その三十五 旧校舎の七不思議

文字数 9,770文字

「七人、いる…!」
 怪談話が好きな人間に対し、七不思議というのは魅力的なフレーズに聞こえるかもしれない。だが、実際にはそうではない。少なくとも俺は、幽霊は信じているが学校の七不思議は全く信じていない。
 考えてみると、おかしいと思わないだろうか? 音楽室は全国の学校にあるが、そこに飾られているベートーヴェンの肖像画が毎夜動く。そんな隣の学校にもありそうな話が現実に起きるなんて、無理があるだろう。トイレの花子さんだが、一番信じていない。右から三番目の真ん中のトイレ? 俺が通っていた学校の女子トイレには、そもそも個室は三つしかなかったらしいぞ? これでは真ん中じゃなくて端っこである。あと、二宮金次郎の像はいくら粘っても瞬き一つもしてくれなかった。
 そんな俺の固定概念を是非とも破壊してくれるっていう人物に会いに来たわけだが、どういうわけか七人もいるのだ。
「一人が代表して、話してくれるとありがたいんだけど…」
 この問いかけに、全員首を横に振る。曰く、それぞれが体験したありのままの経験を語りたいと。そして依頼料は七倍もらうと…。
 ただ、七人それぞれの話は全部、旧校舎で起きた話であるらしい。だから全く関係のない話ではないので、ここで一つにまとめようと思う。
「では、始めてくれ」
 そう言うと、最初の人が語り出した。

『飼育小屋の鶏』
 旧校舎には、校庭の隅に鶏小屋がありました。私は飼育委員会に所属していたので、仲間たちが交代でその小屋を掃除していました。
「おや、産んでいる……」
 たまに、鶏が卵を産んでくれるんです。ですが小屋には雌しかいなので、温めても絶対に孵りません。この卵は発見した飼育員がもらえる決まりになっていたのですが、私は卵料理が苦手なので、朝見かけても見て見ぬふりをしました。
 放課後のことです。六年生の先輩がその卵を発見します。
「ラッキー! 俺がもらうぜ!」
 この人、お世辞にも善人とは言い難いのです。まあ小学生なら多少やんちゃでも仕方ないとは思いますけど。その人に卵が渡るのも嫌だった私は、
「あ、あの。それ朝私が見つけたんですけど……」
 と言い、朝だから回収できなかったということにしました。が、返事の代わりにパンチが返ってきました。
「うるせえな! これはもう俺のモンだ、文句あっか?」
 逆らえなかったので私は黙りました。
 ですが、先輩からすれば私に渡していれば良かったのに。卵もその方が幸せだったと思います。
 なんとこの先輩、鶏に向かって、
「飛べないくせに態度がデカいんだよ!」
 と叫んで卵を投げつけたのです。可哀そうなことに鶏は、酷く汚れてしまいました。私は一生懸命体を洗ってあげましたが、それでも不思議なことに黄ばみが落ちないのです。そしてそれ以降、鶏たちはその先輩を見ると大きな声で鳴いたり、うるさく羽ばたいたりするようになったのです。
 その年の夏のことです。校庭では夏休みの終わりに、祭りが開催されます。休み中でも当番の委員は学校に行かないといけません。その日は私が当番だったのですが、祭りの際に行けばいいと思って午前中には行きませんでした。
 いよいよ盆踊りが始まろうとした頃、私は任務を思い出して飼育小屋に行きました。
「六、七、八……。みんないるよね? あれ、九羽目…?」
 何度確かめても、羽数は変わりません。ですが違和感があるのです。その正体は、他の鶏からつつかれている黒い鶏でした。。恐る恐るそれに近づくと、それは鶏ではありません。
 人の、生首でした。
「きゃーっ!」
 私はびっくりして、職員室に駆け込みました。事情を先生に説明すると、先生たちと一緒に飼育小屋に向かいます。
「おい、ない……ぞ?」
 ですが、その生首はそこには既にありません。しかし、生臭い血は飼育小屋を真っ赤に染めていました。
 その後わかったことなのですが、あの先輩の遺体が校庭の隅っこで発見されたのです。夏休み中ずっとそこに放置されていたのでしょうか、虫やネズミに食い荒らされたそれは見るに堪えなかったらしいです。そして、胴体と首が繋がっていなかったのです。
