じゃあさ、終業式始まる前に予定建てようよ。私多分赤点だから、夏休み中のこの日は駄目で…」
 遠藤が手帳を開く。
「俺もその週は補習だぜ」
「僕はいつでもいいけど?」
「私は早い方がいいな。面倒な用事は休みの前半に済ませたい」
 ということで、心霊スポットに行くのは七月下旬となった。

 集合場所は、学校最寄りの駅。それぞれ高校生になって知り合ったから、それが一番早かった。
 私は夜九時に着いて、一番乗りだった。その後遠藤がすぐやってきた。
「後は小野寺君と植木君だね。待とうか」
 しばらく二人で待った。
 目の前に車が一台止まった。そこから植木が降りてきた。
「本当なら時間通り間に合うはずだったんだけど、交通事故で道路が通行止めになっててさ…」
 と謝ることよりも言い訳が先だった。
「後は小野寺だけか…」
 私が言うと後ろから、
「俺ならもういるぜ?」
 と声がした。振り返ると小野寺がいた。
「お前たち、遅すぎだぜ。もう何時間待ったか…」
 私が一番だったので、小野寺は遅刻で間違いない。遅れてきたのを誤魔化してきた。
「みんな揃ったなら、行こう!」
 遠藤が歩み出そうとした時、私が止めた。
「ビデオカメラを持って来た。これで撮影してみよう。写真も撮れるから、撮るぞ。並べよ。」
 小野寺、遠藤、植木の順に並ばせ、写真を撮った。
「それでいいか? じゃあ、早く行こうぜ!」
 小野寺が急かした。やけにはしゃいでるなコイツ。
「そんなに急いで。後で泣いても知らないよ? ま、僕は全然怖くないけどね!」
 そういう植木は、少し震えている。強がってる証拠だ。でも先陣を切ろうとする。
「しゅっぱーつ!」
 遠藤はいつも通りだ。緊張感が全く感じられない。目的地は遠藤しか知らない都合上、もっとしっかりしてもらわないととても不安なのだが。
 これから心霊スポットに向かう一行とは思えない。でもそれぐらいで十分だ。変に怯えていてもことが進まないから。

