女狐

文字数 962文字

 私は病室のベッドの上で眠っている。
 医者が時計を見て、「ご臨終です」と言った。
 私の魂が肉体から離れて、病室の天井の辺りで彷徨っている。
 妻や子どもたちが、泣き崩れて私に縋り付いている。
 暫くすると、看護師が私の体を拭いて着物をきせた。
 その後葬儀屋が来て、私は病院から葬儀会場に運ばれ、和室に寝かされた。
 その内に私の死亡を聞いた人たちが、お悔やみを言いにやって来た。
 私は遺体の上から、弔問客の様子を見ていた。
 見ていると、心から悲しんでくれる人、形式的にお悔やみを言っている人、様々であり、私は冷静な目で見ていた。
 仲良くしていたと思った人が、案外冷淡だったりすると悲しくなった。
 それとは逆に、あまり馬が合わないと思った人が以外に心から悲しんでくれている姿に、もう少し仲良くしておけば良かったと後悔した。
 私は人間の本質を見る目が、少々足りなかったかもしれない。
 やがて私の上司がやって来た。
 この上司は、私の所属する課の長で、私をいじめている性格のすこぶる悪いハイミスだった。
 私はこの上司により精神的に追い詰められ、自殺や退職のことを考えない日がなかったのである。
 上司は私の妻に、長々と形式的な挨拶をすると、突然、
「本当に残念です。ご主人には最も期待をかけていただけに、無念でなりません……」
 と泣き崩れた。
 私は上空から、
「うそつけ、クソババー」
 と叫んだ。
 しかし、私の声は届かない。
 妻は上司の名演技に騙され、一緒に泣いている。
 上司は更に子どもたちにも、
「お父さんが亡くなられて悲しいでしょうけれど、皆で力を合わせて頑張ってね。何か困ったことがあったら、オバちゃんに言ってきてね」
 と善人のような顔で言った。
 私は片腹痛かった。
 こんな女に職場ではずかしめを受け、つるし上げにあっていたのかと思うと、情けなかった。
 上司は長い間、私の遺体のそばにいて、さも悲しんでいる演技を続けた後、帰って行った。
 玄関で見送る妻や子どもたちに、又丁寧に挨拶し、家から出ていった。
 その瞬間上司の顔が、いつもの意地悪なキツネの様な顔に戻った。
 少し歩いた処で立ち止まり、タバコに火をつけて吸った。タバコを吸いながら、「プーーーッ」と間の抜けたようなオナラをした。
 よく見ると上司のお尻のところには、尻尾が生えている。

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