 私は、鶏の祟りだと思います。鶏たちは私たちのために卵を産んでくれています。それを乱暴に扱ってはいけないのです。飼育小屋の鶏はいつでも見ていて、そして粗暴な輩を呪い殺すのです。
 そういう噂が流れると、誰も鶏や卵を乱暴に扱わなくなるのです。すると鶏たちも張り切って多くの卵を産み落とすのです。まるで、感謝していると言わんばかりに。

『プールサイド』
 旧校舎には、プールは元々なかった。でもそれでは泳法を教育できない。だから僕が入学する前に、校庭を一部潰して建てられた。オーソドックスな二十五メートルプールだ。
 僕は入学した後頻繁に、プールを覗きに行った。というのも幼稚園児の頃から泳ぐことは好きだし、早くプールで泳ぎたいと思っていたから。でも春のプールは水が緑色で、とてもじゃないがそこに浸かりたいとは思えない。
 ある日の放課後、僕はプールを見に行った。高学年の先輩たちはプール清掃をしていて、その様子を見ていた。そこで聞いた話がある。
「墓場を潰して校庭にしたらしく、その上に建てられたプールも呪われている。そうしてまでプールを設置しようと言った教員もまた、狂っている」
 当時は馬鹿馬鹿しいなと思って聞き流していた。
 だけど思い知らされる日が来る。僕が六年生になったある授業の時。本当は体育の時間のはずなんだけど、水泳のためにプールを掃除することになった。
 そこで、トラブルが発生したようだ。内容は、ある先生と連絡が取れなくなったというもの。その先生はもうご老人で、少人数教室しか受け持っていないぐらいの老いぼれ。
「そんなの無視して掃除始めればいいのに…」
 だが、そういうわけにもいかないらしい。聞く話によると、プールの水量を調節するバルブの鍵はその先生しか持っていないとのこと。
 僕たちはプールサイドで待ちぼうけ。体育座りをしながら緑色のプールを見ていた。
「んん?」
 その時、何かがプールの中で動いた気がした。僕は立ち上がってモップでプールの中をかき分けた。でも、手応えはない。
 でも、確かに何かが僕の足を掴んでプールの中に引きずり込んだのだ。
「ううぇあ?」
 僕は緑色の水の中に落ちた。とても気色の悪い水だ。すぐに上がろうとした、まさにその時。何かが僕の肩を掴んだ。
「大丈夫か!」
 先生にその何かごと、僕の体をプールサイドに引き上げてもらった。すると、
「うおおおお!」
 それは、行方不明になっていたあのご老人の先生の死体だった。どういう経緯かは知らないけど、その先生はこのプールで死んでいたのだ。
 ここで僕は一年生の時に聞いたことを思い出し、呟いた。
「プールは呪われている…」
 墓地だった場所を荒らして、校庭を作って、さらにプールまで建てた罰だろうか? プールサイドで待機していた同級生たちは、みんな恐怖した。
 掃除どころかプールの使用も中止になって、僕らは近くの中学校のプールを借りた。
 今でもプールサイドに立つと、このことを嫌でも思い出す。水は幽霊を呼びやすいと聞く。プールサイドは決して安全な場所とは言えないのだ。

『剥製』
 旧校舎には、変わった部屋があった。名前は剥製室。そのまんまの読み方だが、とても不気味な部屋だ。
 俺は一度だけ、その部屋に入ったことがある。先生が鍵を落っことして、それを使ったんだ。
「うげー…」
 入って早々に、後悔した。狸やら狐やら、野生動物の剥製がそこにずらりと並んでいる。今にも動き出しそうなぐらいのリアルさだった。
「何でこんな教室があるんだ?」
 別に理科の授業で使うわけでもない。にもかかわらず、誰もそこの存在意義に異を唱えない。
 奥に進むと、机の上にネズミが飼育されていた。大きめのネズミで、餌を食べていた。
「誰だ?」
 俺はビックリした。この教室に誰かがいるのだ。
「何だ、生徒か。泥棒かと思ったぞ?」
 年老いた先生が、入り口から見えない椅子に座っていたのだ。