 歩いて四十分。目的地に着いた。懐中電灯で照らしてみる。外見はいかにも森の中の廃墟って感じ。
 ここから私はビデオカメラの電源を入れた。以降この廃墟を出るまで、全て録画してある。
「入っても…大丈夫だよね?」
 植木が言った。普通に考えたら不法侵入…。
「いいだろ、誰も怒りやしねえよ」
 小野寺がそう言うと、みんなで入った。
 当たり前だが廃墟は、掃除は何もされていない。酷い臭いがした。
「鼻が曲がりそう! マスク持って来ればよかった…」
 遠藤が鼻をつまみながら言った。他のみんなは無言で耐えていた。
 奥に進むと、突き当りに階段があった。
「二階に上がれるみたいだぞ」
 私は上を撮影しながら言った。
「何があるのかなー?」
 遠藤がまず上っていく。その後に続く。
 二階にはいくつか部屋があった。一番近くの扉を開けて中に入った。ベッドのようなオブジェがあった。その近くにはハサミが散乱している。
「いかにも訳ありって感じだね…。ハサミを使って、ここで何をしていたんだろう?」
 植木が呟く。
「人でも殺したんじゃねえの?」
 小野寺が答える。植木はブルブル震えていた。それを見て私は笑っていた。
 その部屋から出て、隣の部屋に入った。その部屋もさっきと同じ様子だった。散乱していたのはハサミではなく針金だったが。
 私は遠藤に聞いた。
「美波、ここの情報は何かないのか?」
「えっとー。三十年前から使われなくなったって、ネットに書かれてたよ!」
 遠藤に質問した私がバカだった。私は自分の携帯を取り出した。
「ん?」
 電波がない。圏外だった。
「熊谷さんもかい? 僕もだよ。」
 植木が携帯の画面を私に見せた。私と同じで、アンテナのアイコンが一本も立っていない。
「まさか、よく幽霊が出ると電波が悪くなると言うが…」
「ほ、本当にそうなら今すぐ出てきてもらいたいぐらいだね!」
 どこまでも強がることを忘れない植木。
「呼んだぁ?」
 小野寺が懐中電灯で、顔を下から照らしながら近づいて来た。
「うっわ!」
 驚いた植木は転んだ。
「こんなところで悪ふざけか。小野寺も子供だな」
「そういうお前は驚かないなんて、何て大人げない…」
 まだ階段が続いていたので、三階に行ってみることにした。が、
「そういや、地下室に続く階段もあったな。行ってみねえか?」
 小野寺が止めた。
「僕はどっちでもいいよ。遠藤さんと熊谷さんはどう?」
「なら先に地下、行ってみようよ。ねえ、良子?」
 植木がどっちでも良くて、遠藤が行きたいと言うなら断る気にはならなかった。
「じゃあ降りるか」
 私たちは階段を下りて、地下に行った。
 階段が終わると、同時に地下室への入り口があった。錆びついているのか、ドアノブが回らない。
「開かないね」
 遠藤が言った瞬間、
「そおれ!」
 小野寺と植木が扉に体当たりをした。扉はドンっと音を立てて開いた。そしてみんなで、地下室に入った。いや、入れなかった。
「何だこりゃ? こんなに水が溜まってやがる…」
 小野寺が最初に気が付いた。地下室の扉は、床より二十センチほど高い。だから階段からではわからなかった。地下室は懐中電灯で照らしても濁っていて何も見えない程汚い水でいっぱいだった。
「これは、元からプールだったとか?」
 植木が言った。
「じゃあ、死体洗いのアルバイトでもしてたのかな?」
 遠藤が唐突なことを言った。
「そんなはず、ねえ! もっと見てみようぜ」
 小野寺は探索する気だが、直後に植木が言った一言が、そうはさせなかった。
「あの都市伝説って、ホルマリンでプール作るんだよな?」
 ホルマリン!
「毒物じゃないか!」
 私は叫んだ。同時に後ろに下がった、いや、地下室から逃げた。
「おい、待てよ!」
「良子!」
「ぼ、僕も逃げる…」
 みんな私に続いて逃げてきた。
気が付くと、廃墟の外にいた。再び入る気にはなれず、そのまま帰ることになった。

「良子さん、それじゃあただの廃墟探検記だよ…」
 怪談要素は一切なし。これで金を払うのは詐欺だ。そう思ったが、
「じゃあこれを見てくれ」
 ビデオカメラの録画映像を見せてくれた。
「えっと、おかしくないかい?」
 良子が話した内容が作り話なのか、それとも映像が間違っているのか…。
「一番怖いのは、そこなんだよ…」
 良子は話を続けた。

