その四十四 死の時刻

文字数 5,636文字

「俺の一族は呪われているんだ…」
 開幕からそんな希望のないことを言い出す少年が一人。彼は田中(たなか)(ひさし)
「順を追って説明してくれよ! 起承転結を詳細かつ簡潔に!」
 流石の俺も混乱せざるを得ない。だから一から解説を頼んだ。
「そもそも、先祖がいけなかった! だから…!」
 忠告を無視するぐらいにはヒートアップしてしまう様子。なのでまずは一通り喋らせてスッキリさせよう。
「ふ、ふう…」
 ようやく終わったか。十分はかかったぞ…。
「では、話をまとめよう。まずはどの辺からの出来事が必要なんだ?」
 俺はそういい、久にまた口を動かさせた。

 俺の一族は呪われている。馬鹿馬鹿しいと言う人もいるかもしれないが、そうとしか考えられないのだ。
 まずは先祖のやらかしを教えよう。
 先祖…とは言ってもそんなに昔の出来事じゃない。明治時代くらいの出来事である。当時、俺の先祖は大金持ちで、町を牛耳っていた。
「町民は俺の奴隷みたいなもんだ。馬鹿正直に働いて、俺の金になれ!」
 そんなことを言っていたかどうかは、定かではない。しかし我儘っぷりは本当で、綺麗な女性を見つけては、その人を離婚させて家に入れて、飽きたら追い出す。優秀な子供を見つけたら、自分の養子に無理矢理しようとする。断られたら、二度と筆が持てなくなるレベルでボコボコにさせる。うるさいからと言って、野鳥を勝手に駆除させる。
 この程度で済んでいたわけがないが、正直述べるのが嫌になるくらいなので勘弁してほしい。
 もちろん不満を抱く者も多かった。だが、俺の先祖は町一番の金持ち。逆らったら何をされるかわかったもんじゃない。故に誰も意見ができない。

 だが、そんな傍若無人な日々も終わりを告げる日が来る。
「私は巡礼者なのですが…」
 (よろい)()という人物が、その町を訪れた。彼はこの地方に足を運んだはいいが、当時は事前に予約なんてできっこない。だからその日に泊まる宿を探していた。
「俺が家に泊めてやるよ」
 俺の先祖は、表向きは気前よくそう言った。
「そうですか。それは、助かります」
 本当の目的は、この巡礼者の荷物を調べて金目の物を奪うことだ。
 上手いことを言って風呂に入らせ、荷物を漁った。財布は決して裕福ではなかったが、カバンの中に気になる物が。
「これは……時計か?」
 ただの懐中時計ではない。豪華な装飾が施された、世界に一つしかない品物。先祖はこれを自分のものにしようと企んだ。
「気持ちいい湯でした」
 風呂から上がった鎧戸は、先祖の態度がおかしいことを一瞬で見抜く。
「あんた…。盗ったね?」
「ドキリッ! ま、まさか…」
 鎧戸の目は、真実を見抜いている。だが先祖はとぼけてみせる。
「知らねえよ! それにお前、泊めてもらっていてそんな失礼なことを言うか! 立場をわきまえろ、この貧乏人が!」
 しかし、
「窃盗はよろしくない。聞くにあんた、町の人からの評判が随分と悪いみたいだね。もっと謙虚に生きなさい。正しい道を歩みなさい」
 説教が飛んできたので先祖はキレて、
「うるせえんだよ、この阿呆!」
 灰皿で鎧戸の頭を思いっ切り殴った。頭蓋骨をかち割られた鎧戸は、即死レベルの重傷を負ったはずだが、それでも最後に、
「わ、わたしを……ころすとは。こうかい…するといい……!」
 と、不気味なセリフを残した。

 鎧戸の死は隠ぺいされた。先祖にとってそんなことはどうでも良かったらしく、
「豪華な時計を手に入れたぞ!」
 自慢げに町を歩いて見せびらかす。
「田中さん。この時計、止まってないかね?」
「ああ?」
 町民からの指摘があった。言われてみるとその懐中時計は、ある時刻で時を止めている。
「ゼンマイが切れたか?」
 巻きなおすが、それでも針は動こうとしない。
「壊れてんのか、これ!」
 先祖はキレて、地面に叩きつけようとした。しかし寸前で思い留まって、町の時計屋に修理させた。
 けれども時計は直らない。
「何でだ?」
 理由はわからないが、この時先祖は恐怖を感じた。
 何か、得体の知れない力がこの時計にかけられているように感じたのだ。
「い、いらねえこんなの!」
 無理矢理、すれ違った人のポケットにそれを突っ込んだ。
「これで解決だぜ!」
 そして家に帰り、驚愕する。
「あ、あり得ねえ…! こんなこと!」
 何と、確かに誰かに押し付けた時計が、部屋の机の上に置いてあったのだ。
「お、おい執事! これを捨てて……いや、焼いてこい!」
 先祖はそれを葬ることを決めるのだが、何度やっても上手くいかない。次の日には、家のどこかに転がっている。
「そうだ! あの時の巡礼者! 仲間がいるはずだ! 探せ! 必ず見つけ出せ!」
 この判断はいい。曰く付きの時計、解決策を知っているのは仲間の巡礼者だけだ。だから大金を払って何とかしてもらうのみ。
 だが、現実は非情だ。鎧戸には仲間はいなかった。どうやら極秘の巡礼であったらしく、地元の霊媒師もその存在を知らなかった。