「先生、この教室は何のためにあるんですか?」
「それは、ワシの夢を叶えるためだ」
 曰く、本当は生物学者になりたかったそうな。でもなれずに教師になった。しかし夢を捨てることもできずに、野生動物の死骸を入手してはここで剥製を作っているらしい。
「でも、ワシの野望は叶えられんのだよ……」
 残念そうに言うが、俺からすればどうでもいいことだ。正直、学校で剥製を作るなんて、狂った教師だと思った。適当に聞き流すと、間違えて入ったと誤魔化して教室を出た。
 事件はその後に起きる。俺はその日、居残りをしていた。テストの成績が致命的に悪かったし、宿題もサボっていたから当たり前だ。ご丁寧なことに担任は俺の親に電話し、遅くなることを伝えて、許可ももらっていた。
 でも、勉強嫌いな俺はジッとしてられない。自分の教室を抜け出して校舎内に逃げた。
(普通の場所だとすぐバレるしな…)
 そう思って選んだのは、剥製室。普段は鍵が閉まっているが、この日は何故か開いていた。ノックをしてから俺は入った。そして前に入った時と様子が違うことに気がついた。
「おかしいな…? 前はいっぱい剥製があったのに」
 数が随分と減っているのだ。そこには狸も狐もない。ただ、大きめのネズミの剥製が机の上に置いてあった。
(あの先生は?)
 年老いた先生は、どういうわけかこの教室にいない。代わりにあったのはなんと、
「うぎゃああおっ!」
 人間の子供の剥製だった。俺は腰を抜かして、床に転げ落ちた。
 リアルとか、そういう次元の問題じゃない。まるでついこの間死んだ子の死体を引き取って、それを剥製にしたような感じ。剥製はただでさえ不気味なのに、人間のものとなると恐怖しないわけがない。
 俺は床を這ったまま教室に戻って担任にそのことを伝えた。担任は大急ぎで剥製室に行ったが、それらしいものはなかったと言う。
 俺も見間違いだったと思いたい。だが、噂で聞いたのだが、
「死んだ子供を剥製にした教員がいるらしい」
 あの先生の野望、それは人間の剥製の制作だったのだろう。そしてちょうどいい遺体が手に入ったから剥製を作った。そうとしか俺には思えないのだ。

『夏祭り』
 旧校舎では、校庭で夏の終わりに夏祭りが開催される。私は祭り好きなので毎年行って、お店で散財した。
「ねえ知ってる?」
 私の友達が話を始める。
「新学期って、児童が死にやすいんだって…」
「何で?」
 理由は、夏休みが終わって憂鬱だから…って、馬鹿みたい! 私は信じなかった。
「そんなことより祭りを楽しもうよ!」
 私は一人でも満喫するつもりだ。だから友達とはぐれて校庭中を駆け巡った。ラムネを買って飲んで、焼きそばを食べたのを覚えている。
 そんな祭り好きの私だけど、その年の祭り以降は足を運んでいない。理由は、もう楽しめないから。
 私は、見てしまったのだ。
 それは、見た目は普通の人だ。実際に話をしてみても、日本語が通じて意思疎通が図れる。
「おいお前、何か買ってくれよ?」
 生意気なことにその人は、私にたかるのだ。無視してもしつこく、乞食のように食い下がる。
「いいじゃないか。俺は金持ってないんだし」
「でも、私は自分で使う分しか持ってないよ…」
「いいんだよ。それを俺に使え!」
 もう何を言っても引き下がらないつもりのようで、仕方なく私は一番安いものを一つだけ買うと言った。お餅が一番安かったので買い与えると、
「美味い美味い! これならいい卵ができそうだ」
 と、意味のわからないことを言う。
「もう気が済んだ?」
「ああ。お礼にいいものを見せてやろう」
 腕を掴まれ強引に連れ出された。校庭の端っこの、薄暗い木の影。
「何があるの?」
「面白いぞ、これは!」
 待っていると、誰かが来た。八人くらいだろうか? 内一人は無理矢理ここに連れて来られた様子だ。
「これからコイツを殺す。コイツは人間の癖に、人の心を持っていない! 祭りだ祭り、血祭り!」
 誰かがそう言うと、一斉にその一人をリンチし始めたのだ。
「や、やめようよ…!」
