その四十六 もぐりもの

文字数 4,268文字

 今俺の手元にはないのだが、小中高大と卒業している俺は当たり前のように卒業アルバムを持っている。
「それを見れば一発じゃないか? その疑問を解決できるだろ?」
「でもさ……。もし写真がなかったら、僕の頭がおかしいことの証明になってしまうよ。僕が確かめたいのは脳みそがどれぐらいやられているかじゃなくて、彼女の存在なんだ」
 大谷(おおたに)幸輔(ゆきすけ)はそう言う。
「だからそれはその、写ってるっていう写真を見れば……」
 会話は振り出しに戻る。
 彼が明らかにしたいこと。それは、同級生の存在である。
「僕の記憶が間違っているのか、それともみんなの記憶がおかしくなっているのか」
 そのどちらかであるらしい。
「俺は小中高はエスカレーター式だったし、同級生はほとんどと連絡取れるけど……」
 でもそうじゃないのが、彼。
「もう一度初めから話そう。ことの始まりは………」

 僕が小学生の時、その少女は確かにクラスにいた。
 名前を、沖田(おきた)皆子(みなこ)という。特別何かに秀でた子ではなかったが、僕は席が隣だったから、結構印象に残っている。
 当時は普通に接していた。クラスメイトだから昼休みには一緒に外で遊んだし、年末には年賀状を書いて出した。
 僕は一、二年の時と五、六年の時に同じクラスだった。だから間の二年間については詳しくはない。でも廊下を歩いている時や図書室で本を選んでいる時にすれ違ったら挨拶はしていた。
 そして中学は別だったから、交流はここで途切れた。

「……つまりは計四年を一緒に過ごしたはずの同級生がいる、と」
「そのはずなんだ」
 幸輔の話を聞いたら誰でも、ごく一般的な昔の出来事である、と思うだろう。
 だが、
「でも同窓会で十年ぶりに友達に会った時、誰一人として彼女のことを憶えていなかったんだ……」
「一人も?」
 それはあり得ない気がする。
「成人式はどうだ? その時に会った人はいないのかい?」
「………それについてもあまり自信がない…」
「はあ? おいおい、二年前のことを憶えてない、はいくらなんでもないだろ? それはやっぱり頭を疑うぞ?」
「違うんだってば!」
 彼曰く、
「僕の記憶が正しければ、皆子は成人式の会場にいた! でも他のみんなは……」
 いなかった、ではない。そんな人は知らない、と答えたらしい。
「おかしい話なんだよ。確かにいたはずなんだ! 何なら僕は、五年の時の野外活動も、六年の修学旅行も同じ班だった!」
 俺は幸輔の話を聞きながら、ネットで彼女の名前を検索してみた。同名の人物が何人かいるが、年齢が幸輔と一致しないので、違う。卒業したという学校名を検索項目に加えると、一件もヒットしない。
「…やっぱりさ、こういうことは探偵事務所か興信所を頼ろうぜ? 俺の手におえることじゃないよ……」
「そ、そんな……」
 待ち合わせ場所は彼の家の近くだったため、俺は無理を言って彼の家に上がらせてもらった。上手い具合に両親は外室中だった。
「じゃあ、見るよ……」
 彼は自室から卒業アルバムを取り出した。それ以外にも、年賀状のファイルとか、彼自身の写真が収められたアルバムもテーブルの上に置いた。
「………疑惑が生じてからは、初めて見るよ」
 緊張しているのか、幸輔の手は震えている。
「大丈夫だ、何も危ないことはないぜ。寧ろ真実を掴める! 勇気を振り絞れ!」
 俺が背中を押すと、まずは卒業アルバムから開いた。
「えーと、六年五組は……」
 ページをパラパラとめくる。そこには集合写真と個人写真が載っている。
「………あれ?」
 ない。沖田皆子という人物の写真はそこにはなかった。
「おかしい!」
「何が?」
「僕が卒業した時は確かにこの左の端の方に彼女の写真があったんだ! でも、ない! まるで最初から存在していなかったみたいだ……」
 じゃあ、そうなんじゃないのか、そう言うと、
「そんなはずないんだ! 僕は確かに……」
 幸輔はアルバムをさらにめくった。一方の俺は年賀状のファイルを手に取った。
「…………こっちにもないぞ?」
 送り主を一枚一枚確かめたのだが、沖田皆子から送られた年賀状は一枚もない。
「僕の思い違いか?」
 信じられないと言いたげな顔をしている。だが、それ以外に答えが見つからないのだ。
「あり得ない、あり得ない……」
 彼は何度もそう言い、言いながら頭を掻きむしっていた。

 数分待って、幸輔が落ち着きを取り戻したら、俺は彼の家を出た。
「よくわからなかったな……」
 結局、幸輔は何がしたかったのか。それを考えると不思議だ。
「騙すにしちゃあ、意味がないし……。それにあの慌てぶりは、演技じゃない。本物だ…」
 では、やはり沖田皆子という人物は存在していないのか? 幸輔の記憶が作り出した幻想か?
「そこは、ハッキリとさせなくちゃな!」
 別に幸輔に協力したいんじゃない。ただ、俺も確かめたくなっただけだ。
 とりあえず、まずは聞きこみから始めよう。と思ったその矢先。
「すみません」
 声をかけられた。振り向くとそこには女性が一人。
「はい、何でしょう?」
 聞くと、ちょっと話をしたいと言い出す。ので、近くのカフェに向かった。