 それから間もなくのことである。
「うっ!」
 ある日、この先祖は死んだ。死因は不明。昨日まで元気だったことは、その日記から把握できる。まるで肉体から魂を取られたかのように、突然死んだのだ。
 その時刻は四時四十四分。不吉な数字が並んでいる。
 先祖の子供は、
「あの時の巡礼者の呪いか? まさか……?」
 しかしそうとしか考えられないのだ。
 懐中時計の時刻も、四時四十四分で止まっている。
「これは……ヤバい。一刻も早く何とかしなくては!」

 けれども成果はでない。霊媒師を尋ねてみても、
「霊的な力は感じないよ」
 としか言われない。
「そんな馬鹿なことはないんだ! この時計は呪われている! それを解いて欲しい! 金はいくらでも払う!」
「あんたは勘違いしているよ。金で解決できないことだってある。霊や恨みが、金銭をもらうと思うかい? もし本当に呪われていると言うなら、あんたの一族は永遠に抜け出せないね」
 先祖のいつもの態度もあってか、こんな時に泣きついても助けようとする人は誰もいなかった。
 ガックリして家に帰ると、彼は、
「時計が示す時刻が、動いている?」
 それに気がついた。つい先日までは四時四十四分だったのに、今は違う時間を記しているのだ。
 そしてこの息子は、突然死亡する。時刻は午後一時十三分。普通の人にとっては何も恐ろしくもないかもしれないが、彼は熱心なキリシタンだった。

 恐ろしいことに、この時計は世代交代すると必ず次の世代の人間のところに転がり込む。
「次は、私か……」
 大正時代になると、田中家は完全に廃れていた。だからこの当時の先祖も、
「呪いは私で終いだ」
 子供さえ儲けなければ、何も問題はないと考える。
 だがそう思っている先祖に対し、アプローチしてくる女性は何故か多い。
「呪いが、言っているんだな。お前で終わらせてたまるか、と……」
 この先祖は、呪いに抗う決意をした。多くの子供たちを儲けたのだ。俺のその時に生まれた子の、子孫である。
「おや? 時間が動いているな? 確か私が初めて見た時は、この時間ではなかった気がするが…まあ、呪われているので勝手に動いても不思議ではない…」
 そして子供たちが独り立ちするようになると、ポックリと死ぬ。時刻は四時九分。死苦を思わせる数字。

 その時の子供に一人、正助(まさすけ)という人物がいた。
「私の元に、父の時計が? 次は私なのか?」
 この時点で正助は既に結婚し、家庭を築いていた。だから死にたくないと思ったのだろう、ここで足掻いてみせた。
 頼ったのは、結構有名な霊能力者だった。
「この時計は、別に呪われてはいないぞ?」
 彼はそう言った。
「でも、私の先祖は次々と不吉な時刻に死んでいるのだ。これは先祖が殺した巡礼者の…」
「呪われていないと言ったのは時計であって、お前じゃない」
「はい…?」
 そう。呪いは田中家にかけられていたのだ。
「この時計は、その呪われた時刻を示しているに過ぎない。所有者が死ぬ、その時間をな」
 時計はそれを教えているだけだったのだ。
「では、我が一族にかけられた呪いをどうにかして欲しい。私が死ねば、次は他の親族が危ないのだ…」
「ほうあんた、自分の死後の心配をしているな? 気に入った。できることはしよう。それで無理でも、私を恨むなよ?」
 霊能力者は、できることをした。
 一週間後のことだ。霊能力者は時計の針を動かすことに成功したのである。
「この時計を肌身離さず身に着けろ。そうしている間だけ、針は止まらず、死の時刻は刻まれない」
 奇跡は起きた。時計の針は正常な時間を教え、そしてこの正助は死の呪いから逃れることができたのである。