 私は止めに入ったが、隣にいたはずの彼の顔がみるみるうちに鶏の頭に変わっていくのだ。
「コケーコッ!」
 もう言葉は通じない。その鶏人間もリンチに加わる。
「ひ、ひええ……」
 やがて、八人の顔が全部鶏のように見えた。リンチされている一人は男の子のままだ。
 もう見ていられず、私は逃げた。そして友達を連れてその場に戻ると、誰もいなかった。
 ただ、その祭りが終わった後、そこで男子児童の遺体が発見された。
 祭りの時に見た鶏人間と、男子児童の死。この二つが私には無関係に思えなくて、祭りの度に誰かが死んでいると考えてしまう。そうすると、今年も祭りにはいけそうにない。

『校庭は元々墓場』
 旧校舎は、墓場の上に建っている。
 これはよくある都市伝説だね。僕は最初は信じてなかったけど、でも信じざるを得ないことが起こって、それで仕方なく。
 それは夏のことだ。今もやっているかどうかは知らないけれど、僕が小学生だった時は、学校に泊まろうというイベントがあったんだ。僕は面倒なことはできるだけ避けたかったんだけど、最後の年になったら友達に誘われて参加することにしたんだ。
 一班六人で、完全にランダム。だから友達とははぐれてしまった。そんなんで暴露大会とかしても、いまいち盛り上がらない。だからなのか、同じ班の人が、
「肝試しをしようぜ!」
 と言い出したのを覚えている。
「いいか? 校庭は墓場を潰して作ったんだ。今も供養されない霊魂が、夜になると動き出す! この学校は呪われてるんだ!」
 そういう話で盛り上げると、何と昼間の内に校庭の端に、ビー玉を置いてきたって言い出した。きっと、最初から肝試しをする気満々だったんだろうね。
「順番を決めるぞ! 文句なしのジャンケンだ!」
 そして、僕も運が悪い。最初に負けた僕から肝試しがスタート。
「遊具の近くに、墓標みたいなのがあるだろう? そこに六つビー玉が置いてある。それを取って来い!」
 言われた通りに僕は寝室として使っている教室を抜け出して、昇降口で靴を履き替えて校庭に出た。けど…。
「え、何だこれ?」
 そこは校庭じゃなかったんだ。墓石や卒塔婆なんかもあって、しかも線香の煙も漂っていて全体像が見にくい。完全に墓場に変わっているんだ。
「おかしいな……? 窓から見た時は普通の景色だったはずだけど…?」
 でも、ここで教室に逃げ戻ると、チキンって笑われそうなんだ。だから僕は墓場を歩いて抜けることにした。
「うう、ううううう……」
 謎のうめき声が響く墓地は、地獄のようだった。夜の風が吹くと、背筋が凍りそうだ。足元を何かが通り過ぎた。後ろに誰かがいるのか、耳元で生暖かい息のような風も吹く。
 僕は全身を汗まみれにしながら、何とか校庭の隅にある墓標にたどり着いた。そこのビー玉を取ると、
「アアアア…」
 という低い声が耳元で響いた。僕はそれに耐え切れなくて、走って教室まで戻ったんだ。
 でも、同じ班の仲間にはとても言い出せない。言っても信じてはくれないと思ったからね。だからその夜は誰にも言わなかった。そして他の班員がビー玉を取ってくるのを待った。
 次の朝、信じられないことが起きる。教室中を探しても、肝試しを提案した児童がどこにもいないんだ。姿が見えないのではなく、布団も荷物もない。もちろん昨日取りに行ったビー玉も。あたかも最初から、ここは五人部屋でしたって感じなんだよ。慌てて先生に言いに行ったんだけど、
「お前らの部屋は、人数が足りなくて五人部屋だぞ?」
 と言われたんだ。それでみんなで昨日のことを話し合ったら、全員が、
「校庭が墓場になっていた。でも誰も信じてくれないと思って言い出せなかった」
 って、言うんだ。僕だけなら夢でも見ていたって言えるけど、僕以外も同じ体験をしたとなれば、これは信じないわけにはいかないよね…。

『狂師』
 旧校舎で聞いた噂なんだけど。何でも狂った先生がいるんだって。その先生の趣味は、死体集め。
「なるほど、確かに変わっているわね」
 友達が話していたけどさ、本気にすると思う? 