 心霊スポットに行った次の日のことだ。三人にメールが来た。送り主は小野寺で、内容は、昨日行けなくてすまなかったという謝罪。
 私はすぐに、一緒にいたじゃないかと返信した。でも小野寺は行ってないと主張する。
 幸いその日は私も小野寺も用事はなく、公園近くの喫茶店で落ち合うことになった。
「行けてるわけねえだろ! 昨日は交通事故で急患が入って、父さんも母さんも大変だったんだ。俺も姉貴も手伝わされたんだから!」
 小野寺の言う通り、交通事故はあった。朝刊にも載っていた。
「だがお前は、一緒にいただろ?」
「だから昨日の夜はずっと、家の病院にいたんだよ!」
 私は小野寺が嘘を言っているとしか思えなかった。だがその時に小野寺の姉に電話をしてもらい、確認が取れた。小野寺は確かに、昨日の夜は病院にいたのだ。
「じ、じ、じゃあ、このビデオカメラに写っているのは…?」
 私と小野寺はビデオカメラの録画映像を確認した。
 最初は写真撮影機能で、一枚撮った。
「遠藤と植木のツーショットか」
 何も知らない小野寺はそう言った。だがその写真、遠藤の横に小野寺が写っているはずなのだが…。
 次に映像を見た。
「何もねえところを写すなよ」
 小野寺は言う。
「変だ…。私は懐中電灯で照らした後に電源を入れたはず…」
「熊谷の勘違いじゃないのか?」
 いや確かそうだったはずだ…。
 映像に戻る。
「入っても…大丈夫だよね?」
「鼻が曲がりそう! マスク持って来ればよかった…」
「二階に上がれるみたいだぞ」
「何があるのかなー?」
 私、遠藤、植木の声は録音されているのに、小野寺の発言は一つもなかった。途中遠藤や植木を映した。それはあっても、小野寺は映像のどこにも映ってない。
「やっぱり三人で行ったんじゃねえか。これの何処に俺がいるって?」
「…」
 私は、言い返せなかったから無言だったわけではない。小野寺が一緒にいなかったら、じゃあ、あそこにいたのは? そう考えると口を動かせなかった。
「おいちょっと待て」
 小野寺が映像を止めた。
「植木のヤツ、間違ってるぜ」
「…何がだ?」
「これはハサミじゃねえ。ペアンだ」
「ペアン?」
 小野寺が言った言葉の意味がわからず、聞き返した。
「ドラマとかでよく見ねえか、手術のシーンに。止血するために使うんだ」
 そういえば、小野寺の家系は医者。なら小野寺がペアンを知っていてもおかしくない。
 だが昨日の小野寺の発言は、それを考えるとおかしい。
「人でも殺したんじゃねえの?」
 もし本物の小野寺が現場に居合わせたのなら、そんな事は言わないでここは手術室だ、と言うはずだ。あのセリフは、あり得ない。
「もう、止めよう」
 私は映像を止めようとした。だが小野寺は見続けた。
「これも針金じゃねえ。カテーテルだな」
 色々と突っ込みながら映像を見る。
「おや?」
 映像を止めたのは、遠藤の発言の後。
「ど、どうした?」
 私は何か映っていたから止めたと思ったが、違うようだ。
「三十年前に使わなくなった…。もしかして、大内病棟じゃねえのか?」
 なんと小野寺は、噂程度ではあるものの、この廃墟のことを知っていた。
「家に帰ってから確認してみっけど、絶対そうだぜ。だとしたら、あの病棟は二階建てだったはずだな」
 映像を再生した。
「地下室に行ったのか!」
 小野寺は驚いた。
「地下室も存在しないって言いたいのか?」
 聞き返した。すると、
「これが大内病棟なら、地下室はヤバいぜ。癌の末期患者を使って、非合法な人体実験を地下でやってたって話だけは聞いたからな」
 この後の会話は、記憶にない。少なくともこの日、本物の小野寺は一緒にいなかったことだけはわかった。

「そして夏休みが明ける前に、本当に大内病棟だったことが小野寺の両親が実際に行ってみてわかった」
 良子は話をそれで締めくくった。
「でもわからないことが一つある。もし小野寺が偽物だったというのなら、その偽物は、何がしたかったんだ?」
 俺は、良子の話を聞いてある程度理解し、ある推測を立ててみた。
「もしかしてだけど、良子さんたちに探してもらいたいものがあったんじゃないかな?」
「と言うと?」
 クエスチョンマークを頭の上に出した良子に、自分の推理を聞かせた。
「小野寺の偽物は、地下室に行こうって言ってるよね。だとするならば行きたかったのは地下室で、そこに何かあったなら…。水浸しの地下室で人体実験が行われていたのなら、それはその時に無残にも使用された自分の本当の体なのかもしれない」
 良子の言う偽の小野寺の言動も、この考えが正しければ説明がつく。
 急かしたのは、早くしてほしいから。
 一度も名前で呼ばなかったのは、本当は偽物で、みんなの名前も知らないから。
 プールじゃないと否定したのは、本当は何の場所か知っているから。
 逃げる時に待てと言ったのは、あともう少しで目的を果たせるから。
「でもこの廃墟、私たちに存在しない三階に行かせようとしてるんだぞ? そこに行ったら死んでいたかもしれないんだ」
 良子の最後の疑問に俺が答える。
「でも偽物が呼び止めてるよね? 廃墟は君たちをあの世へ連れて行こうとしたのかもしれないけど、小野寺の偽物の意見は違ったんだ」
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