傷痕

文字数 1,573文字

 私は女と出会い系サイトで知り合った。
 待ち合わせの場所に立っている女は、白いハイネックのセーターに白のパンタロン姿だった。
 女は私が近づくと、バツの悪そうな顔で挨拶した。
 女は三十前半の、顔といい服装といい雰囲気といい、どこにでもいる地味なOL風で、年の割に擦れていない様に見える。
 私は女をドライブに誘った。
 女は無口で、私が問いかけるとしゃべりだすのだが、自分からは話さない。女の話し方も、話す内容も、微妙に変だった。
 女に私の印象を聞くと、
「もっと年の人が良かったのだけれど、案外若いのに驚いた、というか……」と、残念に思っているのか、そうでないのか、よくわからない言い方をした。
 女は暫く話すうちに、
「ワタシとラブホに入ったら、男の人はみんなタタナクナルノ」と唐突に言った。
「それって、どういうこと?」
「ウフフ、それは言えないわ」と意味深に笑う。
 そんな訳のわからない話にビビッたりはしないと、高を括っていた。
 私は出会い系で知り合った女とは、必ずその日にラブホテルに入った。
 女は部屋のソファーに座り、
「何か飲んでもいい?」と聞く。
「どうぞ」と私が言うと、女はビールと、つまみに柿の種を、フロントに注文した。
 私は運転があるからと一杯だけ飲み、後は女が飲んだ。
 女はビールに酔うと陽気になり、よくしゃべった。
「これって、何かわかる?」と女が、ハイネックの首をめくった。
 すると女の首に、斜め横十センチ程の傷痕があった。
「アッ」と私は驚いた。
「これは以前自殺したときの傷よ」
「うそだろう」
「うそうそ、これは別れた夫に切られた痕なの」
「エッ、本当かい」
「うそ、うそ」と女が笑う。
 しかし傷はまだまだあった。
 ビールを飲んで上機嫌になった女が、セーターを脱いだ。
 ブラジャーまで白い。
 よっぽど白が好きらしい、そう思ったのも束の間、全身にある傷痕に気付くと、私は声が出なくなった。
 手首にはリストカットの痕らしきものが生々しくある。
 その他にも、どうしてこんなに傷があるのか、私は聞くに聞けない。
 これには深い事情がありそうだ。
「まだ序の口よ。もっとすごいのを見せてあげる」と女が白いパンタロンを脱ごうとするので、
「わかった、わかったから、もういいよ。どうやらオレにも、キミは抱けそうにない」
「やっぱり。今迄アナタで二十人目だけど、私の裸を見て、それでも挑んできた人はたった一人だけなのよ」
「その一人は、どういう人だったの?」
「全盲の人だったから、どんなに話しても信じてもらえなかったわ」
 女は一体何の目的で、出会い系サイトを利用しているんだろうと、私は不思議に思った。
 私は女とラブホを出て、夕食を取ることにした。
「何もせずにご馳走してもらえるなんて、悪いみたいね」と女が嬉しそうに笑って言う。
 食事の際、女は又ビールを飲んだ。
「最後に聞きにくいことだけれど、教えてほしい。別に嫌なら答えなくてもいいから。キミの全身の傷は、キミ自身で作ったものなのか、それとも他に理由があってそうなったのか、そこのところを聞いてみたいな」
「そうね、まず手首は自分でやったわ。それから、気が付いたかもしれないけれど、帝王切開だったからその傷もあるし、後ところどころ、自分でやったものもあるけれど、多くは男につけられた傷ね。首もそうだけれど、ワタシは男と付き合って、いつも別れ話になると壮絶な喧嘩をして、刃物で切りあってしまうのよ。だから今まで、三人の男と一緒になって別れたから、三人分の思い出ってところかしら……なんて言うのは嘘で、本当はセックスする時、血を見ないと感じないから、傷つけながらしていたらこんなになったのよ、だから……ワタシって変?」
 私は女が子どもを産んでいることを知ったが、その子が今どこで何をしているのかを、聞く気力さえも失せていた。
 
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