「でも、先生としての能力は本物らしいよ? だってあのプールを建ててくれたんだもん!」
「でも、プールはプールで校庭を狭くしてるじゃない?」
 私は完全に否定的で、だから聞く耳も持とうとしなかったわ。
 さて、時は流れて放課後のことよ。私は家に帰っていたのだけれど、宿題を忘れてしまったことに気がついたの。朝一番で学校に行っても、朝の会が始まる前に終えられないぐらいの分量だったから、取りに戻ることにしたわ。
 夜の学校って、随分と不気味なのね。その時初めて知ったわ。職員室は明かりがついていたし、昇降口も開いていたから私は校舎の中に入ったの。でもすぐに、忘れました、と次の日に正直に言えば良かったと思うことになるわ。
「だ、誰?」
 見たことのない先生が、廊下を歩いていたの。しかも子供の体を台車で運びながら。私の声に気がついたのか、こっちを向くと、
「おや? 女子児童の剥製も作ってみたいなあ? 面白そうだなあ?」
 と言って、メスやハサミを取り出して私に近づいたわ。
「ふ、不審者!」
 叫んだけれど、誰も反応してくれない。だから私はその狂った人物から逃げることにしたの。
 私は掃除ロッカーに隠れて、その人物をやり過ごそうとしたわ。
「どこ行った? ワシの剥製の元? 逃がさんぞ?」
 でも、その人物はロッカーの周りをうろついていて、出られそうにない。
(どうしよう…?)
 当時は携帯電話もないから、かなり焦ったわ。誰かが通りかかってくれれば助かるのだけれど、思いとは裏腹に児童も先生も、誰も来ない。
(ん? 静まった…?)
 掃除ロッカーって、通気口のような穴が開いているでしょう? そこからわずかだけど外の様子が確認できて、周りにあの狂人がいないとわかったわ。だからロッカーの中から出たんだけど、直後に、
「捕まえたあ!」
 という声がして、そして私の肩を何者かの手が掴むの。しかもそれは、後ろから。つまり掃除ロッカーの中から、その人物は現れたのね。
「いやっ!」
 私は力と勇気を振り絞って、何とかその手を振り払うと、宿題は諦めて逃げることにしたわ。
 その後にわかったことなのだけれど、その人物は既に故人だったわ。校長室に肖像画が飾られていて、校長曰く、
「私が新米教師の時の校長だったよ。剥製を作るのが大好きな先生だったね」
 とのこと。私はそんな狂人じみた教師の話を聞いたわ。すると校長が剥製室に案内してくれて、そこで確信したわ。
「あの時の不審者……」
 同時に、言葉も失ったの。もし捕まって逃げられなかったら、一体私はどうなってしまったのか。考えるだけで寒気がするわ。

『新学期で死ぬ』
 旧校舎で噂されていた七不思議は、これで最後だと思う。その不思議の内容は、
「新学期に死ぬと、剥製にされてしまう」
 という、とても曖昧なものだ。正直、どうしてそうなるのかは意味がわからなかった。だが、旧校舎には剥製室という、普段誰も入れない謎の部屋があったから、みんな信じていたんだ。
 私が高学年になった時のことだ。夏休みが終わっても教室に来なかった児童がいた。でも授業は普通に始まる。
「ぎゃああああ!」
 教室の誰かが叫んだ。
「どうした、一体?」
 先生がその児童に聞くと、
「い、今、窓の外に……」
 窓を指差してそう言うのだ。私は勝手に席を立って窓を開けて下を見たら、
「い、いる!」
 地面には、血が広がっていた。その中心に、身を投げた児童の死体があった。私の同級生は、なんとなく窓の外を見た瞬間に、身投げした児童と目が合ってしまったのだ。
 自殺した児童は、成績不振に悩んでいたらしい。夏休み中も宿題に身が入らず、全然勉強していなかったとのこと。それで悩んで死ぬことを選んだ。というのが先生たちが話した事件の概要だ。