「すみません、初対面の人にするようなことじゃないんですけど…」
「まあ気にしないで。法を犯さないのなら大丈夫さ。で、話とは?」
「それはですね……」
 そして信じられないセリフが、彼女の口から飛び出すのだ。
「大谷幸輔という人をご存知ですか?」
 何故、この人が彼のことを知っているんだ? ご近所さんなのだろうか? いやそれ以前に、俺が彼と関係のあることをどうしてわかっている?
「ああ、やっぱり知ってるんですね」
 俺の反応から察したのか、女性はそう言った。
「……ああ、知ってるよ。だってさっき会ったばっかりだ」
「会った? あなた、彼に会ったんですか?」
 首を縦に振ると、
「そうですか……。では、事情を全て話す必要がありますね……」
 と言うのだ。何だ、意味わからん……。
「わかるように教えますよ」

 これは、この地方土着の話。それのことを人は、もぐりものと呼んでいる。
「妖怪の一種ですかね。そんな感じの存在、と認識しておいてください」
 もぐりものの起源は知らない。でも何をするかは知っている。
「人を騙して遊ぶんです。でも、ただ騙すわけじゃない。関わった人の記憶を覗き、使えそうなら使うんですよ」

「待って。俺の理解を越えている…」
 俺はストップをかけた。
「じゃあ何だ? 俺が妖怪に一杯食わされたとでも?」
「そうなりますね」
 女性は冷静にそう答える。
「そう、って……」
「大谷幸輔なんて人物は、この地域にはいませんよ?」
「は、はい?」
 流石にそれは信じられない。俺はさっき、家にまで行ったんだぞ?
「それはもぐりものがよく使う名前です。そう名乗って、人と接触するんです。そして誰かを探しているという話をします。憶えているけど記録がない、的な話です。そしてその時、会話を通じて相手の記憶を盗み見るんです。使えそうな記憶があれば、次にその人物を探そうとするんです」
「それじゃあ、俺が会ったアイツは……?」
 人じゃないと?
「隠しカメラでもあるのか? こんなドッキリ笑えないぞ!」
「じゃあ、私の名前でも検索してみますか?」
「名前? そう言えば君は、何ていう…?」
「沖田皆子ですが」
 それは、幸輔が言っていた記憶にはいるけど記録がない人物だろう。俺はそう思ってスマートフォンで検索してみる。
「あれ……?」
 結果がさっきと異なる。彼女のフェイスブックのページが出てくるのだ。
「ほうらやっぱり化かされているじゃないですか? 先ほどは調べても出なかったんでしょう? でも今は出ているでしょう?」
 その通りだ。が、
「でも! 家に案内されたんだ! そこに行けば何かわかるかも!」
「あれは私の家ですよ? あなたが出て来たのが見えたから、声をかけることにしたんです」
「そんな馬鹿な?」
 一度カフェを出て、さっきの幸輔の家に戻った。しかし表札は「沖田」であり、しかも彼女の母が家にいた。そして卒業アルバムも年賀状も見せてもらった。
「おいおいおい! 何が起きているんだ……?」
 彼女の言う通り、大谷幸輔という人物は載っていなかった。
「一旦、まとめましょうかね……」

 皆子が言うには、俺はもぐりものという妖怪に騙されたらしい。
「幸輔の話は全部嘘ってことか」
「正確には、存在自体が、ですね」
 そしてそのもぐりものは、以前皆子のことを何かで知ったのだろう。だから彼女のことを探しているとか言い出したわけだ。
「これからは気をつけないといけませんね。氷威さん、あなたの記憶している人物の内の誰かを求めて、もぐりものは動きますよ。問題はそれが誰なのか、ですね」
 流石に俺にもわからない。学生時代の同期たちかもしれないし、旅で出会った人かもしれないのだ。
「気をつけないとな。そんな妖怪がいるってことに」
 それ以外に何ができるかを聞いたら、皆子は、
「特には、ないですかね。氷威さんは沖縄出身のようですが、もぐりものはこの地域から離れたりはしませんし、あなたの身内は大丈夫でしょう。厄介なのはこの地域だけですから…」
 その時の話は、それで終わった。

 後日、皆子から連絡が入った。
「もぐりものが動いたのか?」
「そうなんですが、事態が特殊で……」
 慌てている様子だ。
「氷威さん、あなたは霊能力者に出会ったことがありますか?」
「ええ? あ、ああ……。一応な…」
 そう言うと、
「困ったものです。もぐりものは大谷幸輔という名前を捨てて、この地域からも出て行きましたよ……。氷威さんの記憶は別格だったみたいです」
「本当に?」
「はい」
 皆子はそれ以上は何も言わなかった。ただ、もぐりものがいなくなったとだけ。
「俺の責任だな、これは……」
 どういう状況になったのかは不明だ。しかし、人の記憶を利用して他人を騙す妖怪の存在は心地いいものではない。しかも使われているのが俺の記憶というのならなおさらだ。
 もぐりものがどの地方に向かったのかは不明だ。俺が訪れたことのある場所に向かったのかもしれないな。もしかしたら、俺の名を騙っているのかもしれない。
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