 正助の子供は、戦争に駆り出された。この時、
「おい、この時計を持って行け」
 息子にその懐中時計を託したのだ。
「ん? でもこんなもの持って軍隊に入っても…?」
「いいから! 必ず役に立つはずだ!」
 正助は確信していた。
「あの時計は死の時刻を知らせる。身に着けている間だけ、死から逃れられる。なら息子は死なずに戦争から戻って来れる…!」
 手放したことで、自分が死ぬかもしれない。そんな恐怖もあったが、呪いは作動しなかった。
 そして正助の思惑通り、息子は生きて戻ってきた。
「不思議なんだ。作戦に赴いた他の部隊は軒並み玉砕したのに、俺のいる隊だけは無事だった。親父、この時計は一体何なんだ?」
「我が息子よ、実は我々の先祖は………」
 こうして先祖のやらかしは現代まで伝わっている。正助は息子から時計を返してもらうと、
「……まあつまりその時計は、持つ者の死ぬ時間を教える。それが止まった時、多分私がその時刻に死ぬだろう。だが身に着けていれば、止まることはない」
 彼らは、呪われていることには間違いない。だが同時に、
「この時計を持っていれば、どんな不幸も襲い掛かっては来ない」
 と考えていた。

 それは、違う。
 ある日、正助が病院に運ばれた。事故に遭ったのだ。搬送された時既に意識はなく、誰もが命を諦めた。
「いや! 親父は死なせない!」
 息子は、そうではなかった。正助の病室に懐中時計を置き、針が正常に動いていることを確かめると、
「よし、いいぞ! 親父は死なない! 絶対に死なせるもんか!」
 後は回復を待つだけだ。
 だが、いつまで経っても意識が戻らないのである。
「どうしてだ? 時計は動いているのだから、親父の死期が近いわけではないだろう? 何故……」
 そこで気がついたのだ。
「そうか、そういうことか…」
 正助は死なないのではない。時計のせいで死ねないのである。
 呪いは完全に祓われたわけではない。ただ、時計が側にあれば死の呪いが作動しないようになっているだけだ。巡礼者の恨みは、未だに田中家の命を狙っているのだ。
「ごめん、親父…」
 息子は、時計を病室から回収した。そして近くの川に投げ捨てた。
「あれがあっては、親父は楽になれないんだ…。死ぬ時が来たら、死ぬしかないんだ…」
 後日、正助は天に召された。その時刻は六時六分。息子の心は複雑だった。戦争で、自分の命を守ってくれた時計を持たせてくれた親を、自分の手で殺した気分だったのだ。
 そしてさらに数日後、息子の家の戸棚からその時計が見つかる。
「俺も呪われているってわけだな、親父…。いいよ、俺も死ぬ時が来たら潔く死ぬ…」
 そして、彼はその時計を肌身離さず持ち歩くことになる。彼は奥さんや子供に、
「事故に遭ったり病気が見つかったりしたら、遠慮なくこの時計を捨てろ。呪いはもう覆しようがない。だが俺は、死ぬ時が来たら逝く…!」
 と、いつも言い聞かせている。

「そしてよ、これがその時計だぜ」
 久は懐から、懐中時計を取り出した。
「おおおい! お前! まさか!」
 俺は驚いた。だってそれを久が持っているってことは、彼の両親や祖父母はもう……。
「いいや、違う。まだ生きている。持っているのは誰でもいいらしく、意図せず無くすリスクを考えて、毎日家族で当番を決めている。今日は俺だったってわけだ。それに持っていれば、誰も死なないんだぜ? ある意味ではお守りみたいなもんよ」
 彼はそう言いながら、俺にその懐中時計を見せてくれた。
「綺麗だな……。百年以上経っているとはとても思えないぞ? しかもちゃんと動いているし……」
 俺が見ていると、針が止まった。
「あ!」
 俺も久も、声が出た。すぐに久に返すと針は何事もなかったかのように動き出した。
「い、今よお…。四時九分で一瞬、止まらなかったか?」
「み、見えた…。でも動いているぞ…?」
 俺は久と顔を合わせて、そう呟いた。
「ま、まあまあ……。動いているんだし、誰も死にはしねえ! 大丈夫だ、大丈夫!」
 彼はそう言って、その時計をしまった。
「だといいが…」
 俺はと言うと、気になることが一つ。それは、久が俺に時計を貸したその、ほんの一瞬で彼の親族が死亡したのではないかということ。それを心配して久に、家族の安否を確認させたが、どうやら気鬱に終わったようだ。
 数字というものには、魔力があると思う。ホテルやマンションでは、四のつく部屋は設けられないと聞くし、そもそもフロアすら客に提供しない例もあるらしい。
 久の一族がこれからどうなっていくのかはわからない。いつの日か解放されるかもしれないし、いつまでも縛り付けられているのかもしれない。だが、大事なのはそのことに絶望しないで生きることだと思う。そういう意味では、久は大丈夫そうだ。
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