 だが私は、違うと知っている。それは身を持って体験したからだ。
 屋上へ続く階段を掃除していた時のことだ。パチン、という音がしたのだ。
「何だ?」
 私は気になって上の方に登って確かめた。普通なら閉じているはずの屋上への扉の鍵が開いているのだ。
「これは先生にほうこ……」
 報告に行こうとしたが、できなかった。私が階段の下に目をやると、そこには多くの児童がいるのだ。だが、みんな目が死んでいて、そして一言呟き続けるのだ。
「飛べ、飛べ」
 その中には、自殺した同級生もいた。そして私が驚いていると、その人たちは階段を一段一段登り始めるのだ。
 私は恐怖した。だが逃げ道は、屋上しかない。だから屋上に出た。
 屋上は、もっと地獄だった。児童ではなく先生も混ざっている。生気のない人がごった返しており、通れる道は一本しかないのだ。屋上にいる人たちは動こうとしないが、階段を登って迫ってくる児童らは、私との距離を確実に縮めてくる。
「く、来るなよ!」
 叫んでも無駄。
「飛べ、飛べ、飛べ」
 そう言いながら一歩一歩、前に来る。私は逃げようとしたが、さっき言ったように道は一つしかない。そしてその道の先には、フェンス。
(そういうことか…)
 私は理解した。この道を逃げても、最終的にはフェンスから身を乗り出すだけだ。その結果、死ぬのだ。この人たちは幽霊で、迫ってくることで対象を誘導し、そして私が死ぬのを待っているのだ。
「そういうわけにはいかない!」
 私は胸に手を当て、そして幽霊に向かって突撃した。すると抵抗はなく、体は幽霊を通り抜けて屋上と階段を繋ぐ扉にたどり着けた。そして私が階段に戻ろうとすると耳元で、
「死ぬのが、見たかったのに……」
 という声が聞こえた。私は驚いて扉を勢いよく閉め、その後すぐに先生を呼んだ。だが、先生は鍵が最初から閉まっていることを私に伝えた。
 私はあれ以来、その階段には近づいていない。だが新学期になると必ず、自殺者が出る。新学期で死んだ魂はあそこに行き着き、継ぎの人が来るのを待っているのだ。

「……なるほど、とても興味深い内容だったよ」
 俺は七人に話の対価を渡した。
「その、旧校舎ってことは、今はもうないのかい?」
「そうですね。新校舎が建てられると同時に取り壊しになりました」
 代表して、最初の話の提供者が答えた。
「そうか。となるともう確認はできないってことか…」
 だからと言って、信じないわけではない。俺は、彼ら彼女らの話が本当だと信じるだけだ。
 その七不思議は、俺に新しい風を吹きかけた。今までそういう噂は、全部嘘だと思っていた。でも、違う。実際に体験した七人が俺の目の前にいる。
「氷威さんの学校には、七不思議はなかったんですか?」
「……なかったよ。だから安全だったけど、何もない学校だったね」
 俺はそう答えた。彼女らからすれば何もないことは幸福なことだろう。でも俺は退屈だったんだ。
「他の仲間の話も、いいですか?」
「他にもあるのかい?」
 聞くと、彼女らはどうにも腑に落ちないことがあるらしい。
「あの旧校舎の怪談話が、七つで終わるとは思えないんですよ。もしかしたら、同じような恐怖体験をした人がいるかもしれません。探すのに時間がかかるかもしれませんが、聞いてくれますか?」
「ああ、いいぜ? もし揃ったらいつでも呼んでくれ。メールで伝えてくれてもいい。いつだろうと俺は怪談話を待っている」
 俺はそう言って、彼女らの背中を見送った。
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